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65話  「焼きおにぎりぃ……」

 






『みっみみみみみみみっみみっみみみみっみみっみーみーみー』


 シンクが顔を赤くしたり青くしたりしながら口を必死に動かす。


「落ち着けシンク」


『みつるしゃん!!』


「やっと言葉を発したな」


 みつるしゃんて、みつるしゃんって。


『どどどっ、どうしよう……』


 震えながら手の中の紙を見つめるシンク。


「残念なことにそれは一度起動したら止まらんぞ……残念なことに」


 本当にどうしよう。でも僕らは大丈夫。いつだって強行突破という選択肢を胸に秘めてるから……強行突破できるから……。生きてたらなんとかなるから……多分。


『ごっごご、ごめんなさい……どうしよう……』


「悪いようにはならないなら落ち着けって、な?」


『うぅ、大丈夫なんですか?』


「そうそう全部計算通り」


 嘘です全部成り行きです。ごめんなさい。シンクを落ち着けるために言いました。嘘も方便。


『だったら良かった……』


「ほんとに?」


 巴、なんでそんなに信用のない目で見てくるの? 泣くよ。俺泣いちゃう。信頼し合う相棒じゃなかったの?


「俺が嘘ついたことあったか?」


「ここまでぜんぶ成り行きだよね?」


 巴がぐっと身を近づけて、無声音で巴が言った。う、バレてらっしゃる。


「まぁな」


「んー、じゃあ満、ポカしないね?」


 この成り行きのビックウェーブに乗れるか聞いてきた。


「それはない」


 大丈夫だと俺の第六感が告げているのだ。最終手段は強行突破。


「じゃ、信じる」


 巴が信じてくれたならもう大丈夫だ。てか巴に変な濡れ衣着せなくて良くなったらからこれはこれで正解なんじゃないか?


「ミツルさん、まさかこれが目的でしたの?」


「んー? まぁね」


 え、全て予想外だけど? 何言ってんのクラリーヌ。そんな信頼の篭った眼差し向けられても困るだけなんだけど? どうしてくれよう。その間にも王弟の告白は流れてゆく。あー、可哀想。恥ずかしいよね。悪者笑いしてるのが公開されてるもんね。

 もうこれ最初から狙ってたふうにして誤魔化すしかないな。話の感じだと隊長さんの敵らしいし。




 そして、王弟の告白(強制)は終わった。ごめんねわざとじゃないんだ。ほんとだよ。伝わらないと思うけどさ。


「…………これは、本当なのか?」


 王様は、酷く驚いた表情をしている。


「はい」


 あの式神は周辺にある音声全部持ってくからな。第一王子の部屋のに行くか、こっちに帰るかの途中で拾ったのだろう。嘘はない。

 ふと王弟を見ると、顔が真っ青だ。青を通り越して白だ。紙のようだともいう。

 いやもうちょいポーカーフェイス保てよ。これじゃあ「私がやりました」って言ってるのと一緒だぞ。まだ言い訳の余地はあるぞ。


 ここぞとばかりに隊長さんが声を張り上げる。


「王よ! 黒の勇者が証拠を示した!」


 お腹空いたなぁ。さっき食べたはずなのになぁ。


「弟よ、認めるか」


 なんか食べたいなぁ。でもあんまり食べるとデブっちゃう。


「……………」


 あ、でも動けば太らないか。そもそも太りにくいし。


「何か、言え」


 うーん、何が食べたいかなぁ。この国来てからお肉ばっかり食べてるし魚も食べたいかも。アジフライとかいいね。


「クソが……」


「認めるのか……黒の勇者よ、協力感謝する」


 あー、でもやっぱり久し振りに米食べたい米。


「焼きおにぎりぃ……」


 あ、しまった。シリアスな場面なのに焼きおにぎりとか言っちゃった。

 王様めっちゃ疲れきった顔してんじゃん。


「ヤキ・オニギリィ……“少しの勇気”か……」


 何言ってんだこの人。そんで俺達どうなんの? 帰りたいんだけど。


「はい。そうですね」


 とりあえず同意しとこう。


「弟よ、話は後でゆっくりと聞こう……牢に、入れよ……」


 少し躊躇いながらも、冷静に王様は言った。弟に裏切られたのに、よくこんな冷静さを保っていられるな。


「クソッ! なんでだよ! なんで俺は王になれないんだァァァァ!!!」


 そういうところじゃないかな。王弟の事はよく知らないけどちょっと国とか任せたくない。



「待ってください!」


 これで一件落着……と思ったら、王妃様がハリのある声で言った。


「私は何も聞いていません。我が護衛なら、私に一言あっても良かったのでは?」


 そりゃそうだな。王妃様は蚊帳の外だったのか。怒るなそれは。


「申し訳ございません。どのような罰でも受けますので──」


「我が言った。好きに動いていいと。罰はない」


 王様………それはいくない。ちゃんと報・連・相をとろうよ。人のこと言えないけど。ブーメランじゃんみたいな顔をするんじゃないよ巴。


「そんなに、私に信頼がありませんか」


「そういう訳ではない。兎に角、皆の者下がれ。追って沙汰する」


「では何故、私に何も言わずにっ……! 私の事を嫌悪するなら最初からそう言ってください!」


 ブチ切れスイッチが入ったらしく、場所も考えずに思いの丈を吐く王妃様。

 どうなるんだろうなぁ。


「我は………」














 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












「我は……」


 勇気がなかった。誰よりも勇ましいふりをしているだけの、一番の臆病者だった。

 妻を愛していた。こんな美しく素晴らしい女性が妻になるなら、なんの文句もなかった。しかし、自分を曝け出せない性格が仇となり会話すらままならない状況になってしまった。

