華やかな集まり
「隼人くん、駄目じゃない」
「駄目ですか?」
「駄目よー」
2月の初め、翠さんたちが全員集合して高級フレンチを貸しきりという贅沢をしている。規格外だと思うけど、隼人さんもやりすぎだと言ったけど、翠さんに自分たちの好きでやるのに文句があるのかみたいに言われて2人ともなにも言えなくなった。そして翠さん、加代子さん、桜さんとは初めてなのにメッセージを頻繁にしているからすんなり初対面を果たしてすぐに隼人さんの無自覚な女性をドキッとさせる言動についての話になった。
「それでは椿ちゃんが不安になるも無理ないですね」
「隼人くん美織が相手でもそんな感じですよ、昔から」
「あら、そうなの?」
「もう、かこさん話したじゃないですかー」
「あらやだ、そうだった?どの話?」
「あれですよね。隼人くんが約束の時間に遅れて美織ちゃんが拗ねちゃった時」
「そうですよー」
「なんだったかしら?」
「かこ、アンナさんがアメリカに出発した日よ」
翠さんに言われて難しい顔をしてる佳代子さん。
「約束の1時を30分過ぎてうちに来てくれた隼人くんに美織が泣きながら時計を持って30分遅刻ーって駆け寄ったんです。そしたら隼人くん時計読めるようになってすごいって言って余計に泣いちゃって」
「なんで余計に泣かれたんだろう……」
「は、隼人さん……」
遅刻を泣きながら訴える美織ちゃんと成長を喜ぶ隼人さんを想像してみるとちぐはぐな感じだけど可愛らしくもある。
「隼人くん美織を抱っこして顔をおでこがぶつかるところまで近付けてごめんねって言ったんです」
「隼人さん、大人の女の人にはしちゃ駄目だよ」
「わかってるよ。そんなことしないよ。当たり前でしょ」
「隼人くん無自覚ですからわからないですよね」
「あーあったわねぇ」
佳代子さんが手をぽんと叩く。
「かこ、去年の3月の話よ」
「最近物忘れが多いんですよねー翠さんより加代姉さんより若いのに」
「そうね、私の方が老けてるわね」
「み、翠さん……そういう意味じゃ……」
「かこは昔からそそっかしいから変わらないわよ」
「そ、そうですねー」
佳代子さんは明るくてカラッとしてて面白い。お姉さんの翠さんと加代子さんには学生時代から頭が上がらないみたい。
翠さんは品のある奥さまという印象の女性。貸しきりだとしても高級フレンチだと思って隼人さんとおめかしして来たけど綺麗な紫色のドレスが似合う翠さんに2人してすごーいと呟いてしまった。加代子さんは上品なグレーのドレスを着こなしている眼鏡が似合う女性。旦那さんの小林さんも眼鏡をかけていて幼馴染みだった2人は昔から本を貸し借りしあって読んでいたそうだ。なんて知的な夫婦なんだろう。
「あーあ、1年前は美織俺だけだったのに……」
「美織すごくかっこいい隼人くんが身近にいたから面食いなんですよー」
「生まれた時から隼人くんに溺愛されてたらそうなるわよね」
「美織ちゃん羨ましいですねー」
桜さんがふわっと言う。実はちゃっかりしてて努力家の桜さんは今では母ちゃんって息子の太一くんに言われてるくらいなのに育ちのよさが伺えるようなたたずまいだ。薄ピンク色のドレスが良く似合う。
「面食いだったら真なんて駄目だよー」
「面食いだから女の子に人気ナンバーワンなかっこいい真くんが好きになったんですよ」
「だからって付き合うなんて。俺は認めない……」
「隼人さん、2人のことなんだから、ね?」
「俺はまだ見定めてないのにフライングだ。酷い……」
隼人さんの決意虚しく、今年に入ってから美織ちゃんは暫定一位の地位から彼女になったそうだ。それを聞いた隼人さんはショックで泣いてしまった。隼人さんの涙を見たのは3回目、隼人さんはお義母さんに似て結構涙もろいのかもと思った。
