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17 『ビアータの家』

 

 ビアータ15歳の春、南の領地から王都に向かう馬車に、サンドラと一緒に乗ってる。

 ビアータには、やりたいことがありすぎた。なので、本当は学園になど来たくはなかった。


「貴族の義務なら、貴族から抜けたいわ」


 ビアータは馬車の窓を開けて、流れる景色に向かって、何度目かわからない愚痴を言った。


「ビアータ、勉強は無駄にはならないわ。がむしゃらに作業するより、いいことも絶対あるから。たったの3年よ」


 サンドラはそう言いながら、難しい本を開いている。


「わかっているわ。でも、あの子達は、中等学校も出ていないのよ。それでも生きて行かなければならないのに、私が高等学園に行く意味があるのかしら?」


 馬車の中で何度も話し合われたことだった。


〰️ 〰️ 〰️


 ビアータは、9歳、初等学校1年生のとき両親と兄と姉と一緒に、領地内の関所の町まで来た。


「お父様、あの向こうはどうなっているの?」


 ビアータたちの前には、さほど高くはないが、飛び越えることはできないくらいの壁が、右も左もどこまでも続いていた。


「森や川、草原が広がっているんだ。明日はそこでピクニックだ」


 父親のその言葉にビアータはワクワクした。



 翌日、パン屋でサンドイッチを買い、釣り竿を持って、家族でピクニックへ出かけた。ビアータは、広がる草原、魚がたくさんいる川に目を輝かせた。


「ステキなところね。ここは誰のお家になるの?」


 ビアータは目をキラキラさせて、母親に訪ねた。


「誰のものでもないのよ。そうね、誰かがお家を建てれば、その人のものになるのかしら?」


 母親は、正しくはわからないようで、父親に助けを求める。


「そうだな。未開拓地だからな。だが、ここには、金山や銀山があるわけでないからな。開拓してまで住むやつはいないだろう」


 『住むやつはいない』その言葉に、ビアータは心が踊った。


「お父様!お願い、小さなお家でいいの。建ててちょうだいな。ビアータ、ここに住みたいわ」


「ハッハッハ、ビアータの家なら州長様の許可もいるまい。わかった。家へ帰ったら、やってあげよう」


 父親は、ビアータのために、そこに丸太小屋を作った。

 10歳になったビアータは、暇があると一人ででも、馬を飛ばし、その小屋へ遊びに行くようになった。一人でとはいえ、専属執事のルーデジオとリリアーナはほぼついてくるし、ルーデジオが用事があるときには、リリアーナだけでも付いてくる。一人きりということはまずない。


 時には大工のレリオと一緒に行き、台所小屋を作ってもらい、釣った魚を調理できるようにした。また次には、ジーノには畑を作ってもらって、小麦なら手間はいらないからと、小麦畑にしたりした。

 時々、サンドラがお泊りに来れば、ルーデジオに馬車を出してもらい、小屋へと遊びに行き、泊まってくることもあった。そうなると隣に、大きめの小屋をレリオに作ってもらい、部屋には二段ベッドも備え付けてもらった。


 ビアータが、もうすぐ11歳になる夏、時々行く孤児院で年下の男の子たち3人と知り合った。ジャン、テオ、ウルバだ。3人は少し前まで、牧場で働いていたが、牧場主が横暴な人で逃げ出してきて、孤児院に身を隠しているという。3人には、ま新しい傷が顔にあった。


 ある日、ジャンたちがビアータに相談した。あの牧場主がジャンたちを探しているようだという。見つかれば、院長先生には、拒否はできない。ビアータは、3人に次の日の朝、男爵家のお屋敷に荷物を持って、そっと、来るようにと伝えた。

 

 翌日、馬を二頭用意したビアータは、一頭をウルバに任せて、ビアータの後ろにジャンを乗せて、草原の小屋へと連れて行った。


「しばらく、ここで暮らすといいわ。あの川で魚も採れるのよ。釣り竿はそこにあるわ。火の扱いにだけは気をつけてね。私もできるだけ来るようにするわ」


 3人は、泣いてお礼を言った。


 ビアータは、ジーノに相談して、簡単に作れる野菜の苗を用意してもらい、セレナやセルジョロに頼んでタオルや食器も用意した。その頃には、家族も使用人たちもビアータが小屋遊びに夢中なのは知っていたので、少しくらい家のものを持ち出しても、何も言わなかった。ビアータも、タオルでも、食器でも、鍋でも、古い物しか持ち出さないようにしていた。その日は、物を集めることもルーデジオが手伝ってくれた。


 翌日、ルーデジオが、幌馬車を出してくれるという。


「あのね、ルーデジオ。小屋に行ったら、びっくりするかもしれないけど、お父様お母様には、内緒にしてほしいの」


 幌馬車の馭者台でビアータは、ルーデジオにお願いした。


「それは、昨日の男の子たちのことでございますか?」


 ルーデジオは飄々と答えた。


「知ってたの?!」


「わたくしは、お嬢様のことでしたら、何でも知っておりますよ。お嬢様がお優しいことももちろん知っております」


「ルーデジオ、大好きよ」


 ビアータはルーデジオの腕にしがみついて頭をルーデジオの腕にくっつけた。ルーデジオは、ビアータの純粋さに顔をほころばせた。


 小屋につくと、誰もいなかったが、使った形跡はある。しばらく待つと、釣りから3人が帰ってきた。


「ビアータさん!来てくれたんですか?魚がこんなに釣れたんです。食べてください」


 3人が我先にと準備などをしていく。


「今日はパンを持ってきたの。あと、お野菜の苗や種も持ってきたから、後で植えましょう」 


 ルーデジオは、すぐにラニエルに井戸堀りを頼んだ。


〰️ 〰️ 〰️


 ビアータは11歳。その春から州都にある中等学校へ行くことになっている。その頃には、さらに大きく作った3つ目の家に畑を作ってくれたジーノとブルーナの夫妻が、ジャンたちと暮らしてくれていた。そして、孤児院出身で仕事を辞めてしまった男の子一人と仕事を見つけられなかった女の子二人が小屋の住人になっていた。

