よりみちアケルナル クリスマスⅡ
「え? 星海パーク? 」
終業式の朝、北条は浜村と並んで歩いていたが、思わず足を止めた。あまり賑やかな場所に行きたがらない浜村の口から、最近出来たばかりの遊園地の名前が出るとは、思ってもみなかった。
「由良、行くの? 」
「そやから、迷ってんの。ちょっと行ってみたい気もするんやけど、混雑してるやん。あたし人酔いするんやもん」
浜村は小さなため息をついた。普通の中学生女子なら、何を差し置いても行きたがることだろう。
「チケット、なかなか取れないんだよ? 特にクリスマスシーズンは。もったいないんじゃない? 」
「……なんか、三朝さん、バイト先のパーティーかなんかで、ビンゴやって、当たったんやて」
「えっ? 誘われたの? それって……」
北条の言葉に、浜村はさあっと紅くなった。
「ちゃうっ……ちゃうよ? 絶対、そんな特別な意味ないよ。絶対ない」
「そうかなあ……でも、嫌いな子を誘わないでしょ。それに、由良だって、三朝さんと出掛けるのが嫌なんじゃないでしょ? 」
浜村はモゴモゴとマフラーの中で喋った。ほとんど聞こえなかったが、北条には何と答えたか分かった。
「行ってみたら、絶対楽しいよ? あ、ごめん、コネコきた」
「ええよ」
コートのポケットから、スマホを取り出すと、三朝からのコネコだった。
「噂をすれば、三朝さん。……えーと……あれ? 」
「ん? どうしたん? 」
北条は微妙な顔つきになって、浜村を見た。
「……私も誘われた……」
浜村は一瞬驚いたような表情になったが、すぐにそれは安堵に変わった。
「……なーんやー。あはは……そうやんな、あー、なんか良かった」
「……そう? ……どうしようかな……」
「え、彩花行きたいんちゃうん。行ってきたら? ほら、自分でも言うてたやん、もったいないって」
「違うよ、三朝さん、4人分チケットあるんだって言ってるよ」
昨夜、三朝からコネコで誘われたときは、4人なんて言っていなかったが、言い忘れていたのだろうか。分からないが、気が楽になった浜村は、人混み位なら我慢できそうに思えてきた。
「でも、彩花も一緒やったら、あたしも行こかな……二人とか、緊張してまうから、嫌やったん。4人やったら、まだええわ」
「そう?……由良がそう言うなら、私も行こうかな」
「うん、そうしよ。……あと一人、誰やろな? 」
「バカサ君かな? 」
「……ごめん、バカサはあかんやろな……」
浜村は申し訳なさそうに言う。
「え、そうなの? 」
「……バカサ、赤点やったから、28日まで補習や……」
「……ああ、そうね……」
「アホヤもや……」
「……そうだったわね……」
二人は顔を見合わせてため息をつくと、校門へと急いだ。
クリスマスの遊園地は、色とりどりのイルミネーションに溢れ、空までが照らされて見えた。予想通り、見渡す限りカップルだらけだったが、これだけの人混みの中で、相手を間違えないのは大したものだと、浜村は変に感心していた。
白いふわふわのコートを着て現れた北条は、本物のお姫様のようだった。浜村は、『デートとかや無いんやから』などと意地をはって、いつものウールのコートで来たことを、ほんの少し後悔した。自分が男子だったら、そりゃあやっぱり、北条のような女の子を好きになるだろう、と思った。
それでも、にこにこと現れた三朝は、いつも通り、二人に平等に優しかった。
「急に誘って、ごめん。ありがとうね」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
「バカサ君、来れなかったとはね。ちょっと失敗やったわ。青谷君は前から、毎年クリスマスは家族で過ごすって聞いてたから」
「失敗したのはバカサやし、アホヤは学校でバカサと過ごしてますけど」
「あはは……ええと、あと一人やけど、僕の友達で……初対面になるけど、あんまり気を使わへんでええやつやから……」
そう話しているそばから、一人の背の高い若者が近づいて来るのが見えた。浜村と北条は、目を丸くして彼を見つめたので、三朝は振り返った。
「ああ、おう」
「やあ。おや、可愛らしい友達だね、三朝クン」
愛想よく笑顔を見せるその人は、ぴかぴかの10円玉のような色の髪と灰色の瞳の、外国人だった。けれど、随分と流暢な日本語を話すようだ。
「地域の天文サークルの仲間で、浜村さんと、北条さん」
「よろしくね。僕はウィル。ウィリアム·マッカと言います。よろしゅう」
