婚姻届提出まで─お義母さんの思いつき─
すぐに若菜の分のオムライスを作ったお義母さんが戻ってきた。
「いただきまーす!!」
「椿ちゃんが買ってきてくれたマドレーヌがあるのよ。昴も食べるでしょ」
「うん。ありがとう」
若菜の正面に座る結城くんが先輩を挟んで隣にいる私にお礼してくれた。
「ううん。有名なお店のなの。食べてみて」
そして結城くんが手にしたマドレーヌを若菜がひょいっと取ってすぐに食べた。
「若菜……」
お行儀が悪いと苦笑いするけど若菜はそんな私の様子を気にせずマドレーヌを食べるとオムライスもパクパクと食べる。
まあ、良いかと思って若菜と結城くんにくす玉のお礼を言うことにした。
「若菜、結城くん、あのくす玉も作ってくれたんだよね。ありがとう」
「ん……ありゃ?あれってみんな揃ってからじゃなかったっけ?」
「あ、割れてるよ、若菜」
「本当だー。美香さんだねー」
「あら?みんな揃ってからだった?」
「止めようとしたんだけどね」
笑顔のまま言うお義父さんの言葉に若菜と結城くんは納得したみたい。
「椿をお祝いしたかったのに昴が邪魔したのー」
「だって坂下さんだけで結婚するわけじゃないんだから」
作ってる途中にもわちゃわちゃしてたんだろうなって思うと面白い。
「ん……でも、隼人が急に今日来るって言うから急いで準備していまいちな出来なんだよね。来週だって聞いてたからもっとこうキラキラさせようと思ってたのにー」
ご飯を食べながら若菜は不満そうに言う。でも気になることがあって私はその疑問を口にする。
「え、来週来る予定だったんですか?」
「んー、まあね」
先輩は歯切れ悪く答える。
「どうせ隼人が待ちきれずに急いだんだろうけど……ん……予定通り動いてくれないと……仕事だって来週早番にしてたのにさ、今日早番にしてって頼むの大変だったんだから。今日プロポーズして色々準備したりして来週の土曜日に来るって聞いてたのに」
「そうなの……。ね、若菜、ゆっくりご飯食べたら?」
「嫌!!早く食べて椿と喋るの!!」
「喋ってるじゃない……」
食べながら喋り続ける若菜にそう言ったけど若菜はそのまま一気にご飯をかきこんだ。
呆れながらそんな若菜を見ていたけど、ふと思い当たった。
「先輩……もしかして私のせいで予定を早めたんですか?」
私は荒木さんのことがあって先輩が予定を早めてくれたのだと思った。
「え?んー?それだけじゃないよ」
また歯切れ悪く言う先輩に確信した。そうだ、プロポーズしてくれた時も土曜日にするつもりだったけど、と言ってたじゃないか。
なにもこんなに急がなくても、と思ってたけど予定を狂わせてでも私を心配してくれたんだ、と申し訳なくなった。
「いや、だからそれだけじゃないからそんな顔しないで」
「でも……」
そんな私の様子に先輩は慌てたように言う。
「……なに?なにがあったの?」
私たちの様子に怪訝な顔で若菜が問いかける。どうしよう、言ったら心配するだろうし。
「もー!!なにがあったのー?」
こうなった若菜は聞くまで止めないだろうと思う。上手く言えなかったらお義父さんにフォローしてもらおうと思って私は恐る恐る言う。
「あのね、若菜、心配すると思って言わなかったんだけどね、ちょっと、なんていうか、あ、もう解決したんだけど「なに!!」……えっと、ストーカー被害にあってて」
「「「ストーカー!?」」」
若菜、お義母さん、それにお義父さんまで三者三様で驚きの声をあげて私も驚いてしまう。
「ごめん、昴にしか話してない」
ボソッと先輩が言う。このことも話してると勘違いしてた私が悪いと思って結城くんを見ると若菜の食べ終わった食器を横に避けていた。……なんだろうと思っていると若菜がテーブルに乗り上げて先輩に掴みかかった。
「わ、若菜!!駄目ー!!」
私は慌てて止めさせようとするけど若菜は止まらない。
