不安は増すばかり
11月に入ると以前みたいに仕事が忙しくて家に帰るのが20時を過ぎることが多くなった。ダイエットは隼人さんがこれ効果あるんだってっていろいろ調べてくれるし私よりも早く帰ってきた時には豆腐ハンバーグとか作ってくれる。おかしい、私のダイエットなのに自分が一番楽してる気がする。そして今日は11月2週目の金曜日。職場のみんなが結婚祝いをしてくれる日。あんまり食べ過ぎないようにしないと、隼人さんがたくさん協力してくれてるのが水の泡になっちゃう。
「どう?新婚生活慣れた?」
隣に座る青木さんに聞かれる。
「はい。毎日隼人さんと一緒で嬉しいです」
「良いわねー。私なんて掃除の邪魔だから外出掛けててほしいとか思うけどなー」
「青木さん酷いです。うちの妻もそうなのかな……」
「堀内さんのとこもきっとそうだわ。もっと進んで家事をしないと」
「してるんですけど……」
「隅々までやってないでしょ。仕事でも爪が甘いんだもの。掃除だってテレビの裏とか見てないでしょ」
「なんでわかったんですか?先週もそれで怒られました」
「困るのよね。それでやってあげたってどや顔されてイライラするし全然綺麗になってないから結局自分でやらないといけないし」
「まあまあ、青木さん。もっと新婚のさっちーの惚け話を聞いてやりましょうよ、面白いから」
「間宮くんって坂し……佐々木さんの旦那と仲良いんだよね」
「そうですよ、大学の後輩です。面倒で面倒な後輩です。旧姓で呼ばれるのは嫌だけど俺に名前で呼ばれるのは嫌だって言ってくるからあだ名を考えてどれもこれもボツにして結局しふしぶオッケー出したのがさっちーなんですよ。なんて面倒な男なんだ。俺なら速攻で離婚するな」
「間宮さん、隼人さんは私の旦那さんです。私と結婚してます」
「あーはいはい。例えだよ例え」
「面倒なのは嫌だなー。僕はやっぱりリリカが良いなー」
「三輪、フィギュアを職場に持ってくるなって何回も言ってるだろ」
「違います課長。職場では鞄の中でお留守番してました」
「三輪さんも懲りないですね。ところで間宮さん、佐々木さんの旦那さんって佐々木さんの周りの男調べてるんですよね」
「おう、面倒なやつだろ」
「僕のことも言ってるんですか?」
「三木のことも言ってるぞ。俺の1つ下でさっちーと一番年が近くてよくネイルの話とかしてるって」
「年しか合ってないですけど。それ確実にみきちゃんって名前の女子だと思われてるじゃないですか」
「俺はみきちゃんとも女とも言ってない。ネイルの話してたろ」
「あれは佐々木さんが総務課の有吉さんのネイルがすごく派手だって、あれで日常生活どうやってしてるんですかねって聞いてくるので僕に聞かれても困ると思いながら話してただけです」
「ほら見ろ。してるだろ」
「だから……。僕の存在ってまずくないですか?バレた時殺されないですか?」
「隼人さんは優しいですよ?」
「それは佐々木さんにでしょ。間宮さんの話を聞く限りめちゃくちゃ危ないから」
「そうですか?」
若菜とか優菜さんに意地悪なこと言ったりするけど優しいのはみんなになんだけどな。そう思いながら日本酒を飲む。
「佐々木が日本酒なんて珍しいな」
「隼人さんの知り合いのお宅にお邪魔した時とその方にもらった日本酒が美味しくて。前からなんでも飲むには飲んでたんですけど」
課長に言われてそう答える。竜二さんは有名人だから名前は伏せておくことにした。私がそう言うと課長は日本酒を注いでくれた。
「向こうの営業で三木のこと知ってる人いるんじゃないのか?」
「そうなんですよ。俺について営業回ってた時に会ってるから」
