2.お茶会での出来事
『チャンジャー伯爵令嬢、こちらへどうぞ。』
『え!? こちらの席ですか?』
『はい。こちらでございます。』
そうして招かれた先は、公爵夫人とミーシャ様が座っており、その後に王妃と王太子、公爵夫人と公爵令嬢と、宰相の侯爵夫人と侯爵子息が座る席。
顔を見た瞬間にガリガリと精神が削られる思いでしたよ。ご挨拶して席に座る頃には、精神が撃チーンしていました。
そして、その席に呼ばれた理由が判らないから尚更怖い。公爵令嬢のミーシャ様と侯爵子息のエリオ様は学友でもあったので、二人だけならわかりますが、ご婦人同伴では意味が全く違うわけですよ。
そして、その時の会話なのですが。ミーシャ様とエリオ様がお嬢様を持ち上げるような話ばかりでした。今にして思えば......あぁ。
会話です。会話。
『ミーシャから聞いたのだけど、シャリー嬢は、確か刺繍が得意で、あの有名なエレ・シャルン・ドレス店に卸していて、しかも全く異なる刺繍を卸していると聞きましたが本当なの?』
『はい。幾何学模様と動物柄ですね。』
『え?動物柄って、ミモザが好んでいるあの可愛いけど、繊細な柄のかしら?』
『そうよ。お母様、あの柄はシャリーが学園に居る時にひとつ譲ってもらったのよ。それを妹が気に入って、ファンにまでなって、新作が入る度に見に付き合わされるのだから。』
『ミーシャ様、申し訳ありません。そんなお手数おかけしているとは。』
『気にしないで。あれはミモザが入れ込み過ぎなのだから。』
『だからって、二種類も別な柄なんて作れるのかい?』
『エリオ様、実は私の名で卸しているのですが、動物柄は、主に侍女が作っていまして。私は幾何学模様なんです。』
『そうなの?侍女のアリーリア嬢も作っているんだね。かなりの量を作っているようだけど。』
『作る切っ掛けは、七年前の領での水害が原因で。先代様が蓄えていた資金を使い切ってしまったので、今後の蓄えにと。侍女が刺繍が得意だからと一緒に作ってはどうかと言う話になって、ドレスのリメイクが目的でですね。リメイクも終わったから、売ってみた所、意外にも皆様に良い評価頂いて、取り扱ってもらっています。』
『二人は凄いね。なかなか領の為とそこまでする貴族もなかなかいないよ。あの水害は酷かったし、次もいつ災害が来るか判らないからね。』
刺繍で名を売り、商売を行い、領の災害の備えを考えていることに皆一様に褒めたたえておりました。
お嬢様のこととは言え、お顔真っ赤でこそばゆい想いでした。二人とも刺繍のことは知っているはずなのに、ここで話さなくても良いではないかと考えていましたよ。まったく。
極めつけは、私アリーリアの話ですよ。学園祭の買い出しで、お嬢様から買い物リストを見せてもらった際に、安く扱っている店を効率良く、安全な道を通って行けるように、簡単な地図を作ってお嬢様に渡したことがあるのです。
その話をここでエリオ様が私の名を持ち出して、また褒めたたえる。侍女が褒められるということは、お嬢様が褒められることと同義なので誇らしくはあるのですが、名前はいらないのです。
後は、ダンスです。卒業パーティのダンスもお嬢様のダンスは素晴らしかったとお二人とも褒める、褒める。そして、一緒に練習した私までも褒められる始末。
単に、講師となる方がおらず、忙しい執事に基本だけを二人で教わり、その後は私が男性パート、お嬢様が女性パートで練習したのです。実は男性パートを学ぶと女性パートが踊りやすくなることを見つけ、二人でどちらも踊って、後半は楽しんでいただけなのですけど......。これは秘密。
まぁ、そんな練習方法までも斬新と褒められるとは、まったく驚きました。
もう、後半は『侍女』と出るだけで、背中に流れる冷たい汗が止まらない。せめて、お嬢様を主語にするだけでいいのですよ。まったく。
そして、そのような話で、撃チーンして倒れた精神状態が、冷や汗で出来た底なし沼にずぶずぶ埋まっていくわけですよ。どこまで、私の精神を地の底に落とせば気が済むのだろうか。もう、途中から『はい。』とか『えぇ』とかしか言えず、会話の記憶もエッヘン! とのたまわった割には、もぅボヤボヤで覚えていませんでした。
く、悔しい、グスン。私の唯一の特技の記憶が!
え? 刺繍も得意じゃないかって? 確かに器用ではあるのですが、あれは私のお母様の刺繍を記憶していたからなのですよね。
そして茶会も終わりの時間が近づいていた際に締めですよ。まさしく、首をキューっと絞められるような締めですよ。
『母上、特に問題ないでしょう?』
『そうですね。いずれにしても、貴方は一度言うとほんっっとに、意志を曲げないんだから。』
侯爵夫人とエリオ様が何やらよくわからない会話をして私は首を傾げていたのですが、他の皆様は、ニコニコしていらっしったのですよ。まったく!
仕組んでいましたね。絶対!
そして、エリオ様が私に向かって膝を折り、手を取ったのです。
『貴方に婚約を申し込みたい。貴方に私だけを見てほしい。そして、私は、貴方だけを見ることを誓おう。』
そ、そう言って、手の甲にキ、キスしてきたのです。も、もちろんシルクの手袋越しでしたが、エリオ様の唇の感覚がですね。そう、熱い気持ちが伝わってきたのです。
私の意識はそこまででした。同年代の男性になんて免疫というかここ数年会話すらなく、さらに美丈夫の侯爵子息ですよ? 意識飛んじゃうのなんて、普通ですよね。ね?!
◇◆◇◆◇◆◇◆
お嬢様に茶会での状況と私の感じたことをありのままにお伝えしました。お嬢様も少し難しい顔をしていらっしゃいます。
「困ったわね。王妃、公爵夫人、侯爵夫人の前では逃げられそうにないわ。」
「で、でも、エリオ様は侯爵の嫡男ですよ。婚姻を結ぶなら良縁ではないですか? 断る理由なんてないですよね? 寧ろ喜ばしい話かと。」
そう、断る理由なんてないのだ。美丈夫で優しそうなお方だし、さらには次期宰相という呼び声も高く、大変優秀なお方だ。お嬢様は何を悩んでいるのでしょうか。
「そうなのよね。そうなんだけど......、いきなり? やっぱり困るわ。」
そんな言葉をぼそっと呟いて、お嬢様は俯いて、本当に困った顔をされていました。
あれ? もしかして別に好きな方がいらっしゃるのかと思いましたが、そういう方は全然お嬢様からは聞いていませんでしたし、私に秘密にしていらっしゃるのかもしれないと思うと、少し胸がチクリと痛みます。
だって、今まで二人は主人と侍女という関係で、友人のようで、姉妹のようで、秘密も共有してきたのですから。お嬢様に秘密があると思うと、少し悲しいかもしれません。それを知りたいとは、少し我が儘かもしれませんね。
その日はお互いに今後どうするか考えようとなり、私も精神的にも疲労困憊な身体をベッドに投げ打ちました。ですが、エリオ様の告白の言葉を思い出す。自分に対しての言葉ではないのに、気持ちも高ぶってしまい、何故だか眠れない夜になりそうな予感がするのです。