「隼人の馬鹿ー!!また椿を苦しめて許さないんだから!!」
私のために怒ってくれる若菜を宥めるように慌てて私は言う。
「先輩はなにも知らなかったの!!だから先輩は悪くないよ!!」
私がそう言う間に先輩の正面に座っていたお義母さんが立ち上がって私をぎゅっと抱き締めた。
「怖かったね、1人で頑張ったのね」
よしよし、と頭を撫でてくれるお義母さんに呆気にとらわれる。先輩のおかげでもう解決したんだけど、と思いながらも先輩に抱き締められるのとも若菜に抱きつかれるのとも違う、初めて抱き締められるのにほっと安心できるような懐かしいような気持ちになった。
「若菜、落ち着いて。隼人、本当に解決したの?必要なら僕もなにかしようか?」
お義父さんが冷静に問いかける。そうだよね、先輩もこんなこと初めてだろうし、頼りきってたけど私もなにかしないといけないのかな。
「大丈夫。その場で警察に逮捕してもらったし……けど訴える?」
私に気を使って荒木さんのことは教えてくれたけどこの後のことは落ち着いたらにしてくれようとしてたんだろう。先輩の問いかけに私は首を横に振った。
「いえ、大学時代の知り合いですし、大事にはしたくないです」
怖い思いはしたけど元々荒木さんは良い人で勘違いしてこんなことになってしまっただけだと思うし。
「うん。木曜日に逮捕して一晩留置場にいたら冷静になったみたいだし、多分大丈夫」
「多分じゃ駄目ー!!」
若菜がまた暴れだして先輩に掴みかかろうとして今度は結城くんが若菜の肩を押して席に座らせた。
「椿ちゃんの知り合いだったんだね。起訴しないならすぐに釈放されると思うけどまた椿ちゃんに危害が及ぶ可能性は低いってこと?」
「大丈夫だと思う。釈放されたら元々住んでた場所に戻るし、離れた場所だから」
お義父さんと先輩の話を聞いてお義母さんの抱き締める力が強くなった。
「でも絶対安心じゃないんでしょ。怖いわ……。ねえ、椿ちゃん」
「お義母さん……」
自分のことなのにお義母さんがそう声を震わせて言うから逆に落ち着いてしまう。
「大丈夫ですよ、若菜も、心配してくれてありがとう。でも先輩のおかげでもう終わったことなんです。確かに1ヶ月半怖かったですけどもうこれからは先輩がいてくれるので平気です」
私は明るくそう言ったけど若菜とお義母さんには逆効果だったようだ。
「隼人が出張に行ってる間ずっと!!なんで言ってくれなかったの!!」
「ご、ごめん……。アメリカにいる先輩はなにもできないし、それなら知らせない方が良いかなって思ったし若菜にも心配かけたくなかったし……」
「もー!!また教えてくれない!!椿の所に行けたもん!!」
「若菜が来ても……」
「昴と行くもん!!……昴知ってた!?」
「僕も昨日隼人くんに聞いたんだよ」
「私のところに連絡してくれたら琉依さんとかみんなで助けに行けたのに!!あ、連絡先知らない!!大変!!教えて!!」
興奮する若菜とお義母さんにお義父さんの冷静な声がかかる。
「美香も若菜もちょっと落ち着いて。椿ちゃんはみんなに心配かけたくなかったんだよね。でもそういう時は頼って良いんだよ」
「はい、先輩にもこれからはなんでも言うって約束しました」
「そうだね。1人で抱え込むのは良くないよ。これからは隼人になんでも言って。もし隼人に言いづらいことがあったら誰でも良いから僕たちに言ってね。これからは9人椿ちゃんの家族になるから」
「ありがとうございます。大人数ですね」
思わず笑ってしまった。普通の結婚ではあまりないような人数が一気に家族になるんだ。穏やかな気持ちになっているけど若菜もお義母さんもまだ言い足りない、と釈然としないという感じだ。
お義母さんは私から離れて少し考えると、なにか思い付いたよう。