 息子を愛していた。しかし、どのような父親が理想なのか分からずまるで王と家臣のような会話しかできなくなってしまった。息子が自分の前で態度を崩さなくなって久しい。

 人間が好きだった。観察するのは楽しかった。だけど本当はもっと関わりたかった。だけど他人に何かを言われるのが怖かった。家臣が己から心を離すのが怖かった。

 空気で感じ取った“理想の王”を演じ続ければいいと思っていた。




 だが、違う。





 ここで妻を黙らせることは可能だ。だが、このチャンスを逃したら自分たちが心を開き合える瞬間はもう永遠に来ないような気がしている。そして、その直感は正しいだろう。


「ヤキ・オニギリィ」


 獣人語で、“少しの勇気”もしかして、黒の勇者はこれを伝えたかったのか。あのタイミングで何故あの言葉だったのかと思ったが……そういうことか、勇気を出せと言っているのだ。

 …………この勇気があれば、弟との関係も変わっていたかもしれない。ずっと前から、自分が弟に疎まれていたことは知っていたのに、何もしなかった。


「はは、黒の勇者への恩は返しきれなさそうだ」


 こんなことまで見透かしているとは……推せる。推しに励まされては出ない手はない。ここまで計算していたとは恐ろしい。


「何を言っているのですか……!?」


「王妃よ、いや、妻よ。我はそなたを愛している」


「そんな、嘘ばかり!」


 信じられないだろう。今まで態度で示すことを怠っていたのだから。


「嘘ではない」


「だって、メイドと浮気をしているのでしょう!?」


 誤解だ。


「誤解だっ!」


 まさかサリアとの休憩がそんなふうに捉えられていたなんて。いや旗から見たら男女の逢瀬だろうと、頭の冷静な部分が告げる。


「サリアよ、誤解を解いてくれ」


「はい」


 するり、と洗練された動きでウサギ獣人のサリアが出てきた。


「やはり若い娘の方が……」


「私と陛下はそのような関係ではありませんし、あり得ません。、王様は無理ですね。タイプじゃありません。同年代くらいじゃないと」


 ちら、と王を見るサリアは、諦めたようにため息をつき言った。あまりにも不敬であるが、王にとっては有り難い。サリアのその顔は『どうにか庇ってくださいね』と言っている。


「我も若すぎるのは無理だ!」


 そして、王妃の瞳を見つめる。なんと綺麗なのだろうか。


「我が愛しているのはそなただけだ。我の先祖に誓おう」


 その血にかけて誓うと言った。これは王にとって重い誓いだ。


「へ、陛下……」


 王妃は顔を赤らめた。


「私も、お慕いしております……」


「サリアと会っていたのは、サリアと我が趣味を同じくする同士だったからだ。もう女として見れない」


「私もです。陛下のことは尊敬しておりますが、男性としては、見る事ができません」


「そして息子よ」


 大事な息子だ。立派に育ってくれた。


「は」


「そなたの事も、大切に思っている。今宵は久し振りに語らおうではないか」


「父上……!」


 そして、王は周囲を見た。その表情は様々だ。


「我は臆病者だ。本心を隠し、壁を作り人と接していた」


 静かに告白する。


「民や家臣を想う気持ちに偽りはない。しかし、我はもっと心の壁無く皆と触れ合いたい」


 ちらりとミツルを見る。その表情に、変化はない。


「我は厳格に振る舞えば人の心は集まると思っていた。だから無理をしてでもそのようになればいいと思っていた。しかし、そのせいで弟とすれ違ってしまった。

 何を今更と思うだろう。われはこの国をもっと良くしたい。政策の方針は変わらない。ただ、我はもっと皆と仲良くなりたいのだ」


「私も、です」


 王妃が穏やかに言う。


「私も黒の勇者に気付かされるまでは、陛下に何も言えませんでした。だけど、これで変われた。これからは陛下と共に国の発展に尽力していきます。どうかお力添えを」


 そして、美しく笑う。


「第一王子として、俺も手伝おう」


 親子が揃った。にわかに周囲がざわめく。しかし、そのざわめきは嫌なものではない寧ろその逆で、変化に対する期待だ。


「モヘンジャモロ、ですね」


「なんだそれは」


「奇跡の起こる魔法の言葉……黒の勇者に教わりました」


「そうか、モヘンジャモロ……黒の勇者よ、ありがとう」


 すくっと、黒の勇者が立ち上がった。庇護欲を掻き立てられるような女顔も、今では随分男らしく見える。これはこれで推せる。


「いえ、お役に立てて嬉しいです」


 そして笑った。これで、全てが解決できたと思える、そんな笑みだった。













 しばらくして、黒の勇者は帰っていった。富も地位も欲さない、きっぱりとした態度だったと伝えられている。

 国は黒の勇者に大きな恩を感じ、その交流は長く続いたという。


 後にこれは『モヘンジャモロ会議』と呼ばれる有名なものとなり、『モヘンジャモロ』という言葉は奇跡の起こる魔法のおまじないとして獣王国に広まった。
















おまたせしました!やっと終わりました。いつか書き直したい。プロットちゃんと立てろ。

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