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番外編:まだお嬢様だった頃〜

 一年前。

 上流貴族の子供だけが集う学校、その片隅の片隅のさらなる影の下に、私は在籍していました。


「それではこの問題を、シャトンさん」


「はいですわ。X=700億。わたくしの貯金と同じ額ですわあ!」


「よろしい。ではその次の問題を、ラミュさん」


「え、あ、え、X=えっと、その」


「うーん、赤点決定」


「うぅ……」


 クラスメイトたちがクスクスと笑います。

 上流階級なだけあって笑い方が上品です。

 クラスの笑い者になっていますが、少し前まではもっと扱いが酷かったです。

 大声で悪口を言われたり、給食で余った牛乳を無理やり押し付けてきたり、散々でした。

 それがどうして、ここ最近は笑われるだけなのが謎です。


 こんな私に当然友達はいなくて、体育の授業やグループ討議をしなきゃいけない授業は地獄です。誰もチームを組んでくれないので。

 しかし、この学校で唯一、たった一人だけ私に優しくしてくれる女神がいます。


「あ! エルス様よ!」


 学校の廊下を歩く一人の女子生徒に、男女問わず多くの生徒達の視線が集まりました。

 数人の取り巻きに囲まれ廊下の中心を優雅に歩く黒髪ロングの女性。

 エルス・イチバンビジン。二つ上の先輩で、この学校の顔と言うべき超有名人です。

 一族は代々貿易会社のトップを努め、彼女もいずれは社長に就任するとかしないとか。やっぱりするとか。

 その資産は世界中のあらゆる生命体を余裕ですべて買えるほどだとか買えないだとか。やっぱり買えるだとか。


 ちなみに彼女は悪役令嬢ではありません。成功が約束されているので、協会に入る必要がないのです。それほどの力、それほどの令嬢パワー。

 悪役令嬢協会も彼女の一族を恐れ、会員の悪役令嬢たちに無礼を働かぬよう注意しています。


 エルス先輩は私と目が合うと、ニコリと笑って近づいてきました。


「ラミュ、元気?」


「あ、はい」


「よかった。また屋敷にいらっしゃい」


「へへぇ」


 優しく私の頭を撫で、エルス先輩は去っていきました。

 どうして我が校の恥である私を気に入っているのか、大勢の生徒たちが疑問を抱いています。

 その理由を知るのは私のみ。

 そう、あれは半年前。


 なんの因果か、私の家族がイチバンビジン家の屋敷に招待された日のこと。


「うふふ、ラミュはよく食べるのね」


「す、すみませんエルス先輩。この高級牛肉を使ったステーキが美味しくて、つい」


 噛んでいないのに肉が蕩けるなんてマジックです。嘘じゃないんですよ。舌に乗せただけでとろーんと肉が肉汁溢れさせてしまうのです。

 なのに噛んでみると肉の芯の固さを実感できて、無敵! しかもステーキを薄くすれば肉汁は減り、ソース本来の旨味を舐めることができるのですよ。


「いいのよ。たくさん食べて。あなたみたいにガツガツ食べる人、私の周りにはいないから、珍しくていくらでも見てられるわ」


 あははと笑うエルス先輩とその両親、そして私のパパママ。しかしたった一人、私の妹のリニャだけは不機嫌そうでした。


「お姉ちゃんいい気になっちゃダメ! 同じ令嬢なんだから下手に回らなくていいの!」


「そうはいってもリニャ、この世は残酷な縦社会だし……」


「こんなステーキぐらい私が毎日食べさせてあげるよ! 私、牛を育てる!」


 それは大人たちにしてみれば幼い女の子の面白い冗談だったでしょう。

 でも私だけは、リニャは本気なんだとわかっていました。

 リニャは私とは正反対の気の強い子。この子が姉だったらと、いつも願ってしまいます。

 あぁ、また妹と比べるとどんどん気分が落ち込んじゃいます。

 

 その晩、借りた部屋でリニャと寝ていると、ふと目が冷め、屋敷内を散歩してみることにしました。

 決して金目のものがあったら拝借しちゃおうなんて考えてません。恐ろしくてできませんって。

 しばらく廊下を歩いていると、後ろから何者かに抱きつかれました!


「なにしてるのかな?」


「ひぃ!」


 背中に触れる柔らかな感触、いい匂い。振り返るまでもありません。エルス先輩です。


「ダメだよ、夜中に人の家をウロウロしてたら」


「ごめんなさい!! 両腕差し出すんで許してください!」


「うふふ、変なの」


「変ですか? 死んで侘びます」


「そういうところが変なのよ。面白いわ。他の子とは、ぜんぜん違う」


 そりゃあ劣等悪役令嬢なもんで。


「いっつもネガティブなのかしら?」


「お恥ずかしながら。……私ってほら、こんなですし」


「人それぞれなんだからいいじゃない」


 なんですかこの人、常に優しくないと死んじゃう病なんですか。


 エルス先輩は離れ、じっと私を見つめだしました。

 なんだか照れくさいです。人の目を見て喋れない私的にはまるでカエルに睨まれた蛇のよう。


 間違えました、蛇に睨まれたカエルのよう。


「あの、私の顔に、なにか?」


「ううん。不思議だなって思ったの」


 エルス先輩はそっと頬に触れ、親指で私の唇を撫でました。

 なんですかこのスキンシップ。陽に住む女の子ってこれが当たり前なんですか!?


「こんなに小さな口で、あんなにパクパクパクパク。よっぽど食べるのが好きなのね。素敵だわ」


「えぇ、まあ」


「ラミュ、あなた婚約者はいるの?」


「あ、はい。ロマーノ・チッパイスキーノさんです」


 エルス先輩の目が鋭くなり、僅かな怒気を放ちました。


「あいつか……」


「お知り合いですか?」


「えぇ。お父様と仲がいいの。……まあいいわ」


 もう一度、エルス先輩の親指が私の唇に触れました。

 上唇の内に指を入れ、軽く口を開けられます。


「学校ではみんなに意地悪されているようだけど、安心して、私がどうにかしてあげる」


「え?」


 エルス先輩の顔が、私の横顔に接近しました。

 まるで耳に息を吹きかけるかのように、妖しく囁いてきました。


「いつでも頼っていいのよ。私の可愛い子」


 それから先のことはよく覚えていません。

 あまりに刺激的すぎて血が登ってしまい、失神してしまったからです。

 ただうっすら覚えているのは、気を失いながら聞いたあの人の言葉。


「まだ私を怖がってるみたいだけど、少しずつでも仲良くなりたいの。もちろんラミュの意志を尊重して。それほど私は、あなたを気に入ってしまったわ」

 

 あれから私はエルス先輩のお屋敷にお邪魔していません。私がエルス先輩を怒らせるのを恐れた悪役令嬢協会が、パパとママに接近禁止令を敷いたからです。

 もしかしたら同級生の私への対応が多少は良くなったのは、エルス先輩のおかげなのでしょうか?

 わかりません。でも確かなのは、もう一度エルス先輩のお屋敷にお泊りしてみたいってことです。またあの牛肉が食いたいです。

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