「……今はプロポーズされてすぐにこっちに来たりバタバタしてるから大丈夫なだけで落ち着いたら思い出して怖くなるかもしれないし……あ、そうだ、私が椿ちゃんのお家に行くわー」
「「「え?」」」
この場にいる全員がクエスチョンマークを頭に浮かべる。
「お、お義母さん、そこまでしなくて大丈夫です。帰ったらすぐに先輩のお家に行きますし」
「あら、あのマンション?じゃあ私もそこに泊まるわ」
ゆったりした口調のお義母さんに私は慌てる。申し訳ないけど仕事で遅くなるのにお義母さんを満足に歓迎することができないと思う。
「それに、遅くまで仕事があるんです。せっかく来ていただけるのに時間がなくて申し訳ないですし……」
「それなら金曜日に行って、泊まって土曜日にお出かけしてまた泊まって日曜日に帰れば良いんじゃない」
「美香、金曜日に行かなくても1日待って土曜日に行けば良いよ。そしたら僕が送っていけるよ」
「えー、少しでも早く椿ちゃんに会いたいしそれで良いわよ。新幹線で行けばどれくらいかしら」
私が呆気にとらわれながら時間を教えてあげると、お義母さんは両手を合わせて顔を綻ばせる。
「じゃあ決まりね。来週の金曜日、夕方に着くようにお家を出るから」
「だからね美香、聞いて。1日だけ待って」
お義父さんが慌てる。こんな表情するんだ、とさっきまでの落ち着きが嘘のようなお義父さんに目を見張ってしまう。
「もう、大丈夫よ。久しぶりに電車乗るわー。楽しみー」
あれ?私を心配して来てくれるんじゃなかったのかな、と思うけど私がもう気にしてないしまあ、良いか。
「お義父さん、なんだかお義母さんも楽しそうですし、良いと思いますよ」
「え、駄目だよ」
今まで口を出さなかった先輩が口を開く。
「どうしてですか?」
「だって週末は買い物に行こうと思ってたんだよ」
「あ、色々買おうと思ってましたもんね」
「あら、それなら私も行くわよ」
「2人で買いに行きたいんだよ」
「先輩……良いじゃないですか。お義母さんがいた方が楽しいですよ」
私がそう言うと先輩は顔を何度も横に振る。……なんでそんなに嫌なんだろう。
「私もー!!私も行くー!!」
「若菜は仕事があるでしょ」
若菜が大きな声で言うと結城くんがすかさず止める。全然話が纏まらない、と思っているとリビングのドアが開いた。
「賑やかねー!!なんの話ー?」
「あ、ママー!!」
リビングに入ってきたのはふわふわのダークブラウンの髪を胸元まで伸ばしてハーフアップにしている美人な若菜のお母さんだ。
「優菜ー、優菜も来週の金曜日から椿ちゃんのお家に行こうよー」
「うん、良いわよー」
か、軽い……。お義母さんだけじゃなくて若菜のお母さんまで来るんだ。泊まるとこ……そうだ、寝られる場所あるのかな。
「先輩、先輩。お義母さんたちが泊まれる部屋あります?」
「ない。だから駄目。母さんも優菜さんも来ちゃ駄目」
「なによー。1部屋空いてる部屋あるでしょー。どうせいまだに物置いてないんでしょー」
先輩が言いきるとお義母さんが頬を膨らませて言う。
「そうなんですね、リビングにも物が少なかったしお義母さんがいつ先輩のお家に来たのかわかりませんけど大丈夫そうです」
「隼人が引っ越してすぐだからもう随分前よー。久しぶりね」
「そうだよ、美香。久し振りだから場所わからないでしょ。それに前は僕が運転する車で行ったし、迷子になっちゃうんじゃないかな」
「もう、琉依さんったら子供扱いして。これから椿ちゃんに会いに何度も行くだろうし、覚えておく必要があるじゃない」
「何度も来るつもりなの?今まで全然来てなかったのに!!」
先輩が慌ててそう言う。
「だって隼人に会いに行っても面白くないもの。これからは椿ちゃんに会いに行くわ。来週は優菜と一緒に行くけど1人で行くこともあるだろうし」
「え、1人でじゃもっと危ないよ」
お義父さんも先輩もそっくりな顔で慌てる。そんな様子を見てお義母さんは再び頬を膨らませる。
