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「勘違いですれ違った恋」番外編  作者: 柏木紗月
新婚生活スタート
31/62

専業主婦



「佳代子さん、あの、相談というか、聞いてもらいたいことがあって」

「あら、なーに?」

「仕事を辞めるか続けるか迷ってて」

「そうなの?隼人くん辞めてほしいって?」

「隼人さんはどっちでも良いって言ってくれてます。貯金も収入も十分あるからって。だけど隼人さんが本当は辞めてほしいと思ってるんじゃないかと思って」

「椿ちゃんは隼人くんが辞めてほしいって言ったら辞めるの?」

「んー……それは……どうなんでしょ」

「隼人くんがそれを望んでるから辞めるのは隼人くんが悲しむと思うなー」

「そ、そうですよね、やっぱり……。だからこそ言ってくれないんですかね。お互いなんでも話そうって言ってるのに言ってくれないんです」

「どうしても言いたくない理由があるのかもしれないわね」

「どうしても言えない理由?なんですか?」

「それはわからないけど。隼人くんと一緒に過ごしていればわかるんじゃないかしら。私もあの人がムスッとしてる時に醤油欲しいんだとかソース欲しいんだとか何が欲しいのかわかるようになったわよ」

「おお!!それは夫婦って感じですね!!」

「わかっててチャンネル渡したりするけど」

「あらら……」

「だからね、椿ちゃんも隼人くんと一緒にいるうちに隼人くんの考えてることがわかるようになるんじゃないかしら」

「早くわかるようになりたいです」

「長く一緒にいればわかるようになってくるけど……そうね、たくさん話をすることよ。私は話というより口喧嘩だったけど。そしたら絶対言葉にしたくないってことがわかるようになるわよ。察してそっとしておこうって思うわ」

「竜二さんにそう思うんですね」

「強情な意地っ張りだから多いのよ」

「そうなんですね」

「ええ。だけどね、私は隼人くんが望んでくれてるからって理由でも良いと思うわよ」

「そうですか?」

「だってそれが椿ちゃんの気持ちでしょ?」

「……そうですね。隼人さんが望んでくれてるならそうしたいです。私がそう言って喜ぶ笑顔が見たいです。けど喜んでくれないかもしれないから……」

「あら、どうして?隼人くんが辞めてほしいと思ってるなら喜ぶんじゃない?」

「隼人さんは私が好きなことをしてほしいと思ってて。高校生の時いろいろあって私が好きなことをしなくなってしまうことを怖いと思ってて。けど、それは今は大丈夫だって言ってくれました。もう高校生の時とは違ってわかってるからって。だからもっと別の理由があると思うんですけど。それは、だからこれから知れば良いんですよね。……でも……あー……自分でも何が言いたいのかわからなくなってきました」

「こう考えてみたら?隼人くんが望んでくれてるから仕事を辞めたい。それが理由の1つ。けどそれ以外の椿ちゃんが辞めようと思う理由を探してみたら?例えば毎日いってらっしゃいって見送っておかえりなさいって出迎えたいとか。多分隼人くんがそうしてほしいって思ってるから同じことになると思うけど、隼人くんがじゃなくて自分が、って思えば椿ちゃんのしたいことになるでしょ」

「そ……うですね、確かに。子供たちと隼人さんをお見送りして子供たちのそばで家事をして、そのうち遊んでた子供たちが掃除をしてる私のお手伝いしたり邪魔してくる子もいたりして……あ、そういえば私が想像した未来像の私は仕事してないです。午後から出勤だったんですかね」

