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婚姻届提出まで─なかなか出発できない私たち─




 プロポーズの翌日、急に実家に挨拶に行くこと、さらに婚姻届を提出することを聞かされた私は先輩に急かされて支度を始めた。その最中に先輩がこれからの予定を簡単に説明してくれて、その話をフムフムと聞いていた。ええと……ハンドソープとかは先輩のお家にあるのを使えば良いよね。あ、でもシャンプーとコンディショナーは持っていかないと。……ああ、まだお化粧してないんだった。化粧品はしまっちゃ駄目だ。

 そんなこんなでスキンケア用品とかほぼ毎日使っていたパソコンを詰め込んでからお化粧をした。そして次は着替えを、と思ってハッと気付いた。


「先輩、先輩、どうしましょう」

「どうしたの?」


 私はソファーに座って携帯を見ていた先輩に声をかけた。


「結婚のご挨拶ってどんな格好で行けば良いんですか?パンツは駄目ですよね?ワンピースはこれしかないけどこれで大丈夫ですかね?ちょっと調べて良いですか?」


 そう言ってボストンバッグからパソコンを取り出そうとする私にストップがかかる。


「調べなくて良いから。なんでも良いよ」

「なんでもってなんですか?じゃあせめてお母さんがどんな格好が好きか教えてください」

「だからなんでも良いんだって。服でなにかが変わるわけじゃないでしょ」

「印象が変わります。お母さんに会うのは久しぶりですしお父さんはほとんど初めましてですし。それになんだか悪い印象持たれてそうで少しでも挽回したいです」


 私のことで先輩が必死になってる時も見守っていたはず。私を悪い女だって思ってたらどうしよう。良い方たちだっていうのは先輩たちの話で十分わかってるけど嫌われてたらどうしよう。


「え、なんで?むしろ良い印象しか持ってないから大丈夫だよ」

「そんなわけないです。ずっと先輩が必死になってるのを見ていたんですよ。自分の息子が苦しめられてて良い印象を持ってる親なんていないです」

「それがいるんだよ。椿は俺の両親にもそれに若菜と昴の両親にも若菜の初めての友達で親友っていう目で見られてるから。若菜が初めて俺と昴以外の人の話をしたのが椿で若菜の狭い世界を広げてくれた素晴らしい子って印象だから。だから俺と別れても俺が悪いって甲斐性なしって大ブーイングだったし全面的に椿贔屓だよ。若菜と昴の徹底的に俺に椿の情報を与えない姿勢にみんな賛同しててさ。でも母さんたち3人は俺がいるところで椿がとは言わずにこの前若菜と昴とテーマパークに行ったんだって、とか昴と若菜から聞いた話を聞こえるように言ってくるんだよ。ああいうのって大人げないないよね。それに俺のせいで遠くに行って遊びに来てくれなくなっちゃった、早く俺のことなんて忘れて若菜の親友として家に遊びに来てくれないかしら。一緒にお喋りしたいわーとか堂々と話してるからこっちも余計にイライラするっていうね」


 早口の先輩の話を聞いて呆然としてしまう。


「だから心配ないよ。それにほら」


 先輩が携帯の画面を見せてくれた。お母さんとのやりとりの画面だ。


『何時に来るの?早く椿ちゃんに会いたい!!椿ちゃんはオムライスが好きだったよね?お母さんとびきり美味しいオムライスを作って待ってるから早く来てね!!そうだ、美容院に行ってこようかな?まだ時間ある?あ、間に合わなかったら嫌だなー。でも早く会いたいしどうしよう。琉依さんに相談してみるね。あ、椿ちゃんに会えるの楽しみにしてるって伝えてね。琉依さんは新しいお花を買いに行くって言って張り切ってるの。それじゃあまた後でねー』


 その長文のメッセージを読み終えてどっと疲れてしまった。そういえば先輩のお母さんって実際に喋ってもこんな感じでおっとり口調だったな、と懐かしくなる。


「ね、大丈夫でしょ」

「そ、そうですね」


 なんだか歓迎?されているようでひとまず安心した。


「ちなみにこのオムライスっていうのは良い?昨日も食べたのに」

「はい。毎日でも食べれますよ」

「それなら良かった。じゃあこれで解決だね。早く着替えて早く行こう」

「あ、ちょっと待ってください。それなら先輩が好きな服を教えてください。なにを着れば良いんですか?」

「だからなんでも良いってば」


 これで出掛けられると思ったのか立ち上がった先輩を私は引き止めた。


「普通に着る服に困ってるんです。先輩の好みを教えてください。あ、そういえばこの前なんにも言ってくれませんでしたよね。あれはどうだったんですか?良かったんですか?駄目だったんですか?」

「え、この前っていつ?」

「最後に会った日ですよ!!」

「あー……可愛かったよ」

「覚えてなさそうでしたよ、今の間!!」

「そんなことないよ。椿のことで忘れることなんて1つもないよ。ちょっと思い出してただけ。可愛かったなーって」

「じゃあどうしてあの時言ってくれなかったんですか」

「余裕ないって言ってたでしょ。緊張してたんだよ。それにそう毎回言うものでもないでしょ」


 その言葉にハッとした。毎回この服どう?って聞く私、面倒な女!?

