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涙のハンバーガー 中編!!

 懐かしい夢を見ていました。

 高級牛肉ステーキを食べた日のことです。

 お腹が空きました。


 いつの間にか眠っていたようで、気づけば私は見知らぬ部屋のベッドで寝かされていました。

 否、部屋というより牢獄。壁はコンクリートで照明は薄暗い。部屋の広さも、4畳程度でしょうか。


「目が覚めたようだね」


 ガウンを着た風呂上がりのロマーノさんが入ってきました。

 片手にはワイングラスを持ち、ダンディに一口飲んで見せてます。


「な、なにが目的ですか! 犯罪ですよ!」


「たとえば、捨てられて弱っている子犬がいたら引き取って面倒をみるだろう? それと一緒さ」


「犬ですか、私」


 いいですよね犬って。人生楽そうで。


「なんでそんなに私に拘るんですか。結婚したって意味ないじゃないですか。もう令嬢じゃないのに」


 ロマーノさんはクククと喉を鳴らし、やがて小さな笑いが高笑いへ変わりました。


「数日前はただ、キミの控えめボディが好きなだけだった。キミはもう成長しなさそうだし、婚約者に相応しいと思っていただけだった」


 いきなり気持ちの悪い告白をされてしまいましたが、彼の放つ不気味さの原因は、もっと別の、彼の瞳の深い闇に潜んでいるような気がしました。


「僕はね。間引きをしたいのだよ。近頃は自分たちに力があると思い込んでいる貴族たちが多すぎる。貴族にも上下関係があり、世界を率いるのは伝統のある権力と莫大な財力を持つ者だけでいい。それが古き良き貴族社会なのさ」


 急に難しい話をされてしまいました。

 勘弁してください。私、歴史のテストで9点を取ったことあるんですから。


「つまりなにが言いたいのかわかりやすくお願いします」


「悪役令嬢協会を潰す。あれは思い上がった貴族を増長させる悪しき組織。そのためにキミには象徴になってもらう。協会の闇に葬られた哀れな姫。同情を誘い、協会のあり方に異を唱える道具になる」


「?????」


「協会を快く思わない、一部の選ばれし貴族たちの社会を取り戻すため、キミには協力してもらう」


「な、なるほど?」


 わかりました。つまり私を、『政治利用』するってわけですね!

 そんなに重要な逸材なのですね私は。いつの間にか大きくなったものです。

 が、だからといって素直に「YES!」などと言う私ではありません。

 この人は苦手ですし、私は政治よりも美味しいご飯の方が重要なのです。


「そんなことより、くっちゃんはどうしたんですか。私の専属メイド」


「知らないね。まあキミを見捨てたんだろう。見捨てざるを得ないというべきかな」


 どうしましょう。くっちゃんなら本当に私を見捨てかねません。

 いやいや、さすがにそれは……うーん、半信半疑。

 って、主人である私が信じないでどうするんですか!


「くっちゃんは必ず助けに来てくれます。そしたらあなたとはおさらばです。私にはやるべきことがあるので」


「ファーストフードの旅、だっけ? あんなものでいいなら今からでも用意できる」


「いりません!!」


「その強情がいつまで続くかな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 3日経ちました。

 3日間この独房でじっと耐え続けています。

 元より引きこもりがちな私なら余裕で耐えられると思ってましたが、あれですね、籠もるのは安心できて勝手もわかる自分の部屋だから気楽なだけで、見知らぬ空間だとシンプルに苦痛ですね。

 娯楽になりそうなものもないですし。


「お腹すいた」


 この3日間、私はなにも食べていません。こう見えて頑固なんですよ私は。

 でもさすがに水は飲みました。水ぐらい良いじゃないですか。ねえ?