「え?えっと……どうかしらね。けど素敵な将来像ね」

「でもいくら隼人さんの収入が良いって言ってもこの先どうなるかわからないですし仕事をしないで家のことだけするのってどうなんでしょう……」

「あらあら、専業主婦ってすごく大変よ。仕事をしないことを負い目に思うことなんてないわ。結婚して仕事を続けて家庭のこともやってる人も専業主婦もそれぞれ違った大変さや苦労や悩みがあるの。隼人くんは優秀だしあの会社の業績が悪化するとも考えられないけど、なにが起こるかわからないものね。急いで決めることじゃないし、ゆっくり考えたら?家にずっといるのもなかなか大変よ。私も初めは専業主婦でここよりは小さいけど広い家に1人、あ、妊娠してたから翔太も一緒だったけど友達とも離れて知り合いもいないしあの人全然帰ってこないしって。私の場合は椿ちゃんとは全く状況が違うけど、仕事をしてる今とは違う環境で苦労も多いと思うわ。時短勤務にするとかパートをするとか働きに出た方が気持ち的にも楽になれるかもしれないし、いろいろ考えてみたらどう?あ、そうだわ、もう1つ話をしようかしら」

「聞きたいです」

「強気に出て迫って妊娠を理由に結婚してこっちまで押し掛けてきたのは良かったんだけど」


 さらっと言うけど本当にすごいことしたなと改めて思う。竜二さんも佳代子さんも実家は茶道の家元で昔から知った仲だったけど竜二さんには他に婚約者がいて、だけど竜二さんは親の決めた婚約なんて嫌だっていろいろやんちゃをしていたらしい。そうしてるうちにその婚約者の方も好きな人ができて婚約は解消。こっちで会社を創って忙しくしていた竜二さんは特に気に止めずだったらしいけど。それから数年経って、幼い時から竜二さんに思いを寄せていた、ちょっと跳ねっ返り娘だったけどお嬢様だった佳代子さんは一念発起していろんな人にアドバイスしてもらいながら竜二さんに迫ってそれだけで親に結婚を持ちかけようと思っていたのに妊娠が発覚してトントン拍子で結婚が決まったらしい。


「竜二さんは仕事が忙しくて家政婦さんをそのまま呼んだまま私のことはいてもいなくてもどうでも良いみたいで。まあ一応嫌われてるわけじゃなくてぶっきらぼうなだけだって昔から知ってるしこれで良かったんだって思って。そう、その家政婦さんもたんたんと仕事をしてるから本当に翔太と2人きり。美香ちゃんたちもよく心配して電話くれてたけど遠いから直接は会えなくてね。それで翔太を生んでからも同じで、ちょっと家事をやってみたりしたんだけど家政婦さんの方が丁寧だって言われて頭にきちゃって。ストレスが溜まってたからバーっていろいろ言っちゃって。自業自得だとか言われると思ったけど何も言われなかったの。そうかって一言。でもしばらくして急に引っ越すって言われてここに越してきてね、いつ建てたのかしらって思ったんだけどもっと驚いたのは家政婦さんを辞めさせちゃってたこと。前の家より広いのにどうしたら良いのか途方にくれてたら、家事をしたいんだろって言われて。これくらいできるだろって言われてまたがーってキレたあとやれば良いんでしょって必死にこの豪邸を隅から隅まで掃除しながら翔太を育てる毎日。たまに帰ってくる竜二さんのそばでモップをはたいたりしたわ。琉依さんとか関さんとかみんな私が一番恐ろしい鬼嫁だって隼人くんに告げ口してるけど私は必要だから怒ってるだけなのに失礼しちゃうわ」

「そ、そうですね……」

「私よりよっぽど加代姉さんと翠さんの方が恐ろしいわよ」


 加代姉さんというのは小林さんの奥さんのことだそうだ。小林さんの幼馴染みで佳代子さんの高校の部活の先輩で佳代子と加代子、同じ名前ということもあって仲良しだとさっきの話で教えてくれた。加代子さんの息子さんは健太くんといって翔太くんの名前を決める時に一字貰うほど憧れの存在だそうだ。その加代子さんの憧れの存在の翠さんは関さんの奥さんだから昔からみんな繋がりが深い関係だったみたい。


