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ホストクラブ「Yamato-nadeshiko」番外 「逢瀬」

作者: y

①表サイトの本編はこちらになります

http://syosetu.com/pc/main.php?m=w1-4&ncode=N4852D

②続編になります(18歳未満閲覧禁止)

http://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/39346/


「・・・気付かれないよね・・・」

光はマンションの扉を開け、廊下をきょろきょろと見回す。午後11時のネオ新宿の高級マンションの住人は深夜稼業の者が多い。同階に住んでいるNO.2の暴は昨夜アフターだった筈だからまだ寝ている筈ーーー

「・・・ふう」

エントランスを出てタクシーに乗り込む

「ネオ新宿御苑までお願いします」

そう運転手に声を掛け、その手の中の荷物を膝に抱える

「お客さん、随分大きな荷物ですね。足元置いたら?」

「いえ、お弁当なんで形崩したくないですから」

運転手はバックミラーで確認した美少年に、どこかで見たようなという意識で声を掛けて来る。淡い色のジャケットに身を包んだその非常に洗練された人物は美少年なのか美少女なのかちょっと分からない。だがこのネオ歌舞伎町ではその区分が曖昧な客は多いのだ。詮索しないことが運転手の条件。車は発進した


挿絵(By みてみん)


「ネー・・・光ちゃーん。アノネ・・・」

「どうしたんですかグレイシィさん?元気ないですね」

昨夜クラブでグレイシィら美女に囲まれていた光は彼女の顔を覗き込む。何時もの元気で明るい彼女ではなく、その表情は暗い

「んーとネー・・・ボス、がね・・・元気ナイ・・・いつもコワイの・・・」

グレイシィは言いづらそうにそう呟く。キャンサー・G−−−豪が元気がない、と

「いつも事務所でコワイ顔して、私達が話しかけても何も言わないー・・・店にも全然出てこないし・・・いつもイライラしてフキゲン」

光は豪の顔を思い出すーーー二週間前、彼を自室に迎え入れ介抱しようとしてーーーその感情をぶつけられた。決して恐怖は無く彼の哀しみと痛い程の誠意だけが伝わってきたあの夜をーーー思い出す

 「俺はしばらくあのクラブには行かねえ・・・代わりに女共行かせる。勿論お前を指名だ」

 「許してくれるかどうか分からねえがーーー連絡をくれ、一言でいい、からーーー」

そう、背中しか見えなかったけれど、涙は止めていたかもしれないけれどーーー彼の全身は泣いていた。自分に許しを請うように。抱擁されても胸を開かれても決して彼は乱暴ではなかった。自分に対してどうしていいか分からないようにただ信用して欲しいと必死に訴えていたことが分かった

「私達、ボスのことスキだよ。ダメなことすれば怒るし凄くコワイけど・・・ちゃんとガンバレばちゃんとオカネくれるし、無理に働かされるコトもナイもん・・・ネオ群馬っていうオンセンの仕事で泣いてた私を助けてくれたし・・・だからね、きっとボス、光ちゃんに会ってないから元気ないんだよ、お話してほしいんだヨー・・・ボス、光ちゃんのコト大好きなんだよきっと。なんで最近私達だけ来させるのかワカンナイけどさ、光ちゃんメールとかしてアゲテよー。きっとボス元気になるよ・・・明るいボスのが私達スキだよ・・・」

それ程までに豪は堪えているのだろうか。あの後彼に連絡しようかと何度も思ったが自分には大切な存在がいる。彼が反対することは分かりきっていたーーーけれど

「キット喜ぶよー」

他の美女達もうんうんと自分を見るーーー

「ボスが来たらもっともっとオカネ使ってくれるよ!あの黒いのに負けない為だ!そうだよ!そうダー!」

グレイシィが月弥のテーブルを指差すーーー何人もの客に囲まれている黒い存在。客同士がテーブルに来いと騒いでいる。それを小千が穏やかに収めて、自身は無関心に冷たく薄い微笑を浮かべーーー強烈なる存在。たった半期で彼ーーー彼女はNO.5まで上がっていた

