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涙のハンバーガー 前編!!

「でお嬢様、いくら稼いできたんですか?」


 夜、私とくっちゃんは田舎町のボロっちい宿に宿泊していました。

 トイレは汚く、部屋には普通に蜘蛛がいたり、壁が薄くて隣の部屋から運動している女の人と男の人の声が漏れています。


「3日働いたから1万7千ギルだよ」


「あれ? 日当1万ギルで合計3万ギルでは?」


「いやその、近くに有名な温泉があって、3日連続で入っちゃった」


「あはは、どうしようもない人間ですね」


 笑われながら貶されるのが一番心を抉られますね。

 でも気持ちよかったからしょうがないじゃないですか。温泉。


「くっちゃんはいくら稼いだの?」


「7万ギルです」


「リアルな数字だね。ここはどどーんと『300兆ギルです! どっかーん!』ぐらいのボケをかましてほしかった」


「残念ですが現実はシビアなのです。しかし、その分準備も済ませてきました」


「準備?」


「お嬢様が立派な悪役令嬢に返り咲くためのロードマップです」


 するとくっちゃんは床に大きな模造紙を広げました。

 そこには大きな字で『☆目指せ世界征服☆ 態度だけはでかいお嬢様を財力もでかい悪役令嬢に戻そう大作戦』と書かれていました。

 さりげないディスりを忘れないこのメイドの細かさ、信用に値しますね。

 タイトルの下には①、②と、箇条書きで計画が書かれています。


「まずはとにかく各地でファーストフードを食べまくりましょう! 写真も取って記事を書き、私が編集して出版します!」


「出版!? 本になるの?」


「口座を開設し、大手出版社ともすでに話をつけてあります。私の使用済み下着を送ることで承諾を得ました」


「くっちゃん、私のためにそこまで……」


「いえ、未使用の安い下着を使用済みと偽って送るだけですので大丈夫です」


 さすがくっちゃん。こと悪事に関しては私の遥か上をいく。

 生まれる身分さえ身分なら、最悪の悪役令嬢として宇宙全土を地獄に変えていたに違いないです。


「印税でお金を稼ぎつつ、各地のお金持ちとコネを作ります。やがて資金、人脈ともに充分潤ったら――」


 くっちゃんの説明を遮るように、突然窓から強烈な光が差し込みました。

 耳障りなプロペラ音も近づいて、私たちは何事かと窓を開けます。

 ヘリコプターでした。頬をつねって痛みを感じたので夢ではないです。

 宿の上空でヘリコプターが飛んでいたのです。

 スピーカーから声が聞こえてきました。


「見つけたよ」


 何度目ですかこのセリフ。見つかりすぎでしょ私。体にGPSでも埋め込まれてるのかな。


 そのとき、ヘリの扉から一人の男が降下し、窓から部屋に突入してきました!


「あ、あなたは!」


「やあ、久しぶりだね、僕のフィアンセ」


 サラサラの髪に整った顔のイケメン貴公子、ロマーノ・チッパイスキーノ公爵です。


「君がホームレスになったと聞いて慌てて捜したよ。なんせ、僕の妻だから」


「やめてください! 私はあなたの婚約者候補なだけで、正式な妻じゃありません」


 そもそも彼は25歳。私とは一回りも歳が離れています。それに、私は自分の意志で恋をしたいのです。


 それはくっちゃんも知るところ。さんざん愚痴ったおかで、くっちゃんは女性として私に味方してくれるようになったのです。


「ロマーノ様。お嬢様はもうメチャカワイイ家の人間ではありません。婚約の件は破棄となっているはずですが」


「だからこそ来たんだよ。僕はラミュを救いたい。僕の屋敷で住もう。ラミュ」


 手が差し伸べられ、私は一歩下がりました。

 どうせ手のひら返して手懐けられると思いましたか? これでも私は元悪役令嬢、婚約者の男には気をつけろとさんざん教えられてきたのです。


「私は旅をしているので無理です!」


「ファーストフード、だっけ? あんなもの、僕の専属シェフに頼めばなんだって作ってくれる。例えば、ほら」


 ロマーノさんはポケットから包み紙に包まれた円形の物体を取り出しました。

 それを見た途端、くっちゃんが絶叫しました。


「ああぁ!! それは、それは私がお嬢様に教えたかったのに!! この私がお嬢様に食べさせてあげたかったのに!!」


 いつも冷静なくっちゃんがこうも取り乱すなんて、あれはいったい?

 その疑問に答えるように、ロマーノさんが名前を口にしました。


「ハンバーガー。ファーストフードの帝王。まさに、僕ら上流階級にお似合いの食べ物さ」


「ハンバーガー?」


 たしか、庶民の世界で一番売れている食べ物だったはずです。

 「ほら」とロマーノさんが投げたハンバーガーをキャッチします。

 包み紙を開けてみると、レタスやチーズ、大きなハンバーグを挟んだパンが姿を見せたのです。

 美味しそうなハンバーグ。しかもとろけるチーズや口をさっぱりさせるレタスを一つにまとめている、まさに最強デッキ。それを掴みやすくパンで挟んでいるなんて、天才の発明品ですか?

 ごくりと唾を飲みました。

 はたして、こんなものを食べたら私はどうなってしまうのか。


 つい自然と口が開いたその瞬間、


「ダメですお嬢様!! それはなにか大きなことを成し遂げた記念すべき日に食べさせようと取っておいたもの。私と一緒に食べ、大事な思い出にしたいのです!!」


「くっちゃん……」


「食欲に抗ってください! でないと糖尿病で早死しますよ!」


 だから説得に死を利用しないでよ!!

 くっちゃんがこうも必死に懇願するのは初めてのこと。それほど彼女は、このハンバーガーとやらに思い入れがあるらしいです。

 ならば耐えます。耐えてみますとも。くっちゃんは私の、私の大事な食事係(仲間)だから!


「ロマーノさん、私は自分の足で食べ歩きしたいのです。自分で汗を流し、自分の手で!」


「悲しいな。こんなメイドがいるから庶民的な思想を抱くようになったんだね」


 途端、突如部屋に特殊部隊が押しかけ、私をロープでぐるぐる巻にしました。


「お嬢様!!」


「はわわ!」


 そして私は、外で待機していた護送車に放り込まれ、『誘拐』されてしまったのです!!

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