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修羅場になりまして

「なにをしている!?」


 ジスラン様が髪を振り乱し三人に駆け寄る。ベリッサ嬢が勝ち気に微笑んだ。


「久しぶりね、ジスラン。会いたかったわ」

「手紙で呼ばれた通り来たわよ」

「大切な話を皆様にされるのでしょう?」


 キャンベラ嬢とレミーナ嬢も言葉を続けた。ジスラン様が目に見えて戸惑い、招待客たちも何事かと注目する。


「な、なんのことだ? 手紙?」


 これ以上、ボロが出る前に。

 私は椅子から立ち上がった。


「ジスラン様」

「あ、あぁ。ミランダ、調子はどうだい?」

「おかげさまで、あまりよろしくありません」

「……ミランダ?」


 普段では絶対に言わないであろう私の言葉にジスラン様が訝しむ。

 私は視線を伏せた。


「私は今、悲哀に沈んでおります。記憶を失い、療養している間、ジスラン様がこのお三方と愛を育まれていることを知りました。そのことにより、私はひどく傷つき体調を崩しました」


 私の言葉にホールがざわつく。浮気のことを私が知らないと思っていたジスラン様は口をポカンと開ける。


「体調が良くなる様子はありません。このような状態では、ジスラン様にご迷惑をかけてしまいます」


 私は目の前に並んだ三人に視線を向けた。


「私など足元にも及ばないほど美しく、聡明で、お優しい方々です。どうか私ではなく、お三方のどなたかと幸せになってください」


 私の提案に、ベリッサ嬢が肩にかかる金髪を手で払い、ふふん、と笑った。


「あら、自分の身の程をよく分かっているじゃない。ま、選ばれるのは私だけど」

「成り上がりのくせに、ずうずうしい。選ばれるのは私よ」

「あら、まあ。おやめになって。争いなんて醜いだけですわ」


 睨み合うベリッサ嬢とキャンベラ嬢にレミーナ嬢がおっとりと忠告する。見えない火花が三人の間で散り、そのままジスラン様へ移動した。


「ジスラン、早く発表してちょうだい」

「え?」

「新しい婚約者の紹介よ」

「は?」

「手紙にそう書いてありましたわ」

「ちょ、待ってくれ! 手紙とはなんのことだ!?」


 ジスラン様が混乱するのも当然で。

 昨日、私が書いた手紙はこの三人に宛てたもの。ジスラン様の字を真似して『真の婚約者は君以外に考えられない。明日の婚約者のお披露目パーティーで皆に発表するから来てほしい』という内容を書いて送った。

 そして、三人は私の計画通りやってきた。


 このまま、ここでジスラン様が新しい婚約者を選べば、私との婚約は白紙。体調が悪い私はこのまま帰り、すべて解決。


(これが一番理想的な展開なんだけど)


