21 食べていくということ
アルフレードは、小さい頃から野生シカの解体なら何度も見ているし、補助ならいつもしていたので、平気なのだ。
アルフレードの言葉を聞いて残ったのは、ジャンとテオとウルバとコルネリオとビアータだけであった。
「初回にしては、みんな、頑張った方だろう」
デルフィーノは、家へと戻るサンドラたちの背中を見ていた。
「リノ、まだいけるか?」
「は、はい。大丈夫です」
セルジョロの声にファブリノはなんとか返事をする。牛の重さによる疲れと、緊張による疲れで、辛くなってきてはいる。
「3人は無理してない?」
ビアータは、となりに並ぶジャンとテオとウルバに声をかけた。
「それなら、ビアータさんもでしょう。手が震えているよ」
ジャンの言葉にビアータは改めて自分の手を見た。確かに震えていた。ビアータはその手をぎゅっと握りしめた。
アルフレードは、ビアータに昨日のうちに確認していた。ビアータは、絶対に逃げたくないと言っていたのだ。アルフレードはビアータの気持ちを尊重した。
「お義父さんがお帰りになったら、私達がこれをやるのよ。だから、逃げないわ」
ビアータが牛に視線を戻す。
「うん!俺達も逃げないよ」
テオも牛に目を戻した。
「3人でそう決めたんだ。次回は俺達も手伝うから」
ウルバも大きく頷いた。
アルフレードは、この3人にも、昨日のうちに説明しておいた。もちろん、どうするかは、3人に任せていたのだが、3人は年長者として、ここでの生活が1番長い者として、覚悟をして今日に臨んだのだ。3人は牧場仕事経験者だが、大きな牧場だったので、と畜場は別だった。頭でわかってはいたが、こうして目の当たりにすると、キツイものがある。それでも、これからもここに住むため、逃げるわけにはいかなかった。
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ファブリノは、ヘトヘトであった。覚悟をしていたつもりでも、精神的にもヘトヘトであった。皮剥まではどうにかできたが、内臓は、さすがにできなかった。内臓処理はセルジョロとデルフィーノに頼んで、見学にまわった。ノコギリで半分にするのも、やってみたが、力が入らずできなかった。それでも、達成感はそれなりにあった。
ビアータ、コルネリオ、ジャン、テオ、ウルバは、終わった後、その場に尻もちをつき、しばらく動けなかった。
さすがなのは、アルフレードで、ファブリノが見学に回ったあと、テキパキと何も言われなくても助手ができていた。
「リノ!お疲れさん!初めてにしては、よくやったぞ。肉を食って、元気になれよぉ!」
セルジョロの声掛けに、ファブリノは、苦笑いだ。さすがにすぐに食べる気にはならない。ビアータたちもそう思った。
「アル、皮処理どうする?」
デルフィーノは片付けを始めていた。
「どうしようかな。昼までにこれを食べられる形にしないといけないし」
「アルさん、あ、明日、俺達がやります!デルさん、それを教えてください」
ジャンが手をあげて、テオとウルバも頷いた。
「よし!いい根性だ!これは金になる大事な仕事だぞ。俺が、明日、みっちり教えてやる」
「「「はいっ!」」」
3人はへたりこんだままだが、やる気は伺えて、デルフィーノは、心の中で喜んだ。
牛の頭は、裏口から台所へと運ばれた。それも食べられるところがあると聞き、ビアータたちは、さすがにそれは見られないと断った。
肉の部位になったものを、大人たちが家の前へと運んでいってくれる。皮も一時的に、台所へと運んでおいた。
やっと復活した男の子5人はフラフラしながら、家へと戻る。
「コル、根性あるじゃん」
ファブリノは隣をフラフラ歩くコルネリオに声をかけた。自分もフラフラだ。
「お前ほどじゃないよ。リノ、頑張ってたな。えらいよ。それにしても、アルのやつ、すごいな」
コルネリオとファブリノが少し後ろを振り返ると、アルフレードは、まださらに解体する手伝いをしていた。
「ああ、でも、追いつくさ。そうだろう?」
「そうだな。いつか二人でやりきろうな」
アルフレードに追いつく。二人には共通の目標ができた。
「おお!」
『パチン』
二人は、フラフラしながら、手を合わせた。
男の子5人がいなくなった頃、ビアータも立ち上がろうとしたが、ふらついた。
「ビアータ、掴まって」
アルフレードが慌てて、ビアータを支えた。
「ありがとう。ちょっと無理をしすぎたかしら?」
ビアータの顔にはまだ色は戻っていない。
「よく頑張ったよ。女の子で残ったのは君だけだ」
「うん!さすがにうちの嫁だ!よくやったな!」
デルフィーノは手を動かしながらも、優しい顔をビアータに向けた。
「ありがとうございます」
ビアータは、足はふらつきながらも、デルフィーノに笑顔を見せた。嫁だと認めてもらえて嬉しくて恥ずかしい。だが、それを大きく喜べる気力は残っていなかった。