「子供じゃないんだから大丈夫よ。琉依さんは心配性なんだから。それにこれから琉依さんと喧嘩して家出する時に椿ちゃんのお家に行くことがあるかもしれないでしょ。1人で行けるようにしておかないと」
お義母さんのその言葉に辺りがシーンと静まる。若菜のお母さんが若菜の隣に座って言う。
「そんなことあり得ないから。今まで琉依兄と一度も喧嘩したことないでしょ」
「むー!!これからあるかもしれないでしょ」
「ないよ。だから家出もしない。わかった。金曜日に行って良いよ。でも帰りは迎えに行くからね」
「帰ってくるまでが旅行なのに。仕方ないわねー」
旅行……。いや、旅行なのか。お義父さんが折れて結局お義母さんが言うような予定になった。先輩は不服みたいだけど。
「で?全然良いけどなんで椿ちゃんのお家に遊びに行くことになったの?」
「それが聞いてよ、優菜!!」
お義母さんが若菜のお母さんにここまでの経緯を説明する。
「あらら、それは穏やかじゃないわね。椿ちゃん、本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「それなら良いけど怖いわねー」
「でしょ。だから頼りにならない隼人の代わりに私たちで椿ちゃんを守るわよー」
「楽しむって言ってただろ……」
先輩が呟く。その呟きを聞いて私は苦笑いしてしまう。
「それにしても本当に隼人は頼りにならないし、役に立たないし、ダメダメね。椿ちゃん、隼人は使えない男だからなにかあったら私たちに言ってね」
「あ、ありがとうございます……」
若菜のお母さんに優しい口調なのにお礼しか言えない圧力を感じた。そして、ふと若菜のお母さんってなんて呼べば良いんだろう、と思う。昔はなんて呼んでただろう、と思い出そうとしたけど思い出せなかった。多分呼ばずに会話してたと思う。
私の考えを読んだわけではないと思うけど若菜のお母さんは言う。
「そうそう、私たちのことは名前で呼んでね。知ってると思うけど私は優菜」
「あ、はい」
「あとから来るみんなも名前で呼んであげて。男性陣は見たことないと思うけどあとで紹介するから」
「父さんたちどうしたの?」
結城くんが言う。
「買い忘れたものがあるって引き返しちゃったわ」
「そうなのね。それにしても本当、椿ちゃんみたいな良い子がお嫁さんにきてくれるなんて嬉しいわね」
「そうね。隼人は女を見る目がまるでないから。隼人に椿ちゃんはもったいないと思うけど。っていうか若菜の親友として戻ってきてくれればそれで良かったのに」
「そうよね、隼人なんて気が利かないし言ったこと覚えてくれないし本当に駄目な子。どうして琉依さんに似なかったのかしら」
残念だわー、とため息をつくお義母さん。酷い言い様だな、と私は苦笑いする。
「そうそう、覚えてる?隼人が初めて連れてきた彼女。全然見る目ないなーて思ったよね」
優菜さんの言葉に私は一瞬固まってしまう。
そうだよね、私のあとに付き合った人がいないっていうのは今ならわかる。でも私の前には付き合ってた人の1人や2人いたに違いない。本当のことを知る前だったら若菜のことが好きなはずなのにどうして?と混乱していたと思うけど今ならこんなにかっこいい人に彼女がいなかった方がびっくりしてしまうと冷静に思える。
だけど私の気持ちを考えてくれる若菜が少し過剰に反応してしまいすぐに結城くんが若菜にアイコンタクトしていた。
先輩もそう考えてるのかさっきからお義母さんたちに言いたい放題言われて少し不機嫌だからか、隣にいる私をぎゅっと抱き締めてきた。みんなの前なのに、と私は慌ててその腕をほどこうとした。
「若菜に抱きつかれて母さんに抱き締められたのに俺は駄目?」
だからそのシュンとした表情はやめて、と思う。私は観念して先輩のしたいようにしてもらうことにした。