「そ・・・そういうのは・・・私は・・・」

困惑する。そんな計算は決して無いーーー焦りはないーーーけれど負けたく、ない

「メールしてよ今!ネー!」

気付かれないようにNO.2のテーブルに目線を向ける。貴子と話している。今ならーーー

「じゃ、じゃあーーー」

携帯を取り出し、文字を打つ




「ーーーあ、豪さん・・・もういらしてたんですか・・・」

ネオ新宿御苑ーーー広大な国定公園には何箇所か東屋のような休憩所が設けられている。勿論暖房は効いており軽食なども可能で持ち込み等も出来る。休日は非常に混むそこも、平日の昼間であることから管理従業員である中年の女性がいるだけだった

「ああーーー一秒でも早くお前の顔が見たかった」

豪は待ち合わせ場所である東屋の壁にもたれ掛かるように立っていた。2m近いその偉丈夫な体格をダークブラウンのコートに包み、常のサングラスを掛けている。黒い手袋には紙包みが握られていた


挿絵(By みてみん)

「遅れてすみませんーーー寒くないですか?中で待ってて下さって良かったのにーーー」

走り寄る。吐く息が白い冷気に彼はただそこに存在していた。非常に存在感がある夜の世界の住人は昼間の緑の中では異彩を放っていた

「・・・お前は遅れてねえよ。ただ俺がーーー一秒でも早くお前を見たかったんだよ・・・そんだけだ・・・お前こそ寒いだろ。早く中入んな・・・」

光を促すように扉を開け、後ろから彼も入ってくる。だが一定の距離を空け、その表情は冷気に凍ったように陰気で、その頬はやつれているように生気が無かった。あの陽気で明るい彼はどこへ行ってしまったんだろう?グレイシィ達の心配は最もだった

「何か飲むか?俺は車だから紅茶でいい」

店内に誰もいない4人掛けのテーブルに座り、そう話しかけて来る。中年の女性が歩み寄ってきて注文を伝票に書き込む

「あ・・・じゃあ・・・温かい烏龍茶をお願いします」

中年の女性はカウンターに戻っていく。シン・・・と互いに口を開かない

「あ・・あの・・・昨夜いきなりメールしてすみません、でした・・・」

光はその雰囲気に耐え切れず口を開く

 


 お元気ですか。あの夜の事、もう私は気にしていません。またお話して下さいませんか

とーーーすると即レスが来た

 ありがとう

そう、一言

それだけだった。その一言にどのような意味が込められていたのか。言訳など一切しない彼がその言葉を打つまでの日々ーーーどれだけ苦悩したのだろうか

 宜しければ、お時間ある時にお話しませんか。お店は落ち着かないので、どこか外で

また、即レス

 大丈夫なのか?ヤツがいるだろ

 少しだけなら大丈夫です。私謝りたいんです

 謝るのは俺だ

 ですから・・・どこか静かな所で

 昼間なら、人目がある外でならお前は心配ないか?怖くないか?怯えないか?



思わず電話をしようと思った。余りにも彼は怯えている。自分が怖がるのではないかと怯え、精一杯の言葉でそう提案しているのだ。そんなことは大丈夫だと心配してないと、貴方を私は信用していますとーーー自分の声で伝えたかったが、ここは店だ

 明日午後一時にネオ新宿御苑の3番東屋では如何ですか?一緒にごはん食べませんか?お食事抜いてきて下さいね

努めて明るく、絵文字もつけた。食事をするだけだ。それを食べ終えればそこでお開きにも出来るのだーーーそれに彼はあの夜妹の作った弁当を持ってドライブに行ったりーーーと、とてもとても嬉しそうに陶酔したように呟いていたのを強烈に覚えている。おこがましいかもしれないが、ここまで誠意を尽くしてくれた彼に対し少しでも慰めになればと、チョコレートを渡した時のようにただ彼の傷を曝け出す真似をしないように、そう提案した

 ありがとう。じゃあ明日

そう、今度は時間が経ってから返信が来た



「メールは・・・すげえ嬉しかった。来るとは思ってなかったーーーありがとな、本当に・・・」

豪は自分の顔を見ず、俯いている

「本当に・・・すまなかった。俺はなんであんなことをしたのか分からねえ。お前のあの言葉聞いてから何がなんだか分からなくなったーーーただすげえ後悔しているんだ。この二週間すげえテメエが情けなくて仕方なかった。妹をーーーいや違う・・・繰り返した・・・あの怖かっただろう思いをーーーお前を、お前を泣かせたーーー本当に、本当に・・・すまなかった」

