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婚姻届提出まで─これで全員─


「遅れてごめーん……って隼人がさっそく椿ちゃんにべったりね」


 1番に入ってきたのは結城くんのお母さん、そしてなぜか大きめの荷物を持った男の人、そして笑顔で手を振る男の人が入ってきた。

 初対面の若菜と結城くんのお父さんたちにちゃんと挨拶したいと思って無理に先輩から離れようとしたら私の様子に気付いた結城くんが苦笑いして手伝ってくれて私は立ち上がってリビングの入り口に駆け寄った。


「えっと、こんにちは。今日はわざわざ来ていただいてこんな素敵な飾りつけまでしていただいてありがとうございます」

「あらあら、そんな固いこと言わないで良いのよ。8人でやったらあっという間だったし誰かの家に集まるのなんて普通なんだから。それより久しぶりね。覚えてる?昴の母親の彩華よ。名前で呼んでね」

「はい、彩華さん。お久しぶりです。もちろん覚えてます」


 彩華さんはロングの黒髪をかきあげていてすっとした目鼻立ちでいかにも仕事ができそうなシャキッとした女性。

 そして少し強面風の体格が良い男性が笑って言う。


「初めまして。若菜の父の浩一です。椿ちゃん、隼人と結婚してくれてありがとう」

「浩一さんもそういうスタンス?」


 後ろで先輩が言う。


「いや、そういうわけじゃないけど……」

「ちゃんとみんな隼人のことも祝ってるよー。どうしてふてくされてるの、隼人。こんにちは、初めまして椿ちゃん。昴の父の一輝です。よろしくね」

「浩一さん、一輝さん、初めまして。よろしくお願いします」


 浩一さんは一見怖そうだけど笑うとすごく優しい顔をしていて、一輝さんは童顔で眼鏡をかけている可愛らしい感じの人だ。


「パパ、それなにー?」


 若菜が浩一さんたちが持ってきた荷物を見て言う。


「うん。それが結婚祝いに買ったワインだけだと椿ちゃんが好きじゃなかったらあれだなって思ってて。今日やっぱり他にも買っていこうって一輝くんと考えてね」

「この2人だけだと心配だから優菜を先に行かせて私もついていったの」

「え、ワインですか?」

「そうだよ。女性陣からはグラス。あとで渡そうと思ってたんだ。それに僕が買ってきた花束も」

「え、そんなに?なんだかすみません」

「椿!!私と昴もプレゼント用意したの!!」

「わあ、本当?ありがとう」

「椿ちゃんお酒飲めるとは聞いてたけど特に好きなお酒は若菜も昴も知らないって言ってたから隼人の好きなビールで良いんじゃないかって思ったんだけど……」

「ビールで良いのかなって思って、それなら焼酎かってなったんだけどそれはもっと好みが別れるかなーって、それでワイン。隼人が好きな赤にしたけど椿ちゃん大丈夫だった?」

