第819話 翁(おきな)の魔剣士
「その中に翁の魔剣士一人がいる筈よ。私も後、二~三分で付けるわ」
「十分足らずで北海道から東京に来れるなんて凄いわね」
「一気に行ければ良いんだけど、私の異能でも北海道支部にある鏡と、元東京本部を繋げる事は出来ないわ。幾つか中継を挟んで向かっているわ。北海道支部に居る私が出来たのは、元東京本部の鏡から様子を見る事ぐらいよ。それこそが、私が病室にいけずに、川上舞を救う事の出来なかった理由よ」
「そう。私は一足早く、行かせて貰うわ」
「ええ」
柚子は古びた研究所の扉を開ける。
何年間も人の出入りが無いのが入って直ぐに分かるその内装に柚子は目を向けながら舞を探し始めた。
「幻覚で無様なまま、終わらぬか」
翁の魔剣士と思われるその声を聞き、柚子は氷神の聖剣を発動させ、体内に宿っている異能であり、神器である氷のみで作られた剣を手に握る。
「どれだけの実力を有していても、それを発揮することが出来なければ、強者も弱者も同じに等しい」
「……病室の件かしら。もうこれ以上の失態は繰り返さない」
「……どの口がそう言わせる?」
柚子は何処から聞こえいるのか分からなかった声が背後から聞こえた事によって、手にしていた氷神の聖剣を振りかざす。しかし、攻撃をしたにも関わらず、手応えの無さに柚子は戸惑うと共に間合いを取る。
「仮面だけ」
距離を取った柚子は地面に落ちていく仮面を目にする。
「……残念だが、この研究所に足を踏み入れた時点で私の幻覚空間の中だ。ここで終わりにしよう」
様々な場所から聞こえ、姿の見えない翁の魔剣士相手に柚子は壁に背中を押し当てた。
背後の守りを捨て、前方のみに集中する。
「そんな事をしても、無駄よ」
柚子は手鏡に吸い込まれ、研究所とは全く別の空間に居た。
「言ったでしょ。そんな事をしても、無駄って。あの研究所は翁の魔剣士のテリトリーなのよ」
「……全面壁張りのこの空間は貴女でいいみたいね。有栖川天舞音」
「そうよ。この別空間まで幻覚は及ばないわ」
「……川上舞も私見たいにここに連れてこれないの?」
「出来るなら、さっさとそうしているわ。でも、この研究所の鏡は入り口の一ヶ所のみよ。ここに連れてくるには、川上舞の付近に鏡が無いとね」
「……ここから出るなら、先ずは私が居た場所からやり直しね」
「それも出来ないわ。鏡が無いと出入りが出来ないのよ。貴女の持っていた鏡は向こう側よ。仮にそこから出ても翁の魔剣士に簡単に悟られる。何よりも幻覚をどうにかしないと」