 確かになにかで読んだことがある。毎回デートのたびにコメントを求めてくる女の人は苦手だって。でも昔のことがあるし、服装は気になる。似合ってないって思われてたらどうしようって。ああ、だけどそれで面倒だって不快な気持ちにさせてたら本末転倒だ。


「やっぱり良いです。今の話なかったことにしてください」

「え?いやいや、なんで?」

「なんででもです」

「急に止めないでよ。どうしたの?」


 話を強制終了させようと思ったのに先輩は食い下がってくる。


「どうもしないです」

「なにか思ってることがあるでしょ。なんでも言ってって言ったでしょ?」


 一歩も引かない先輩に観念した私は言った。


「だって……面倒だと思われたくないんです、嫌われたくないです」

「そんなこと思わないよ」

「思いますよ。読んだことあります。毎回髪とか服とか感想聞いてくる女の人は面倒だって」

「またネット情報?俺はそんなこと思わないよ」

「……本当ですか?」

「本当だよ。椿がそうしてほしいなら毎日言うよ。どんな格好でも椿だからなんでも可愛くて毎回可愛いとしか言えないと思うけど」

「どんな格好でも良くないじゃないですか。昔のは似合わないって……」

「椿が好きで着てるんなら良いんだよ。でも無理して着てる感じだったからもっと椿に合う服を着れば良いのにって思っただけ」

「んー……。じゃあ先輩の好みを教えてください」

「だ、だからなんでも良いんだって。話聞いてた?」


 あ、イラッてした?今一瞬こめかみがピクッてしたよね。先輩はいつも私に気を使って話すからいつも優しくて穏やか。でも若菜や結城くんと話す時のように気安い感じの先輩はとても自然体で良いなあって思っていた。私にも、もっと普通にしてほしいって。だからこんな風に若菜たちと話してる時みたいな反応に嬉しくなってしまった。


「椿?なんで嬉しそうなの?」

「ふふ、嬉しいからです。先輩、少し怒りましたよね。イラッてしましたよね?」

「なに?椿は俺に怒られたいの?」

「怒られたいわけじゃないですけど若菜たちと話してる時みたいに自然にしてほしくて」

「いつも自然だよ」

「違うんです。先輩私の前だといつも優しくて笑顔でいてくれるじゃないですか。もっと普通にしてほしいんです」

「この前も言ったけど椿といると自然に笑顔になるし優しくしたいって思うんだよ。普通にしてるよ」

「だからもっとこう……」


 なんで伝わらないんだろう。なんかこう若菜たちと話す時みたいに、わーみたいな、がーって感じで接して欲しいんだけど。そう、若菜が暴力反対って言ってるように……


「若菜を叩いたりするみたいに……」

「叩かれたいの?マゾなの?」

「そ、そういうわけじゃないですけど!!」


 なんで今度は先輩が楽しそうに笑うんだろう。


「わかったわかった」


 そう言って頭をポンポンとされた。なにがわかったのかと首を傾げる。


「なんですか?」

「お望み通り叩いてあげたよ」

「……今のはただの頭ポンポンですよ」

「あれ?嬉しくなかったの?あ、昨日のデコピンみたいな?確かにあの時もすごく嬉しそうだったね。椿はそういうのが好きなの?」

「そういうことじゃないんです!!」


 ニヤニヤと笑われて恥ずかしくなる。顔が熱くなってくる。確かにすごく喜んだけどそういう趣味があるわけじゃないのに!!


「真っ赤だよ。本当に可愛いんだから。椿、おいで」


 両手を広げる先輩にこういうのをイチャイチャしてるっていうんだって冷静に思うけど、ほらともう一度促されると素直に抱き付いた。優しく背中に回される腕に幸せを感じる。


「こんなこと昴や若菜にはしないでしょ」

「……それはそうですけど」

「でも椿の言いたいことはわかったよ。確かに昔は良く思われたくてかっこつけてたかもしれないね。でも再会してからの俺は本当に素なんだけど」

「もう、わかっててからかったんですね」

「必死に伝えようとする椿が可愛くてつい」

「もう!!先輩は意地悪です」

「でも好きでしょ」

「……好きです」


 もうこの先ずっとこうやって先輩のペースでやっていくんだろうなとこの先のずっとずっと先の未来が想像できた。あの頃は若菜と一緒にいる未来しか想像できなかったな、と思ってると若菜から聞いたことを思い出した。それを聞こうと先輩の腕から離れようと……離れようとしてるのに力が強くなって私はムキになって無理やり離れた。そして先輩を見るとすごく不機嫌そう。