「はい!!わりとなんでも飲めますし赤ワイン好きです!!ありがとうございます」

「それが聞けてよかった。でも心許なくて買ってきちゃったからこれももらって」


 浩一さんがそう言ってその荷物の包装を取ると中から観葉植物が出てきた。


「わー!!ありがとうございます!!ちょうど観葉植物を置いてみたらどうかって話してたんですよ。ね、先輩」

「うん、そうだね。2人で買いに行こうと思ったのに」

「ごめんねー隼人。でもいくつあっても良いんじゃないかな」


 なんで先輩が不服そうなのかわからなかったけど玄関に飾るのにぴったりだな、とわくわくする。


「あら、アイビーね。彩華さんがついていって正解だわー」

「でも2人も慎重でね、ちゃんと結婚祝いに合いそうなものを探してるって店員に聞いてたから平気だったわ」

「若菜の就職祝いで学習したんだね、パパたち」

「う、うん。まあね」

「パパ全然センスないんだもん」


 若菜が怒り浩一さんがしゅんとしてしまう。……なにをプレゼントしたんだろう。


「でもね、買ってから琉依さんが用意するって言ってた花束と被るって気付いたんだけど……」

「全然気にしませんよ!!ありがとうございます!!」

「そしたら、花束とワインも渡しちゃおうかな」

「あら、それなら私たちのグラスも持ってくるわ」


 そう言ってお義父さんとお義母さんがリビングから出てすぐに戻ってきた。

 その間座ったままだった先輩も立ち上がってもらって2人でお義父さんから花束をもらった。


「綺麗ですねー。お義母さん、これはどんなお花なんですか?」

「ブルースターよ。花言葉は"信じあう心"ね」

「わあ、素敵です!!ね、先輩!!」

「うん、ありがとう。親父」

「どういたしまして」


 私たちにぴったりな花言葉に感激して先輩の腕に抱きついた。


「それにワイン。スッキリしてて飲みやすいと思うよ。でも気をつけて。酔った隼人って面倒だからね」


 そう言って一輝さんがボトルを渡してくれた。


「何度かお酒飲んでますけど普通ですよ?」

「それ全然飲んでないでしょ。ビール6杯くらい飲まないと酔わないから。そこからが面倒なんだよ」

「ちょっと、一輝さんも俺のこと貶そうとするの?」

「貶されてふてくされてたんだー。相変わらずだねー」


 一輝さんは結城くんとよく似た雰囲気ですごく優しそうだ。


「ね、見て椿ちゃん!!私たちが用意したグラス!!」


 お義母さんが見せてくれたのはペアになったワイングラス。シンプルながら繊細なデザインも入っていて上品で見惚れてしまう。


「でね、私は隼人のネックレスに対抗してキラキラのアクセサリーたちにしようと思ったんだけど!!」


 対抗しなくて良いから、とかどれだけ用意してくるんだと思って身構えようとしたけど違ったみたい。


「昴に止められてこれにしたよー」


 はい、と若菜が手渡してくれたのはチケットが入っているような白い封筒。開けてみると券が入っていた。


「ホテルの宿泊券!!ありがとう」

「昴、お前は本当に良くできたやつだな」


 先輩がこのお家に来てから一番元気になった気がする。先輩も嬉しいみたいで私も嬉しい。


「券が嬉しいなら私と会える券とか私と2人で遊ぶ券でも良いじゃないと思ったけど昴が椿が喜ぶって言うのー。本当に嬉しい?」

「若菜……。もちろん若菜と会える券も2人で遊ぶ券も嬉しいけどこの宿泊券もすごく嬉しいよ!!ありがとね!!」

「椿が嬉しいなら良いけど……」


 複雑そうな顔をする若菜に苦笑いする。そんな若菜も大好きなんだけど先輩と旅行という誘惑には勝てない。


「先輩、早く行きたいですね」

「そうだね。楽しみだよ」

「ですね!!」


 いただいた贈り物はあとで車に積んでくれるということでみんな席に座った。

 一番奥からキッチン側にお義父さん、お義母さん、若菜、優菜さん、彩華さん、そしてその向かい側が、私、先輩、結城くん、浩一さん、一輝さん。これで全員が集まった。


「あ、いっそのこと彩華さんも一緒に行けば良いじゃない。ね、椿ちゃん」

「え、えっと……」


 また来週の話に戻ったと呆気にとらわれながら先輩を見ると全力で首を横に振っている。


「どうしたの?」


 彩華さんが当然そう問いかけて当たり前のようにお義母さんが説明する。

 ああ、こうやって話って広がってくんだと呆然としながら思う。


「坂下さんごめん。このメンバーに隠し事ないから。美香さんか優菜さんに話したら全員に広まるよ」

「そ、そうなんだ。良いけど……」


 結城くんがこっそり教えてくれた。そして話を聞いた3人に心配されるというさっきの流れの繰り返しだ。


「大変だったわね」

「でもそれならママたちだけで行ったらもっと危ないんじゃない?」

「僕たちも行く?あ、僕予定あるんだった。キャンセルして行こうか?」


 一輝さんの言葉に私は動揺する。


「そこまでしていただかなくて大丈夫です。それに私は先輩のおかげでもう全然元気で、お義母さんたちもお買い物を楽しみに来てくれるみたいですし」

「そうだ、僕も迎えに行くんじゃなくて土曜日から行けば良いんじゃないか」

「いや、だからお義父さん……」

「琉依さんも今気付くぐらい動揺してたのね。ちょっとみんな、落ち着いて。椿ちゃんも平気みたいだけど美香の言う通り今は大丈夫でもしばらく経ったら思い出して怖い思いをしちゃうかもしれないね。美香たちがいれば良い気晴らしになるだろうし、椿ちゃん、騒がしいだろうけど付き合ってあげてね。それで金曜日に泊まるなら布団もないのにどこで寝る気?隼人の家にお客様用の寝具なんてないでしょ。買ってから家に行くの?」