テーブルの上に組んだ手が震えている。そこまで彼は自分を責めた。何よりも大切な存在を怯えさせ、涙を流させた。そんな自分にたまらなく嫌悪感を覚えたのだ

「−−−メールでも申し上げましたけど、本当に私もう気にしてません。豪さんを怖いなんてーーーあの時だって全然思わなかったんです」

それはーーー過去の忌まわしい記憶が蘇っただけだとーーーそれは言うべきではない。それはただ一人の存在によって乗り越えたのだからーーーその言葉を聞いた豪は更に頭を下げ、もう一度謝罪した

「−−−何の償いにもならねえとは思うが、これ受け取ってくれねえか・・・」

持っていたブランドネームの入った紙袋を光に渡す。その中にはドレスとバッグ

「−−−こんな高価なもの頂けません」

困惑したように光はそれを戻そうとした。そのブランドのドレスは最低でも100万はするものだ。バッグに関しては限定モノの本物だ。ケリーのピンクポーチ。彼は今まで様々な品を強引に買ってくれたが、それ程までに高価な物は無かった

「受け取ってくれ。すぐ捨てていいから、な・・・」

豪は顔を上げ、サングラスを外したーーーその視線。あの夜と同じ痛い程に真摯で真っ直ぐな、弱弱しい瞳

「・・・おなか空いてませんか?お弁当作ってきたんです!」

余りにも真剣な瞳から逃げるように光は紙袋から幾つもの弁当の包みを取り出した。場の雰囲気を読んだのだろう。従業員の女性が無言で飲み物を運んできた

「・・・弁当・・・?」

おにぎりや五目稲荷のランチボックス、卵焼きやウインナー、アスパラのベーコン巻きなどの温かい焼き物のボックス、パスタや海老、ブロッコリーなどを色鮮やかに和えたサラダのボックス、烏賊や鳥の揚げ物、蕪や胡瓜の生姜の漬物ーーー様々な食材がテーブルに色とりどりに並べられる

「あまりおいしくないかもしれないですけれど・・・」

ナプキンにおにぎりを一つ包み豪に差し出すとーーー彼は暫く動かなかったが、手袋を外しそれをそうっと受け取った

「・・・食っていいのか・・・?」

「勿論です!どうぞ」

笑顔を精一杯に作り光は笑う。豪は小さなかわいらしいおにぎりを一口で口に入れた

「−−−すっげ、旨い・・・」

口を動かしながらそう呟く

「もう一個どうぞ・・・それおかかですよね?高菜大丈夫ですか?」

差し出されたそれを受け取り、また一口で食べる

「こんな旨いモン初めて食った・・・もっと食ってもいいか?」

「ど、どうぞーーーただの普通のおにぎりですよ?おかずもどうぞ・・・」

何だかそんなに褒められると嬉しい反面照れ臭い。胡瓜に生ハムを巻いたものに爪楊枝を刺して差し出すと、豪はそれをそのままぱくりと口に入れた

「・・・旨いな、コレ・・・も」

光は驚く。何だか自分が食べさせているようで、彼は子供のようでーーーその表情が会った時とは全然違う穏やかな表情になっていく

「−−−お・・・お兄ちゃん、おいしい?」

豪の動きが止まった。光はその言葉を言おうと昨夜のメールの時から思っていた。決して彼の妹の代わりになろうなどという思い上がりは無い。彼の心の傷を癒そうなどという己惚れは無いーーーただ、彼がその言葉を望んでいるのは痛い程伝わっていたのだ。彼は例え虚構であってもその空間を望んでるのだとーーー

「・・・ありがとな、お前の作ってくれたモンは何でも旨いよーーー」

豪は慌てたようにサングラスを掛けたーーーその瞳に滲むものを気付かれないように、照れ隠しの意味で。その精悍に整った素顔には笑顔が浮かんでいた

「兄妹?仲良いんだねお兄さん。すごく可愛い妹さんだねえ」

カウンターの中年女性が明るく声を掛けてきた。ネオ新宿御苑に平日昼間から食事をする男女ーーー様々な人間関係があるこの場所で長年勤めている彼女は全てを弁えていた。だからこそ明るく声を掛けてきたのだ

