8話 「なぁ、俺にそれ言っちゃうと比喩でも何でもなく本当になっちまうけどいいの?」
「うれしいです」
「───てます」
またこれか。何をだよ。
「───です」
くっそ腹立つ。答えろや。
「ひとつ、ときましょう」
何をだよ。
「もういいでしょう」
聞いてる?
「ちからをかいほうしましょう」
なんの? もしかして、陰陽師の? 確かに、知識不足もあるし自称陰陽師っぽいとこあるけどさぁ。封印とかされてないはずだよね?
「そのちからはこのちで、よわまっている」
あー、地相とか違うもんな。星座とか。知識の大半が使えないわけよ。
「これしかない」
もー少し説明してくれません? あと、巴はどこいった?
「さだめ」
定め? 何なんだ? やっぱり陰陽術だけじゃなくて、仙術とか習ったのが悪かった? いや、そんなわけないか。
「ときをまて」
あー、腹立つ。もったいぶんなや。
「あなたはこちらのこ」
ほわっと? 俺は、死渉 海舟と死渉 雪乃の子だ。何言っとんじゃい。
「わすれないで」
何をだよ。
「このわたしの───」
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「うわっ」
目を覚した。俺は、洞窟の中に立っていた。
今までいた迷宮と同じような感じた。
「巴ー? おい、女狂戦士巴ー! ソムリラーさーん? 漆黒の翼のみーなーさーんー? とーもーえー!」
返答はない。俺しかいないようだ。どこ行ったんだ?
「うわあ」
最悪だ。このまま進むしかないのか。
決めた。誰かが見つけてくれるなんて甘い事を考えてはいけない。
取り敢えず進んで、巴を探す。はぁ。
「チッ」
ずるりと、狼の魔物の死体が崩れ落ちる。
遠距離攻撃を仕掛けてきたため、少々面倒くさかった。
悪態をつく気にならずに、でもムカついたから舌打ちだけする。この状況になるまでのペースから考えると、今は魔物が湧きすぎだ。
この狼だけでも五匹目である。テンションあがんねーな。
「ガウガウ」
「グワーッ」
次は犬頭か。コボルトというやつかもしれない。ゴブリンよりは強いが、所詮雑魚だ。すぐに片付けられる。
「……………………………飽きた」
なんかもう、体力はあるんだけど元気がない。これ片付けたら休もう。疲れたし。
だって弱すぎるから。
だいったいさぁ、迷宮ってもうちょっと手応えのある場所じゃないの?
ゴブリンとか犬頭とか獣とか、雑魚しか出てこない。沢山同時に出てくるなら面白いけど、とぎれとぎれに雑魚とかふざけてる。
ゲームだってずっとイージーモードだったらみんな飽きるでしょ!!
いい感じに手応えがあるおかげでやるんだよ!
