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29 ファブリノの決別

 ルーデジオが、王都の孤児を迎えに行くというので、馬車を出してもらうことになった。

 5日目の昼、アイマーロ公爵州マルデラ男爵領の男爵邸に着いた。ファブリノは、1人で行くと言ったが、ルーデジオが保護者、そして保証人になると言い張った。ルーデジオにしては、言い張ることが珍しい。

 

 ファブリノが屋敷に入ると執事らしきものが慌てて屋敷内の執務室へ行った。執務室から出て来たのは、その執事であった。


「只今、旦那様とお坊ちゃまは、執務中でございまして…」


「兄貴もいるならちょうどいいや。ねぇ、君!」


 ファブリノは、近くにいたメイドに声をかける。


「俺の荷物を全部、1つ残らずまとめておいてくれ。トランク1つあれば足りるだろう」


 令息の荷物がトランク1つとは。本当にどんな生活だったのか…。


「畏まりました」


 メイドは頭を下げるとすぐに動いた。

 ファブリノは、ずんずんと廊下を進む。執事は慌てて追いかけファブリノを止めようとするが、ファブリノはそれを無視した。そして、ノックもせずに執務室へ入って行った。


「なんだ、貴様は!学園に行っとるはずだろうがっ!なぜここにいるっ!」


 マルデラ男爵と思われる痩せぎすの中年が怒鳴り散らした。


「そんなのはどうでもいいよ。今日はサインをもらいに来ただけだ」


 マルデラ男爵に対して、ファブリノは落ち着いているように見せた。ファブリノはマルデラ男爵の前に書類を出した。それは折れ目が多くあり、ファブリノがいつも持ち歩いていたことがわかるものだった。


「なんだこれは?ふん、離縁状だとっ!生意気なっ!こんなもの、こちらから用意しておいたわっ!お前に渡すものなど1つもないからなっ!」


 マルデラ男爵は、ファブリノが出した書類を付き返し、引き出しからきれいな書類を出した。


「ほらっ!ここにサインしろっ!」


 マルデラ男爵に差し出された書類にファブリノは目を通して、怒りをあらわにした。


「馬鹿にするなよっ!これは単なる相続放棄の書類じゃないかっ!相続なんて放棄するに決まっているだろうがっ!俺が言っているのは、離縁状だっ!どうせ用意はあるんだろうっ!それを出せっ!」


 ファブリノはその書類を床に投げ捨てた。


「どうせクズになるお前にとっては、どちらも、同じだろうがっ!」


「そうかよっ!じゃあ、財産分与の裁判起こすから、そのつもりでいろよなっ!」


 ファブリノは踵を返した。


「待て!小賢しくなりおって!」


 マルデラ男爵は引き出しから別の書類を出してきた。


「ほら、これが望みのものだっ!サインしろっ!」


 ファブリノは、受け取った書類をルーデジオに見せる。ルーデジオは頷いた。


「なんだ?そいつは?」


 マルデラ男爵はルーデジオを睨みつけた。


「これから、俺の保証人になってくれる人さ。お前には関係ないだろう」


 ファブリノは、冷たく言い放ち、その書類にサインをした。


「じゃあ、これは俺が出しておく。これであんたらとは他人だ」


 ファブリノとルーデジオが帰ろうとするとマルデラ男爵がファブリノの腕を掴んだ。


「ふざけるなっ!信用できるわけがあるまいっ!どうせ、離縁されたくないから、そんな猿芝居をしているだろうがなぁ、上手くいくと思うなっ!ワシが出す。それを寄越せ」


「離縁されたくないだと?ふざけているのは、そっちだろうがっ!」


 ファブリノは取られそうになった書類を腕を伸ばして遠ざけた。


「リノ、落ち着きなさい。マルデラ男爵殿、では、もう一部、これと同じものを作りましょう。それなら、どちらが先に出しても成立いたしますからね。男爵殿は、もちろん、その用意がございますでしょうし」


 ルーデジオがマルデラ男爵に笑顔を向ける。



「チッ!うるさい保証人だっ!」


 本当に同じ書類が引き出しから出てきた。ファブリノだけだったら、騙されていたかもしれない。マルデラ男爵は、万が一ファブリノが高位貴族との婚姻などがあった場合、離縁していては損になることもあると、離縁状にサインだけさせて、ぎりぎりまで、つまりファブリノが没落したことを確認するまでは、離縁状の提出をしないつもりでいたのだ。