「ああ、おばちゃん!俺の妹可愛いだろ?久しぶりに会ったんだよーーーこんなキレーになっちまってお兄ちゃん嬉しくて涙出そうだぜ?」

その言葉は常の豪の陽気で明るい声だったーーー光はその彼の姿に微笑んだ



「ごちそーさまでした!すっげ旨かったよ!ありがとね光ちゃん!」

常の笑顔に戻った豪はかなりの量の食材を残さず平らげ、茄子の餡かけの鳥そぼろまでスプーンで掬って食べ切ってから両手をパン!とあてて笑った

「全部食べなくても良かったんですよ・・・?多めに、二三人前作ったのにーーーおなか苦しくないですか?」

少々の困惑と共に嬉しさもあるーーー料理好きな人間にとってそれを美味しそうに全て平らげて貰うことは非常に嬉しいことなのだから

「ぜーんぜん!もっと食いたいけど我慢しなきゃ太っちゃうねえ!光ちゃんの作ったものなら太ってもいいかなあ?いや太ったら嫌われちまうかなー!器は洗って返すよ!ホント美味しかったよ!」

豪は器を意外な程丁寧な手つきでまとめ、包まれていた布に包み直し紙袋に整然と詰めた

「え・・・いいです持って帰りますからそんなーーー」

「ーーーなあ・・・お前とまた会う口実をーーー希望を持たせてくれねえかな・・・ダメか・・・?な・・・?」

またーーー子供が母親に縋るような声色だ。ふうと軽い溜息をつきながら光は頷く。その精悍な外見とは正反対に可愛らしいその仕草、どうも彼は憎めない

「・・・少しお散歩しませんか?おなか苦しいでしょうし・・・」

微笑みつつ、そう提案する。今日は勿論出勤だがまだ三時前だ。少し緑の中を歩いてそれで彼とは別れよう。彼は元気になってくれたようだしーーー

「時間は平気なのか?」

同伴などは無いのかと尋ねて来る。勿論それは入れていないーーー一つ頷く

「じゃあーーーな・・・もしお前がいいなら少し遠出しねえか?ネオ新宿じゃあお前も俺も顔知られ過ぎてるしな・・・何処でバレっか分かんねえだろヤツにさーーー内緒で来てくれたんだろ?許すわけねえもんな・・・勿論8時までにはお前のマンションの前に帰す」

豪は光の顔を覗き込むーーー信用してくれ、と

「ーーーいいです、よ・・・」

大丈夫、彼は絶対に自分に危害など加えないしーーーあの人にこの逢瀬が分かったらきっと怒られると思う。勿論やましいことなんて無いけれどあの人に少しでも嫌な思いをさせるのはいけない。でも豪となら何度も店外しているしーーー出勤の一時間前までに帰してくれると言っているのだから

「−−−何でお前そんなに優しいんだろな・・・?じゃあなーーーそのドレス、着てくれねえか?都心じゃ流石にバレっだろが、郊外に行くから女の服着たって大丈夫だ。な・・・?いいか?」

そう縋るように言われれば頷くしかない。少々の苦笑と共にドレスの袋を持って洗面所に立とうとすると

「俺の知ってる店行こうな!コートもそれに合わせたモンにしようぜ!そのジャケットコートじゃ微妙だろ?まあお前ならなんだって似合うけどな!」

そう陽気に言うと勢い良く立ち上がり豪は札をテーブルに置くと光の手を引いた

「ご、豪さん?いいですってばーーーそんなの・・・」

「いーからいーから!おばちゃんごっそさんーーー!お茶旨かったよ!ツリはいいからーーー!さ、行こうな!」

少々強引で、それでも陽気で憎めない彼の魅力は完全に戻った。光はその彼が嫌いではない。その豪快で陽気な男性的な魅力はどんな女性をも惹きつける



「だから豪さんってば!こんな高いものダメです!」

試着室で店員の女性に少々無理にデコルテドレスやコートを着せられ、装飾品をつけられ、薄いがメイクまでされたーーー扉を開けて光は椅子に座る豪に少々強い口調で言った

「うっわ似合う!俺のセレクトどう皆?この子俺の妹!すっげえ可愛いでしょ?!」

満面の笑顔で豪は立ち上がり、周囲の微笑む女性店員達にどう?どう?と非常に楽しそうだ

「さあ行きましょー!俺らこれからデートなの!いってきまーす!」

ネオ青山の小さなブティックーーーインポート製品が並ぶその高級店は0の桁が全く違う。先程渡されたドレスに合う白いファ付きのコートや靴、アクセサリーなどを豪は選びそれを身につけさせ、困惑する光の手を取り店を出て行く