「あら、イチャイチャしちゃって」
優菜さんにそう冷やかされて私は顔が赤くなる。それを見た優菜さんは嬉しそうに笑って話を続けた。
「そう、隼人が初めて連れてきた元カノがね、リビングにいた私と美香を見て、私が隼人の母親だと思ったの。それでお母さん綺麗ですね、って言うから私は叔母なのって教えてあげたのよ。それで美香が母親だって言ったらね」
「じーと見られて期待はずれって顔でため息つかれちゃったの」
「え、酷いです!!」
こんなに可愛いお義母さんなのに、と私は見たことない先輩の元カノさんに抗議したくなった。
「酷いでしょ。それにね、帰ってきた琉依兄を見たらすごい興奮しちゃってね、隼人より琉依兄の方が色気があってかっこいいって言うのよ。そりゃあ中学生が大人の琉依兄に色気で勝てるわけないし、……隼人じゃ、ねえ」
「琉依さんの方がかっこいいもんね!!ね、昴!!」
「え、でもまあ、隼人くんもかっこいいよ」
「隼人も顔は琉依さんに似てるけど……やっぱり性格が」
「まあまあ、みんな。隼人には隼人の良いところがあるんだから」
口々に散々な言われような先輩は私を抱き締めながら「だから親父と比べたら誰も勝てないって」と呟いていた。以前お義父さんを見るとみんなお義父さんに惚れるって言ってたな、と思い出して私は言う。
「お義父さんもかっこいいですけどやっぱり私は先輩の方がかっこいいと思います」
「椿……」
「あら、初めて琉依さんが負けちゃったわ」
お義母さんのその声に続いて若菜が幻想だって言ったり優菜さんがそれはフィルターだって言ったりするけどみんな先輩をからかってるだけだと思って普段見れない先輩の様子に楽しくなる。
「あとはあれよね。バスケと私どっちが大事なのってやつ」
「あれはさすがに女の子が可哀想だと思ったわね」
「バスケと私……ですか?」
「そう。別に毎日バスケがあったわけじゃないのにおかしいでしょ」
「バスケがない日は若菜の遠出に付き合わされてなんだから仕方ないだろ」
私の頭の上で先輩がそう抗議する。それに若菜が反論する。
「ふん、そう毎回じゃないもん」
「そうだよ。それに彼女が今から会えって言ってくるから幼馴染みと会うって断ったって言って僕を呼び出してきたりしたよね」
「昴とお家で遊んでたのに迷惑なやつだ!!」
「煩くて面倒だったんだから良いだろ」
「それで隼人が、じゃあ別れる?って聞いたら泣かれちゃったんだってー。酷いでしょ」
「え、そんな。それは酷いです」
「椿にはしないよ!!」
優菜さんの言葉に戸惑う私が思わず先輩から離れようとしたら再び強く抱き締められた。
「ね、隼人は酷い極悪人って言ったでしょ。椿、嫌いになった?」
「き、嫌いにはならないけど」
だからなんで若菜は何度もそう言うの……。嫌いにはならないって言ってるのに。
「今までの彼女さんには申し訳ないと思いますけど私のことすごく好きでいてくれてるんだなって……嬉しいです」
「椿!!」
「せ、先輩!!苦しいです!!」
さっきよりもきつく抱き締められてお腹が締まる。苦しいともがいている私にお義父さんが優しく窘める。
「隼人、大切にしたいなら落ち着いて」
「椿……ごめん」
「大丈夫ですよ」
先輩が落ち込んでしまったから私は笑って答えた。
「それにしてもいつも俺の恋愛話なんて興味ないって顔してたのによく覚えてるな」
気を取り直した先輩はお義母さんたちにそう言う。
「それは他に興味を引くものがあるからよ。タイミングが悪い。それに恋愛話なんていって、全部相手から告白されて渋々付き合って好きになったことなんてないのによく言うわ」
「そうよね。でも、だからこそ、隼人が椿ちゃんと一緒になってくれて嬉しいわ。本当に隼人で良いのか心配だけど椿ちゃんも隼人のことが好きみたいだから良いのよね」