「それじゃあ殺されるじゃないですか。向こうも今日飲んでるんですよね。三輪さん、僕今日三輪さんの家に泊まります」
「え、嫌だよ。せっかくの金曜日なんだからリリカと楽しむんだ」
「金曜だろうと月曜だろうと楽しんでるじゃないですか」
「まーまー三木大丈夫だって。あいつは酒癖悪いけどそんなことはしないから」
「酒癖悪いんじゃないですか。嫌ですよ。僕はごく普通の25才男なんです。彼女は1年くらいいないですけどこれから可愛い彼女をつくって結婚だってしたいし僕の人生はまだまだこれからなんですよ」
「だから大丈夫だって。あいつかわいーくなるだけだから。俺が帰ろうとするとこうやって見捨てないでくださいーどうしたら会えるのか教えてくださいよーって」
「もう、僕じゃなくて三輪さんにやってよ……」
間宮さんが堀内さんの腕にしがみついて隼人さんの真似をする。……やっぱり隼人さんは酔うと誰と一緒でもそうなるんだ。
「さっちーに会いたい、さっちーに男ができてたら許さないって」
「ほら、危ないじゃないですか。向こうの飲み会で酔ってこっち来るかもしれませんよ」
「大丈夫だって。あっちには渡辺さんっていう有能な営業事務がいるから。電話で話したことと佐々木と佐々木の前任だった山下さんに聞いた話だけでしか知らないけど」
「営業事務……渡辺さん?」
「そう、その人がいるから仕事がしやすいって佐々木も言ってるよ」
「隼人さんが……?」
「あら、その人なら知ってるわよ。私と同い年で会ったこともあるわ。さばさばしてるけど無類のイケメン好きだったわね」
「イケメン好き……どうしよう、どうしましょー!!」
「ど、どうしたのよ?」
私は青木さんの腕を掴んで前後に振る。
「その人隼人さんの胃袋を掴もうとしてる人に違いないです!!どうしましょう!!あ、でも隼人さんは私の手料理が好きだけど……でも料理上手だって……」
「さ、佐々木さん?」
「きっと隼人さんはすっごくすっごーくイケメンだからその渡辺さんに狙われてるんです。青木さんと同い年だから32才の年上の魅力で隼人さんを誘惑して、それで隼人さんは酔って渡辺さんの腕にすがって可愛く甘えるんです」
「佐々木さんはなにを言ってるんですか?」
「私失言した?」
「考えすぎだって。な、さっちー」
「どうしましょう!!間宮さんどうにかしてください!!」
「夫婦揃って無茶な要求するなよ……。大丈夫だって。渡辺さんそういうタイプじゃないから」
「そうよ佐々木さん。渡辺さん年上が好きって言ってたもの」
「うう……それいつの話ですかー?」
「……5年くらい前かしらね」
「変わってるかもしれないじゃないですか」
「まあまあ、イケメン好きって言ったって好みはあるだろ。旦那ってそんなにイケメンなのか?」
「課長、佐々木は100人いれば100人全員がイケメンだって言う惚れないやつは他に男がいる人だけで男がいても迫っていこうとする人がごまんといるほどのイケメンです」
「そうなのか?」
「間宮くん写真ないの?」
「俺は男の写真を持ち歩く趣味はありません」
「佐々木さん持ってないの?」
隼人さん酔ってお持ち帰りされたらどうしよう。隼人さんのことは信じてるけど酔ってる隼人さんはどうにも……。あんなに可愛い隼人さんを見たら32才の大人の女性なら母性本能で可愛がってあげようってなるんじゃないかな。っていうか32才って上すぎじゃないの?いやいや、年の差なんて関係ないし。でも私と人生経験の差がありすぎで勝てる気がしない。いったいどうやって渡辺さんに向いてる隼人さんの視線を私に向きなおしてもらえば良いの?