「豪さんー!」

「はいどうぞお嬢様!乗ってください!どうぞー!」

はははと笑いながら豪はセルシオの助手席に光を乗せ、自分も乗り込みエンジンを掛ける

「平日だし裏道使うから一時間掛かりませんよお嬢様!さーあ行きましょう!安全運転でねーーー!」

「・・・」

ふう、と溜息を一つーーーそれでも決して不快では無かった。彼が明るく元気になったことがただ、嬉しかった



ネオ府中の国定公園ーーー平日の為か人は少なく、枯れた木々に少々の雪が積もっているがその整然と整理された広い道に雪は無く歩きやすかった

「寒くねえか・・・?」

車を駐車場に置き、助手席から降りた光に豪は声を掛ける

「大丈夫です。ネオ新宿とは空気が違いますね・・・何だか身が引き締まるみたいです」

温度はかなり低いがその空気は清清しかった。一瞬ぶるっと震えたその細い肩に白いマフラーが掛けられる

「−−−大丈夫ですよ?」

くすりと笑い、豪を見ると彼は照れたように視線を外す

「ーーー少し、歩くか」

ゆっくりと歩みだす。光の歩幅に合わすように。不要な露店など全く無い静かな空間。清冽な冷気とどこまでも続くような長い自然の道。微かに聞こえる冬鳥の鳴き声ーーー暫く二人は無言で歩いていた。それでいいと。決して気まずい雰囲気ではなかったーーー少ないが道を歩く人々は全てといっていい程光を振り返ったーーーそれ程彼女は美しく、可愛らしかった

「−−−初めてあの店でお前を見た時・・・妹がマジで生きていて俺の前に現れてくれたんだと思ったんだよ俺はーーー俺が想像していた通りの姿だった。きっとあの子が生きていればきっときっとこんな風に可愛らしく綺麗に、清らかな女になっていただろうとーーー」

光を見下ろし、そう呟く

「外見だけじゃなかった。その素直で無防備な性格も、雰囲気も全て・・・お前幾つだったっけか?5、6歳で止まったまんまの妹の素直さとその真っ直ぐに俺を見る瞳がーーー余りにも似ていたんだ。何でお前はそんな無垢な美しさを保ち続けていられるんだ?しかもあの店にいてーーーNO,1って聞いて驚いたよ・・・」

豪は穏やかに言葉を続ける。見下ろす先の淡い髪に憧憬を持つように

「話してみてーーーもっと惹きつけられた。俺の理想通りだった。優しくて穏やかで素直でーーーだが元気で溌溂としててーーー何よりも自分を持っていて・・・はは、俺なんかの妹にしちゃ上等過ぎだ・・・こんな綺麗になるわけねえか、ってなーーーお前と会った夜はいつもすげえ幸せな気分になった・・・」

光はただ黙って聞いているーーー自分はそんな上等な人間じゃない。それは弱い自分を克服しようとただ足掻いて、子供の殻を被って現実から逃げてーーー偽りの姿をそこまで理想化している彼に一種申し訳なさを感じる

「あの夜ーーーNO,2が俺の首掴んだ時ーーー大体予想してたが分かった。お前にはヤツがいる。どうしようもねえ位に分かった。だから諦めようと思ったーーーお前を哀しませたくねえ、苦しませたくねえーーーだからもう連絡は無いと分かっていた。分かっていた筈なのに苛苛して、女共にあたっちまったーーー本当に情けねえ男だよ俺は。目を閉じればあの夜の前のお前の笑顔が、声が強烈に浮かんできやがる。会いたかった、声が聞きたかったーーーだがダメだと分かっていたーーーそれでも俺は携帯を手放さなかった。寝る時もどこにいるときも。着信すりゃすぐ見てーーーお前じゃなかったら出ないでメールは削除したーーーだからお前からメールが来たときに・・・不覚にも涙が滲んだ・・・なっさけねえーーー俺は幾つなんだよ全く・・・全然強くなってねえよなお兄ちゃんはよ?」

自嘲の笑みを光に向ける。そんなにもこの二週間彼は苦しんでいたのか。自分は何という罪深いことをしていたのか

「−−−そんなこと、無いです。豪さんは本当に男性らしくてかっこよくて強い方と思いますーーーだからそんなにお優しいんでしょう?」

本当にそう思っている。男性の魅力はその強さだけではなく優しさだということは、自分にとってただ一人の存在によって分かりすぎるほど分かっていた。本当に強いからこそ優しくなれるのだ。豪は初めて会った時から自分に対して非常に優しくしてくれた。それは表面上のことだけでなく、さりげなく嫌な思いをしないよう、困らせないようーーー何くれとなく配慮していてくれたことはとても良く分かったのだ。それは幼い時から自分を守り続けてくれた男を彼女に想起させた。豪と男は非常に似ていると思った。だからこそーーーその過去の傷を乗り越えていなかった以前でも彼といることは安心感を持っていたのだろう