 三人に詰め寄られたジスラン様が大きく首を横に振った。


「私は手紙のことなど知らない! 婚約者を変えるつもりもない!」

「じゃあ、なんで私を呼び出しましたの!?」


 ジスラン様に詰め寄るベリッサ嬢を押し退け、キャンベラ嬢が訊ねた。


「なぜ、そんな爵位が格下の相手を選びましたの? ちゃんと納得がいく理由を教えてくださいな」

「そ、それは……その、あれ、あれだ! ミランダが私を一番愛してくれているからだ!」


 明らかに苦し紛れに出した言葉。私は目が丸くなった。


「それなら、私の方が深くジスラン様を愛しております。その気持ちが伝わっておりませんでしたのね」

「レミーナ……」


 儚げに目を伏せるレミーナ嬢。悲劇のヒロインのような姿にホール中から同情の視線が集まる。

 ジスラン様は慌てて私の隣に立った。


「こ、このように様々な女性から言い寄られたが、私はミランダの一途な愛に心を奪われ、婚約をしたのだ」

「それだと、おかしいではありませんか」


 ジスラン様がギョッとした顔で私を見る。私は自分でも驚くほど冷淡な声が出た。


「婚約が決まった次の日にキャンベラ嬢とベリッサ嬢の屋敷へ行かれましたよね? その数日後には、公園でベリッサ嬢とデートをして指輪をプレゼントしていましたよね?」

「な、なぜ、それを知って!?」

「私は指輪どころか、花の一つも贈られたことありませんけど」


 昨日はこのことを思い出した時、惨めになって涙が出た。けど、今はなにも感じない。


「そ、それは、その、これから贈ろうと」

「いえ、もう結構です。婚約を白紙にしていただければ」

「なっ!? 私のことを好きではないのか!?」


 私はジスラン様の顔を見た。さっきまでは怖くて直視できなかったけど、こうして改めて見ると……


「今、思うと不思議です。口が上手く、甘い言葉を囁くだけ。顔も平凡より少し良いぐらいなのに、何故あんなに懸想(けそう)していたのか」

「な、なにを……」

「あ、すみません。思わず本音が」


 心で思っていたことが出てしまい、私は口を押さえた。ジスラン様が顔を赤くする。

 そこにベリッサ嬢の声がした。


「……そうよね。カッコいいわけではないし、むしろ浮気男よね。キャンベラが狙ってるから、どれだけ良い男かと思ったけど」

「あら。私はレミーナが夢中になっているというから、少し興味を持っただけ。外見は普通の最低男でしたけど」

「私はベリッサがジスラン様とお近づきになりたいと言うので、橋渡しをしただけです。たとえ、外見が平凡で口八丁で性悪男でも」


 つまり、美女三人がお互いのプライドからジスラン様を取り合いしていただけ。誰もジスラン様を好きだったわけではない、と。

 そっとジスラン様を見ると小刻みに震えていた。


「もういい! おまえらは帰れ! 二度と私の前に顔を見せるな!」

「そうはいきません」


 憤慨するジスラン様にベリッサ嬢が立ちはだかる。


「慰謝料を請求させていただきます」

「そうね。ここまで(もてあそ)ばれたのだから、当然ですわね」

「私はなにも言いませんが、ジスラン様なら誠意を以て応えてくださると思っております」


 やはりレミーナ嬢が一番エグいような。天使のような可愛らしさなのに。

 ジスラン様が投げやりに喚く。


「わかった! 慰謝料でも、なんでも好きにしろ!」

「それは、ご自分の浮気を認める、ということですね?」

「ミ、ミランダ!?」

「では、私との婚約は白紙にしてください。非はそちらにございますが、慰謝料などは結構です。二度と私に関わらないでください」


 自分でも驚くほどスラスラ言葉が出る。今までに感じたことがない怒りというか、呆れというか。

 とにかく、早く帰りたい。そして……


「ダメだ!」


 ジスラン様が怒鳴る。


「婚約破棄など、絶対にしない!」


 全員がポカンと目を丸くした。どうして、ここまで私にこだわるのか本当に分からない。

 私はこれからどう行動するか、周囲を見た。すると、お父様とお母様がジスラン様の父、ヴァレリー・バルテルミー伯爵と会話をしている。しかも、ヴァレリー様が必死にお父様とお母様へ何かを頼み込んでいるような。


「ミランダ! とにかく私と来い!」


 ジスラン様が私に手を伸ばす。捕まりたくない私は、湖があるバルコニーに出るため窓に飛びついた。しかし、窓が開かない。


(開いて! 早く開いて!)


 必死な私をあざ笑うようにカチャカチャと軽い音が響くのみ。ジスラン様が私の腕を掴もうとした時、メイドの声がした。


「お水を飲んで、落ち着かれたらいかがですか?」


 ジスラン様の手が止まる。私も思わず声がした方を向いた。すると、そこには水が入ったピッチャーを抱え、不気味に笑うメイドが。


「お、おまえは……」


 呟くジスラン様には目もくれず、メイドが私をキツく睨む。腕の中のピッチャーの水が大きく揺れた。


「この! 呪いでも死なない、泥棒ネコが!」


 声とともに水が天井に舞う。ゆっくりと弧を描いた水は私へ降り注いできた。




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