 ちなみにくっちゃんが助けにくる気配は全くありません。


「こうなったら……」


 私は独房の外で待機している警備兵を、体調が悪いという名目で呼び出しました。

 様子を伺うために中に入ってきた瞬間に、意を決して渾身のタックルをかましてやると、警備兵は壁に後頭部を打ち付け、気を失いました。

 今がチャンスです。


 扉を開け、ソロリソロリと独房を抜け出します。

 薄暗い廊下を進んで階段を登ると、物置のような部屋に出ました。

 部屋を出てみると、赤いカーペットが敷かれた廊下があって、月明かりが窓から差し込んでいます。どうやら、ここは一階のようです。


「ここって……」


 窓の外には海が見えます。

 この景色、見覚えがあります。

 確か、そう、ここはロマーノさんの別荘です。

 以前招待されたことがありましたが、まさか地下に独房があったなんて知りませんでした。


「とにかく逃げないと」


 窓を開けようとしましたが、小さすぎてさすがの私も通れません。

 諦めて出口を探していると、とある部屋から何者かの呻き声が聞こえてきました。

 気にしちゃダメだとわかっているのに、あぁ、私のなんと好奇心旺盛なことか。

 ゆっくり中を覗いてみるとそこには、


「シャトンさん!?」


 手足を縛られ、顔が腫れ上がったシャトンさんがいました。


「どうしたんですか!? 誰にボコられたんですか!?」


「うぅ、ラミュもロマーノに捕まったのですわね」


 そのとき、私の背後からロマーノさんの声が聞こえてきました。


「知り合いだったのかい」


「ひぃ!」


 彼の両隣には武装した兵士が2名立っています。


「たったいま彼女を拷問し、協会本部の場所を聞き出しているところさ。なにせ協会は秘密組織。まだまだ謎だらけだからね」


「こんなのひどいです! 暴力反対! あなたは変態!」


「はっはっは。これは躾だよ。しょせん下級貴族だって事実を体に叩き込んでやったのさ」


 この人、マジもんでヤバい人です。

 私のお花畑人生にはいなかったタイプの悪人です。

 やはり悪役令嬢の婚約者は悪役令嬢より悪役してます。


「それより、キミは協力する気になったかい? もう3日も食べてないんだろう? さっきからぐーぐーお腹鳴ってるよ」


「乙女になんて失礼な! お前はさっさと地獄に落ちな!」


「なんでさっきから韻を踏んでいるんだい? ラッパー志望なのかい?」


 しまった。真面目に怒っているはずが、ついついふざけた感じになっちゃいました。

 あるあるですよね。マジギレしているのになんかおかしな怒り方になっちゃうこと。


 ロマーノさんはポケットからハンバーガーを出してきました。


「さあ、遠慮せず食べたまえ。さあ」


「うっ」


 たしかに、私はいまめちゃくちゃお腹が減っています。

 そんな状況で食べ物を前に出されたら、怒りが食欲に染まってしまいます。

 でも食べません。食べてなるものですか。


「メイドは助けに来ないよ。別荘の外も中も、僕の直属部隊が警備している」


「来ます! そして私にファーストフードを食べさせてくれるのです!!」


「……はぁ、キミは権力には逆らえない臆病者だと思っていたんだがね」


 するとロマーノさんはハンバーガーを握りつぶし、


「なら力づくで従わせよう。元来男女関係とはそういうものだ」


 フェミニスト大激怒の女性差別発言をぶちかましながら、ハンバーガーを床に投げ捨てたのです。


「あ! なんてことを!」


「だいたいこんなもの、試しに食べてみたが、一流貴族の舌には合わないね。なにがファーストフードの帝王だ。ふっ、まさに、僕が嫌う自惚れモノというわけだ」


 ロマーノさんの言葉などまったく耳に届かず、私は無意識のうちに床に落ちたハンバーガーを見つめ、瞳に涙を浮かべました。


「ひどい、ひどすぎる……」


 胸がグツグツと熱くなり、脳に血が登って拳に力が入ります。

 歯を食いしばってロマーノさんを睨みあげると、彼の両隣にいる兵士が銃口を向けました。

 撃てるものなら撃てばいいです。頭に登った血が下がるというものです。


「ハンバーガー1つが、どれだけ貴重かわかってるんですか!」


「貴重? そんなものが?」


「亡くなって肉となった動物の命、摘まれた野菜の命、チーズやソース、パンを作った人の努力、それらが詰まっているんです!」


「……」


「どんな食べ物でも、私たちの命になるんです! それを、それをこうも簡単に捨てるのは、とても、とても酷いことなんです!」


「道徳の授業のつもりかい?」


「子供でも知ってるような常識を守れない人間に、人の上に立つ資格はありません! 消えてください!」


 ロマーノさんは額に血管を浮かべ、鬼の形相で私に平手打ちをしました。


「図に乗るな! これ以上ギャーギャー喚くなら、そこの女と一緒に痛い目に合わせてやる」


「やれるもんならやってください。くっちゃんが必ず助けに来ます」


「ハハハ、まだそんな妄想……」


「妄想じゃない! 絶対来てくれる。私が協会から追放されても、城から追い出されても、私についてきてくれたから!」


 見返りを求めてるからとくっちゃんは宣言してました。

 でも、だったらこんなホームレス令嬢と一緒にいないで、城に残っていたほうが金と地位を手に入れるチャンスは高いはず。

 ならどうして側にいてくれるのか。それは紛れもなく、彼女なりの優しさと、忠義があるからです。


「黙れガキ!」


 ロマーノさんが拳を振り上げました。


「助けて、くっちゃああああん!!」


 その瞬間、別荘の上の方から爆発音が響き、建物が揺れだしました。

 そして一階の天井がぶち破られ、あいつが降りてきたのです!


「おまたせしました、お嬢様!!」

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