表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/93

浮気した婚約者が訪ねてきまして

 すっかり忘れていた名。というか、思い出したくなかった名前。

 全身の血の気が引いて、倒れそうになる。けど、ここで逃げたら解決にはならない。ちゃんと向き合わないといけない。

 それは、わかっている。でも……


 私の変化を感じ取ったのかバーク様が立ち上がる。


「ミー、知り合いか?」

「……知り合い、ですが……あの、できれば今日は、会いたくない、と……」

「それが、会えるまで帰らないと。その、婚約者だと言い張っておりまして」


 その言葉に私は吐き気がした。


(あれだけのことをして、私の婚約者だと言うのか……)


 目眩がして足元がふらつく。バーク様が駆け寄り支えてくれた。


「どうした、ミー? 気分が悪いのか?」


 バーク様が心配そうに私を覗き込む。返事をしたいけど、言葉が出せない。両手で顔を隠し、立っているだけで精一杯。

 そこにオンル様が立ち上がる気配がした。


「私が対応しましょう。ミランダ殿、彼はあなたの婚約者で間違いないのですか?」


 私は小さく頷きかけて、大きく首を横に振った。婚約者だと認めたくない。

 私の複雑な心境を察したのか、オンル様が少し考えた。


「では、彼のことは忘れていることにしましょう。それで追い払いますので。よろしいですか?」


 私はしっかりと頷いた。バーク様が私を椅子に座らせて歩きだす。


「オレも行く」

「あなたが来たら余計にややこしくなりそうなんですけど……仕方ないですね」


 静かにドアが閉まる。力が抜けた私は机に突っ伏した。


(やっと自分の居場所を見つけられたと思ったのに……)


 少しして、怒鳴るような声が聞こえてきた。

 そういえばバーク様がどのような地位で、どのような仕事をしているのか、まったく知らない。一方のジスラン様は伯爵家。権力もあり、人脈も幅広い。

 伯爵家に睨まれたら、バーク様に迷惑がかかる。


(どうして気づかなかったの!?)


