もしかすると誰かが排泄しているかもしれないしね。
むかし、修学旅行で温泉に入ったとき、クラスメイトの一人が体を洗い終わったあとに湯船に浸かり、そのまま更衣室に戻っていったことがありました。
普通もう一度軽く体洗いません? 他人も入っているお湯に浸かったんですよ?
余談ですが、私はその修学旅行で一言も言葉を発しませんでした。友達いなかったので。
で、なんで開幕早々温泉の話をしているかと言いますと、旅の道中で川を発見し、体を洗っているからです。
思い出しちゃったんですよね、辛い過去。
「くっちゃん、お魚たくさんいるよ。川魚っていうの?」
「ほんとですね〜」
「これで美味しいご飯作れないかな?」
「できないこともないですが、ここらの川は上流から産業廃棄物が垂れ流されているので心配ですね」
「え、いまその川で体洗ってるんだけど。もっと早く言ってよ」
「……はあ、最近肩がこるわ」
無視されました。
まあいいです。くっちゃんは私の貴重なご飯係(仲間)。ちょっとくらい苛立ったって我慢しますよ。へっへっへ。
さあて、今日はどんな美味しいご飯が食べられるかなあ。
「見つけましたわ!」
突如川に響いた甲高い声。
あれ、アムさんが登場するにはまだ早くないですか?
ていうかいつからですわ口調に……。
と思ったら、見覚えのある悪役令嬢が二人、声のした方に立ってました。
「お久しぶりですわね、ラミュ・メチャカワイイ。いや、ホームレス令嬢ラミュ!」
「マ、マトンさん!」
高そうなドレスに銀色の長い髪。彼女はマトン・カイモノイッテクルワネ。私の同級生にして悪役令嬢協会の会員です。
その隣には彼女の妹、道着姿の黒髪ショート少女、シャトンちゃんがいました。
姉妹なのに髪の色が違うって、なんか疑っちゃいますよね、いろいろ。
「なんでここにマトンさんが……」
マトンさんは川で水浴びしている私を見て、鼻で笑いました。
「くっくっく。川の水で体が綺麗になりましてえ? くくっ、ここまで落ちぶれましたのね、出来損ないのポンコツラミュさん」
な、なにを〜。
さすがの私もカチンときましたよ。
急いで服を着て、ガツンと言ってやりました。
「あの、ごめんなさい。人違いじゃないでしょうか」
「いや思いっきり私に反応してましたし」
「うぅ」
「体だけでなく根性まで薄汚れてますのね」
悔しい! なにか言い返したいです!
でも目上の人に歯向かうのは怖いのです……。
あ! ていうか人のこと汚いとか言ってますけど、この人ですよ湯船浸かって体洗わずにお風呂出た同級生! 思い出しました!
汚いのはどっちですか!
「わ、私になにか?」
「協会から追放された元悪役令嬢が、家族からも追放されたと聞きましてね。そういう野良令嬢は世間に迷惑をかけて悪役令嬢界隈に迷惑をかけるのです。故に、私たち武闘派悪役令嬢があなたを捕獲するため派遣されたのですわ!」
「捕獲されたらどうなるんですか?」
「劣悪な保護施設で一生を過ごしてもらいますわ」
「え! 衣食住が保証されてるんですか!!」
「……いくらなんでも元悪役令嬢ならもう少しプライドってものを持ってくださいましよ」
「すみません、つい」
マトンが呆れていると、妹のシャトンちゃんがシャドーボックスをはじめました。
「さっさと倒すっすお姉さま! 拳が唸ってたまらないっす!」
ひえ、野蛮人です。
そういえばマトンさんは総合格闘技の地区大会ベスト16で、妹のシャトンちゃんはボクシング全国大会準優勝だって聞いたことがあります。
まさに生粋の武闘派悪役令嬢なのです!!
まともに相手してたらあっという間に逮捕されてしまいます。
それでも別にいいんですけど、マトンさんにプライドを取り戻せと説教されたので、抗っときます。
ファーストフード食べ歩きの旅もできなくなりますしね。
「くっちゃん、どうにかして!」
するとくっちゃんはぐぎぎと歯痒そうな顔で二人を見つめていました。
「無理ですお嬢様。私はメイド、残念ですがご令嬢に無礼な真似はできないのです。申し訳ありません」
「そんな! ご主人様がピンチなんだよ?」
「お嬢様の価値とお二人の価値を比べてしまうと、やはり無礼な真似はできません」
「もうすでに私には無礼なんですけど」
「お嬢様はまあ……アレですし」
「ダブルで無礼なんですけど」
だいたいアレってなんですか。
やっぱり知りたくないです。自分から自分の悪口を聞きに行きたくないです。
エゴサとかしないタイプなんです。
「さあいきますわよ! やりなさいシャトン!!」
「はいっす!」
シャトンさんが爆速で突っ込んできました!
無理です私の格闘能力はマイナス突破してます。
護衛術の授業も初回で30箇所骨折られてから受けてませんし。
「お嬢様危ない!」
くっちゃんが間一髪のところでシャトンちゃんのパンチをガードしてくれました。
しかしシャトンちゃんは全国大会準優勝の実力者。一見華奢な少女のパンチでも、その実態は大砲で発射された鉄球と同威力です。
「大丈夫!?」
「あばらが逝きました」
「まだまだいくっすよ!」
まずいです、このままでは本当に捕まってしまいます。
なにか、なにかないか、とにかく武器になりそうなものを探してみると、
「あ!」
ありました。先日のカツサンドでアムさんから借りたままだったソースです。
マジで餓死しそうなときに啜ろうと借りパクしてたやつです。
「こ、これでもくらえ!」
シャトンちゃんはいともたやすくソースをキャッチすると、不思議そうに眺め始めました。
「なんすかこの茶色いの」
「なにって、ソースですよ? さすがの私もお嬢様時代からソースは知ってましたよ?」
「こんなのが、ソースっすか?」
「ちょっとシャトン! そんな下等なもの捨てなさい! わたくしたちには不似合いですわ!」
けれどシャトンちゃんは好奇心に逆らえず、蓋を開けてソースをペロリと舐めちゃいました。
「うっ! なんすかこれ! 濃いっす、味が濃すぎるっす!!」
「バカシャトン! そんなもの食したと知られたらお父様にビンタされますわ!」
「水、水がほしいっす!」
シャトンちゃんは急いで川へダッシュし、水をガブガブ飲みだしました。
それが運の尽き。産業廃棄物が垂れ流された汚染水を一気飲みしたシャトンちゃんは、ぐんぐん顔が真っ青になり、ぶっ倒れたのです。
こうして私は、人間のエゴで自然を汚してはいけないなと学んだのでした。めでたしめでたし。
「シャトン! ムキーっ! よくもシャトンを!」
今度はマトンさんが走ってきました。
「逃げましょう、お嬢様!!」
「うん!」
私たちは川沿いを伝って、全力でマトンさんから逃げ出しました。
だけど行く先は崖になっていて、かなりの高度から川の水が滝壺に落ちています。
「追い詰めましたわよ!」
まさに万事休す!
「飛び込みましょう、お嬢様」
「えぇ!? 死んじゃうよ!」
「これも立派な悪役令嬢になる修行です!」
くっちゃんに無理やり手を引かれ、私は覚悟も抵抗する時間もなく、
「わああああああ!!!!」
滝壺へダイブしたのです。