開催! ジャンケン大会!
閑全。静まり返る学校。
時間はまだ午後の4時30分、放課後の遊び盛りなのにもかかわらず、学校にはグラウンドで遊ぶ子供の姿はおろか、人の声すらろくに聞こえてこない。
激しい雨が降ったわけでもない。この日は一日中雲一つない、まさに快晴と呼ぶにふさわしい天気であった。
外とは一変、校内には人があふれかえっている。それは教室も廊下も包み込むほどに。しかし妙だ。これだけの人がいれば外に多少の雑音が漏れ出るのが普通である。それなのに彼らはみな黙りこくったままでいる。異常な光景だ。彼らはみな、一つの教室のほうへ向いていた。
ここは無天小学校、決闘の地。この学校の一角の教室に、注がれるのは熱視線。教室中央で構える二人の子どもへの熱視線である。
まるで教室が冷凍庫であるかのように膠着する空気、それを破り壊したのは両社の真ん中に立つ男のたった一言であった。
「はじめ!」
このたった一言を皮切りに、それまでの空気は解凍されるどころか、真夏の盆地であるかの如く蒸し暑い熱気へと変わる。
「ジャンケン ホイ ホイ どっちだすの! こっちだしてポン!」
勝負は決した。
「準決勝勝者は、石上ハサミ‼」
どっと沸き立つ歓声に包まれる。その歓声は勝者 石上を讃えるもの、熱き決闘への興奮、ただ何となく、とあげられる理由はさまざまである。
ジャンケンホイホイ。二度の「ホイ」のかけ声で『手』を二つだし、「どっちだすの」でどちらかの『手』を選択して行う特殊なジャンケンである。【ウィキペディア☆】
ここ、無天小学校はジャンケンホイホイの強さによって全てが決められる。給食のお替りの優先権、座席の位置、先生にあてられる頻度など自由自在。ジャンケンホイホイに勝てば勝つほど学校内で大きな権力を持つことができる。
そしてたったいま、そのジャンケンホイホイの強さと学内のカーストを決める大会が催されているのである。
(みなが立って観戦する中、膝に握り拳をおいているのに大きな椅子に踏ん反り返れるのがこの俺、石上ハサミ 小学二年生だ。
そう、先ほど準決勝進出を決めたのはこの俺だ。
突然だが、俺はこの大会、優勝するつもりだ。全校生徒全教職員が参加する月に一度の大イベント、それがこの大会だ。だが案ずるな。俺が優勝するのはそうありえないことでもない。
何故かって? ちょうどいい。次の試合を見てれば分かるだろう。)
唐突すぎる心の中での自分語りを終えた石上は教室中央へ目を向けている。
沸き立つ歓声はいよいよ試合が始まることをわかりやすく示してくれる。
「はじめ!」
「ジャンケン! ホイ! ホイ! どっちだすの! こっちだしてポン‼」
決着。
互いに視線をぶつけ合い放たれた『手』はグーとパー。それにより当然勝者が決まる。
「勝者、久我瑞樹‼」
皆が勝者へ称賛の拍手をおくるなか、石上はひとり心のなかで憐れむように勝者を見下す。
(ダメダメだ。まったくもってダメダメだ。
いまの試合を見ればわかるだろう。この学校、毎月ジャンケンホイホイをやっているくせに非常にレベルが低いのだ。
まずこいつら、視線からして終わってる。できたての恋人みたいにお互い目と目を合わせやがって。これはジャンケンホイホイだぞ。相手の手元を見ないでどうするのだか。
当然、試合の内容も実にひどい。いまの試合、あの久我とかいうやつがだした『手』の組み合わせはグーとグー。相手がみせた『手』はパーとチョキ。ふつうこの状態だと相手が勝つに決まっている。久我の手札はグーしかないのだから、パーをだすだけで勝つのは決まったも同然だ。それなのにどうだ!? 勝てる立場にいたはずの相手はチョキをだし、今もなお、膝をついて悔しがっている。バカなのか?
