婚姻届提出まで─幸せな家庭に─
そしてみんなにお礼を言っていき、賑やかだったリビングが静かになった。
「なんだかあっという間でした……」
「そうだね」
隣に立つ先輩が苦笑いで私に答えてくれる。
「椿ちゃん、お風呂入っちゃってね。タオル洗面所にあるから」
「え、私は最後で良いですよ」
「なに言ってるの?入ってきて」
「う、わかりました。じゃあお義母さん、お義父さん、お先にすみません」
先輩にも言われてしまい私はお義母さんとお義父さんに頭を下げながらリビングを出てお風呂に入った。
お風呂からあがるとリビングが片付けられていた。
「わわ、すみません、私も手伝います!!」
「大丈夫だよ。もう終わったし」
「……すみません」
「椿ちゃん、謝らなくて良いのよ。遠慮もいらないわ。もっと気楽にしてて、ね」
お義母さんにそう言われて、家族に迎えてもらったのに他人行儀じゃ悪いし、と考え直した。
「わかりました。ありがとうございます!!」
次に先輩がお風呂に入りにいった。その間私はどうしようと思っているとお義母さんにソファーに誘われた。
「あれ?そういえばお義父さんの姿が見えませんけど……」
「飲みすぎちゃったみたい。だけど水も飲んでたし明日にはそこまで響かないと思うから大丈夫よ」
「そうなんですね……」
お義父さん、大丈夫かな?すごいペースで飲んでたけど。でも先輩と同じでお酒強いのかも。
「それよりこっちで2人でお喋りしましょ」
「はい」
そして私はソファーに並んでお義母さんとお喋りすることになった。
「椿ちゃん、本当に隼人と一緒になってくれてありがとう」
「え?いえ、私も先輩が大好きですから」
私がそう言うとお義母さんは少し眉を下げて言う。
「でも隼人の前の彼女との話聞いて隼人のこと嫌にならなかった?」
「確かに酷いとは思いましたけど私にはそんなことしないって思いますし」
「そう?優菜も悪気があったわけじゃないのよ。椿ちゃんを楽しませようとか隼人をからかおうとか、そんな感じなの」
「わかってます!!私も知らなかった先輩を知れて楽しかったですし、感謝してます」
優菜さんに悪気がないのはもちろんわかってる。それにそんなこと考えもしなかった。お義母さんは繊細なのかもしれない。今日1日だけでもそれがわかる。繊細でとても心が優しい。
「椿ちゃんが良い子で良かったわ。……でもね、勘違いしないでほしいんだけど隼人もただ酷い子だったわけじゃないの」
そしてお義母さんはゆっくり話してくれた。
「さっきは隼人は琉依さんに似てないって言ったけど似てる部分もたくさんあるの。小さい時からただでさえ目を引く容姿をしてるのになんでも誰より上手くできちゃって。でも2人とも誰かの上に立つのが嫌で目立ちたいわけではないのよ。それでも周りは期待してしまうし、同時に僻まれたりする。だからなんでも手加減しようってなっちゃうの。普通にしてるとなんでも1番になっちゃうから。でもそれがわかると余計に僻まれたりするものでしょ?だから自然に上手く隠しながら加減するの。それで外で本当の自分でいられなくなって人当たりが良いように見えても一歩引いていたり物事に興味もなくなって……。でも隼人がしっかりしてるのは私たちのせいでもあるのよ。私は昔からおっちょこちょいでね、失敗ばかりで、直したくても全然駄目、だから自分がしっかりしなきゃって思ってたんだと思うの。それにしっかりしてるから若菜や昴のことも頼んでしまって、余計に。そんなだからなかなか好きな子もできなくていつも付き合ってほしいって頼まれたからって。付き合った男の子のことはなんでも知りたいって思うでしょ。そうやって踏み込まれたり自分のペースを乱されるのが嫌みたいでね、すぐ別れちゃうの。あ、でも隼人はまだ少ないのよ。隼人と琉依さんの違うところは隼人は人当たりが良いけど壁を作ってるから不用意に人に優しくしないの。でも琉依さんは誰にでも優しいの。そういうのがあるから余計にモテるのー。本当に苦労したわー。まったくもう……。ああ、それでね、だからこそ隼人が椿ちゃんのことを好きになったって聞いた時はみんな驚いたの。その今までとまったく変わった言葉にも行動にも。母親の私でも予想してなかったわ。けど安心したの。隼人もこんなに人を好きになってがむしゃらになれるんだって。