「おーい、佐々木さーん」
「……え、なんですか?」
「だから写真」
気付いたら三木さんが私の目の前で手を振っていた。
「あ、えっと、なんの写真ですか?」
「だから危険な旦那の写真だよ」
「き、危険じゃないですけど……これですよ」
私はこの前入手したばかりの隼人さんの写真をみんなに見せる。
「わー超絶イケメンね」
「佐々木さん面食いだね」
「え、か、顔だけじゃないですよ?」
三木さんに言われてしまって慌てて否定する。
「なるほどーこれはみんな惚れるね」
「アニメキャラの絶対的ヒーローだね」
堀内さんと三輪さんも言う。
「もしかしたら早く帰って佐々木の帰りを待ってるかもしれないぞ」
「課長ー本当に思ってます?」
「思ってる。間宮と違って一途なんだから早く切り上げて待ってるんじゃないか?」
「そうね、とりあえず連絡してみたら?変な女に引っ掛かってないでしょうねって」
「うーん……繋がらないです」
隼人さんに電話をかけてみるけど繋がらない。
「メッセージだけでも送っておけば?」
青木さんに言われて飲みすぎには注意してね、とメッセージを送る。
「それかもう帰って眠ってるかも。佐々木さんも帰ったらどう?」
「……でも私の結婚祝いでみんな仕事早く終わらせてくれたのに……」
「そんなの気にしなくて良いわよー。私も課長も堀内さんも早く帰るつもりだったし」
「あ、僕は守ってくださいよ。刺されるかもしれないって可能性は0じゃないんですから」
「じゃあ三木くんは三輪さんと間宮くんとオールでもしたら?」
「え、僕はリリカと……」
「だからそれはいつでもできるじゃないですか。良いから付き合ってくださいよ」
「つーかなんで俺まで?関係ないだろ」
「間宮さんは全ての責任があるからよ」
「なんですかそれ。無茶苦茶だな」
こうして飲み会は19時から始まったのに19時半に帰ることになった。1人で電車に乗る。21時過ぎるなら迎えに行くからと言っていた隼人さんが飲み会をしてるのは私がそうしてと言ったから。結婚したからって毎日早く帰ってこないといけないって決まりはないんだから職場の人たちとの交流を止めてほしくないって。だけど隼人さんは毎日早く帰って私と過ごしたいって言ってくれて、だったら今日は私が飲んでくるから隼人さんもゆっくり職場の人と飲んできたら良いよって言った。それでもそれじゃあ私を迎えにいけないって渋る隼人さんに必ず21時までに帰ってくるようにするから、と言って結局これまで通り門限があるみたいになってしまったけど、そこまで言うと隼人さんも頷いてくれた。
だから早くに帰ろうとは思っていた。20時すぎに電気のついてない家に帰ってくると無性に胸がざわついた。21時までには帰るって言ったから隼人さんも21時に帰ってくるよね。私と過ごしたいって思ってくれてるんだから。
残業して20時を過ぎて帰ると必ず隼人さんは先に帰ってくれてる。会社でこのくらいになるとメッセージを送っているからと言っても毎回仕事を切り上げて私を迎えられるのかと疑問に思っていたけど渡辺さんのおかげだったんだ。優秀な営業事務の渡辺さんを頼りにしているんだ。隼人さんが私をそうやって信頼することはない。それが急に寂しくなった。
残業して疲れて帰ってくると隼人さんが抱き締めてキスしてくれて疲れが吹き飛んで隼人さんが作ってくれてる夜ご飯を食べながらその日にあったことを話して疲れたでしょと言われてお風呂に入ってる間に食器を洗っておいてくれて広いベッドでたくさん愛を伝えてくれる。
早くに帰ってご飯を作りながら隼人さんの帰りを楽しみに待ってるのとは違ってモヤモヤぐちゃぐちゃしたものを感じている間に時刻は23時を過ぎていた。メッセージアプリを開いてみると既読にもなっていなかった。飲み会だもん。0時とか2時とか、そのくらいまでが普通かもしれない。だけど……。
私は誰かの声が聞きたくて隼人さん以外の家族全員のグループメッセージの画面を表示させて電話をかけた。
『もしもし、椿ちゃん?どうしたの?』
隼人さんとそっくりな声に涙が溢れてきてしまう。
「お……お義父……さん」