「あ、北条彩花です、よろしくお願いします」
「浜村由良といいます、よろしくお願いします」
ぺこり、と二人同時に頭を下げて、ふと、顔を見合わす。
「……ん? 」
「……マッカ……って……どこかで聞いたことない? 」
「二人とも、安心してや。ウィルは英語より日本語が得意やゆう、特殊な外国人やから。さて、今日は遊ぶでー」
「あの、三朝さん。ウィルさんとはどういう……」
「ん?ああ、夏に海外に観測会に出掛けたんやけどね、そこで知り合って……」
「僕、ガイドしてたの。三朝クンたちと一緒に天体観測してね、たちまち仲良しになったのね。それで、来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「まさか、ほんまに来るとは思わへんかったわ。秋に留学してきよったんや」
「ええ! 行動力あるっていうか……」
「自由やな……」
「だって、もう少し年をとって、家庭とかもったらさあ、無責任なこと出来ないでしょ。身軽な今のうちに、思い立ったことはやっておかなきゃ」
ウィルは映画で見るような、自然なウインクをして、大きな伸びをした。
「わー。ここ、来たかったんだよね! 遊ぶぞー」
「……考え方は納得できるけど、びっくりよね」
北条はこっそり、浜村に耳打ちした。
「まあ、そんでも、実際に動けるんは、やっぱり羨ましいけど」
浜村はくすくすと笑いながら言った。
4人は全部のアトラクションを心行くまで楽しみ、パレードに歓声をあげ、素敵なクリスマスの一日を過ごした。帰り際、一番大きなツリーが見えるカフェに立ち寄って、どの乗り物が一番刺激的だったか、などと話し合っていると、三朝はもちろんだが、ウィルもまた、ずっと前から友達だったように感じられた。
「あー、満足や。思いっきり笑た」
「三朝さん、誘ってくれてありがとう」
「いや、お礼はビンゴを開催してくれた店長に言うて」
「店長サン、ありがとう」
「……三朝さん、なんであたしらを誘ってくれはったんですか? 」
浜村が訊くと、三朝は少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「……それは、君らを笑わせたいと思ったから」
「私たちを? 」
「アケルナルの件で……だいぶ悩ませてしもたから」
「そんなん……気にせんでええのに……」
本当は、ほんのちょっぴり、期待していた。それがどんな期待か、なんて、淡すぎて掴めないほどだけれど。でも、それでも、三朝が気にかけてくれていたことは、本当に嬉しかったから、それで充分ではないか、と思った。
「……あ、ていうか……ウィルさんはアケルナルのことは知らないのじゃ……」
「知ってるよ」
ウィルはいたずらっぼく首をすくめた。灰色の瞳は、ツリーの飾りのようにきらめいていた。
「だって僕、例の船長の子孫だもの」
「えええええ!? 」
二人は思わず大きな声をあげてしまった。慌てて周りを見回し、小さくなる。
「はははは……びっくりやろ」
「アメイジングだよねー。僕もほんとに驚いたんだよ」
「だって……そんなことって……」
「ありえへん……」
「星の縁だよね。こんなことがあるから、飛び出してみるべきなんだよ」
「あ……じゃあ、もしかして、バカサに渡したお守りって……」
「そう。こいつに頼み込んで、家宝を送ってもらったんやよ。マザーパウラのロケットをね。まだあったことにも、驚いたけどな」
「ニコラに頼まれちゃ、断れないよ。家の皆も、奇跡だ奇跡だって大騒ぎしたみたい。まあ、クリスマスだし? 奇跡だって起こるよ、そりゃあ」
「……頼んだんは、9月やったけど? 」
ウィルはそれは軽やかにスルーして、そうだ、と、財布から何かのチケットを引っ張り出した。
「こんな映画、やってるんだけど、浜村さんか北条さん、一緒に行ってくれないかなあ? 」
「……『宇宙ハシビロコウの逆襲』……? 」
「ああ、やめといた方がええよ。気色悪い」
浜村は恐る恐る、北条を見た。……案の定、目を輝かせている。
「……彩花、もしかして」
「……あの、私、これ……凄く観たいです」
「ほんとに!? 」
もうそこからは、ウィルと北条は完全に二人の世界に飛んでしまった。
三朝と浜村は、呆れたように顔を見合わせ、笑い合った。
空の彼方に響く、微かな鈴の音。様々の形の幸せがあり、時の流れに散りばめられた奇跡に、想いは紡がれていく。『かけがえのないひとよ、いまこのとき、しあわせであれ』