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婚姻届提出まで─先輩のマンション─


 アパートの部屋を出る時に、住み慣れた部屋をこんなにバタバタ出て行くとは思わなかったと少ししんみりした。まあ、でも荷物を取りに来るしそもそも早く不動産会社に連絡しないと……って考えてたら先輩がボストンバッグを持ってくれて、噛み噛みでお礼を言った。こういうの自然にできるところも好きだな、と思った。


「いつまで笑ってるの?」

「ずっとです。幸せを噛み締めてるんです」


 今は車で20分の先輩のマンションへと向かっている。アパートを出てからずっとにやけ顔が止まらない私に先輩は苦笑いだ。


「これから毎日だよ。毎日そうやってるつもりなの?」

「そうですよね、毎日……なんだか不思議な感じです。夢みたいです」

「夢にしないで。結婚するんだよ」

「あ、痛いですっ」


 片手でハンドルを握って左手で私の頬をつねられる。加減してくれてるみたいだけどそこそこ痛い。


「好きなんでしょ?こういうの」

「だからそういうことじゃないんですって!!」


 絶対先輩はわかっていてからかってる。私の反応を楽しんでるだけだと思うのについムキになってしまう。


「それよりさ、椿のご両親は和菓子と洋菓子どっちが好きなの?」

「え、なんですか急に。どっちも好きですけど和菓子の方が好きですね」

「途中のデパートで良いかな?ここのが好きっていうのがあるなら寄るけど」

「え、買ってくんですか?あ、手土産!!もう!!うっかり忘れるところでした!!うちはなにもいらないので先輩のお家に買いましょう!!」


 ただの世間話かと流してしまうところだった。危ない、危ない。これも事前に言って準備させてくれないのが悪い。事前に言ってもらえれば下準備ばっちりだったのに。


「俺の方がいらないよ。それより椿の方」

「そんなわけにはいきません!!非常識な子だと思われちゃうじゃないですか」

「だからそんなこと思わないってば。だから椿の方……」

「駄目です!!あ、そうだ。ここから実家に帰る途中にマドレーヌが美味しいお菓子屋さんがありますよ。私が大学生の時テレビで特集もされた有名なお店なんです。そこはどうですか?」

「うん、良いよなんでも。じゃあ椿のご両親にはどうする?」

「……そしたらそのお店の近くに和菓子のお店があるので羊羹でも買っていきましょうか」

「うん」


 先輩っていつも食い下がってくるし自分が納得するまでやめないところあるしマイペースだよね。私は流されやすいし、すぐまあ良いかって折れちゃうところがあるからこれはこれで相性良いって言えるのかもしれないけど……。

 若菜もそういうところあるし、やっぱり先輩と若菜って似てる。似た者同士だから反発してるのかな。ちょっと面白い。


「なんで笑ってるの?」

「若菜と先輩ってそっくりだと思っただけですよ」

「えー?似てないよ、あんな悪女になんて」

「若菜は良い子です。若菜を悪く言わないでください」

「椿は若菜贔屓だ。俺より若菜が良いの?」

「そういうんじゃないですよ。若菜は若菜、先輩は先輩で大好きです」

「じゃあ若菜は2番目ね」

「だから……。もう良いです」


 これは先輩が1番好きと言わないと折れないな、と思って諦めた。こういう所も似てるんだよねとやっぱり面白くなった。

 と、そこで車が速度を落とし広い駐車場に停まる。


「あれ?寄り道ですか?」

「いや、うち」

「……はい?」


 先輩が指差す先は高級そうな高層ビル。なにかの商業施設かと思ったんだけどここが先輩の住んでるマンションなの……?


「先輩はやっぱり嘘つきだったんですね」

「え?なんで?」

「やっぱりお金持ちの良いとこの人じゃないですか!!」


 この前俺は普通だよ、だなんて笑ってたのに!!嘘つき!!