「んー、そうね。布団って重いかしら?」

「大丈夫じゃない?夕方に行って買ってから家に行こうか」

「え、お布団ならこっちで用意しますよ!!それくらいなら仕事が終わってからでも買う時間あります」


 さすが、彩華さん。段取り良く決めようとしてくれて頼りになる。


「あら、じゃあ隼人買っておいてね」

「あ、いえ、先輩は忙しいんじゃ……」

「はあ……もう良いや。椿先に行って選んでおいて。仕事が終わったらすぐに車で行くから合流しよう」

「そうですね」


 よくわからないけど先輩も乗り気になってくれたみたいで良かった。……ちょっと強引だったかな。でもどうしてお義母さんたちが来るのそんなに嫌がるんだろう、楽しそうなのに。


「じゃあ寝る場所は大丈夫そうね。そしたら琉依さんだけど「あ、そうだ」昴どうしたの?」


 彩華さんの言葉を遮ったのは結城くん。


「琉依さん昨日どうして早退しちゃったの?」

「だって美香から小さい虫がたくさん家に入ってきて大変ってメッセージが来たから。でもちゃんと早退するって言ったから良いでしょ」

「大事な会議があるって言ってたじゃん」

「……あ」

「美香さんが大変だったなら仕方ないけどそれならそうと理由も言って早退してよ。なにがあったのかってみんな慌ててたよ。で、その会議で決まったけど仕事が押してるから来週の土曜日は僕たち休日出勤だよ。美香さんがいないなら早く帰る理由もないし、金曜日も土曜日も仕事し放題だね。社長に教えてあげよっと」

「ええ、そうなの?嫌だよー」

「泣き言言っても駄目。どうしても琉依さんに頼みたいって依頼が山ほどあるんだから」

「琉依さんはやっぱり日曜日に迎えに行くことになるわね。そしたら被害に遭う可能性が極めて低いってことだし浩一さんもお父さんも行かなくてよし。お父さんは黙って佐伯さんに誘われたゴルフに行くこと」

「やっぱり行かないと駄目……だよね」

「日頃運動しないんだから、椿ちゃんを言い訳にしちゃ駄目よ」

「はーい」


 なんだろ、彩華さん強い。一輝さんって可愛らしい顔してるけどちょっと計算高い?


「いや、天然なだけ。運動したくないなーって思って、思い付きで喋ってるだけなんだよ」

「そうなの?」


 また結城くんがこっそり教えてくれた。間にいる先輩はつまらなそうに肘をついてる。


「それで、私だけど……」


 彩華さんが先輩をちらりと見ると苦笑いする。


「私はやめておくわ。お父さんたちのご飯とかいろいろしないとだし」

「「えー、つまんなーい」」


 お義母さんと優菜さんの声が重なる。


「まあまあ、2人で椿ちゃんに迷惑かけないように楽しんできて。帰ったら話を聞かせてくれれば良いわよ」

「彩華さんが言うなら仕方ないわねー」

「そうだね」


 お義母さんと優菜さんも納得したみたい。これでようやく話が纏まった。


「それから美香」

「なーに?」

「椿ちゃんの家に何度も行くのは良いけど1人で行くのは駄目よ」

「えー?どうして?」

「椿ちゃんたちが住んでるのはここよりずっと都会なのよ?毎年行くキャンプ場で迷子になる美香がそんな場所で迷子にならないわけないでしょ」

「そんなことないわよー。ちゃんと駅からまっすぐ行けば良いんだもの」

「そう思って曲がり角とか分かれ道に差し掛かったらどうしたら良いんだっけ?ってなるのが目に見えてるから」

「さすがにそこまでお馬鹿じゃないわよ」


 ふふふ、と可愛く笑うお義母さんに周りはみんな彩華さんを祈るように見ていた。これはやらかした過去があるんだろう。


「毎日通う学校と違うのよ。椿ちゃんに迷惑かけたくなかったら誰かと一緒に行きなさい」

「でもそれじゃあ琉依さんと喧嘩した時「喧嘩しないよ!!」もししたらって話なのに……」


 不満そうに頬を膨らませるお義母さんに慌てるお義父さん。


「まあまあ、喧嘩したこともないあなたたちが家を出ていくほどの大喧嘩をするわけないじゃない」


 彩華さんが拗ねてしまってるお義母さんに苦笑いする。


「万が一にもそんなことがあったら1人で行けば良いけどありもしないことのために予行練習して、それこそなにかあったら椿ちゃんも気が気じゃないわよ。椿ちゃんに心配かけたくないでしょ」