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みんな、現金なもので、牛が肉の塊になり、スライスされてしまえば、もう美味しそうなものしにか見えないらしい。セルジョロの妻グレタが肉を2センチほどの厚さに切っていく。その先から、鉄板へ投入される肉は、いい匂いをさせている。その隣では、セルジョロが、肋骨周りの肉を棒に刺して、丸焼きを始めた。子供たちが交代でゆっくりと回していく。2枚用意した鉄板は、焼く傍から肉は消えていき、丸焼き用の2窯も、焼きあがれば、みんなの胃袋に収まった。
あんなに食べられないと思っていたファブリノでさえ、はじまってしまえば、腹いっぱい食べていた。
3時頃、室内の食堂で、リリアーナによる家畜を食べることと、家畜を育てることについての説明があり、みんな今日のことを納得していた。
夕方までに、子供たちで牛脂ロウソクを作り、牛を隅々まで無駄にしないことも学ばせた。
「うん、今日はみんなよくやった。これから少しずつ慣れていけばいい。食べることへの感謝は忘れるなよ」
「「「「はい!」」」」
デルフィーノはすっかりみんなの憧れの大人になっていた。デルフィーノの言葉にみんなが大きな声で返事をした。
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翌日、年長者たちとビアータたちは、と畜場に来ていた。
「ごめん、やっぱり触れないわ」
「無理しなくていいさ」
サンドラが謝るが、コルネリオが肩をポンポンと叩いた。みんなも頷く。ここにいるだけでも昨日よりは慣れようとしているのは伝わる。
皮の裏についている油をスプーンで、できるだけこ削ぎ落として樽へ入れていく。これも後でロウソクになる。その後は、川で洗って吊るしておく。
昼食のあと、ジャン、テオ、ウルバがルーデジオに馬車を出してもらい、皮を売りにいくことになった。
「ルーさん、俺に馭者をやらせてください」
「よし、ここに来なさい」
ルーデジオの指導で、ウルバが馭者を務める馬車はゆっくりと進んでいった。
台所では、ファブリノと調理担当の子供たちは、牛のもも肉を使って乾燥肉を作っていた。
「これではまだまだ足りないですね」
できた量を見て、ファブリノは冬の心配をする。
「そうだな。今までは、鶏を絞めるか、ルーさんの好意で、中から肉を買っていたが、人数が増えればそうもいかない」
セルジョロも肉の保存や自活を考えていた。
「また相談しましょう」
ビアータもそのあたりは宿題として、やらなければと考えている。
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帰りは、テオが馭者台にいた。皮を売った代金で、種牛を借りてきた。子どもたちにはジャムを買ってきた。みんな大喜びだ。
そして、みんなにお小遣いが配られた。仕事量や年齢で多少差をつけた。アルフレードがそれぞれに渡した金額は、ルーデジオに相談しておいた金額だったので、みんな納得していた。
「仕事によって金額が違うのは、わかるかな?気になるなら、ルーさんに聞いてほしい。その上で、仕事を変えたいと思う人はいつでも相談してね。やりたくない仕事ではなく、自分で納得する仕事をしよう」
数日後、何人かの子が仕事を変えたいと言ってきたが、あくまでも純粋に仕事への興味であり、金銭的な問題ではないようだった。まあ、問題になるほどあげられていないのが現状なのだ。
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夜、再び大人たちの会議が開かれた。
「ビアータ様、皮を売りに行ったよい機会です。そろそろ稼ぐこともお考えになる頃です」
ルーデジオは、未だに『ビアータ様』と呼ぶが、もうすでに誰も気にしない。記号のようなものだと思っている。
「そうね」
「子供らも大きくなったし、仕事も慣れてきたから、それぞれの人数を減らせるところもあるだろう。畑は何人かは大丈夫だぞ」
「そうだな。今の規模ならこっちも減らしても大丈夫だぞ」
畑組ジーノと酪農組ラニエルは、余裕があるようだ。
「調理場はギリギリだな」
調理組は、急に人数が増えたので、みんなの技術が追いつかない。
「大工も今は出せないな」
「木こり組とレンガ組も今は出せないだろうな」
こちらは、新棟建築中なので、当然だ。
「その前に、どうやって稼いでいくかです」
アルフレードが話題を修正していく。
「家畜の皮売りはいい値段になったんだろう?加工肉を作ってもいいし」
ファブリノは加工肉の販売まで手掛けたいと考えている。
「デルさんからいただいた豚を、飼育妊娠出産。その子豚を食べられるようになるのは、早くて来年の冬だ。あと一年半、だな。牛は、今の状態なら一年に一頭だろう」
ラニエルの冷静な現状把握で、なんとなく、解決策が見えなくなった。
「アル、森があるだろう。恵みの森が」
デルフィーノは、ニヤニヤとアルフレードの顔を見た。
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