全部雑魚! 雑魚しか湧いてこない! ゲームバランス滅茶苦茶だよ⁉
ほら、愚痴ってる間に犬頭が狩れた。
機械的に魔石だけ抉り取る。
魔物は、魔石が取られると自然消滅するらしい。
「結界」
そして、自分の周囲に結界を張り、休むことにした。
棍棒拭いとかないと。
巴、どこにいるんだ? さみしいよう。
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ビックマウスの群れが、数瞬で壊滅した。何があったのかは、オレの動体視力では分からない。
ビックマウスは力は大して強くないが、群れの連携プレイが厄介な魔物だ。一人で、それも素早く全部倒すのは難しい。
しかし、ビックマウスを全滅させた少女は誇るでもなく、感情のない死んだ目でその死体を見下ろしていた。
オレ、ソムリラー・リッパーはその間、ビックマウスの魔石をせっせと取っている。
自分より一回りは年下の少女に守られ、小間使いのような働きをすることに対しては抵抗感などない。
自分より強くて悔しいとかいう思いもない。
だってさ、ドラゴンに負けて悔しがる人間は少ないだろう。オレみたいな凡人は寧ろ、『生きてる! ラッキー!』くらいにしか考えない。
今も、『わけわかんない罠に嵌っちゃったけど、強い味方がいてラッキー!』としか、考えていない。どうしてこの状況で張り合わなきゃだめなんだ。
全てを委ねるつもりはないが、もし一人でここに来てしまったらなど、想像すらしたくない。
それ程に、この少女の持つの強さは圧倒的だった。わけわかんない。
「そろそろ休むか」
「まだ動ける」
トモエが死んだ目でこちらを見る。なんか怖い。そんなに睨まないで。
「でも、セーフティゾーンがあるから、休めるうちに休んでおいたほうがいいよ」
ビックマウスの死体の先に、魔物が絶対に入り込まない場所、セーフティゾーンがあった。
セーフティゾーンがあったら休め、冒険者の鉄則だ。
「セーフティゾーン……」
トモエが、聞きなれない言葉を聞いたかのように呟いた。
そうだった。あまりの戦いっぷりに忘れてたけど、トモエはビギナーだった。
「魔物が来ない安全地帯」
「……わかった」
トモエが顔を顰めて言う。
と、いうわけでオレは暫くぶりの休憩を得ることができた。
正直、トモエのペースについていくのはキツかった。
「ソムリラー……さんは、なんで冒険者になったの」
トモエが、突然聞いてきた。
「オレか? オレはな、単純に兄貴に誘われたからなんとなくなったんだよ。
やりたい事もなくってさあ。で、兄貴は事故で冒険者続けられなくなったんだけど、この歳で再就職も難しいからズルズル続けてる」
兄貴が怪我をした時点で、やめてもよかった。だが、なんとなく続けてしまったのだ。
「……ふーん」
自分で聞いてきたのに、興味ないような返事が返ってきた。無表情だし、よく分かんない子だな。
「私もね、ミツルがいなかったらどうなってたか分かんない」
「ん?」
「7歳でお母さんとの関係が修復困難になりかけたときも、ミツルが居なかったら解決しなかったし」
唐突に重いのが来た。
「沢山間違ってたに決まってる。生きてるかどうかも分からない」
「へえ……」
なんとコメントすればいいのか分からない。
これだけ強ければ、世間から爪弾きにされるかもしれない。
「それに、私がいないとミツルは寂しくなっちゃうし。約束したし」
そう言ってトモエが立ち上がった。早くミツルを見つけ出したいんだろう。
「ミツルは私より弱いから」
「そっか」
本当はあともう少し休んでいたかったなあ……。
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「すいっへーりーべーぼっくのっふねっ! ななまがーるしっぷすくらーくかっ!」
元素記号を覚えるための魔法の呪文を殊更元気に唱え上げる。油断をしているんじゃないから安心してね。
でも、俺は化学頑張らない系男子だったのでここまでしか言えない。
「…………虚しい寂しいつまんない」
俺の声は虚しく洞窟に響き渡り、聞こえづらいエコーとなって返ってくるだけだ。
巴がいたら一緒に歌えるんだけどなぁ。
それにしても、いつまで続くんだこの異空間。誰もいない。巴がいない。幽霊すらいない。雑魚しか来ないし、クソ迷宮かよ。
「グギャー」
ゴブリンが来た。俺は、それをなんの造作もなく叩き潰す。
「すいっへーりーべー………ぐすん」
ひとりって、寂しいんだなぁ。な、泣いてなんかないやい。ぐすんぐすん。
「道に迷わないお呪いもちゃんとしてるんだけどなー。なんにも変わんねーなー」
そんな事をグチりながら歩いていと、それまでとは比べ物にならない程強い気配を感じた。
「おっ」
警戒心を強める。護符を使い、身を守る。
久々の強敵に心が浮き立つ。
「グルルルルル………」
広い場所にいたのは、真っ赤な巨大蛇だった。サラマンダーってやつ? なんか蛇とのエンカウントが多いな。
尤も、こいつはブラックスネイクよりずっと大きいし強い。それに、蛇のくせに立派な鱗まで持っていやがる。
「来いよ蛇」
「グルァッ」
蛇の口から火炎放射出てきた。反射的に避ける。
これは少し厄介だから、一瞬で距離を詰めよう。
「体温たっか」
そして、その背に飛び乗った。熱い。燃えていないだけいいか。
ともかく、これで火炎放射の餌食になることはない。
それが気に喰わないのか、蛇が暴れだした。振り落とされそうになる。
「させるかよっ!」
カバンから予め取り出しておいたロープを蛇の首に括りつける。
ふはは、苦しいだろう! もっと苦しめ!
