面白くなってきました〜オンル視点〜
朝の身仕度をしていると、早番の使用人が飛び込んできた。手には一通の封筒。差出人は見なくても、その綺麗な字で分かる。
「部屋から気配がなく、ノックをしても返事がなかったので。失礼だとは思ったのですが部屋に入ったところ、本人の姿はなく、この手紙だけが残されて……」
「私たちに気づかれずに屋敷を出るとは、なかなかやりますね。私たちは魔力の動きには敏感な分、魔力がない動きには鈍いところがありますから。一つ勉強になりましたね」
「そこは対策をします。それで、あの……どうしましょう? バーク様になんと言えば……」
バークがあの元毛玉に特別な感情を抱いていることは、全員知っている。本人たちを除いて。そう、本人たちを除いて。
「面倒なことになりそうですが……私が対処しますので、皆はいつも通り仕事をしてください」
「はい」
使用人が朝の仕事へ戻る。私は改めて封筒を見た。宛先はバークになっているが、安全のため事前に他者が中身を確認することもある。
「一応、見ておきましょう」
手紙の内容は、今まで世話になった礼と一度家に戻る、ということ。差し障りのない、普通の文章。
これなら渡しても問題はない。そのあと、どういう反応をするか分からないが。
「さて、あの魔力バカに渡しにいきますか」
私はまだ眠っているバークのところへ向かった。寝室に入れば間抜け顔で寝こけているバーク。
顔立ちは整っているものの、鋭い目つきのせいか、立派な体格のせいか、強面やら、厳ついやら、怖いと言われ避けられる。
「なのに女性にモテるんですよね。大抵はロクな女性ではありませんが。しかも適当にあしらえないから、相手との関係を拗らせるんですよね。そう考えると今回の元毛玉は普通ですね」
呪われて猫になるなんて、些細なレベル。それぐらい今までの相手は酷かった。
やっと現れた普通の相手が消えた、と報告したらどんな顔をするのか。
私はバークを蹴り起こした。
「ミーがいなくなった!?」
起きると同時に魔力を叩きつけられる。
先に防御壁を張っていたので怪我はなかったが、よく元毛玉はこの魔力を浴びても平気だったなあ、と感心する。魔力がない、というのは、こういう時に影響を受けないので羨ましい。
私は起き上がったバークに手紙を差し出した。
バークが封筒を破らないように、だが急いだ手つきで手紙を取り出す。中身を読んだバークが手紙を片手に頭を抱えた。
「先に一言ぐらい言ってくれても……」
「直接だと言いづらかったのでしょう。あなたの態度も態度でしたし」
「オレの態度に悪いところがあったのか!?」
「…………マジで言ってます?」
(まさか、ここまで自覚がなかった!?)
呆れる私の前でバークが体を小さくして手弄りを始めた。そんな筋肉質な巨体でモジモジしても、可愛らしくもなにもない。むしろ、鬱陶しくて蹴りをいれたくなる。
「いや、だってよ。猫の時だって、あんなに可愛かったのに、人になったら、もっと可愛いって、どうよ? あの、ふわっふわっな髪に、ガラス玉みたいな丸い目。小さな顔に、華奢な体。もう、直視できなくて」
なにを思い出したのか、バークが両手で顔を覆う。
「……その態度の差で元毛玉が困惑したのだと思いますが」
「いや、だって、猫の時と同じようにしたらセクハラだろ!?」
「あ、そこの常識はありましたか。安心しました」
「それぐらいあるわ!」
怒るバークに私は肩をすくめた。
「で、どうしますか?」
「どうってなんだ?」
「迎えに行きますか?」
バークが手紙に視線を落とす。
「ここには、一度家に戻ると書いてある。帰る、だったら、それで終わりだったが、戻るなら、またここに帰ってくる、ってことだろ?」
「楽観的な考えですね」
「そう思わせてくれぇ……」
ヘナヘナと力なく前へ倒れるバーク。
過去の女性たちは、とにかくバークに迫るばかり。それをバークが全力で振り払い、投げてきた。まあ、ベッドやクローゼットに忍び込んだり、夜道で襲いかかるような方々ばかりだったので、それも仕方なし。
ところが今回はバークの方から執着している。これは、これで面白いモノが見られるかもしれない。
「そんな泣きそうな声を出さないでください。帰ってくると信じるなら、ちゃんと最後まで言い切るように」
「わかってるけどよぉ……」
「そんな情けない姿では、あの自称婚約者とやらに元毛玉を奪われますよ」
私の一言に、うつ伏せたバークが大きく息を吸い、体を起こした。
バチン!
部屋に響き渡る打撃音。加減なく自分の両頬を叩いたバークが吠える。
「よおぉぉぉぉしぃぃぃぃ!」
「で、どうします?」
バークから腑抜け顔が消え、極悪面でニヤリと笑う。
「信じるとか、待つとか、オレらしくねぇことはヤメる」
「では?」
「本気でいく」
黄金の瞳が鋭く光る。狩りをする時の目。この目に狙われた獲物は逃れられない。
「まずは、なにをしましょう?」
「籠城攻めの基本、外堀から埋める」
「わかりました」
「あと、情報もな」
「はい。あ、情報といえば」
「なんだ?」
「偽造書類が入っていた封蝋の鑑定結果が出ました」
バークが立ち上がり、体を軽く動かしながら訊ねる。
「どうだった?」
「最初に届いた書類の封蝋と同じ封蝋、という結果です」
「じゃあ、書類は偽造じゃなかったのか?」
「そこは先方から返事がありまして、そのような書類は送っていない、とのことです」
「じゃあ、やっぱり二回目に来た書類は偽造ってことか? それなのに封蝋は一通目にきた本物の書類と同じもの……」
バークがストレッチをしながら頭を悩ます。
「そこについては、別の考え方もできます。封蝋はもう一度鑑定に出しましたので、もう少しお待ちください。あと、偶然かもしれませんが、この書類の偽造について」
「なんだ?」
「バルテルミー伯爵という人物が関わっている可能性があります」
「ん? どこかで聞いた名……あ、アレか?」
バークも気づいたようでニヤリと笑う。
「あと、少し前にその伯爵家の屋敷の使用人が一人、急死しているそうです」
「……へぇ。引き続き情報収集だな」
「わかりました」
バークの勘はこの方向で進めて良いと言っているらしい。
これは、偶然か運命か、それとも両方か。なかなか面白くなってきました。