「ーーーあ、のな・・・あのカフェ結構パスタもスイーツも旨いから入るか・・・そろそろ冷えてきたしな・・・」

だが豪は男とは少々違うーーー男は絶対的に自分を守るある意味「上」の存在であり、勿論対等ではあるが男は決して自分に対し困惑するようなことは無かった。常に自分に対し余裕を持って対応してくれた。それは非常に頼りになり絶対的な安心感を持つことが出来たがーーー豪は自分の言葉や行動に時折困ったように、照れたように乱れる。陽気で明るく余裕を持って対応している中にもそれは垣間見える。真正面に見える白いカフェに入ろうと言ったその声色は誤魔化すように、その視線は反らされるーーー豪は照れているのだ。少女の美しい言葉に

「あ・・・ありがとうございます・・・」

コートをクロークに預けるとデコルテドレスは少々肩の露出がある。暖房が効いている店内だが少し恥ずかしい。両肩を覆うような仕草を見た豪は取り外しが可能なコートのファを外し、ゆっくりと華奢な肩に掛けたーーー非常に女性扱いに慣れた豪の優しさに微笑みで礼を言い、椅子に腰掛けた

「俺が殆ど弁当食べちまったからお前腹減ってるだろ?何食べる?何でも旨いぜ・・・食事にするか?それとも甘いものでも・・・」

白亜質の壁で清潔な雰囲気を持つカフェだった。木目を現したフローリングの床に採光部分を多くした温室のような空間。非常に明るく気持ちのいいカフェだった。二三組の男女がお茶をしているーーー壁際の最も光があたるテーブルに光を座らせ、従業員が差し出すメニューを開いて見せる。写真付きのメニュー料理は非常に美しく、若い女性好みのスイーツも豊富だった。メニューも店内のデザイン、内装や調度品、静かに流れるモダン・クラシックーーー非常に洗練された全体の雰囲気はこのような都下の国定公園の中にあるような店ではなかった

「じゃあ・・・このペンネとアップル・ティーをお願いします」

「甘いものはいいのか?女の子はケーキとか好きだろ?」

「え?・・・ええ・・・」

「じゃあさ、俺と二人で食おう。ナポレオン・パイとスコーンな。俺はダージリンでいい」

豪は非常に楽しそうだったのでーーー微笑んで頷く

「ーーー豪さん、よくご存知ですね。このカフェよくいらっしゃるんですか?」

ネオ池袋を根城としている豪がネオ府中国定公園の中のカフェまで詳しいとは、少々の意外さを持って尋ねた

「ん?俺の店なのココ。二年位前にオープンさせたの」

益々の疑問だ。都心ならともかく何故?

「俺の出身この辺だからさーーーたまに妹思い出すとよく来る・・・昔な、よく来たんだよあの子連れてさ。もっと奥のしょぼい売店でソフトクリーム買ってやると喜んでくれてさあーーーだからな・・・落ち着ける店作っちゃった」

だからこそ光を連れてきたのかーーー豪は決して辛そうな表情ではない。寧ろ幸せそうな

「お待たせ致しました」

落ち着いた雰囲気の従業員が豪に会釈しながら料理や飲み物を運んできた。女性連れなのだ。勿論オーナーとは分かっているが余計な挨拶などはしない。整然と並び終えると静かに去っていった

「あいつ俺の昔のダチだよ。今店長やって貰ってんの・・・な、気に入ってくれたか?この店」

紅茶は本格的な英国形式だった。上品な茶葉は冷えた体に染み渡るような甘く上品な芳香。紅茶は香りを楽しむものなのだ

「はい、すっごく綺麗で落ち着いたお店ですね。緑もよく見えて・・・春に来たらもっと綺麗でしょうね」

紅茶の芳香を楽しみながら一口飲む。豪は嬉しそうに微笑んだ

「桜すげえんだぜこの場所は・・・この温室みてえなガラス天井一杯に花弁で覆われてさ・・連れてきてえなあーーーきっとお前すっげえ綺麗だ。その髪の色に映えて信じられねえ位に綺麗だろーな・・・」