 外には、鳥小屋を建てて、畑も大きくした。ジャンたちは、山で山菜や木の実を取ったり、釣りをしたり、レリオの指示で木を切って、薪や木材にしたりして過ごしていた。

 ブルーナは、元大農家の娘で、平民だが中等学校も卒業していた。ジャンたち3人の頃から、ブルーナを先生として、昼食の後、必ず、1時間から2時間は勉強の時間としていた。6人は初等学校の能力もなかったので、最低でもそれを、身につけさせることがいつかの自立になると、ルーデジオに頼まれていた。


 男爵は、自分の領地の孤児院のことであったので、ビアータが、おこなっていることを知ることになったが、反対する理由もなく、孤児院の子供が浮浪者になるよりはよかろうと、口出しはせず、ルーデジオを使って、日用品や時には小麦粉などの食料を送り込んでいた。


 ビアータは、週末になると、馬の後ろにサンドラを乗せて、『ビアータの家』へ行く。サンドラは、畑の一部を使って、以前からやっていた小麦の交配を進めていた。


〰️ 〰️ 〰️


 14歳になったビアータは、州都の孤児院でも、仕事を見つけられなかったり、売春宿に買われることが決まった女の子がいたりするたびに、一人、また一人と、『ビアータの家』に連れていく。

 さすがにこれ以上は、無理だと思ってた頃、ルーデジオが男爵家を退職した。


「お嬢様。わたくしは本気でお嬢様のお手伝いをしたくなりました。わたくしの退職金と貯金で『ビアータ様のお家』を大きくいたしましょう」


 レリオとテオとウルバによって、今の『ビアータの家』が作られた。


「ビアータ、すまぬな、州長に見つかるわけにはいかぬから、私が直接手助けはできない。だが、お前を助けたいと言う者たちをそちらに送ろう」


 父親と母親の好意で、酪農担当のラニエル、セレナ夫妻と料理担当のセルジョロ、グレタ夫妻と、牛3頭が『ビアータの家』に加わった。ビアータは、ルーデジオから聞いていて、ルーデジオの退職金がとても大金であったことを知っている。父親の優しさが嬉しかった。


 父親、母親からは、ビアータが学園生になって王都に行っている今でも、そっと物資が送られてきている。特に文房具は高いので、食べてはいけるが収入がほぼない『ビアータの家』では、とてもありがたい贈り物であった。


〰️ 〰️ 〰️


 そして、15歳の春、ビアータは、王都の学園へ、サンドラと小麦の苗とともに向かったのだ。

 入学式、クラスごとに並んでいる。前から3列がAクラス。Eクラスの椅子に、ビアータとサンドラが並んで座っている。


「サンドラ、あなたAクラスに並ばなくていいの?」


 ビアータは、悪いことをしているような気がしてなんとなく落ち着かない。


「初日だもの。バレやしないわ」


 サンドラ本人は堂々としたものだ。


 そう話をしている二人の脇を、大きな背中をして、優しい顔をした男の子が通り過ぎて、Cクラスの椅子に座った。


 ビアータが、バサバサと膝の上の荷物が落ちるのも気にせず立ち上がった。


「サ、サンドラ!私、どうしよう!一目惚れしちゃったわ!」


 両手で手を抑えたビアータは、まさにりんごのように真っ赤であった。


「え?もしかして、あの熊さんじゃないでしょうね?」


 サンドラは、あまりにも自分の好みとかけ離れた存在である大男のことを言った。


「サンドラ、知ってる人?」


 ビアータは、サンドラが知っている人ならすぐにでも紹介してほしくて、サンドラの肩を揺らしながら詰め寄った。


「痛い……。ビアータ、痛いから……。熊なんて、知るわけないわ。本当に彼なの?」


「彼と『私の家』を大きくしていきたいわ!」


 ビアータは、もう一度、熊のような背中の男子生徒を見つめた。


「とにかく、座って。はっはぁ、なるほど、殺しても死ななそうね」


 サンドラはまるでそれなら納得と言いたげだ。


「ちょっとサンドラ!意地悪は言わないで。私の理想のタイプってだけよ」


 ビアータのむくれ顔に、サンドラはクスクスと笑い出した。


「でも、長男だったら、どうしましょう」


 ビアータは、今度は青くなる。なんと忙しい顔なのか。


「この国で長男である確率は約3分の1よ」


 すまし顔のサンドラが言った。


「どういうこと?」


「それだけ兄弟の多い貴族が多いのよ。私の家だって、兄2人姉1人に弟2人だもの」


「なるほどね。とにかく、調べなきゃ。長男でも、弟さんがいればオッケーね」


「うわぁ、前向きぃ。ホント、惚れ惚れするわ」


 サンドラは、参りましたと脇で手のひらを上にして、首を振っていた。


 こうして、イヤイヤシブシブ来たはずの学園で、アルフレードに一目惚れしたビアータ。その日のうちにアルフレードのことを調べて、毎朝、プロポーズに行くことになったのだった。

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[一言] 優しい熊さんW 思わず森の熊さんを連想したW
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