表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/93

婚約破棄をお願いしまして

「ミランダ! もう、体は大丈夫なの!?」


 家に戻った私を母が迎えた。リビングで暖をとっていた私の体を触り、無事を確認する。


「心配かけて、ごめんなさい。私は大丈夫です。それより、お父様は?」

「あなたのことでバルテルミー伯爵の屋敷に出かけていて、まだ帰っていないの」

「バルテルミー伯爵……私がいない間になにかありました? 婚約の話とか」

「それは大丈夫よ。バルテルミー伯爵は婚約者はあなた以外に考えられない、とずっと待っていてくださったの。これで、みなさんにお披露目できるわね」


 お母様は私が婚約破棄されていないか心配したと思ったらしい。でも、私は婚約破棄してもらったほうが良かった。

 沈む私にお母様が優しく声をかける。


「今日はもう疲れたでしょう? 自分の部屋でお休みなさい」


 そこに激しくドアが開いた。


「ミランダ! ミランダが帰ったというのは、本当か!?」

「まあ、あなた。おかえりなさい。ミランダはここよ」

「あぁ、ミランダ! 無事で良かった!」


 お父様のあまりの慌てぶりに私は首をかしげた。


「なにかありました?」

「おまえが療養している屋敷にジスラン様が行ったらしいのだが、相当ひどい扱いをされたそうでな。あんな場所におまえを置いておくのは危険だと言われたのだ」

「それは誤解です!」


 否定する私の肩にお父様が手を置く。


「とにかくおまえが帰ってきて良かった。あのままだと、おまえを救出するために警備兵が出るところだった」

「救出? 警備兵? どういうことです?」

「あぁ。ジスラン様が早くミランダと結婚をしたいと言われてな。今回のことで、かなり心配されたみたいだ」


(そういえば、なぜジスラン様はあそこまで私に会おうと? 浮気相手に私のことを酷く言っていたのに……)


 思い出したくない記憶。でも、それから逃げるわけにはいかない。

 私はグッと奥歯を噛んだ。


「あの、お父様。そのことで、お話が……」

「話は後だ。おまえは休んでいなさい。さあ、これから忙しくなるぞ。まずは、婚約お披露目の招待状と結婚式の準備を……」


 お父様が執事を呼んで話を進めていく。蚊帳の外にされた私は思わず叫んでいた。


「お父様! 聞いてください!」


 私も聞いたことがないほどの大声。お父様やお母様、屋敷の使用人たちまで驚きで動きを止めた。

 私は一斉に集まった視線に怯えながらも、必死に訴えた。


「ど、どうしても、今、聞いていただきたい話があります」


 お父様と執事が顔を見合わせる。そこにお母様が私の側に来た。


「ミランダがここまで言うのは、とても珍しいことですわ。お話を聞いてあげましょう」

「お母様……」

「あまり時間がないからな。少しだけだぞ」


 私はお父様とお母様を前にしてリビングのソファーに腰をおろした。


「お父様、お願いがあります」

「……珍しいな。なんだ?」

「ジスラン様との婚約を白紙にしていただけませんか?」

「はっ!?」「なっ!?」


 お父様とお母様が同時に声をあげる。私は深呼吸をして、オンル様と考えていた設定を話した。


「私は記憶喪失で療養していた間、体調が良い時は何度か散歩していました。その時、公園でジスラン様が浮気しているところを目撃しました」

「そ、それは見間違いとかではないの?」


 驚くお母様に私は首をふった。


「残念ながら……その時、私のことは家の関係で無理やり婚約した、そうでなければ地味な私と婚約などしない、とハッキリ言われ、相手の女性に指輪を贈られました。私は……私は、ジスラン様から手紙以外をいただいたこともありません……花の一つでさえも……」


 話していて、とても惨めになる。でも、ちゃんと全部言わないと。

 私はギュッと唇の端を噛み、涙をこらえた。


「あと、数人ほどの女性にも、この婚約は建前で心は君のもの、と言われ……それに、メイドにも手を出されていると、ジスラン様の屋敷の使用人が話していました」

「まぁっ!?」


 心底驚いたような声をあげたお母様がお父様を見る。私は震える声を必死におさえて訴えた。


「そんなジスラン様と結婚など考えられません。お願いします。どうか、婚約を白紙にしてください」

「……あなた」


 すがるようなお母様の声。しかし、お父様は唸るだけ。


「……だが、証拠がないだろ?」


 その一言に私は頭を殴られたような衝撃をうけた。


(私の言葉は信じてもらえなかったの?)


