労働労働労働! いつか天津飯も食べてみようね。
パチパチ、パチパチ。
焚き火の音が虚しく夜空に消えます。
水で冷えた体をガタガタ震わせながら、私はボロボロと涙をこぼしていました。
「悪役令嬢に……戻りたい……」
滝壺に落ちた結果シャトンさんから逃れることには成功しましたが、肉体的にも精神的にも満身創痍。軽くうつ状態になってしまってます。
お腹もすきました。
くっちゃんもうーんと唸って、困っている様子です。
「悪役令嬢ハンターに協会からの追手。これはいよいよ対策を練らないとなりませんね」
「対策って?」
「お金を手に入れましょう。金は世界でもっとも力のある物体。ヒエラルキーの頂点。金さえあれば美味しいご飯はもちろん、用心棒だって雇うことができますよ」
「どうやって手に入れるの?」
「そりゃあもちろん、労働ですよ! 体を売るんです!」
「体を売る!? そ、そんなこと私にできないよ! もしかしたらそういう仕事もしなくちゃいけないかもって思ってたけど、私まだ13歳だよ!? 全部小さいし……でももしかしたら、逆に需要あるのかな……」
「なんの話ですか? 他人の金で甘えてないで自分で体を動かしてお金を稼ぎましょうって話ですけど」
「え!? う、うん。そうだよね! 知ってる!」
いったいなにを勘違いしているんでしょう?
ラミュ、わかんなーい。
「というわけでお嬢様、近くに町がありますので適当にバイトしてきてください」
「なんでそんな毎回テンポ早いの? 生き急いでるの? もう数日休んでたいよ」
「だってゆったりしてたら餓死するか捕まっちゃいますよ?」
「説得に死を利用しないで」
そんなこんなで翌朝。私たちはとある田舎町に突入しました。
人も建物も城下町などに比べたら少なく、閑散としています。
どの建築物も薄汚れてボロく、野良犬たちがゴミを漁り、小汚い子どもたちは頭悪そうに走り回っています。
「お嬢様、お達者で」
「くっちゃんは!?」
「私はやることがありますので」
「そんなあ」
くっちゃんはササッと踵を返し、どこかへ消えてしまいました。
ふと辺りを見れば、悪そうな大人たちが私をジロジロ見ています。
こんな犯罪率が高い町(断定)でひ弱な私がポツンとしてたら、それこそ本当にいやらしい仕事がはじまっちゃいますよーっ!
どんな仕事が知りませんけどね。
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「オラ! もっと腰使え!!」
「はいぃ!」
「そうじゃねえ、腰で支えんだよ!」
「ふえぇ〜」
日光が燦々と降り注ぐ真っ昼間、私は当日即採用してくれた懐の広い会社で汗を流していました。
重くて大きな部材を運んで重機に取り付けたり、土をせっせと運んだり、要は現場作業、力仕事です。
「おいラミュ、トラックで搬入するからあの空トラックどかしとけ」
「あの、私免許持ってないんですけど」
「はあ? 使えねえなこのチビ! じゃあ一輪車片付けとけ!」
まだ初日だというのに、こわ〜い親方や先輩方にキツくしごかれ、心が折れてしまいそうです(嘘です。とっくに折れてます)。
ひぃひぃ泣きながら一輪車を運んでいると、見覚えのある金髪ツインテが息を切らして座り込んでました。
「ぜぇ、ぜぇ、休憩はまだなの……」
「え! アムさん!?」
悪役令嬢ハンターのアムさんでした。
「うわ、なんであんたがここにいるのよ!」
「それはこっちのセリフです」
アムさんはみるみる顔を赤くして、こっ恥ずかしそうに耳打ちしてきました。
「生活費を稼ぎにきたに決まってるでしょ。このこと、誰にも言わないでよね」
「悪役令嬢を捕まえた報酬金で食ってるのかと思いました」
「易々と捕まえられるもんじゃないのよ悪役令嬢ってのは。だから時間があるときはここで働かせてもらってるの」
「うわぁ、苦労してるんですね」
「同情するなら大人しく捕まりなさい!」
「それだけはご勘弁を」
「ていうかあんた私のソース返しなさいよ! この泥棒! 極悪人!!」
「一応元悪役令嬢なんで〜」
「なに誇らしげに言ってんのよ!!」
「お前ら! 喋ってねえで働きやがれ!!」
「「はいい!!」」