 ファブリノは、再びルーデジオに確認すると、その書類にもサインをした。


「王都に戻ったら提出しておく。おそらく、あんたより、はやく、なっ!」


 ファブリノは、執務室を出て、『バタンッ!』と大きな音をたてて扉を閉めた。ファブリノとルーデジオは、そのまま玄関へと向かう。


「ファブリノ!」


 後ろから声をかけられた。ファブリノが振り返ると予想通り兄であった。


「父上は本気じゃないよ。ファブリノ、家族がバラバラなんて、おかしいだろう?」


「あんた、俺の部屋がどこだか知っているだろう?」


 ファブリノは馬鹿にしたように兄を見た。


「っ!」


「俺の保証人の前では言えないかぁ。なら俺が言う。俺の部屋は屋根裏だ」


「っ!そんなっ!」


 さすがのルーデジオも驚きを隠せなかった。実の息子を屋根裏部屋に住まわせるなどありえない。


「ルーさん、本当さっ。ほら、あいつ(兄)も否定しないだろう。屋根裏には、狭い木のベッドがあるだけだ。こんな床などありえない」


 ファブリノは、足を踏み鳴らすように何度か膝を上下させるが、絨毯が張り巡らされた床は小さな音がするだけだ。貴族子女の部屋は絨毯が当然だろう。


「それにな、あいつは、後妻の息子なのに、俺より年上で、クソ(父親)と血がつながっているんだ。不思議だろう?」


 ファブリノは薄笑いをして、兄を見ていた。ルーデジオは、眉を寄せて、廊下の向こうの執務室を睨む。兄はまだ縋るような視線をファブリノから外さなかった。


「俺はあんたと飯を食ったこともない。それの何が家族なんだ?俺は冷たい床で飯を食っていた。あんたは、どこで食べてたんだ?」


 ファブリノは半笑いで兄を見ていた目を冷たく細めた。ルーデジオの脳裏に、ファブリノ抜きでテーブルを囲み、笑い合い食事をする3人の姿が浮かび、拳を握りしめた。


「僕が男爵になれば、改善する。だからやり直そう!」


 兄は、縋るような視線をそのままに、縋るような意見を述べた。


「そう、それもなぁ。なんで、後妻の息子なのに、男爵になることに疑問も持たないんだ?普通はさ、先妻の息子が跡取りに決まっているんだよ。なのに、何であんたは兄なんだ?」


 ファブリノは、馬鹿にしてますという半笑いのまま質問をぶつけた。


「そ、それは、父上と母上の出会いが…」


 兄は、一歩退いて口をつぐむ。


「はぁ?結婚できないような出会いがなんだ?そんなに出会いだか、愛だかを大事にしたいなら、俺の母親と結婚なんかしないだろう?」


「き、貴族としての誇りが…」


「は?誇り?建前のために結婚した貴族令嬢に手を出して孕ませることがか?孕ませて、産ませて、家を追い出すことがか?そのずっと前に、結婚できないような女に子供を産ませていることがか?

あんた、建前のために、俺の母親との子供ってことになってるじゃないか。それの何が誇りなんだ?」


「っ!」


 兄の顔がさすがに歪む。男爵家を継いでも軽侮されないために、貴族と貴族の間の子供としておきたかったのだろう。兄は偽りの身分の上にいるのだ。


「本当に愛しあっていたならさ、その愛しあっていた最中に、俺が生まれたことを疑問を持たないわけ?結局、クソは、あんたの母親を愛してるなんていいながら、俺の母親を抱いたんだろう?あんたは、よくそれで愛を語れるな?」


「っ!ファブリノ、お前はずっと…」


 ファブリノは顔を引き締めて兄を睨んだ。


「当たり前だっ!ずっとこんな家とは縁を切りたかったよっ!俺はやっと18になったんだ」


 そこへ、さっきのメイドが来た。


「俺の荷物は?」


 ファブリノはまた半笑いの顔に戻った。


「何もございませんでした」


 メイドが目を落として下がった。

 兄とルーデジオが目を見開いた。貴族の次男の荷物が1つもないとは、どういうこのなのだ?もし、ファブリノが学園の長期休暇に帰ってきていたら、父親はどうするつもりだったのだ?まさか、使用人として…

 ルーデジオは、奥歯をぎりぎりと言わせた。ルーデジオもファブリノがここまでひどい扱いだとは、知らなかった。


「おぉーい。わかったか?」


 ファブリノは呆けている兄に確認した。


「俺の母親を追い出し、おまえらがのさばるのは勝手だ。だから、俺も勝手にする。金輪際、俺に関わるな。たった、それだけでいい」


 ファブリノの声は怖いくらい冷静であった。


「ファブリノ、僕たちは!」


 兄はそれでもファブリノに縋るような視線を向けた。


「あんたの名前を呼ぶのも気持ち悪いから、物の名前として『兄』を使っていただけだ。あんたを家族だと思ったことは1度もないし、これからは本当の他人だ。とても爽やかな気分だよ」


 ファブリノは、静かに告げ、最後には微笑を向けた。兄はその微笑を見て俯き、何も言わず立っていた。ファブリノとルーデジオは、後ろを振り返ることはなかった。


〰️ 


 ファブリノは、5歳で母親がいなくなり、一月もしないうちに継母と3つ離れた兄が現れ、屋根裏部屋へ押し込まれた。マルデラ男爵には、「お前の母親には、騙されたんだっ!」と毎日のように罵られていた。父親が悪いのか母親が悪いのかは、ファブリノにはわからない。知っても意味はない。ただ、どちらも憎かった。

 マルデラ男爵がマシだったのは、暴力は振らず、食事もまともに与えられていたことだけだ。学園に入って知ったのは、それは父親からの愛情ではなく、国王陛下の『子供は国の宝』という宣言がマルデラ男爵をそう動かしていたに過ぎなかった。この国では、平民は11歳まで、貴族は18歳まで守られている。



〰️ 



 二人が馬車に戻ると、心配した顔で迎えられた。ファブリノはそれに笑顔で応えた。


「はぁ!スッキリしたっ!ついでにもう一件いいか?その後、宿へ行こう」


 三人は頷くしかできなかった。


 ファブリノが案内したのは、孤児院だった。

昨日と今日、投稿の順番間違えました。

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