「グワァッ!」
「あれっ⁉」
首を締めたのに苦しんでないっ! 変わらぬ調子で暴れ続ける蛇。
ロデオさながらに振り回される俺。
「ぐわっ、ななんでっ! あっ、鱗が硬すぎて通じてないんだ!」
鱗のせいで首が締まってない。
我ながら、なんてアホな失敗をしたんだ。舌噛みそう。
「プラン2っ!」
棍棒で殴る! ダメ! 俺が大丈夫でも棍棒が負ける! 流石にコレで武器を失いたくはない!
「プラン3っ!」
予め拾っといた石を取り出す。
さて、俺の尊敬する安倍晴明さんの真似っぽい事ををしますか。
「いけっ!」
蛇の口に石を何個も放り込み、口が開かないように抱きついておさえる。これは、ただの石ではない。
石についての説明の前に、こんな話を知っているだろうか。
晴明さんの話である。
なんか、寺に行った晴明さんに若い僧が絡んだらしい。
「ヘイ、晴明! オマエ式神使えるらしいじゃん! 人とか殺せんの?」(超訳)
「ぼちぼちでんなー。頑張ればイケるけどダルいわー。虫とかならできるけど」(超訳)
「え、できないから言ってんじゃないの? だっさ。ウケるんですけどー」(超訳)
と、別の僧が言ったらしい。
「マジそれな。じゃあ庭にいる蛙殺してよ」(超訳)
「えー、ちょー罪作りじゃーん。めんどくさ」(超訳)
そう言って晴明さんはそこらへんの草を千切ると、呪文を唱えて蛙にその草を落としたそうな。
すると。蛙は潰れ、中から飛び出した蛙の臓物が僧たちの顔に飛び散ったそうな。
結構有名な話だな。これ。
つまり、俺がこの蛇に放り込んだ石には呪が込められている。
さっきの話と何が関係あるんだって言われたら困るけど、なんとなくこの話がしたくなったのだ。
「グワァッッッッッ!!」
蛇が悶え苦しむ。ジタバタとのたうち回る蛇の背中にしがみついて、終わりを待つ。
この石、四散爆発するんだよ。
いくら鱗が強くても、中身までは鍛えられまい。
しかし、石の破片が外に飛び出ないってどんだけ丈夫なんだよ。
そして、蛇は死んだ。この迷宮で一番苦戦した相手だ。
「よっと」
死んだと思うが、一応生死は確認しておこう。ゆっくりと近づくと
「───!」
いきなり、蛇が口を開き血反吐を勢い良く吐き出した。なんとか下がるが、思いっきり血を被ってしまった。最悪だ。
そして、音を立てて崩れ落ちた蛇は動かなくなった。
……最後の抵抗だったのか。
袖でゴシゴシと顔を拭う。まだ血が貼りついてるけど、仕方ない。
「………よし、持って帰ろう!」
でかいから、ギルドで売ったらいい値になるだろう。
それに、魔石もでかい。すこしかさ張るけど仕方ない。
俺は蛇を引きずり、歩き出した。
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『……ほわぁっ⁉ ファイアー・ドレイクのレッサー版を一人でっ! ど、どうしよう……あれっ、こっち来てる……えっと……道を増やして……どうしようどうしよう。
もうダンジョンポイントが無いよぉ』
迷宮の最奥、殺風景な岩だらけの洞窟の中、一人の少女が座っていた。その隣には、虹色の輝きを放つ水晶のような魔石が置かれている。
燃えるような赤髪に橙色の瞳をした美少女だ。
普段は強気に見えるそれも、いまは力なく垂れ下がっている。
『ひえぇ、なんでこの女、道間違えないのぉ? 野生のカン⁉ ビックマウスを一瞬とか生き物じゃ無いよー』
