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27 待つもの

 少し時を遡って、11月、サンドラを送りがてら『ビアータの家』を見たグラドゥルは、感嘆の声を上げてばかりだった。さらに、これをビアータが始めたのは、12歳だと知り、尚更感嘆の声を上げた。


「いやぁ、これはすごい!コルネが羨ましいよ。いい友達を持ったじゃないかっ!」


 コルネリオはまるで自分が褒められているようで嬉しかった。それはファブリノもサンドラも一緒で、3人は目を合わせて笑顔になった。


「うん、偶然なんだけどね」


「ん?それは、サンドラちゃんのいう『運命の出会い!ステキっ!』ってやつじゃないのかぁ」


 サンドラは顔を真っ赤にした。サンドラは自分のことになると、疎いし、煮えきらない。


「ばっ!余計なこと言ってないで、出発するよっ!」


 コルネリオは、そんなサンドラを助けるように、グラドゥルのケツを叩いた。


「はいはい、わかりましたよ。じゃあね、サンドラちゃん、行ってくるね」


 グラドゥルが、真っ赤な顔をしているサンドラに軽い挨拶をして、グラドゥルとコルネリオとファブリノは、サトウキビの買い付けに出発した。


 リリアーナが、家から飛び出してきた。


「ごめんね、リリアーナ。今は会うのを我慢するって、リノが言うものだから。やるべきことをやってから会いたいって」


 サンドラはファブリノからの手紙をリリアーナに渡した。


「そう…。いいの、それが彼のケジメなら、それで…。サンドラ、ありがとう」


 リリアーナは、遠くになってしまった馬車を見つめた。


「そうよね!私もコルに恥ずかしくないようにしなきゃ!」


 サンドラとリリアーナは、それぞれ待つ覚悟を決めた。



〰️ 〰️ 〰️



 グラドゥルの手腕でどれほどの苗木を買えるかはわからないが、コルネリオたちが帰ってきたら、すぐにでも始められるように、畑を準備しなければならない。


 レリオに確認したところ、1月上旬には、別棟ができあがるという。買い付けてきた物を実験的に煮詰めたりしたいので、サンドラとレリオを中心に、小さな砂糖工場を作るよう、サンドラが調べてきた内容を参考に、内装などを検討していった。


 ルケッティ子爵領から来てくれていた大工二人は、年越しには間に合うようにルケッティ子爵領へと戻っていった。


 サンドラは、年末年始を『ビアータの家』で過ごした。コルネリオとファブリノからの手紙では、品物はすでに手に入れたとあった。予定では、コルネリオとファブリノも年末年始には『ビアータの家』で過ごすはずであったのだが、まだ帰ってこない。


〰️ 〰️ 〰️



 1月中旬、サンドラとリリアーナが、あまりの心配に我慢ができなくなる頃、幌馬車2台が『ビアータの家』に入ってきた。荷台から降りてきたのは、コルネリオとファブリノだった。サンドラは、涙を流しながら、コルネリオの首に飛びついた。コルネリオは、とてもびっくりしたが、サンドラの背中にそっと手を添えた。


「会いたかった」


 コルネリオの呟きに、サンドラは、『こくんこくん』と頷いていた。


 リリアーナは、少し手前で待っていた。ファブリノが近づく。額の左に大きめの傷があった。リリアーナは、その傷を優しく擦る。


「痛い?」


「リリーが触ってくれたから、痛くなくなった」


「そう。じゃあ、また怪我をしたら、私が触ってあげるわね」


「頼むよ」


 ファブリノは、額を触るリリアーナの手を取り、口づけをした。


「コッホン!お子様たちの教育上、そこまでになさってくださいませ」


 ルーデジオの言葉に、4人は『ハッ』と我に返り、『バッ』と離れた。子供たちは、その様子に大爆笑だった。みんなで、積まれていた木箱を降ろすと、幌馬車は、来た道を帰って行った。


 木箱の中身は、たくさんのサトウキビとたくさんの紅いイモだった。


「これは何?」


 紅いイモを見て、サンドラでさえびっくりしていた。


「サツマイモといって、サトウキビの休眠中の畑に植えるといいそうだ。サトウキビは、連続3期までしか植えない方がいいんだって」


「文献にも畑を休眠させることは載っていたわ。そう、3期なのね。そこまでは書いてなかったわ。やっぱり現地の情報は大切ね。それに、休眠畑に使えるなんて、いいお芋ね」


 コルネリオの情報にサンドラは喜んだ。


「それだけじゃないぜ。とても甘くて、蒸しただけでおやつや朝食になるすごいイモなんだ」


「まあ!子供たちが喜びそう!」


「サンドラにもリリーにもきっと喜んで食べてもらえるさっ」


 ファブリノもリリアーナに一生懸命報告した。


「さあさあ、みなさんは、中でお茶でもしてください。作付けは、明日にいたしましょう」


 子供たちは、コルネリオとファブリノの荷物を率先して持ってくれた。コルネリオとファブリノの部屋は、旧棟の1人部屋が用意されていた。サンドラとリリアーナも旧棟の部屋を使っている。

