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12 兄の見合い

 7月中旬、サンドラは2ヶ月ならサンドラがいなくても済むように、温室と畑を管理してきた。サンドラがいない間は温室仲間が水やりをしてくれることになっている。


 夏休み初日、ルーデジオの箱馬車が孤児院の男の子二人と女の子一人を乗せて学園の馬車寄せに入ってきた。ここから乗り込む3人は、荷物を手際よく乗せて行き、特に見送りもいないので、とっとと乗り込み、出発した。


 目指すはレグレンツィ伯爵州ガレアッド男爵領だ。途中、宿に泊まりながら、3日目の夕方、コルネリオの実家、ファーゴ子爵家に到着した。


「まあ!サンドラちゃん!待っていたのよ!」


 ファーゴ子爵夫人は、大喜びで、息子のコルネリオではなく、サンドラを抱きしめて迎えた。サンドラもファーゴ子爵夫人を抱きしめ返す。まるで本物の親子だ。


「おば様、いつもありがとうございます。今日もおば様のクッキーはありますか?」


 サンドラの可愛らしいおねだりにファーゴ子爵夫人はさらにテンションが上がる。


「もちろんよっ!明日のお土産の分もはりっきっちゃったわ!ふふふ」


「まあ!それは楽しみです!」


「さあ!あがってあがって!」


 ファーゴ子爵夫人がサンドラの背を押して、奥へ入っていく。


 ファブリノが小さい声でコルネリオに聞く。


「おい、ずいぶんと仲が良すぎないか?」


「そうなんだよ。母上は、サンドラがお気に入りでね。僕なしで、手紙のやり取りもしているらしいよ」


「親公認かよっ!早く婚約しちゃえよっ!」


 ファブリノがコルネリオの脇腹を肘で小突く。


「サンドラにその気がなきゃ無理だろう?はぁ〜、それに………」


 コルネリオは、サンドラが好きだったし、結婚しない宣言をしていたことが嘘のように結婚について、いろいろと頭を悩ませていた。それもこれも、サンドラを幸せにしたいが、爵位も領地もない状況で、どのようにしたら、サンドラを幸せにしてやれるのかを わからないでいるからだった。


 後ろでそっと聞いていたルーデジオは、そのコルネリオの情けないため息と、サンドラの気持ちとを考えて、にっこりとしていた。そして、『ビアータの家』を見た時のコルネリオとファブリノを想像して、思わずほくそ笑む。


 コルネリオから、ファーゴ子爵に今日の人数は伝えてあったので、すぐに用意された部屋に通された。女の子は、夕食までは男の子たちと一緒にいた。


 今回は人数が多いので、食堂に通されたが、ファーゴ子爵夫人も、同じワンプレート料理を食べた。サンドラは、そんなファーゴ子爵夫人のさりげない優しさに、尚更笑顔になる。


「父さんと兄さんは?」


 コルネリオは、空いている席に目を向けた。


「あなたと入れ違いで州都に向かったわよ。すれ違ったかもしれないわね」


 ファーゴ子爵夫人は、あまり興味がなさそうだ。コルネリオたちは、確かに州都に、一泊している。


「珍しいね」


「お見合いよ。あなたと同級生なんですって。ノリニティ伯爵家のご令嬢ジョミーナ様よ。知ってる?」


 サンドラは思わず、吹き出しそうになった。ファブリノが目敏くそれを見つけた。


「サンドラは、クラスメイトだから知ってるのか?」


「私、あまりクラスにいないからわからないけど、恐らくあの3人の誰かね」


 サンドラの頭には、窓際の1番後の席にいる高位貴族のご令嬢方の姿が浮かんだ。同じ制服を着ているはずなのに、なぜかキラキラしている方々だ。


「あの3人って?」


 コルネリオも話に入る。


「高位貴族のご令嬢はいつも一緒にいるのよ。お一人は公爵令嬢様よ」


「まあ!サンドラちゃんは、Aクラスなの?すごいのねぇ!」


 ファーゴ子爵夫人は、先程とは明らかに違うテンションだ。サンドラのことなら、とても興味があるようだ。


「いえ、そんな…」

 

 さすがのサンドラでも、こんなに手放しで褒められると照れるのだ。頬を染めている。


「サンドラは、ほとんど授業に出ないで植物の研究をしているんだよ。それなのにAクラスなんだ。本当にすごいよね」


 コルネリオからこの手の話で褒められたこともないので、サンドラはなんとなく照れてしまい、答えに困っていた。コルネリオは、にっこりとして、ファーゴ子爵夫人に話を振った。


「それにしても、州長のお嬢様がうちに来るかもしれないの?」


 コルネリオは、伯爵令嬢が自分の義姉になるかもと思うと、ちょっと引っかかる。手放しで喜べない。


 この州の州長は伯爵家だ。子爵と伯爵では、位にも家数にも大きな違いがある。この国だけの話だと、国中に、伯爵家13家に対して、子爵家300家、男爵家400家ほどだ。ファーゴ子爵家のあるノリニティ伯爵州だけでも、子爵家男爵家40家ある。それを束ねるのが、ノリニティ伯爵家なのだ。