「幼稚園児で付き合うっていったいなにをするんだろ、俺の美織になにを……」
「は、隼人さん大丈夫だよ。おてて繋いだり一緒に遊具で遊んだりするんじゃない?」
「そうですよーうちに来てもおもちゃで遊んでるだけですよ」
「もー村岡さんはなにも言わないんですか!?」
「健さんはちゃんと真くんのご両親をレストランに招待して美織におかしなことをしないでくださいねって言ってましたよ」
「まあ、村岡さんったら……」
「あの村岡さんが親バカになるなんて5年前じゃ考えられなかったわー」
「隼人くん馬鹿なだけじゃなかったのねって思ったわね」
桜さん、佳代子さん、加代子さんが口々に言う。
「俺ならもっと手堅く行くのにー」
「隼人さん美織ちゃんが悲しむことはしちゃ駄目なんだよ」
「そんなことしないよー」
悲しむというか嫌われそうなことをしそうだと思いながら苦笑いする。
「美織ちゃんは素敵なレディーになれるわよ。小学校に入って私たちの後輩になるのが楽しみね」
翠さんの言葉にみんなが頷く。
「私みたいに知性を兼ね備えた素敵なレディーになると良いわね」
「美織ちゃんは元気だもの。私みたいになるわよー」
「美織ちゃんは絵本も好きですしかけっこも好きですし、きっと文武両道な素敵なレディーになりますね」
「そうですね、私は美香ちゃんみたいに明るくて優しいレディーになってほしいなって思います」
「母さんみたいになっちゃ駄目です」
「隼人くん、美香には美香の魅力があるのよ」
「翠さんが母さんを気に入ってる理由がわかりません」
「あらあら、隼人くんはよくわかると思うわよ」
翠さんたちとのグループメッセージでお義母さんの話も聞かせてくれた。お義父さんの付き添いでパーティーに出席するようになったお義母さんは周りには翠さんたち幼い時からそういう場所に慣れている人たちばかりだったけど物怖じしないで自分より小さな子やずっと年上の人にも積極的に話しかけに行ってわからないことは教えてほしいと言ったりしていたそうだ。最初はマナーがなってないと思った人も何人かいたそうだけど次第にそのひた向きな姿に翠さんたちだけじゃなくたくさんの貴婦人たちも胸を打たれたんだって。お義母さんはやっぱりすごい人なんだな。
「母さんが天然馬鹿の馬鹿すぎて楽観的ということならわかります」
「天真爛漫ってことよね」
「美香ちゃんは知らないことを恥じないで飛び込んでいけて凄いわよね」
「美香ちゃんは実家のお花屋さんをお手伝いしていた時から明るくて毎日楽しそうでしたよ」
「どうして馬鹿なだけな母さんが評価されるのかわかりません」
隼人さんは頭を抱えてしまう。翠さんは隼人さんを見て困った顔をしてしまう。
「美香は失敗しても一生懸命なところが素敵よ。隼人くんが慰めてあげてたのだからよく知ってるでしょ」
「後始末が大変だからできないことをするなって言ってただけなんですけど」
「美香ちゃんはそれで救われてたんだから良いじゃない」
「母さんの頭の中は不思議です」
お義母さんは努力家で繊細で家族思いの素敵なお義母さんだと思うけどな。
その時隼人さんの携帯に着信が入る。
「わー大変だ。関さんからだ。何かあったのかな。出てきて良いですか?」
「ふふ、何回でも電話して良いわよ」
「あ、ありがとうございます」
翠さんの言葉に隼人さんは顔を強ばらせて素早く携帯を持って席を立った。
「逃げたわねー」
「そうなんですか?」
加代子さんの言葉に首をかしげると佳代子さんが教えてくれる。
「隼人くん私たちみたいな女の人苦手なのよ」
「そんなことないと思いますけど……」