「な、なんですか?」

「なんで離れようとするの」

「聞きたいことがあって。それにずっと同じ状態でいるわけにはいかないじゃないですか」


 当たり前のことを言ったのに先輩はまだ不機嫌そう。


「だからって無理に離れようとしなくても良いのに」

「それは先輩が力を入れるからですよ」

「椿が離れようとするから……」


 寂しそうに呟く先輩に私は慌てる。


「先輩、ただ話をしたかっただけです。顔を見て話したかっただけですよ。もう二度と離れませんよ」

「うん。わかってる」


 私が慌てて先輩を宥めると先輩はケロッとした笑顔でそう言った。


「先輩……またですか?」

「ううん。今のはわざと」

「もっとたちが悪いですよ!!」


 先輩ってツッコミ気質だったんじゃなかったの、結城くん!!なんでこんなにボケてるの!?



「幸せでボケてるのかも」

「え、また口に出してました!?」

「うん」


 もう駄目だ。2人とも浮かれてるかも。落ち着こう。


「それでですね、服の好みがなくても好きな身体の場所はありますよね?」

「……。全部」

「んー!!そうじゃなくて、ほら、ありますよね」


 私の上から下までじっと見つめてからそう言われてまた顔が真っ赤になる。


「えー?どこだろ?」


 先輩は本当にわからないように首を傾げる。


「ほら、この辺りとか……」


 と、私が首周りを指して言うけど本当にわからないみたい。おかしい。若菜がデタラメを言うわけないのに。


「いや、本当に全部だからわからないんだけど」


 お手上げと言うように苦笑いする先輩。


「おかしいですね。若菜から聞いたんですけど」

「若菜が?なんて?」

「先輩はデコルテとうなじが好きだって。中華街に行った時も若菜が選んでくれたんですよ。結城くんも良いって言ってくれたんですけど」

「昴はともかく若菜にそんな話しないよ。確かに中華街に行った時の服はドキッてした。いや、ゾクゾクした、ヤバかった」

「どういう意味ですか?」

「え?いや、なんでもないよ。そっか、あの中華街の時のは若菜の狙いか。危ないところだった……」

「先輩?」


 先輩がぼそぼそと喋るから全然聞こえない。私の少し大きめの呼びかけに気付いた先輩はなぜか真面目な顔で言った。


「椿。若菜は危険だよ。俺を煽って理性を試そうとしてる。それで俺が椿を食べちゃったら獣だって言って大バッシングするつもりなんだ」

「な、意味わかりませんよ。私は食べれませんし先輩は人です」

「危険だ。それで椿に嫌われろとか思ってたに違いない。万が一のことが起きたら本当に椿に嫌われるところだった。危ない、危ない」

「なんなんですか?結局若菜が言ってたことは嘘なんですか?」

「え、いやー、嘘ではないかな。椿の全部が好きなんだから」

「んー……じゃあなんで若菜はそう言ったんですかね?先輩を陥れるため……?」


 先輩から細々と聞こえる声で理由はわからなかったけどそんな感じなのかと思って聞いてみた。


「それもある。それが8割で2割は普通に若菜の趣味だと思う」

「え?若菜のですか?」

「うん。前に椿の鎖骨にあるほくろがセクシーで可愛いって言ってた」

「え、ほくろ?あ、この辺りあるこれのことですか?」


 鎖骨にあるほくろの位置に触れてみる。子供の時からあるからあまり意識したことがなかった。


「それ。確かに良いよね。俺は若菜より変態じゃないからそこまで意識してなかったけど」

「……先輩も十分変態だと思いますよ」

「そう?」

「なんでここで喜ぶんですか」

「俺の愛情わかってくれるようになったなーって思って」

「……」


 また恥ずかしいことを言われて動揺したけどふと時計を見るとだいぶ時間が経っていることに気が付いた。


「先輩、早く行くんですよね。変なこと言ってないで早く行きますよ」

「服が決まらないって言い出したの椿でしょ」

「そうでしたね。私が悪かったです。えーと……もうこれで良いですね。着替えてきます」


 せっかく久しぶりに会うんだしワンピースにしようと、最初に手にした大きめのグレンチェックのモノトーンワンピースにした。


「どうですか?ワンピースなんて久しぶりです」

「うん。可愛いよ。でもどうせうちに泊まるから着替えも持っていってね」

「そ、そうでした。……って聞いた時に言ってくださいよ」


 まず私の実家に行って先輩のお家に行ってそのまま泊まってから婚姻届を出してから戻ってくるっていう予定を荷物を鞄に詰めてる時に聞いていたんだった。

 悩んだのに。あんなに服装のことを考えたのに今までの時間はいったい……。

 着替えのブラウスとパンツを別の鞄に入れて忘れ物がないか確認して私と先輩はようやく出発した。


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