 私は震える体を無理やり立ち上がらせ、執務室から出た。


 怒鳴り声は広い玄関から。急いで行こうとして、玄関の手前で使用人に止められた。


「心配ありません。こちらでお待ちください」


 大きな体を使った通せんぼ。なにがなんでも通してもらえそうにない。でも、体をずらせば玄関を覗ける。

 私が通せんぼの隙間から玄関を見ようとしていると、ジスラン様の声が響いた。


「だから、私はミランダの婚約者だ! 私を忘れているというなら、なおさら会わせろ! 思い出すかもしれないだろ!」

「ミランダ()はここ数日で様々な記憶を思い出され、混乱状態です。これ以上の混乱はミランダ様の負担になります。医師からも安静に、との指示です」


 ジスラン様と対峙して、淡々と説明するオンル様。低い声と無表情が相まって美麗すぎる。その美しさに見惚れてしまいそう……って、ジスラン様は見惚れていますね。


 白い目になっていると、バーク様が一歩前に出た。褐色の肌に立派な体格。ジスラン様より背が高く、自然と見下ろす体勢に。

 その迫力だけでジスラン様が後ずさる。


「婚約者というのなら、なぜ見舞いに花の一つも持ってきていない?」


 バーク様の鋭い指摘にジスラン様がたじろぐ。


「そ、それは、その……慌てて来たからだ! 知らせを聞いて、すぐに来たから!」

「では、時間があったら、どんな花を買っていた? 婚約者ならミーが好きな花ぐらい知っているだろ?」

「そ、それは、その……バ、バラだ! ミランダは真っ赤なバラが好きだ!」


 私はその答えに心が冷えた。バラが好きだと一度も言ったことはないし、特別好きでもない。

 バーク様がジスラン様を鼻で笑った。


「帰れ。おまえに婚約者を名乗る資格などない」

「な、なにを!?」


 憤慨するジスラン様に対して、バーク様が腰を軽く屈め、正面から視線を合わす。


「ミーはな、かすみ草が好きなんだよ。婚約者、婚約者って言うくせに、なぁーんにも知らないんだな」

「ぶ、侮辱するのか!? 私は伯爵家の次男なんだぞ!」

「侮辱じゃねぇ、事実だ。それに伯爵家とか家柄なんて、もっと関係ねぇよ」


 スッと黄金の瞳が鋭くなる。


「ミーのことを一番に考えられないヤツに用はない。さっさと帰れ」

「な、なにを……」

「三度は言わねえ。さあ、どうする?」

「……こ、こんな脅しをして、タダで済むと思うなよ!」


 ジスラン様が転がるように玄関から飛び出した。


「小者だな」

「ですね」


 二人がこちらに歩いてくる。私は慌てて執務室へ戻った。


※※


 執務室に二人が戻る。私は礼状を書いていたペンを置き、ここでずっと待っていたフリをして訊ねた。


「あ、あの、どうでしたか?」

「無事にお帰りいただきました」


 いつも通りの良き笑顔で答えるオンル様。美麗すぎて眩しいほど。でも。


(あれは全然無事ではないと思うのですが!?)


 これを言葉にしたら覗き見していたことがバレてしまう。私はなんとか他の言葉を考えた。


「ですが、ご迷惑をおかけしたのでは? 相手の方から怒られたり……」

「ミーが気にすることじゃねぇ」

「ですが……」

「終わったことだ」


 バーク様が自分の席に座り私の話を切る。いつもの強面に不機嫌がプラスされ、どこか怒ったような投げやりな言い方。

 それ以上、なにも言えなくなった私は両手を握りしめた。



 その夜。


 私は借りている客室のベッドに座り悩んでいた。

 人の姿に戻ってから、私は専用の客室を一部屋借りている。人の姿でバーク様と同室というわけにはいかない。

 クイーンサイズのベッドに、木枠の窓。レンガを積み重ねて造られた暖炉と、シンプルで落ち着いたデザインの部屋。


「私って迷惑ばかり……」


 暖炉でしっかり温められた部屋。なのに、寒さを感じる。

 私は広いベッドに潜り込んだ。


「バーク様と一緒に寝ている時は温かかったな……でも、あれは猫だったから。今は猫になっても中身が……」


 女だとバレたら追い出されると思っていた。でも、オンル様も使用人の方々も今までと変わらずに接してくれて……


「バーク様は女嫌いだから、距離を空けられるのは……しょうがないよね。それだけ、無理をさせているってことだし」


 キュッと胸が苦しくなる。

 強面の裏にある優しさを知っているからこそ余計に。


「……もう、撫でてもらえることもないのかな」


 自分の呟きを否定するように私は首を振った。


「ダメよ、ダメ。これ以上、バーク様に甘えたら。迷惑もかけられない」


 私はベッドから起き上がり決意する。


「せっかく私に代筆とサイン確認の仕事をくださったのだから。私の問題は私がちゃんと解決しないと」


 翌日、私はこっそりバーク様の屋敷を抜け出して家に戻った。


 一通の手紙を残して。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日常垢ですが、たまに小説投稿や書籍情報について呟きます
X(旧Twitter)
配信中の電子書籍サイトはこちら↓
エンジェライト文庫販売ストア一覧
 
書き下ろし小説4巻が4月24日より配信開始
・4巻は竜族のギルドに届いた奇妙な依頼から、獣人の国がある東の大陸へ! そこは中華風ファンタジーな国でした+番外編では使用人A全員の名前がついに出てきます!
 
・1巻は第一章よりモフモフが増加+書き下ろし短編(温泉編)付き
・2巻は第二章よりWEBとは前半のストーリーを変更、イチャ甘を増量
・3巻は第三章を大幅加筆+番外編でバークとオンルの幼少期と出会い編の書き下ろしも収録!

i954447
茶色井りす先生によるコミカライズ配信中
【毎月 第一木曜日1話配信】&【合本版1・2・3・4巻配信中】
可愛い猫のミーとイケメン筋肉のバークが漫画で読めます! 眼福、癒しコミカライズになっておりますので、ぜひ!
i1000947
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