 旧棟の共同談話室で4人はお茶をすることにした。


「あちら(本館)は、夜、(大人は)ルーデジオさんだけで大丈夫なんですって」


「新棟は?」


「アルとビアータが来るまで使いたくないそうよ。ふふふ、可愛いわよね」


 サンドラとリリアーナが目を合わせてニッコリとした。


「でも、気持ちはわかる。あいつらのカリスマ性っていうか、リーダー性っていうか、な」


「だな。コルと俺は完全に感服してるもんな」


「だなっ!」


 4人は笑い合って、今日までの話をお互いにした。子供たちが、夕食の声をかけに来てくれるまで、話は尽きなかった。


 夕食の後、コルネリオは、サンドラを朝の散歩に誘った。



〰️ 〰️ 〰️


 翌朝早く、コルネリオはサンドラを部屋に迎えに行く。どちらが言うでもなしに、二人は手をつないでいた。馬小屋で、1頭に鞍をかけ、二人で乗る。コルネリオがサンドラを連れて来たのは、野いちごの株の前だった。


「これは、熊を狩った日にここへ移植したんだ」


「そうなのね。こんなに緑なら根付いたわね。春が楽しみだわ」


 さらに20メートルほど進み、馬を降りる。

 

「こっちへ来てごらん」


 コルネリオがサンドラの手を引いて、そこから10メートルほど行くと、少しだけだが、いちごが赤くなっていた。


「わあ!どうして?」


 サンドラはびっくりしていたが嬉しそうだ。


「これは冬いちごなんだ。根付くのに時間もかかったから、今はまだこれだけなんだ。だから、子供たちにはまだ内緒。今、実をつけてるってことは、うまく根付いたんだと思う。来年の12月には、たくさん取れるよ」


「コル!すごいわっ!冬にいちごが食べられるなんて、ステキ!」


「食べてごらんよ」


「ふふ、みんなには内緒ね」


 サンドラが実をとって、口に入れるとなんとも香りのいい甘さが広がった。


「うわぁ!美味しいわ!コル!これ、とても美味しいの!」


 サンドラは、コルネリオに振り返り感想を嬉しそうに話した。


「どれ?」


 コルネリオは、サンドラに唇に口づけをした。唇を離すと、今度は軽くチュッとした。


「本当だ。すごく、美味しいね」


 コルネリオが、野いちごよりも甘くつぶやく。サンドラは、野いちごのように赤くなった。コルネリオは、サンドラを優しく抱きしめた。小さなサンドラは、コルネリオの胸にすっぽりと収まってしまう。


「サンドラ、もう待てない僕のせいだよ。だから、君は何も気にしなくていい。あれから半年になってないけど、君を大好きな気持ちはもう待てないんだ。わかってくれる?」


 サンドラは、コルネリオの腕の中で『こくんこくん』と頷いた。


「僕は君と出会えた奇跡が、嬉しくてたまらないよ。だけど、この野いちごも、サトウキビも、奇跡じゃない。僕が君を求めるために用意したものだよ」


 サンドラは、コルネリオの腕からそっと離れる。野いちごを1つとって、コルネリオの口に入れた。


「どう?」


「うん、僕が君のために用意した野いちごは、とても美味しい!」


「どれ?」


 サンドラはコルネリオの首に手を回して、優しく口づけを返した。コルネリオは、サンドラの腰に手を回してサンドラを支える。再びゆっくりと唇を離すと二人はおでこを触れ合ってクスクスと笑いあった。



〰️ 〰️


 『コンコンコン』


 朝、朝食にはまだ早い時間、ファブリノの部屋にノックの音がした。


「はい?」


 ファブリノは、すでに着替えた後だったが、さすがに予想してないノックの音に間抜けな返事をしてしまう。


「私…」


 『ドタ、バタ、ガッタン!』ファブリノの部屋で物を倒しまくった音がした。


「クスクス」


 『ガタン!』椅子の戻した音だ。『カチャッ』ドアがそっと開いた。

 そこに立っていたのは、リリアーナだった。


「おはよっ」


 リリアーナが、ファブリノに聞こえるだけの小さな声で挨拶する。


「あ、うん、おはよう…」


「今、大丈夫?」


 リリアーナがファブリノの顔色を伺う。


「え、あ、うん、もちろん」

 

 ファブリノは、ドアの前を開けて、リリアーナを招いた。ファブリノがドアをどうしたらいいかこまねいていると、リリアーナがそっとドアを閉めた。


「ど、どうぞ」


 ファブリノはリリアーナに椅子を勧めた。


「ううん、ここでいいわ」


 リリアーナは、入口から少し入ったところで立ち止まったままだった。


「そ、そう?あのさ、俺、リリーと並べる人になれたかな?」


 『並べる男』ではなく『並べる人』という言葉を自然に選ぶファブリノのことが、リリアーナは、好きになっていた。


「リノ」


 ファブリノは、リリアーナの初めての呼び捨てに、肩を『ビクッ』と揺らした。それを見たリリアーナは、またクスクスと笑う。ファブリノは、顔を赤くして俯いてしまった。

 リリアーナが、ファブリノの左肩に手を置いて、額の左の傷にキスをした。ファブリノは、目を見開いて、止まってしまった。


「痛くならないためのおまじないよ」


 ファブリノは、ゆっくりと、リリアーナの方を見た。リリアーナは、にっこりと笑った。ファブリノは、リリアーナの左肩に手を置いて、リリアーナの唇にキスをした。唇を離すと、リリアーナが優しく微笑む。


「ここも痛いの?」


 リリアーナは右手の人差し指を、ファブリノの唇にそっと当てる。ファブリノは、『コクリ』と頷いた。


「そう、じゃあ、おまじないしなくちゃ、ね」


 二人は深く深くキスをした。

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