その後も転んで鼻血が出たり、突き指したり、高所から落ちたり、トラックに惹かれたり、積み込んだ部材が落ちてきて下敷きになったりしましたが、無事に作業を終えました。
そしてその見返りとして手に入れたのはたった1万ギル。私の月のお小遣いの100分の1です。あんだけ働いてこれっぽっちとは、下々の世界の経済状況は悲惨なんですね。
「お、お疲れさまでした〜」
「おいラミュ、このあと時間あるか?」
「あ、はい。ありますけど……」
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親方や先輩方(アムさん含む)に付いていって訪れたのは、一軒のご飯屋さん。
のれんにはらぁめんと書かれています。
らぁめん、ラーメン? 聞いたことがあります。たしかデブの大好物ですよね? 上流階級で育った私には縁のなかったものですけど。
店内はどこか油臭く、床もギトギトしていました。
場末って感じです。
すると親方さんは、仕事中とは別人のような優しいスマイルを浮かべました。
「食いもんに困ってんだろ? 好きなだけ食え」
「お、親方さん……。でも私、こういうお店は初めてで」
「しゃあねえな。おいアム、お前友達なんだから代わりに注文してやれ」
「友達じゃないんですけど。……わかりました」
それから少しして、テーブルにセット料理が運ばれてきました。
メンマ、海苔、チャーシュー、ネギ、煮玉子がトッピングされた醤油ラーメンと、餃子です。
決して高級な料理ではないのに、ひと目見た瞬間よだれがダラダラ溢れてきました。
そういえば、仕事中バテちゃってお昼ごはん食べていませんでした。
「い、いただきます」
箸で麺を取り、軽く一口。
スープが染み込んだ麺は歯ごたえもよく、ツルツルとどんどん口の中に入ってきます。
続いては――。
「ちょっとあんた、なに小さく食べてんのよ。麺はもっとズルズル一気にいくものなのよ」
「そうなんですか? さすがアムさん。ラーメン博士ですね」
「あんた私のこと内心バカにしてんでしょ」
言われた通り、少々下品ですがズズズと音を立てて麺を頬張ってみました。
味はさっきと変わらない。変わらないのに、なんだろうこの満足感。
あぁそうです。美味しい食べ物とは本来、大きく口を開けてガバっと食べると幸せな気持ちになるものなのです。
「餃子も食べなさい。ほら、お酢に胡椒入れて、ここに漬けてから食べるのよ」
「では、いただきます。あーん」
うお! うおおお!! カリッと、もちっが両立する食感に溢れる肉汁とお酢の酸っぱさがベストマッチ! 中の具材も肉だけじゃなくキャベツやニラも入っていて、噛む度に具材の旨味が変化する。
拙い表現ですが許してください、ですが本当に、マジもんでお口の中に幸せが広がっていきます!
「まあ、餃子をなにを漬けるかは人次第だし、いろいろ試してみれば?」
醤油やラー油、ポン酢、お店オリジナルのタレ、それらを組み合わせ私の好みと検証していきます。
餃子すごい! 食べ方が多すぎます! どれが美味いか研究するだけで一生を費やせます。
忘れずラーメンもズズズ。やはり美味しい。スープも……カーッ! この濃い味がたまらんです! 口に入れたまま舌を泳がせて味を楽しむなんてするくらいに!
ガツガツ食べる私を、親方たちは微笑ましく見守っていました。
今日の仕事は大変でした。みんな怖くて厳しいです。お店に入る直前までずっと辞めたいと思ってました。でも、本当は優しくて温かい。このスープのように。
親方が私の肩をポンと叩きました。
「明日も頑張れよ!」
「はい!」
意気揚々と返事する私に、アムさんが小声で告げました。
「なにアメとムチ作戦に引っかかってんのよ。このまま町から出さずずっと働かせるつもりよ?」
「え、なにがダメなんですか?」
「……そのうちヤバい宗教に入りそうねあんた」
やがてラーメン餃子セットを完食した私は、みなさんと別れました。
ちなみにアムさんは、今日一日共に汗をかきご飯を食べた私に対して、
「今日のところは見逃してあげるわ。でもいい? いつかあんたをハントしてやるんだから覚えてなさい」
と宣言して去っていきました。
準レギュラーのくせに生意気ですね。




