第90話 受け入れがたい現実
「詳しくはあの男を殺ってからね」
ドレアは浴衣から質問を後回しにする。
浴衣は渋々納得する。その後浴衣は玲愛の元に駆け寄る。
「玲愛ちゃん。大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
少し前までは死まで考えていた玲愛だが、浴衣の笑顔に救われている事に気づく。
「調子でも悪いの?」
後ろからのこの声は八重だ。
玲愛はどう答えるか悩んでいた。調子が悪い訳では無く、覚醒が出来ないのだが、どう伝えれば良いのか玲愛は考えて込む。八重は前回の任務で竜の兵隊と能力者本体を一人で倒した程の実力者として認識していた。しかし、今回は違った。前回の様に相手に対して強い怒りを覚えず、覚醒も出来なかった。実力不足な自身に苛立ちすら覚える。
「大丈夫だよ。だって玲愛ちゃんは凄いもん」
「……そうね。誰だって調子の悪い時もあるもんね」
浴衣、八重の二人のこの気遣いが玲愛にとってはとっても嬉しい事だった。
そんな玲愛の眼からは大粒の涙が溢れていく。
「どうしたの?」
「何でも無いよ」
心配する浴衣に玲愛は精一杯の痩せ我慢をする。
「ドレア様」
魔法陣から姿を現したルーナは声を荒げて話しかける。
その声はここに居る全ての人間の耳に届く。
ドレアはルーナの様子から大体の内容は理解した。
「……逃げられたの?」
「申し訳ありません」
この会話は全く動かなかった一人の男を動かす。
逃げたと言うキーワードもしかしたら生き残っている可能性があると分かり、その男は拳を握る。その男、檜山エンマは自身の炎の裁きを発動させる。
「逃げて」
琴音の声がその場に響く。
放出された炎の威力は辺りの気を焼き尽くした。
放出された炎とは距離のあった琴音は無傷で、ドレアとルーナはしっかりと避け、八重は自身の能力、黒影の槍で影の中に逃げ込んだ。玲愛は地面に倒れ、無傷と言えるだろう。しかし、顔色が優れない。玲愛の意思で倒れた訳では無い。浴衣によって押された玲愛は何故か浴衣が居るであろう後ろを見る事が出来なかった。
玲愛は立ち上がる。
しかし、後ろを振り返る事が出来ない。
「い……嫌ああああぁぁぁ」
琴音の悲鳴に体が震える玲愛。
「しっかりして浴衣」
近くに居た八重の声が玲愛の頭に響く。
少し、少しずつ玲愛は振り向く。
玲愛は何も疑わない。振り向けばそこには皆居る……ただそれだけを信じて
「……………………………………………何、何で?浴衣ちゃん?」
玲愛は八重に抱かれている浴衣の元に駆け寄る。
しかし、あまりにもかけ離れた姿だった。
八重に抱かれているものの下半身は無い。何処かに吹き飛ばされたとは考えにくく、焼かれたと考えるのが自然だろう。
「……玲……ちゃん?」
いつも元気な浴衣の声と同じ声なのかとチーム[カオス]のメンバーが驚く程か細い声だった。小柄ながら元気に走り周り、明るい浴衣のこんな姿を見る事になるとは誰も考えていなかった。
それ以外の事を考えているのは玲愛一人だけだ。
玲愛だけが浴衣によって命を救われているからだ。
浴衣は手を伸ばし、玲愛の服を軽く掴む。
二人は大粒の涙を流す。
「ごめんね」
「何で、浴衣ちゃんが……謝るの?」
「……助け……たかった……」
「助かったよ」
「玲愛……ちゃん……泣いてる……もん。しっかりと……守って……あげたかった……でも、初めて……先輩と……して」