第939話 パン食い競争
パン食い競争はただ走るだけでなく、コース上に設置されたパンを食らい、ゴールを目指すものであり、必要なのは素早く走る事と、いかに早く、パンを食らう事が出来るのか、それが鍵になるだろう。
しかし、開始そうそう春美は優雅に歩き始めた。
理想の偶像の異能を随時発動させている春美に取って、この手の競争物は負ける筈が無い。皆、春美に見とれて動く事は出来ず、動けても春美に勝とう等と言う思考には至らない事は理想の偶像の異能力者である春美だからこそ、知り得る事実である。
だからこそ、春美は堂々と優雅に歩きゴールを目指す。走る理由があるならともかく、その必要の無い走ると言う行為をわざわざ、春美がする必要は無い。だからこその余裕の歩きである。事実、春美以外の参加者であるアイドル達は春美に見とれて、その美しさに言葉を失い春美の歩きをただ眺めているだけの存在となった。
しかし、一人の例外が居た。
それは天舞音だった。正確には天舞音の異能、鏡の国の支配者によって、廉の姿が天舞音に見える様に細工した廉だった。
廉は体内に宿した異能である炎神の魔武器の加護である魔属性の耐性を持っており、春美の異能は一切受け付けていない。
だからこそ、優雅に歩く春美を追い抜き、一瞬でパンを加えると、瞬く間にゴールしていた。
「はぁ?」
全く予想もしていなかった光景を目にした春美は思わず、声を溢していた。
「ゴール!一着は有栖川天舞音だ!早い。誰もパンに到着しても居ないにも関わらず、圧倒的な早さでゴールだ」
松元のその台詞を言い終えると、それと同時に春美もゴールしていた。
「おっと、ここで十六夜春美もゴール。……あれ?」
松元は天舞音、春美以外の出場者である残りの八人のアイドル達が動かない事実を把握する。
「えっと……」
スタッフ達のカンペや松元の指示に従わず、スタート時点で、ただ春美を見つめるこの状況を打破するため、松元は一旦カメラを止める事を提案する。そして、松元は春美を一時的に放す事を提案する。
そして、それは実行される。
春美が退出し、再びパン食い競争の準備に終われているスタッフ達を眺めながら、自身はどうするのか天舞音は考えていた。
「久しぶりだね」
天舞音が一人居ると、松元が近寄っていた。
その口振りからして、天舞音とは知り合いの様であることを知った天舞音の姿をした廉はどう答えるのが正解なのかと考えていた。そんな天舞音の姿をした廉の様子を見た松元は笑いながら告げる。