「んー……」


 お義母さんが私を見てくる。


「確かにお義母さんになにかあったらってヒヤヒヤしちゃいますね。誰かと一緒に来てくれた方が安心できます」

「椿ちゃんがそう言うならそうするわー」

「はい!!」


 周りがみんなほっと息をはく中お義父さんは不満そうだ。


「誰か僕のフォローしてよー」

「えっと、ほら、琉依くんは美香ちゃんが心配なだけだもんね」

「これは親離れならぬ夫離れってやつじゃないかなー」

「父さん、それ逆効果だよ」

「あ、駄目だった?」


 浩一さんと一輝さんがフォローになってないフォローをしてる間に優菜さんがキッチンに行ってお酒の瓶を持ってきた。


「はい。琉依兄はお酒でも飲んで酔っぱらえば良いわよ。みんなも飲む?」


 優菜さんに聞かれて浩一さんと一輝さんだけが付き合うよ、と声をあげた。


「先輩はお酒飲まなくて良いんですか?」

「明日は大切な日なのに二日酔いになりたくないからね」

「そ、そうですか」


 この賑やかさで忘れそうになっていたけどそもそもこれは私たちの結婚をお祝いしに来てきてくれたんだよね。そして明日婚姻届を提出して私と先輩は夫婦になるんだ。なんだかソワソワしてきた。

 お義父さんたちが飲むということで他のみんなは烏龍茶やジュースで乾杯することにした。それから私たちはいろんな話をした。最近は親たちだけになってる毎年行くキャンプのこと。中学生になった先輩が優菜さんや彩華さんが自分の洗濯物までやるのに不満を溢して自分で洗濯をし始めたけど1週間も続かなかったことや、先輩が思春期になったと思ったら1日経たないうちに終わってしまったというよくわからない話とか、今までで知らなかった先輩の話が聞けて面白かった。それに連絡先も交換した。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、彩華さんの号令でお開きになった。


「私も椿と泊まるー!!」


 みんなが帰ろうとしていると若菜が突然そう叫びだした。


「若菜……」


 私も若菜ともっと一緒にいたいけど時間はそろそろ21時。若菜は明日も仕事があるし、私にとっても明日は大切な日だからゆっくりしたい。


「若菜、今日は帰ろう。またすぐに会えるよ」

「すぐっていつ?来週会えないから再来週?」

「わ、若菜……電話するよ」

「むー!!」

「若菜ー椿ちゃんは隼人といちゃつきたいってよー」

「ちょっと優菜さん、逆効果だから!!」


 もう、若菜をどうしたら良いんだろうと思っていると彩華さんが来てくれた。


「若菜、椿ちゃんが困ってるから行くわよ」

「嫌だー」

「若菜……椿ちゃんを困らせたいの?明日は椿ちゃんの大切な日なのに邪魔して良いの?結婚式はもちろんだけど婚姻届を出す日も一生の宝物になるのよ。隼人とゆっくりその日を迎えてほしくないの?」

「……わかった」


 やっぱり彩華さん頼りになる、と感激していると若菜が私の両手を握りしめて顔を近付けてきた。そして少し離れた場所でお義父さんたちと話していた先輩を見ながら言った。


「ウェディングドレス私と2人で見に行こうね」

「え?」


 結婚式の話なんて全然してないのに、とかウェディングドレスって旦那さんと見に行くものじゃ、とか思って戸惑うけど若菜は笑顔で言う。


「試着って1回じゃ決まらないらしいよ。だから1回くらい私と行っても問題ないよ」

「そうなんだ。それならまあ良いか。うん、行こうね」

「やった。じゃあ帰る!!」

「あ、本当?バイバイ、ありがとねー!!」


 私が喋ってる間にさっさと玄関に向かい始めてしまっていて慌てて早口になってしまう。引き際があっさりしてるな……。



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