 私は俯き、涙が溢れる目を髪で隠す。そんな私にお父様は淡々と説明をした。


「証拠がなければ、こちらが一方的に婚約を破棄したことになり、場合によっては莫大な慰謝料を請求される。しかも相手は格上の伯爵家。私の力では、どうしようもできん。政略結婚と諦めるしかない。おまえも貴族なら分かるだろ?」


 それは分かる。貴族ならば愛のない政略結婚があることも。

 ただ、恋愛結婚だと思っていたのに、いきなり政略結婚でした、と言われても心がついていかない。

 顔も見たくない相手と、これからどう生活をしていけばいいのか。


 絶望しかない未来。


 それでも、なんとか声は出さずに、ただただ静かに俯いたまま。目からはボロボロと涙が落ちる。

 そんな私の隣にお母様がきた。


「今日は休みましょう。一晩寝たら、気持ちも少し落ち着くわ」


 私は無言で立ち上がり、自室へ移動する。

 部屋に入るなりベッドに倒れ込み、大声で泣いた。声が廊下に漏れているかもしれない。

 以前の私なら気にしていたけど、今の私には気にする余裕なんてない。


 私のすべてを否定されたようで。道具として扱われているようで。


 言葉にならない感情が溢れ出す。ひたすら、ひたすら泣き声とともに吐きだす。我慢していたものも、抑えていたものも。


 いつしか太陽が傾き、影が伸びる時間。


 声も涙も枯れた私は枕に顔を埋めていた。ヒック、ヒックと、意味のない声だけが出る。

 そこに様子を窺うようなノックの音が響いた。


「ミランダ、いい?」


 お母様が申し訳なさそうに部屋に入る。


「あのあと、お父様があなたが帰ったことを報告するためにバルテルミー伯爵のところへ行ったの。そうしたら、すぐにでも婚約者のお披露目パーティーをしたいと」

「……」

「お父様はあなたの調子が悪いから少し待ってくれ、とお願いしたそうよ。でも、身内だけの小さなパーティーだからって明日の夕方に」

「……」

「辛いでしょうけど、最初に顔を出すだけでいいわ。それで、あとは体調不良を言い訳に帰ればいいから……」

「お母様」


 私が話すと思っていなかったのか、お母様がビクリと体を小さくした。


「な、なあに?」

「一つ、お願いがあります」

「どうしたの?」


 私は枕に顔を埋めたまま言った。


「今から書く手紙を至急届けてほしいのです」

「手紙? それぐらいなら、使用人に届けさせるわ」

「いえ、郵便でお願いします。明日の朝には届くよう」

「わかったわ。外にメイドを控えさせておくから」

「ありがとうございます。手紙が書けたら渡します」


 お母様が部屋を出る。私は起き上がり、机に座った。引き出しから一番シンプルな封筒と便箋を三通、かすみ草が描かれたお気に入りの封筒と便箋を一通、取り出す。


(婚約を白紙にしてバーク様のところでお仕事を、と考えていたけれど)



 こうなれば、私も覚悟を決めます――――――――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日常垢ですが、たまに小説投稿や書籍情報について呟きます
X(旧Twitter)
配信中の電子書籍サイトはこちら↓
エンジェライト文庫販売ストア一覧
 
書き下ろし小説4巻が4月24日より配信開始
・4巻は竜族のギルドに届いた奇妙な依頼から、獣人の国がある東の大陸へ! そこは中華風ファンタジーな国でした+番外編では使用人A全員の名前がついに出てきます!
 
・1巻は第一章よりモフモフが増加+書き下ろし短編(温泉編)付き
・2巻は第二章よりWEBとは前半のストーリーを変更、イチャ甘を増量
・3巻は第三章を大幅加筆+番外編でバークとオンルの幼少期と出会い編の書き下ろしも収録!

i954447
茶色井りす先生によるコミカライズ配信中
【毎月 第一木曜日1話配信】&【合本版1・2・3・4巻配信中】
可愛い猫のミーとイケメン筋肉のバークが漫画で読めます! 眼福、癒しコミカライズになっておりますので、ぜひ!
i1000947
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