68話 「何言ってるか分かってないよその子。分かりやすく翻訳してあげな」
大変長い間更新を止めてて申し訳ございませんでした。待っててくれてありがとう……愛してる……
「んー、美味しいね」
「ん」
ミツルとトモエが見るだけで腹いっぱいになりそうな量の肉を食べる。
「…………!」
子供も、遠慮がちに自分の分に手を伸ばした。そして、一口食べて瞳を輝かせる。
アキルクは安堵のため息をもらした。
殴られている光景を見て、咄嗟に手を伸ばした。故郷では、血は繋がっていなくても年上が年下の面倒を見る決まりがある。元々子供好きで心優しいアキルクはよく子供たちの世話を任されていた。だからこそあの光景は冷静になった今でも許せない。
ミツルがどうするつもりだと聞いてきた時には既にアキルクの心は決まっていた。何はともあれ子供を見捨てることはできない。幸い、今は財ならある。冒険者にしては甘っちょろいと言われるかもしれないが、ここでアキルクが放り出してしまったらこの子はまた同じ目に合うだろう。
それは、嫌だった。
子供は一生懸命に食事を食べている。余程お腹が空いていたのだろう。
そう、アキルクはもう決心している。しかし、仲間はどう思うだろうか。ミツルはアキルクの決意を聞いても反対はしなかった。
しかし、トモエはどうだろうか。クラリーヌは? 今住んでいる迷宮に住まわせるのだろうか。あの場所は特殊すぎる。ダンジョンマスターの事などは極秘の情報だ。それに、子供の方も迷宮暮らしに適応できるか解らない。
「うーん……」
……何でこうなったんだっけ……考えながら二段ベッドの下の方に寝ているアキルクは虚空を見つめた。上からは子供の微かな寝息が聞こえてくる。そう、アキルクは今パーティメンバーと離れ子供と同じ宿に泊まっている。
いきなり住処の迷宮に連れて行くのは、子供の精神衛生上あまり良くないのとクラリーヌとシンクの了承を得ずに事を進めるのもあまり好ましくないという判断からだ。
『二人にはいい感じに言っとくから! じゃ!』と帰っていったミツルをとりあえず信じよう。
ミツルはできない事を安請け合いする人間ではない──はずであることを願う──し、クラリーヌとシンクは子供を無下にするようなことはしないだろう。
事情を説明したとき子供は頷いたがどこまで理解しているのかわからない。
今どれだけ考えても仕方のないことだろうがどうしても考えてしまう。
(寝るっす! 寝るっすよ! 明日も早いっすからね!)
目を瞑り、努めて頭から思考を排除しているうちに気がつけばアキルクは眠りに落ちていた。
目が覚める。朝日が目の中に飛び込んできたので意識もハッキリしてくる。何だか変な夢を見た。ニコニコ笑顔の100人の満から逃げ回る夢だ。
「これが……悪夢………」
正直、悪夢以外の何物でもない。満レベルの身体能力を持つ100人の人間から逃げ切るなど不可能だろう。そして満のことだ。捕まったら碌なことにならないに決まってる。それが100人いるなんて悪夢でしかない。満の事は嫌いではないし尊敬しているが、それとこれは別だ。
そういえば、子供はどうしたのだろう。
「起きてるっすかー?」
二段ベッドの上を覗き込むと、ベッドの隅で丸くなるようにして座っている子供と目が合った。
「何してるんすか? ご飯食べに行くっすよ」
少し待つと、子供がベッドから降りてきた。そっとアキルクの隣に立つ。
「おはようっす」
子供は何も言わなかったが、素直にアキルクについて歩いた。
朝食を食べ終え、満たちと合流するまで手持ち無沙汰なので子供に色々と質問をする。子供はポツポツとそれに応えた。
家族は居ないが、同じ境遇の子供たちが沢山いるのでその中に混ざって、冒険者の荷物持ちや囮などをして生活していること。その子供たちの中にも力の差があり、自分はでも下の方だからよく殴られること。
やはり、子供の生活環境は最悪の一言である。
アキルクは、そのことについてどう言葉をかければいいのか分からず、自分のこと完璧な円のことなど、思いつくままに語った。そうして午前は過ぎていった。
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「私、本格的に錬金術で作った品を売ることにしましたの」
「そうなんすか」
三人と合流し開口一番、クラリーヌがそう言った。とりあえず、全員で椅子に座る。
「お二人から事情は聞きましたわ。その子さえ宜しければ、私の手伝いとして働きませんこと? 雑用や手伝いの簡単な事だけですし、望まれれば錬金術についてお教えしても宜しいですわよ。勿論お金の支払いは適切にいたしますわ。どうです?」
「どうするっすか?」
子供が、助けを求めるようにアキルクを見た。
「何言ってるか分かってないよその子。分かりやすく翻訳してあげな」
満がいつの間にか注文していたおつまみを「食べる?」とばかりに全員に差し出しながら言った。巴は我関せずとばかりにそれを食べている。
「クラリーヌさんのお仕事を手伝うのはどうっすか? 今までより環境は良くなるからおすすめっすよ」
子供が小さく頷いた。
「交渉成立、ですわね。早速ですので現場に向かいましょう」
クラリーヌが子供に目を合わせて微笑む。子供はおずおずと頷いた。子供がクラリーヌに対して慣れるには少し掛かりそうだ。
「まぁ初対面だしね! お互いに相性とかあるだろうしぼちぼちやってこうか!」
満が取りなすように手を叩きながら言う。
「とりあえず握手でもしたら?」
巴が初めて会話に参加した。クラリーヌが右手を子供に差し出す。
「握手ってのは、お互いに手と手を握り合って仲良しになることっすよ……ほら、こういうふうに………」
満と巴が握手をして手本を示した。それを見た子供がゆっくりとクラリーヌの手を握った。クラリーヌが優しく握り返す。
「よろしくお願いいたしますわ」
「よろしく、おねがいします……」
席を立ち満について歩く。少しでも慣れてくれたら、と子供を真ん中にアキルクとクラリーヌは横に並んで歩いた。
「この子の服はボロボロですけど……お着替えはありますの?」
「ああっ……水浴びはしたんすけど、そこまで気は回らなかったっす……」
クラリーヌがくすりと微笑む。
「仕方ありませんわね。すぐに買いに行きますわよ。他にも準備するものとかありますし」
「あざっす」
子供が二人の様子をもの珍しげに眺めた。少し先を行く満と巴が振り向いた。追いつかなければ。アキルクが慌てて歩調を早めると、子供とクラリーヌもそっと着いてきた。