「だから私は仕事をしてなかったけど毎日育児と家事と格闘してたの。専業主婦で社会から取り残されてる気がしてしまうって人も多いし、同じ専業主婦でも悩みは人それぞれよ。私は特殊かもしれないけどね。けど子供たちが小学生になるとこの広い家に1人で家事は子育てと一緒にやってた分すぐに終わっちゃって。空いた時間をどうしたら良いのって思ったの。そしたらある日そこのマンションを建ててオーナーをやるからお前も付き合えって言われて。他のマンションと同じように不動産会社に全部お任せすれば良いじゃないって言ったら嫌なら良いって。素直じゃないわよね。竜二さんはまったく素直じゃない。私に家事はできないだろうって家政婦さんを雇ったままだったのに家事に手を出すから私がやりたいんだろうって思って家政婦さんを辞めさせちゃったし、この家は結婚が決まってすぐに建て始めてくれたの。私が中学生の頃日本家屋じゃなくて洋館に憧れるって言ってただろって、なんで覚えてるのよ、しかも中学生の時に憧れてただけで今は別になんでも良いのにって思ったり。マンションも、私が退屈そうにしてるのを気にして言ってくれたの。そういうこと一緒に長い間喧嘩しながら過ごしてきてわかるようになったの。この人もしかしてだいぶ私が好きなんじゃないかしらってね。ふふ、そう思わない?」

「大切にされてるんですねー!!素敵です!!」

「竜二さんが素直にデレデレになるのは隼人くんだけよ。隼人くんが生まれてから隼人くんにだけ別人になってね。天使だって似合わない台詞まで言ってた。けどそれは誰もがそう思うわよね」

「小さい時の隼人さん本当に可愛かったです!!少しだけお義母さんに見せてもらいました」

「そうなのよー可愛いのー!!でも今はかっこかわいいわー。成人式か沙織ちゃんの結婚式の写真見た?」

「いえ、見てないですよ?」

「見せてあげるわー結婚式の写真」

「え、良いんですか?」

「もちろん。私も竜二さんも用事があって行けなかったんだけど沙織ちゃんから幸せのお裾分けですって隼人くんのピン写真を送ってもらったの」

「え、結婚式の幸せのお裾分けが隼人さん……?」

「隼人くんの姿が神々しくてー……これこれ、これよ」


 見せてもらった携帯に写る写真を見て絶句する。オールグレーのスーツを着て椅子に座って窓の外を見てる隼人さん。


「……モデルさんみたいです」

「でしょー!!披露宴が終わって解放されたって油断してるところを琉依さんが撮ったの。すぐに隼人くんに見つかったんだけど写真は死守してくれてね。結婚祝いって沙織さんに送ったらみんなに幸せのお裾分けですって送ってくれたの」

「なんですかそれ!!聞いてないんですけど!!」

「あら隼人くん、勉強もう終わったの?」

「早く帰って椿と2人で夜ご飯食べるんです。その写真見せてくださいよ」

「えー消さないなら見せてあげるわよ」

「消すに決まってるじゃないですか」

「じゃー嫌よ。ちゃんと琉依さんにも美香ちゃんにも永久保存するって言ってあるもの」

「意味わかりませ……どうしたの椿」


 私は翔太くんと一緒にリビングに来た隼人さんの隣に行く。


「隼人さん、私もあのスーツ姿の隼人さんの写真ほしい」

「え……」

「そうでしょー!!かっこいいものねー」

「本物いるのに……」

「隼人さんだって私の写真持ってるでしょ」

「うーん……どうしても?」

「うん」


 考えてから頷いてくれる隼人さん。私は佳代子さんにメッセージアプリで写真を送ってもらった。


「こんなのかっこよくないよ」


 隼人さんは横から見てそう言うけど私はこの憂いを帯びた感じの気だるそうな姿にきゅんとしてしまう。


「ふーん……そういうものかなあ」

「あ……また私口に出してた?」

「うん」

「うう……でもかっこいい」

「本物より?」

「隼人くん写真の自分にも嫉妬するのー?面倒な男だねー」

「別に良いでしょ」


 写真を見てうっとりしてしまう。ぼーっとしていたけど隼人さんの早く私のご飯が食べたいという言葉ですぐに帰ることにした。





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