だから付き合い始めたって聞いた時も本当に嬉しかったの。けどそれも長く続かなくて上手くいかなくなっちゃったでしょ。私はなにがあったかもどうして元通りになったのかも詳しく聞いてないの。昔私たちの間にいろんなことがあったように椿ちゃんたちにもあるから、でもそれを親がどうこうしようとするのは違う、自分たちでどうにかしないといけないんだってみんなで決めて……。さっきも言ったように椿ちゃんを知って椿ちゃんだから私たちは好きになったの。だから椿ちゃんが幸せになれるなら隼人じゃなくても良いって思ったけど、隼人には椿ちゃんしかいないって複雑な気持ちになって。隼人のせいで椿ちゃんが遠くに行っちゃったのが寂しくていつもみんなで椿ちゃんのことを話してたけど隼人はなにも言ってこなくてね。思ってることはあると思うのに、唯一素でいられる家でも本音を隠すようになって、いつも通りでいようとしてるのが逆に見てられなくて私内心落ち込んでたの。本当にこれで良いの?って。椿ちゃんのことに関わることはなにも言わなかった隼人が1度だけ言ったことがあるの。私と琉依さんがここでテレビを見ててね、小さい子供たちがたくさん出てて、子供ってやっぱり可愛い、孫がほしいって話をしてたの。それを遅くまでやってた塾のアルバイトから帰ってきた隼人が聞いてて、私に言ったのよ。結婚もしないし孫もできない、孫の顔を見せられなくてごめんって。それを聞いたら私、普段の間の悪さとか馬鹿をちゃんと直せば良かったって慌ててね。琉依さんの顔を見て気持ちを落ち着かせて若菜と昴の子がいるって言うのが精一杯だったの。それからも私が、どうしたら良いの?なにもしないのが良いんだろうけど本当になにもしなくて良いの?ってずっと思ってる時に良い人に出会ったみたいでね。それも私には教えてもらえなかったんだけど大学の先輩みたい。その人のおかげで隼人がもう一度椿ちゃんと出会った時みたいに生き生きし出してね、本当に安心したの。隼人も元気に振る舞ってただけで無理してるのが見ていて辛かったもの。でもやっぱり男親が良いみたいね。私にはなにも頼ってくれなくて琉依さんばっかり。だからもう私は私で考えようって、琉依さんの車で出掛ける時にお弁当を作って持たせたり、持たせたり……まあ、それくらいだけど。それからまたずいぶん時間がかかったけど若菜が怒って私たちに隼人が椿ちゃんに接触したって報告した時は琉依さんと手を取り合って喜んだの。今日この日が無事に迎えられて本当に良かった。本当にありがとう」
途中から涙を流すお義母さんにつられて私も泣いていた。
「隼人にとって家が、家族が安心できる場所だと思うの。だから「お義母さん!!」」
私は号泣しながらお義母さんの両手を握りしめた。
「私、先輩が安心できるように、早くお家に帰りたいって思ってもらえるようにします。毎日楽しくして笑って過ごせる家庭にします!!私勘違いしてました!!お義母さんは天然でフワフワしてるだけの可愛いお義母さんだと思ってましたけど違うんですね。お義父さんが言ってました。お義母さんは楽しくて賑やかなことが好きだって。だから天然なふりをして家族を楽しませてるんですね!!」
「え?そ、それは違うのよ、椿ちゃん!!天然でおっちょこちょいは元々なの!!」
「……え、そうなんですか?」
「そうよ!!楽しくて賑やかなことが好きなのも元々なの!!琉依さんに毎日楽しく賑やかに過ごしてほしいって思ったのは確かにそうだけどそれだけなのよ。優菜に昔から私は考えれば考えるほどおかしなことになるから余計なことは考えずにやりたいようにして、って言われて……隼人とか昴とか、若菜とかみたいに頭良くないし、成績も下から数えた方が早いくらい馬鹿だったし……」
「え、それはそれは……でも学校の成績は関係ないですよ」
「ねえ、なんで2人とも泣いてるの?」
「……あ、先輩」
リビングのドアを開けてもの言いたげな目で私たちを見ている先輩がいた。そしてすたすたと私たちのそばに来ると私とお義母さんの手を離して片膝をついて私の涙をぬぐう。
「あーあ、明日目が腫れたらどうするの?」
「だ、大丈夫ですよ」
大丈夫だからその甘い眼差しをお義母さんがいるところで向けてこないで、恥ずかしいから!!
