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K.K奇譚   作者: R4
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閑話休題

 我らが座興大学、その近所……というほどではないが、まあ遠いほどではない距離にあるカフェ、山barの地下にあるテーブル席に、僕は一人で座っていた。ツヅキも、オソバも吉田さんも、その他癖の強い知り合い居ない中でゆっくりとレモネードを口に運ぶ。ここ数日のドタバタにすっかり体が順応しきってしまっていたようで、のんびりとしたこの時間がまるで白昼夢をみているような感覚を僕に覚えさせる。まるで走り回ってないことが、逃げ回っていないことが後ろめたいような気分になってしまっている。

 飯塚さんを巡る一件の中で、オソバのひと蹴りで無残にもコンクリートと材木のスクラップになってしまった山barは、謎の清掃員、山川さんによって三日足らずで再建を果たし、倒壊した事実すらなかったかのように営業を再開した。当時現場に居合わせた当事者や店主はと言えば、数日前と全く同じように、仕事をしたり本を読んだり、もちろんコーヒーを楽しんだりしている。まあ、その誰もが狐につままれたような表情をしているのが、変化と言えば変化なのだろう。おそらく、事態を把握する暇もなくすべてが元通りになってしまったので、本人たちも何がなんだかわからないのだろう。それこそ、夢か何かだと思っているのではないだろうか。

 とにかく、全てが元通りになった、ということである。このカフェのように、飯塚さんも、壊れたエスカレーターも、動き出そうとしていた小野教授の陰謀も、あらゆる光源が消えて、暗闇に包まれた街も。

 あの暗闇の中、池袋駅で追われていたあの時、僕はどうにか現状を打破する一手を模索していた。探していた相手が向こうから来てくれたというのに、その相手が僕を葬らんと駆けてくるのだから、全くたまったものではない。

 朝から方々を巡って、酸欠になった僕の頭に浮かんできたのは直近の記憶だった。教務棟の殺風景な教授室で、小野教授が言い放ったあの言葉。

――ちなみに、アナタ方が壊した『山bar』とエスカレーターについては、『クレイジーダイヤモンド』、清掃員の山川さんの派遣を決『定』しておきましたのでご安心下さい。――

 そう、あの時小野教授は、エスカレーターの修理に山川さんを派遣したと言った。あの人が仕事をしたのならきっと、エスカレーター一つくらい日没までには直っているだろうと思ったのだ。山川さんの得体の知れない、不気味にすら思える仕事ぶりを、僕達座興生はよく知っている。

 そして知っていると言えば、僕はもう一つ重要なことを知っている。我らが理学部きっての突き抜けた男、オソバは、一度決めたことは必ずやり遂げるのだ。だからもし、一番線のエスカレーターが直っていれば、もし、オソバが都内のエスカレーターをあらかた壊し終わっていて、池袋駅の一つが直ったと感づいて近くへ来ていたら、彼の力を借りることができると考えたのだ。結局のところ、やっぱり僕は今回も何一つ活躍らしい活躍をすることもなく、人に助けてもらっただけである。

 けれど、それで良かったのかもしれない。僕が何かしらの行動を起こせば、必ず説明できない事態が起こる、というのがツヅキの言なのだから。僕なんてのは、とことんまで部外者で居るくらいが丁度良い、ということらしい。

 全部終わって、駅を引き上げる時、ツヅキはもう一度、僕に釘を刺した。こんなことはもうこれっきりにしてくれ、と。もちろんそのつもりである。二度と、ツヅキと敵対するような立場になんてなりたくない。

 散々暴れ倒した飯塚さんは、吉田さんが引き取ることになったらしい。小野教授になんて任せられません、と、吉田さんが大分強気に出張したらしい。取り付く島もありませんでしたよ、とは教授の言だ。吉田さんは、飯塚さんがもう少し気楽に生きられるように手を尽くす、と息巻いていたらしい。飯塚さんもバカ真面目な人だと思っていたが、吉田さんも見上げた責任感だと思う。いくら仲良しと言っても大学の友人である。なんだかんだ、似たもの同士ではあるのだろう。

 飯塚さんの提唱したエスカレーター理論、その答えは、結局何だったのだろう?飯塚さんが望もうが望むまいが、彼女は問題から目を逸らすことを選んだ、ということになる。聳え立つエスカレーターから目を背けて、友人に手を引かれながら別の道を歩むのだろう。自分の手の及ばない話には、耳を塞いでそっぽを向く。僕はそれで良かったと思う。すくなくとも、思いつめて壊れてしまうよりはずっと良い。ベルトコンベヤーに運ばれなくとも、駅には階段もエレベーターもあるのだから。

 とにかく、飯塚さんは、突き抜けた人間であることを止め、普通の人間として生きる道を進むことになったのだ。『定』量的に言って、とても素晴らしい話だと、言わざるを得ないだろう。僕もいい加減、見習わなければならない、と、思わなくもない。なんだかんだ、滅茶苦茶になってしまった今も、これはこれで楽しいのだ。しかしまあ、僕も大学四回生、就職活動に卒論と、本腰を入れて取り組むべきタスクが未来で構えている。いい加減、このどんちゃん騒ぎにも、終止符を打つ必要があるかもしれない。

 とにかく、全てが成るようになった、と言えるような未来が来れば、それに越したことはないだろう。僕達の全てが上手くいくことを、切に願ってやまない。


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