旅のはじまりはいつもフライドポテト
お腹が空きました。
もう無理です。死にます。
お城を追い出されて数時間後、行く宛のない私はとりあえず、お城の裏の山に身を潜めました。
もしかしたら食べられそうなキノコや木のみがあるかもしれないからです。
でも、キノコや木のみなど見つけられず、ただ私自身が蚊のご飯になっているだけです。
うぅ、どうして私がこんな目にぃ。
「お嬢様」
振り向くと、新人メイドのくっちゃんがいました。
「くっちゃん、なんで?」
「心配で来ちゃいました」
「く、くっちゃん……」
気づけばくっちゃんに抱きついていました。
私に優しくしてくれる唯一の人間、本当に大切な人はこんなに身近にいたんですね。
「一生お嬢様についていきますよ。一人前の悪役令嬢にしてみせます!」
「いやだからね」
すると、私のお腹がぐぅ〜と鳴ってしまいました。
お腹が空きすぎて反論する元気も失われてしまいます。
「ふっふっふ、お嬢様、お腹ペコペコなんですね」
「なにか持ってきたの!?」
「じゃじゃーん!!」
くっちゃんが見せてきた皿には、茶色く細長いものが何本も乗っていました。
「なにこれ?」
「フライドポテトですよ」
「こ、これが?」
私が食べてきたフライドポテトといえば、もっと短くて太くて、ホクホクしているアレなのに、目の前にあるのは細くて、頼りないくらいふにゃふにゃで、しかも冷めていました。
「簡単に作れるのがこれしかなかったんです」
「う〜ん。まあ、ありがとう」
いかにも底辺の料理って感じでずが、背に腹は変えられません。
試しに一本手にとって、口に入れてみます。
味はしょっぱく、感触も歯ごたえなくていまいち。正直、美味しくありません。
「どうですか?」
「もぐもぐ。貧乏飯って感じ」
「いまのお嬢様にピッタリですね!」
「これ以上心を傷つけないで! もぐもぐ」
「ぜんぶ食べていいんですよ」
「こんなのそんなに食べないよ。もぐもぐ」
「その割にはさっきからたくさん食べてますね」
「はっ!」
ホントです。知らぬ間にお皿のポテトはあと数本になっていました。
たいして美味しくもないのに、なぜ? お腹減っていたから?
「そろそろ喉が乾いた頃ですね。コーラはないので、代わりに……じゃん!」
「牛乳?」
「まま、ぐびっといっちゃってください」
言われるまま牛乳を一口。
「!」
な、なんですかこれ!?
ポテトの塩でしょっぱくなった口内を、すっきり爽やかでほんのり甘い牛乳が洗い流す。
するとどうですか、さっきまで味わっていた濃い味がまた恋しくなって、自然とポテトに手が伸びる!!
塩が欲しい、塩が欲しい!
そうなってくるとあの頼りない食感がちょうどいい。私は塩を舐めたいのであって、ジャガイモはおまけ。しょっぱさを邪魔しない細くてふにゃふにゃがちょうどいいのです!!
「こんなの、はじめて……」
「ぬっふっふ。あのお城じゃまず食べれないですからね、こんなの」
「うっとり〜」
ずっとこの幸せを噛み締めていたいです〜。
たまらない幸福感を味わっていると、足音が近づいてきました。
振り返ってみると、見覚えのない女の子がいました。
「見つけたぞ元悪役令嬢!!」
カウボーイハットをかぶった、気の強そうな金髪ツインテが私を指差しました。
「大人しくお縄につきな!」
「だ、誰ですか!?」
「ひっひっひ」
女の子は懐から縄を取り出しました。
「この世には悪役令嬢を恨む反悪役令嬢団体があるのよ。私は悪役令嬢ハンターのアム。ここいらに悪役令嬢協会から追放された劣等令嬢がいるってきいて、ハントしにきたのよ!!」
「え! だって追放されたから悪役令嬢じゃないですよ! 私には無関係ですよ!!」
「元でも大金は貰えるのよ! せいぜい一部マニアのおっさんに可愛がってもらいなさい!!」
まるで牛でも捕まえるような先端を円になっている縄を投げてきました。
捕まるわけにはいきません! 私はくっちゃんと猛ダッシュで逃げ出しました。
「くっちゃん! 警備兵を呼んで!!」
「無理です。もうお嬢様はメチャカワイイ家の人間じゃないので」
「そんな!」
「代わりにこれを!」
くっちゃんがダイナマイトを渡してきました。
「これをどうしろと?」
「投げるんですよ」
「いやいやいやいや!!」
「これも立派な悪役令嬢になる試練です!」
「だから私はもう元悪役令嬢なんだってえ!」
叫んだ瞬間、それをかき消すほどの銃声が響き、私の近くにあった木に穴が空きました。
「へ?」
アムさんの手に、リボルバーが握られていました。
「次は外さないわよ」
「悪役令嬢よりよっぽど悪じゃないですか!!」
私はパニックになって頭が真っ白になり、もはや手段を選んでいる余裕を失ってしまいました。
「くっちゃん、火!」
「どうぞ!」
火のついたマッチで導火線を点火して、
「こっちにこないでくださああい!!」
アムさんにダイナマイトを投げつけました。
「ダ、ダイナマイト!?」
驚くアムさんを背に、私たちは止まらず走り続けました。
やがて後方から爆発音が轟いても走りまくり、いつのまにか私とくっちゃんは、お城の領地の外の草原にいました。
「なんとか撒きましたね、お嬢様」
「はぁ、はぁ、もう走れない」
「これからどうします?」
「わかんないよ。私一人じゃなにもできないし……」
「なに言ってるんですか」
くっちゃんが優しく私の手を握ってくれました。
「どこまでも一緒ですよ。専属メイドですから」
「くっちゃん……」
まさかくっちゃんがこんなに忠誠心のある優しいメイドだったなんて、意外です。
私はくっちゃんの好意に触発され、こっそり抱いていた望みを口にしました。
「どうせホームレス令嬢になったなら、ああいう食べ物もっと食べたいです」
「ふにゃふにゃポテトみたいな、ファーストフードですか?」
「う、うん」
「じゃあ行きましょう!」
「え?」
「ファーストフードを食べまくって悪役令嬢に戻る旅のはじまりです!!」
そんなこんなで、私はくっちゃんと旅に出ることになりました。
ちなみに、どうしてここまで私に尽くしてくれるのか聞いてみたら、
「お嬢様が一人前の悪役令嬢になったら、世話した恩返しとして領地と金を貰うためです!」
などと正直に答えてくれました。
正直者ってすばらしいですね。今日で専属メイドクビにします。