「なんの話してたの?」
「隼人の話よー」
「俺の?」
「そ、そうですよ!!私お義母さんみたいに素敵な奥さんになってみせますからね!!」
「……どんな話を聞いたのかわからないけど全部鵜呑みにしちゃ駄目だよ。俺の話が雑だ、適当だ、って言うけど母さんだってめちゃくちゃだから。馬鹿な上に思い込みが激しくてなんか俺のこと過大評価してるみたいだけど俺、適当に生きてるだけだから」
「なんてことを言うんですか。親の心子知らずとはこういうことを言うんですね!!お義母さんは世の中の奥さん、お母さんの鏡のような素晴らしいお義母さんです」
「母さん、椿に暗示でもかけたの?」
「そんなことしてないわよー!!でもどうしましょう。椿ちゃんの中の私がとんでもないことになっちゃったわ!!いっそこれを機会に素晴らしいお母さんになれるように頑張ってみようかしら!!」
「しなくて良いから。母さんはできることだけしてくれれば良いから」
「そ、そうね。できることできること……。そうだわ、椿ちゃんの目が腫れるといけないからタオルを持ってくるわ。冷たいタオルと温めたタオルを交互に目に当てると良いのよー」
「すぐに持ってきて」
「ま、待っててねー!!」
私が口を挟む余裕もなくあれよあれよという間にタオルを目に当てられ、気付いたら先輩の部屋のベッドに寝かされていた。
「せ、先輩!!いつの間に!!」
なにも考えずに時間が過ぎ去っていて思い出の部屋のベッドにいるなんて不覚だ。
「椿が悪いんだよ。明日は大切な日なのに」
「う、それは……でもお義母さんが……」
「はいはい。わかったから。……大丈夫かな?えっと、鏡ある?」
「あ、鏡あります。大丈夫だと思います」
私はいつの間にかそばにあった自分の鞄から鏡を取り出して自分の目を見てみた。
「そう。良かった」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
私の手から鏡を取って机に置いてから流れるように私が横になっている隣に寝そべってきた先輩に慌てる。
「どうしたの?床で寝た方が良い?」
「そ、そんなこと言いませんけど!!」
「じゃあ良いよね」
「せ、先輩!!」
背中に回された腕に一層緊張して慌てて先輩から離れようとしたけど逆にきつく抱き締められた。
「昨日は良かったのに今日は駄目なの?」
「だー!!なに言うんですか!?き、今日はお義母さんもお義父さんもいます!!」
「気にしないで大丈夫だよ」
「気にしますよ!!」
「だってこの部屋に辛い思い出があるなら塗り替えちゃえば良いと思わない?」
「……先輩」
気にしてくれてたんだ……。さっきはお義母さんの優しい明るさとかみんなのおかげで楽しく過ごせたけど先輩も私のためにできることを考えてくれてたのかな……。
「……って、それとこれとは話が別です」
「ちぇ」
「なんですか、それ!!いつもいつも騙されるわけじゃないですよ!!」
「人聞きの悪いことを……。別に騙したわけじゃないでしょ」
「そ、そうですかね?でも今日は本当にゆっくりしましょうよ。明日は大切な日ですよ?」
「ゆっくりするつもりだよ」
「ゆっくりできないと思いますけどね!?」
「……ねえ、椿。今日は楽しかった?」
突然の先輩の落ち着いた声に顔をあげる。見つめ合って先輩の問いかけに私は答える。
「楽しかったです、すごく。すごく優しい人たちばかりでみなさんと家族になれると思うとすごく幸せです」
「そっか。無茶苦茶ばかりだけどみんな良い人なのは確かなんだよ。イライラさせられるけどね。椿にも知ってほしかったから会わせられて良かった。そう思ってくれて良かった」
「先輩……。先輩はたくさんの人に愛されて過ごしてきたんだなって思いましたよ」
「そうなのかな」
「ふふ、自分では気付きにくいのかもしれないですね」
「でも椿もその一員になるんだよ。それにこれからは俺と椿2人から新しい家族の形ができてく。これからなにが起きるかわからないけど俺が椿のことを愛し続けるのはこの先なにがあっても変わらないよ。だから信じてずっと俺のそばにいて」
「私だってなにがあっても先輩のことを愛してます。ずっと、ずっとです。なにがあってもそばにいます。お互いこの変わらない気持ちを信じ合っていつまでも幸せな家族でいましょうね」
そして自然に唇が重なり次第に深いものになってきた。このあとの展開を思い浮かべて思う。まあ、良いか。
翌朝日曜日、優しく笑う先輩に起こされて朝食を食べて結局昨日リビングに置きっぱなしにした贈り物を先輩とお義父さんが車に積んでくれた。お義父さんもニコニコしてお義母さんのそばに寄り添うようにいて安心した。
そして手を振って先輩の実家を後にして役所に行った。車を降りてぎゅっと手を繋いで先輩を見上げる。今日から始まるんだ。これからの日々に思いを馳せて幸せな気持ちになる。
「また笑ってる」
「先輩だって笑ってます」
「幸せだからね」
「私だって幸せを噛みしめてるんです」
私の大好きな笑顔で優しく微笑む先輩と見つめ合う。
「夫婦になる前最後だよ」
「……なんですか?」
私が首を傾げているとゆっくり近付いてきた先輩が私に1つキスをしてくれた。
外なのに、とか急になんてことを、とか戸惑う私の手を先輩が引く。
「行こ」
「は、はい!!」
ここまでが婚姻届提出までの短いはずなのに長くて濃い時間のエピソードです。