照れてしまうような甘い言葉を掛けられる。取繕うようにペンネを口に入れた

「!−−−おいし・・・」

料理好きにとってはこの味付けはなんだろうと思わず考えてしまう程それは美味だった

「旨いか?!そっか・・・良かった・・・これも食べな!これもーーー」

ぱっと笑顔になり豪は安心したように溜息のような笑い声を発し次々と皿を光の前に差し出す。彼は今妹と共に楽しく食事をしているのだ

「そんなに一杯食べれないですよ?」

思わずくすりと笑った微笑みに豪は見惚れたーーーそれほどまでにその表情は淡い光に照らされて、光り輝くように美しかったから

「−−−イヤだったらいいんだが・・・今日一日、いや7時までにネオ府中を出れば逆方向だし8時迄には余裕でネオ新宿に着く。だから、その・・・それまででいい。妹になってくんねえか・・・いや、かーーー?」

少々視線を外し豪は願う。それは昨夜のメールを見てから、いや光を初めて見た時から願っていた本心。本当の願い

「・・・」

その心情は痛い程分かる。躊躇うように、自分の反応を確かめるように視線を何度か向けてくる。その子供のような瞳

「−−−うん・・・お兄ちゃん・・・」




「時間大丈夫か?」

午後7時30分ーーーネオ新宿マンションエントランス前にぴったりとセルシオを着け、豪は助手席に座る光に尋ねた

「はい。全然大丈夫です・・・あの、こんなに買って頂いてしまってすみません・・・ほんとに・・・」

豪は後部座席から幾つもの袋を取り光に渡したーーー光は申し訳なさそうに礼をする。ネオ府中国定公園のカフェを出た後豪はそのまま駅前に行き、都下にしては非常に発展している幾つもの店で様々な品を光に買い、贈った。何度も受け取れないと止めようとしたが、ずっと妹に色々買ってやりたかったと言われれば無下に断ることは彼の誠意を裏切ることになる。洋服、装飾品、靴、バッグーーー持ちきれないほどのその手提げ袋を持って扉を開けようとした

「重いか?ごめんな調子乗って買いすぎちまったな俺。その女のカッコ、誰かに見られるわけにはいかねえだろ?コートで隠して早く部屋行きな・・・」

だがその視線はーーー行くな、とでも言うように向けられる。だがすぐにそれは外され「部屋まで持って行ってやりたいがそれはぜってーダメだよなあ」と努めて明るく、ふざけたように笑う

「すぐですから大丈夫です−−−今日は本当にありがとうございました。本当に私、楽しかったです」

光は微笑を豪に向け、礼を言う。本当に楽しかったのだ、危険など一秒足りとも感じなかった。豪は明るく常に自分に気を遣い、会話を途切れさせること無く飽きさせず笑わせーーー自分が彼を元気付けようと呼び出したのに何だか自分の方が非常に気晴らしになってしまった。あの黒い存在が店に出るようになってから焦燥感を感じていたのは認めたくなかったが事実だったのだから。店とマンションの往復に少々の倦怠感を持っていたのも確かだったのだからーーー

「礼を言うのは俺の方だよ。元気になった。すっげえ元気になったよ・・・ありがとう」

ふ、とーーーゆっくりとした動作だったが豪の手袋を外した大きな手が柔らかい頬を覆うように触れてきた

「−−−−」

そういう、雰囲気では無い筈だと思い込もうとする。蒼い瞳は逸らされる

「・・・来週末ーーー店に行ってもいいか・・?」

逸らされた蒼い瞳を追う真剣な黒い眼差しーーー自分は彼に酷いことをしているのではないだろうか?無意識に太客として彼を利用しようとしているのではないだろうか?以前なら考えもつかなかったであろうーーー計算?あの黒い存在が現れてから自分は変わり始めていると朧気ながら認識する。伊勢教授の予言は当たったのだ

「・・・お待ちしてます・・・」

でも違う。豪への感情は違うーーーこれ程までに真摯な感情を向けられて計算だけなどあり得ない筈だとーーー自分はそんな人間じゃない筈だと。夜の世界の接客業を生業とする者達が陥る深淵の感情。除々に嵌っていくーーー計算だけに覆われる精神の暗闇

「ーーーお兄ちゃん・・・またあの公園に連れていってね。桜が咲いたら・・・」




心が、消えていくーーー底の見えない、深く重い暗闇に




読んでくださってありがとうございました



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