お義母さんはもう一度確かめるように言う。若菜が先輩は私に会って変わったっていうのがこういうことも意味してたのかと思うとやっぱり、先輩に愛されてて嬉しいから私は答えた。
「私が先輩が良いんです。先輩以外の人を好きになるとは思えないですから」
私がそう言うとお義母さんと優菜さんがきゃあと喜ぶ。恥ずかしいことを言ったと私は項垂れる。
「隼人は愛されてるね」
「俺も椿を愛してるよ」
「な……」
あのメッセージ以来の愛してるよをこんなみんなの前で言うなんてお互い浮かれすぎてる、と抗議したくなったけど再び抱き締められてしまって言葉にできなかった。
「いやー、仲良さそうで良かったわ。椿ちゃんにはもっと良い人がいるって思ったけど隼人と一緒になってくれると良いなとは思ったからね」
「なに?散々俺は駄目だって言ったり今まで嫌がらせしてくっつけようとしなかったくせに」
優菜さんの言葉にふて腐れたように言う先輩。
「嫌ねー。嫌がらせなんてしてないよ。椿ちゃんの話をしてる所に偶然隼人がくるのが悪いの」
「そうよねー。いろいろ言ったけど隼人も椿ちゃんもお互い大好きなはずなのにやっぱり恋愛って上手くいかないわよね、って思ったわー」
「だよね。でも人生って山あり谷ありだもん」
先輩が小さく「年寄り」と呟くから私は慌てる。
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ、先輩」
「聞こえてるよ、隼人」
「地獄耳」
「それも聞こえてるわよー」
「今のは聞こえるように言ったんだよ」
子供っぽい先輩に呆れてしまう。これも普段見れない先輩だ。
「特に恋愛は一筋縄じゃいかないのよ。運命だって思っても上手くいかないこともあるしね。私なんて運命だーて思って付き合っても何度も違ってたって落ち込んだわ」
「私だって琉依さんに好きになってもらうのに2年もかかったんだから」
「え、お義母さん、本当ですか!?」
こんなにラブラブなのに?と思ってお義父さんを見ると相変わらずニコニコしているだけでなにを考えてるのかわからない。
と、そこで先輩が私にだけ聞こえる声で言った。
「そう思ってるの母さんだけだから。わりと早い段階で好きになったらしいよ」
なんだ、やっぱりそうだよね、と安心した。でも早い段階で、ってどういうことだろう。
「好きになるかはわからないけど付き合ってみようか、って言ってくれたのよー。それで付き合ってからいろいろな場所に行ったりお弁当を作ったり頑張ったのー!!」
なるほど……。前に先輩が言ってた、ずっとお義母さんがお義父さんを追いかけてると思ってる、っていうのはこういうことなんだ。
「そしたら琉依さんが好きって言ってくれたの!!だからね、恋愛って大変なこともたくさんあるけど幸せなこともそれ以上にあるから、隼人も椿ちゃんも最後は幸せになってほしいな、って思ってたの」
「私たち大人は余計な口出ししちゃ駄目だよねって見守ることしかできなくてモヤモヤしたわー」
「直接的に関われるの琉依さんだけなんだもの。ずるいわよね」
「美香たちは介入しすぎちゃうでしょ。椿ちゃんの気持ちがわからない以上は僕たちが不用意に動くわけにはいかないからね」
お義母さんたちが私たちのことをすごく考えてくれてたんだと胸が熱くなる。私に他の人と一緒になった方が良いと言ってくれるけど本音は一緒になるなら先輩が良いってみんなが思ってたんだろうとわかる。散々なことを言われてる先輩だけどみんなに心配されてとても愛されてるんだと思う。
「なんだよ、散々俺とくっつくなって言ったくせに」
先輩が拗ねてそう言うけどこの9人家族がすごく強い繋がりで結ばれてるんだと思った。
そう思ってると廊下が騒がしくなった。若菜のお父さんたちが来たんだと思って先輩から離れようと思ったけど離れてくれなくて結局ドアが開いてしまった。