「そういうんじゃないんだって」

「じゃあ説明してください。コンシェルジュとかバーラウンジとかありそうですよ!!」

「外観しか見てないのに想像力豊かだね」

「茶化さないでください!!」

「残念だけどコンシェルジュもいないしバーラウンジもないよ。中は本当に普通だよ。ここのオーナーが親父の大学時代の友達だからこっちで部屋を探してるって言ったら安く貸してくれたの」

「……なんか先輩のお父さんすごいですね」

「無駄に顔が広いんだ。特に広告業界とかマスコミ関係にね」

「そうなんですかー。……どうしたんですか?」

「……実家行ってまたコレクション増えてたらどうしようかと思って」

「どういうことですか?」

「んーん、なんでもない。行くよ」

「あ、はい」


 車から降りる先輩に私も続いた。マンションのオートロックを開けて入ると明るくて広いエントランス。綺麗、と思わず呟いた。


「……でも全然普通じゃないですよ、先輩?」

「そう?ここだけだよ。部屋は普通だよ」

「んー。そうですか?」


 そしてエントランスにあるエレベーターで7階に上がり手前から3つめの部屋で先輩が立ち止まった。鍵を開けてドアを開く。


「電気そこね」

「え?ここですか?」


 明かりを付けると私は少し拍子抜けした。もちろん良い意味で。


「なんだか普通です」

「だから言ったでしょ。広くもないけど狭くもない。けど2LDKだから2人なら全然余裕だよ。将来はもっと広い所に引っ越そう」

「え、良いじゃないですか。ずっとここで良いですよ。あ、リビングも綺麗!!……でも、なんにもないですね」


 思ってたより全然普通で驚いたけどすごく長い廊下とか豪華な照明とかがあるわけじゃなく一般的なお部屋で安心した。まっすぐ歩いた所にリビングがあって奥にカウンターキッチンがある。


「わー、素敵ですね!!料理するの楽しそうです!!そこのテーブルで食事して。あ、テレビは大きいですね。ご飯のあとはソファーに座って映画鑑賞も良いですね!!」

「どう?住んでいけそう?あまりに嫌だったらすぐ引っ越しても良いかなって思ってたけど」

「全然良いです!!引っ越しなんてしなくて良いですよ。外観に惑わされて規格外の部屋を想像してましたけどすごく素敵です!!」

「気に入ってくれた?」

「もちろんです!!でも本当になにもないですね」


 必要最低限の家具はあるもののインテリアとかが全然ない。全体的に黒でシックに纏めてある物がない綺麗な部屋だ。


「先輩映画好きでしたよね。先輩のお家にDVDたくさんありましたし」

「あー、あれ?あれは昴のなんだよ。置くスペースがないから置いといてって言われて、まああれば見るし全然良いんだけど」

「え、そうだったんですか?」

「昔は映画館に行く方が好きだったし。それにこっちに来てからは椿を探すかバスケクラブに行くかくらいしかしてなかったから」

「……そうなんですね」


 なんだか急にこの部屋が寂しく感じた。こんなに素敵な部屋なのに家主はずっと出掛けてるなんて。


「だけどこれからは椿の好きなように物置いたりして良いよ。毎日家で過ごすのが楽しくなるからね」

「……そうですよ!!これからは家にいるのが楽しくなりますよ!!私あとで置いてきたDVD持ってくるので!!あと本も!!ソファーで並んで読みましょうね!!あ、お花は飾らないんですか?好きですよね?」

「そういえば飾らないね。でも花瓶はどこかにあるはずだよ」

「じゃあお花も飾って。あ、観葉植物も置きましょう!!あとは……」


 この部屋で先輩と暮らすのがすごく楽しみになってきた。


「椿。あとでゆっくり考えよう。時間はたくさんあるんだから。それより今日と明日は予定が詰まってるんだよ」


 呆れたようにそう言う先輩も嬉しそうで私は心が温かくなった。


「そうでしたね。じゃあお部屋の探検も帰ってからにします。行きましょう」

「うん、行こう」


 これからこの部屋が私の帰る場所になるんだ。ここが日常になって当たり前になるんだ、と思うとまた夢みたいだと考えてしまう。けど現実なんだよね。少し実感がわいてきた。これは大きい荷物を持ってもらって嬉しくてニヤニヤが止まらない!!ってなってる場合じゃないかも。でも先輩と一緒だと1年後でも10年後でも毎日ドキドキして毎日幸せだなーって感じていそうな気もする。……浮かれすぎてる。危ない、危ない。いくらなんでも10年毎日ドキドキしてたら心臓がもたないわ。

 冷静になった私は玄関に向かう先輩を追いかけた。



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