「苦手というかたじたじっていう感じですよね、隼人くん。美香ちゃんたちみたいにがーっともいけないし」
「だから関さんが頃合いで抜け出させてあげてるのよ」
「そうなんですか?」
「あの人昔から自分がそうしてたわよ」
「関さんもですけど一番は木村くんですよ。面倒になるとすぐ電話するふりして逃げて」
「みんな電話とか昇さんはちょっと会社のことでとかそういうのでよく逃げてたわよね」
「酷いわよねー」
「酷いですねー」
そう言ってみんなが笑う。
「押しの強い女性への対応が苦手なのね、可愛い」
佳代子さんが言うと翠さんが頷いて言う。
「本当に可愛いわ。赤ちゃんの時から不思議よね、琉依さんに似てるのに可愛いんですもの」
「仕草から可愛かったわー。不貞腐れちゃったりして」
加代子さんが肘をたてて隼人さんの真似をする。
「赤ちゃんの時の着ぐるみを着て不貞腐れてる隼人さん可愛かったです」
「そうですよねー。隼人くん可愛いですー」
そうして隼人さんの可愛い話をしていると沙織さんが声をあげる。
「あ、隼人くん戻ってきました」
「可愛くないですよ!!今度は竜二さんから電話がきたので出てきますね!!」
帰ってきたと思ったら怒ってUターンする隼人さん。
「拗ねちゃったわね」
「嘘ついちゃって可愛い」
「けど竜二さん電話待ってるからすぐ出るわよー」
佳代子さんが楽しそうに言う。
「そうだわ、隼人さんにあの話はしたの?」
加代子さんに聞かれて仕事を辞める話だとすぐにわかる。
「まだです。でも最近先に言わない方が良い気もしていて」
「そうなんですか?」
「会社の先輩が産休に入ったんですけど入る前にお子さんの面倒を見てくれる予定だった旦那さんのお母さんが入院してしまったって話をしてて。幸い命に関わるものではないそうなんですけど保育園探さないといけないかもって。もし復帰できないなら私も辞めないで復帰する方向で考えた方が良いのかなって思って」
「真面目ねえ……。職場の方でどうにかするんじゃないの?」
「それはそうだと思うんですけどなんだか悪い気もして……子供を産んでからも働いてるお母さんはたくさんいるのにって。だけどそうするとそれはそれで私も仕事をしてる間に見てくれる保育園を探さなきゃってことになるし難しいなって」
「仕事するなら赤ちゃんの面倒私も見れるし気にしなくて良いんじゃない?あ、そそっかしいけど子育ては任せて?2人育てたんだもの」
「あの2人見てたらわかるけど伸びやかに育つでしょうね」
「加代姉さんの言う通りー頭も良くなるわよー国立大A判定なんだものー」
「それは竜二さんに似たのと隼人くんの教え方が上手いからだと思うわよ、かこ」
「やだー翠さんったら私が馬鹿みたいじゃないですか」
「あなたはケアレスミスばかりでテストで良い点数を取ったことがないじゃないの。翠さんと私がせっかく教えてたのに」
「ごめんなさーい……」
「かこさんはおっちょこちょいでしたけど面白かったですよ」
「桜さんそれって褒めてますか?」
「もちろんですよ。沙織さんだって面白いと思いますよね」
「えっと、思いますけど……」
「まあ、実際に子供が出来た時にその時の状況で話しても良いかもしれないわね」
加代子さんが言ってくれる。
「そうですよね……期待させてやっぱりまだ待ってってなっても悪いですしそもそも赤ちゃんができるのはいつになるやらですし」
「まだそう?」
「ついこの前終わりました」
「早くほしいって思ってる時ほどできないものかもしれないわね。加代子も遅かったし」
「そうですねー。のんびり待ってたら良いわよ」