彼女の前には、無数のウィンドウがあり、それを慣れない手つきで操作している。
『ううぅ、A級冒険者なんて聞いてないぃぃぃぃぃ』
今にも泣きそうな顔で少女がウィンドウを叩いた。
『どうしよう、冒険者が来るってことは“迷宮の石”を壊されちゃうってことだよね? 生まれたばっかりなのに死んじゃうの⁉ やだぁ………。
あぁぁ、あの男来ちゃうよー。なんでこんなに強いのぉ? でっ、でもダンジョンマスターの姿って見えないらしいから、最悪石が割られても見逃してもらえるよねっ!』
少女が一周回った前向きさを見せてるところで、男がそこに入ってきた。
頭の先から足の先まで血濡れで、手には少女がコツコツ貯めたダンジョンポイントで買ったファイアー・ドレイクがあった。それだけで少女の心は折れかける。
『ひぃっ! 来ちゃったよぉ。どうしようどうしよう』
「来ちゃったって、来ちゃ悪かったか」
人には見えも聞こえもしないはずの少女の言葉に、男──死渉 満が反応した。
『なんでー! 見えてるーー⁉ こわいよぉ! えええええん!』
少女は混乱している。少なくとも、自分を見つけることだけはできないと思っていたぶん、見られていると分かったときの衝撃は凄まじいものだった。
「昔から見えるんだよね。鬼とか幽霊とか死期とか。おたく、ここで死んだクチ?」
満がにこやかに言う。しかし、乾きかけた血によって引きつってしまったその顔は凶悪そのものだった。具体的に言うと、悪魔に微笑みかけられたようなものだ。
満が抱えてきたファイアー・ドレイクの死んだ瞳が少女を無機的に睨みつけた気がした。もちろんそれは少女の被害妄想だが、少女にはファイアー・ドレイクが何故こんな目に合わせたと恨みつらみをぶつけてきているようにしか思えなかった。
少女の心は完全に折れた。プライドはどこかに捨ててきたようだ。
『ごめんなさいごめんなさい見逃してください別に危害を加えるつもりはなかったんですぅでも迷宮できたら自慢したくなっちゃうじゃないですかぁ出来心でしたぁ初めての訪問客でテンション上がっちゃただけですぅ強制転移のスクロールとか買うべきじゃなかったのに無駄遣いしてしまったんですよ! 高かったのにい! 見逃してくださいなんなら言うことなんでもききますから! なんですか? 財宝ですか魔物ですかなんなら私ごとモッテケドロボー! 命だけ助けてくれるならなんでもあげちゃいますよ! 服従します服従! 死ぬまであなたのものになりますからぁ! 裏決まりませんってほんとですよお仲間もここに呼び出しますから言う事聞くから何でもはい何でもだから、だから命だけは命だけは命だけは………』
速攻で跪き、全力で許しを請い始めた。満はそれを呆然と眺めることしかできない。、
「なぁ、俺にそれ言っちゃうと比喩でも何でもなく本当になっちまうけどいいの?」
「へ?」
涙で大変なことになっている顔を上げ、少女が間抜けな声を出した。
「いや、俺陰陽師だから多分式神として降したことになるんじゃないかと……いや、確かなことは言えないけど」
「え?」
次の瞬間、少女は今までにない不思議な感覚を味わうことになる。
目の前の少年と糸で繋がったような、そんな感覚だ。
「あ」
「あちゃー。やったまったな」
満が困ったように頭をかいた。
「とりあえず話、聞かせてくれる?」
式神とかよく分かんない。勉強不足……。
誰か詳しい人がいたら教えてください………。
コメント待ってます・ω・