と、こんな感じでこの大会の水準は最低だ。あんなバカでも準決勝まで来られるのだからな。この久我とかいうやつが次の俺の対戦相手になるから、俺の決勝進出は決まったも同然。残る一人も倒して、俺はこの学校の神になる。)
石上は少しうつむきになると不敵な笑みを浮かべた。
ピンポンパンポ~ン
学校中に響き渡る放送の合図。煩わしかった声は少しばかり収まるも無くなることはない。それでも放送を聞くには十分なまでには落ち着いた。
「2年3組 石上ハサミくん、4年1組 久我瑞樹くん、準決勝の準備のため3年5組教室中央に集合してください。繰り返します。2年3組・・・」
石上と久我は教室中央で対峙する。二人と審判の周りを大きく囲む机の外には、いまにもそれらを押し倒しそうなほど乗りだす観客たちがわんさかだ。
(ふっふっふ・・・。先ほどの試合を見る限り、こいつは全く脅威じゃない。とはいえ油断は禁物だ。奴のだす『手』を見るまでは決して安心してはいけない。まったく・・・俺の慢心癖にも困ったものだ。)
内心どこかほくそ笑む石上をよそに審判は開口する。
「はじめ!」
決まり文句を口にしながら石上は思索する。
(ふん・・・奴のだした『手』はグーとチョキか・・・。俺と同じ『手』じゃないか・・・。
となればここはグーをだすほかないな・・・。グーをだしておけば、相手がグーをだした場合は相子で持ち越し、相手がちょきをだした場合はラッキーヴィクトリーだ。)
「ポン‼」の声と同時に石上は迷わずグーをだす。相手の『手』は同じくグーである。
(ほう・・・これはわざとか? 実は、意外とやり手だったりするのか・・・?
こいつの次の『手』はパーとパー・・・・・・。偶然だったな。)
石上は学年が二つ上の相手にあきれながら勝利した。
準決勝二回戦、石上は勝利の余韻に浸りながら、次の対戦相手になるやもしれない二人の試合を観察していた。彼らの名前は桐峯さくらと江戸次代。両者ともに小学六年生である。
二人は試合がまだ始まってもいないのに、一言も発さずに互いが互いを真剣に見つめている。
(先ほどまではおままごと。決勝にしてようやく本番となるか。さあ、この俺が相手をするにふさわしい闘いを見せてくれ。)
相変わらず内心上から目線で先輩を見下す石上である。
「はじめ!」
最高学年の最高峰による決戦の火蓋が、いま、切って落とされた。
(桐峯さくらの『手』はグーとチョキ、江戸次代の『手』はパーとチョキ。
これはおそらく相子だな。桐峯さくらからすれば、江戸次代がどちらの『手』をだしても安全に事を運べる。自分のグーとチョキの手札に対し、パーだとチョキには負けるがグーには勝てる。一方チョキだとグーには負て、よくても相子だからだ。
江戸時代は桐峯さくらにチョキをだしては欲しくないと考えると、桐峯さくらは考えるだろうし、江戸次代もそう考えるだろう。
江戸次代が切れ者なら、桐峯さくらは自分が負けることのないチョキをだすことも織り込み済みのはず。だから江戸次代にとっても実はチョキが安全策だ。試合がはじまってまだ一手目。互いにここは様子見をするはず・・・。)
「ポン‼」
かけ声とともにだされた『手』は石上の予想通り、桐峯さくらも江戸次代もチョキをだす相子であった。
(ふっふっふ・・・。とりあえずふたりとも合格点か・・・。
少し楽しみだな・・・。もし本当に強かったら・・・きっと楽しいだろうな・・・。)
石上はいつも通りの上から目線で、しかしどこかしみじみとこの闘いを眺めていた。
石上は大会で勝ち上がり権威を目指す一方で、純粋にジャンケンを楽しみたい気持ちもどこかに求めていたのである。彼はいま、舞台で闘うふたりが自分と互角に闘える相手であることを願わずにはいられないでいた。
その後、ふたりはことごとく相子をだし続け、石上はすっかり試合に見入っていた。魅了されていたのだ。互いが互いの心を読みあう真のジャンケンホイホイに。相子という暗黙の了解を駆使し、相手を出し抜く機を伺いあう白熱したバトルに。
彼にとって夢のような試合も永遠に続くことはない。試合は刹那にして動く。
相子を繰り出し十一回。十二手目の試合である。
桐峯さくらがパーとチョキ、江戸次代がグーとチョキ、と先ほどとは真逆の立場に立たされた。その時である。桐峯さくらがパーをだし、江戸次代はグーをだし、決着は一瞬にしてついたのだ。
皆がどっと歓声を沸かせるなか、石上は驚愕せずにはいられなかった。
(いまの手・・・第一手目と真逆だった。最初はお互い見逃した手札だった。
江戸次代はここが出し抜くチャンスだと思ったのだろう。暗黙の了解を打ち破り、ここでグーをだす勝負に出た! 桐峯さくらがチョキをだすことに賭けた一世一代の大博打だ。
しかし! 博打に出たのは江戸次代だけではなかったのだ! 桐峯さくらもまた、江戸次代がここで勝負に出ることに賭けていたのだ!!
結果、天は桐峯さくらに微笑んだ。)
ふたりの実力に相違はなかった。いくつもの策謀を積み重ねたうえ、最後の最後は運で決着がついたのだ。
石上ハサミは心を躍らせた。これまで自分が巡り合えなかった、最高の相手と決勝を闘える。知力、体力、強運を兼ね備えた過去最高の相手である。
石上はすっくと立ちあがると、ゆっくり彼女のもとへ足を運んだ。
彼の闘いはこれからだ。