「復帰する必要があったとしても折を見て辞めたら良いと思います。椿ちゃんがせっかく決めたことですし。美織を抱っこしてる椿ちゃんとっても良いお母さんになるなーって思いました」
「そうですよ。子供ができたら辞めるっていってもいつ辞めるかは決めてないんですよね」
「そうですね。うちのお母さんみたいに幼稚園に入るくらいの年に辞めても良いですし」
「サプライズっていうのも良いかもしれないわ!!」
「佳代子さん……サプライズって?」
「子供ができた報告と仕事を辞める報告とダブルで嬉しい報告じゃない」
「確かに隼人くんなんだかんだで辞めてほしいの駄々漏れだものね」
「そうね、私のお勧めの高級フレンチよりも椿ちゃんの愛情のこもった手料理の方が美味しいって言うくらいだもの」
翠さんは楽しそうに笑う。今日お料理を口にした時に隼人さんが言ってみなさんにそんな風に言ってくれるなんて幸せねって言ってもらえた。翠さんに申し訳ない気がしたけど翠さんは全然気にしてなくて隼人さんらしいって言ってくれた。
「隼人くんすごく喜びそうね。子供も椿ちゃんが家庭に入ってくれるのも」
「そうですね……うん、確かにすごく喜んでくれそうな気がします。子供ができたよって仕事辞めるねって言ったら。どんな風に喜んでくれますかね、隼人さん意外と涙もろいから泣きながら喜んでくれるかも……」
「ふふ、楽しみね」
「はい、もし辞められそうになかったら仕事は辞めるけどもうちょっと待っててねって言おうと思います」
「そうね。案外上手くいくものよ。サプライズして隼人くんをとびきり喜ばせたら良いわ」
サプライズだなんて考えもしなかったけどきっと隼人さんはすごく喜んでくれそうだ。優しい笑顔で喜んでくれるかもしれないし無邪気な笑顔で喜んでくれるかもしれないし泣きながら笑って喜んでくれるかも。そう思ったらその時がきたら伝えるのが良い気がしてきた。子供ができたからってすぐに辞めるわけじゃなくて課長に伝えてどうにかしてもらえば良いんだし、そしたら自分で後任の人にちゃんと引き継ぎしたら良いんだよね。
そう思ってるとそっと隼人さんが戻ってきた。
「あら、竜二さんとお喋り終わったの?」
「終わりましたよ。俺は世界一かっこいいので可愛くないですよ」
「そう竜二さんに言われたのね。本当に可愛いんだから」
また可愛いといった佳代子さんにムッとした隼人さんだけど私の隣に座ってテーブルの下で私の手を握る。
「隼人さん?」
「椿、あとでご褒美ちょうだい」
「ご褒美?良いけどどうして?」
「俺はこのアウェーの中で男1人で頑張ってる。偉い」
「それもうちか竜二さんに言われたのね、可愛い」
翠さんの言葉に隼人さんの手を握る手に少しだけ力が入る。私は苦笑いして言う。
「おうちに帰ったら隼人さんにご褒美あげるよ。なんでも良いよ。膝枕はどう?」
「本当に?」
「うん」
隼人さんは短くやったーと言って嬉しそうに笑ってくれて嬉しくなった。そんな隼人さんに翠さんたちも笑って、そしてまだまだお喋りは続いた。ところどころで今度は村岡さんから電話がとか昇さんから電話だとか結局全員と電話をしたみたい。
家に帰ってから約束通りドラマを観ながら隼人さんに膝枕した。幸せそうな隼人さんに今日も幸せだなと思う。
こうしてまた月日は過ぎていった。隼人さんのおばあさんとおじいさんはお義父さんたちにも詳しい帰国日時を伝えていないみたい。優菜さんが教えてくれた。隼人さんのおばあさんに隼人さんには直前に行くと伝えてと言われたそうで、優菜さんはそうやって油断させてもっと早く、もしかしたら2月にドッキリを仕掛けるかもしれないと思ってるらしい。いつ会えるのかドキドキしながら待っている。