 ちなみに、公爵家2家、侯爵家5家だ。


「どうかしら?この州の子爵家跡取りで、適齢期で、婚約者のいない者が、みんな呼ばれたらしいわ。伯爵のご令嬢が学園の3年生で婚約者なしだから、慌てていらっしゃるみたい。

うちは、この州の子爵家でも中堅だもの。まずは、お金のある子爵家からってお話になるでしょうね」


「なんだ。じゃあ、兄上は行くだけ損じゃないか。父上まで一緒で」


 コルネリオが少し呆れた顔をしていた。コルネリオの計算だと、子爵としてファーゴ子爵より上の家は10家以上ある。まあ、そのうち何人が婚約者なしかは、わからないが。


「でもね、そのお見合い会場に、学園に通う州内の子爵令嬢と男爵令嬢も集められていらっしゃるのですって。

州長様としては、州内の結束を固める意味もあるのではないかしら?」


 コルネリオは納得した。それなら、是非、まとまってほしい話だ。


「そっか、兄上も23歳だものね。いい人が見つかるといいね」


「ふふふ、サンドラちゃんと仲良しになれるご令嬢がいいわよねぇ」


 サンドラは、またしても吹き出しそうになった。


 子供たちは、話に入れないので、食事に集中していた。あまりの美味しさにペロリと食べてしまった。ルーデジオが気を利かせて、給仕もしてくれている。メイドや料理人は、子供たちの気持ちいい食べっぷりと、美味しいというのを顔全体で表しているのを見て、おかわりもどんどん持っていき、サンドラが食べ終わる前に、デザートまで出していた。

 コルネリオとファブリノは、安定の大食で、メイドたちも、コルネリオで慣れているので、はじめから二人は山盛りで、さらにおかわりも山盛りであった。


〰️ 〰️ 〰️


 コルネリオは、またサンドラを中庭に誘った。


「母上が騒がしくてごめんね」


 コルネリオは照れ笑いするしかない。


「いいのよ。私、幼い頃に母を亡くしているから、おば様が私をかまってくれるのは、とても嬉しいのよ。ふふ」


「え!そうだったんだ。僕、何も知らなくて………」


「暗くなることでもないの。確かに、その時はとても悲しかったけど、兄様たちも姉様も可愛がってくれたし、父様が再婚したお義母様は、とてもいい方で、年の離れた弟二人はかわいいわよ」


「なら、どうして帰らないの?」


 コルネリオの真っ直ぐな目に、サンドラは少したじろぎ、口元は笑っているのに、目は悲しそうであった。


「……………そうね。私、子供だったのね。母様の代わりはいらない、なんて思ってしまったのよ。それから素直になれなくて」


 サンドラは、義母を傷つけた自覚がある。


「そうか………」


「でもね、おば様とお話して、私、勇気を出してみたの。実家のお義母様にお手紙をしてみたのよ。そうしたら、お義母様ったら、お手紙5枚もお返事が来たの。ふふ」


 サンドラは受け取った瞬間を思い出して、本当の笑顔になった。


「そう、すごい勇気だね。ねぇ、サンドラ、もし、夏休み中に実家へ行きたくなったら、僕と馬で行こうよ!僕が護衛になるよ」


「本当に?ふふふ、それは楽しそうだわ」


「そうだ!ガレアッド男爵に馬を借りるのも申し訳ないから、明日、馬を連れていこう!」


 コルネリオがとても乗り気だ。


「ええ!本気なの?」


 サンドラは、社交辞令程度に考えていた。


「そうだよ。そういうのは、勢いが大事なんだよ。馬を連れて行ってしまえば、サンドラはイヤと言えなくなるだろう。イヤと言えなくした僕のせいにしてしまえばいいのさっ!」


 コルネリオにしては、強引だ。でも、サンドラの背を押そうとしてくれているのは、サンドラにもよくわかった。そして、サンドラは、その優しさに甘えることにした。


「勢いが大事ねぇ。ふふふ、おば様と同じこというのね。おば様も、『わたくしに書かされたって言いなさい』って、言ってくださったのよ。

コル、ありがとう。あなた、優しいのね」


 コルネリオは、改めてお礼を言われて、頬が熱くなった。


「明日は馬上なら、もう寝なきゃ!おやすみなさい、コル」


「あ、ああ、おやすみ、サンドラ」


 サンドラは、落ち着かない気持ちを隠すように急ぎ足で部屋へ向かった。コルネリオから見えなくなった廊下の途中で、何度も何度も深呼吸してから、部屋に戻った。気持ちは落ち着いたが、コルネリオの優しさが体を熱くさせ、顔がニコニコしてしまい、なかなか寝付けなかった。


 コルネリオも、『あなた、優しいのね』と言ったときのサンドラの笑顔が頭から離れず、何度も寝返りをうっては、サンドラのことを考えていた。

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