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62話  「だから、巴となら一緒に死ぬ事ができます」

特に大した内容でも無かったのに難産だった……

 







「な、何故僕達に……!?」


 何故だ? 聞く相手を完璧に間違えている。俺じゃ夫婦間の争いなんてどうにもできない。


「聞きましたよ。黒の勇者なのでしょう?」


 信じたのぉぉぉぉ!? え、どのタイミングで!? なんでぇ?


「えっ、とその……違いますけど……」


「いいえ、隠さないでください。黒の勇者な・ん・で・しょ・う?」


 有無を言わさぬ迫力。これ、認めるまで食い下がって来るやつだ。


「ご想像どおりです」


 はいって言ってないからセーフということでここはどうでしょう。


「そうですよね……私は聞きたいのです。あなた達二人がどうしてそんなに円満なのかを」


 えっと、巴のこと?


「黒の勇者と女戦士はあるときは盟友のように、あるときは恋人のように寄り添いあってきたと聞きます。だから、教えてほしいのです。あなた達はどのようにして関係を保っているのか」


 あー、これアレだな。俺と巴の関係を勘違いしてるやつだ。だーかーらー、付き合ってないって! 巴はそういうんじゃない。なんで男女ってだけで仲良しだとそんなに言われなきゃいけないんだ。


「僕達、恋愛関係ではないの。お役に立てるかどうかわからないのですけど……」


「いいのです……私達は、その段階にすら入ることができていないのですから。あなた達の話を聞きたいのです。どのようにして出会ったのですか?」


 おわ、これ結構追い詰められてる系のやつだ。目が尋常じゃない。話すまで返してもらえないな。



「そうですか……では、お役に立てるかどうかは分かりませんが──」


「ぜひ」


「そもそも、僕と巴は従兄妹どうしなので出会ったのは幼少期なんですよね。産まれたときから側にいた存在です」


 巴はエコー写真の頃から可愛かった。異論は認めない。え? エコー写真に可愛いもクソもない? よろしい、ならば戦争だ。


「なるほどやはり時間をですか……」



「それだけじゃないです。僕の人生で辛いことがあった時、隣で元気づけてくれたのは巴だし僕のために命を掛けてくれたのも巴。最後に信じられるのも巴だけです。

 だから、僕も巴の為ならどんな事だってするし命だって惜しくない」


 巴がどうにかなりそうって考えただけで呼吸止まりそうだけど。


「だから、巴となら一緒に死ぬ事ができます」


 依頼とか失敗して死ぬことになったとき、本当は巴が死ぬのは嫌だけど最期に巴が隣で一緒に逝ってくれるならそれは最高にいいことだと思う。


「そう……ですか」


「巴は僕にとってなくてはならない存在です。居なくなったりしたら……死ぬんじゃないでしょうかね?」


 自殺とかそういうんじゃなくて、ほら例えば空気なかったら生き物って死んじゃうじゃん? それと一緒で、巴がいなかったら死ぬと思う。

 だから第一王子如きに巴を盗られるわけにはいかない。あ、お后様を味方にすればいいんじゃないか? これ。


「つまり、自分の命より大切だと?」


「当たり前じゃないですかぁ」


 俺の命は巴のものだし。巴が俺の事を必要としているから俺の人生には価値がある。


「そんな、私には……無理ですね」


 あらら、やる前から諦めてら。こんなんじゃ愛なんて得られない。

 それに、俺と巴はかなり特殊な自覚はあるっちゃある。真似しようとしたら潰れるだけだ。


「モヘンジャモロ」


「今なんて?」


 おっとついつい。


「なんでもないです。でも、人間関係を保つには努力が必要ですよ?」


 親子だって努力しなけりゃその関係は虚しいものになる。なってしまう。そういうのは見たことがある。

 努力というのは、巴の隣に並び立とうとするようなものとは少し違う巴を理解する為の努力だ。


「努力……」


 もきゅもきゅとお菓子を可愛らしく頬張る巴をチラリと見る。機嫌が良さそうだ。


「はい。僕だって巴のことを愛してるし誰より長い時間を巴と過ごしてきた。でも、巴を理解しようと努力をしなければこうなっていたかどうかは微妙ですね」


 巴を理解しようとしないで自分の考える“愛情”だけを押し付ける俺……うぅ、寒気がする。


「わ、私だって……!」


 ガタリと立ち上がるお后さま。


「悩んだでしょう、考えたでしょう、理解しようとしたでしょう?」


 少し意地悪をしてしまった。でも仕方ないね。愛って難解だしお后さまには味方になってもらわないと。


「僕はあなたが、努力していないなんて言いません。辛かったでしょう? 寂しかったでしょう。それは解消されるべきだし報われるべきだ」


「そう、ですか? 私は……」


「ええ、間違っていない。何も間違っていないのです」


 お后様からの信頼は是非欲しいのだ。その為にアドバイスをしよう。


「あなたは悪くない。ただ、1つ足りなかっただけ」


「それは、なんですか?」


「勇気」


「勇気?」


「そう、自分の悩みを陛下に打ち明ける勇気です。最近いつ、陛下とお話しましたか?」


 会話不足はすれ違いのもとだ。まぁ、話して劇的に変わるかは微妙だし、もしかしたら悪い方に進むかもしれない。そうなったらクラリーヌとアキルクとシンク引っ掴んでここから逃げればいいだけ。巴がいればなんとかなる。


「それは……でも、陛下に嫌われたらっ」


「そんなことありませんよ。陛下もきっとあなたとお話したいはず」


「そうでしょうか……」


 あとひと押し。


「ここで怖がってはいけません。勇気を出せばあなたの未来は素晴らしく変わりますよ」


「未来……勇気を出す……」


「そのとおりです! お后さま!」













 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー














(始まった。洗脳する気じゃないよね)


 巴はお菓子を噛りながら横目で満を見る。ちなみに隣のブッカは緊張しながらも満の話しを一生懸命に聞いている。なんとも微笑ましい。

 満の巴に対する愛を聞いていたので機嫌がいい。満にとって巴が生きる意味なら巴だってそうだ。満がいなければ自分に価値は無いとすら思うときがある。満が愛してくれるから自分に価値が産まれる。実際、巴の才能ならばどこにだって必要とされるだろうけど何億もの人間に必要とされるよりも満一人に必要とされる方が巴の人生は輝く。


(このお菓子、美味しいぞ。クラリーとかのお土産にできないかな……)


 さて、その最愛の相棒の説得が始まった。満は、相手と対等の立場で交渉することは殆ど無い。満の説得とは“相手の心を掴みいいように動いてもらう”ということだ。そのことに関しては満の右に出る者はいないと巴は思っている。時々、満は自分のことを「ただの器用貧乏」と語るが、巴はこれを見るたびに「器用貧乏とはなんぞや」と思う。

 少なくとも、ただの器用貧乏は相手の心を的確にへし折り屈服させ自分の支配下に置いたり、信奉レベルで尊敬の念を集めたりはしない。

 最近はそのような事は無いが、満には人を虜にする不思議な人望のようなものがある。

 意識的に人に好かれるような素振りはするが、それとは別の魅力だ。


(この人を洗脳するつもりは無いな)


 最盛期(と巴が勝手に呼ぶ時代)は本当にひどかった。それは自分のせいでもあると巴は思う。


(あーあー、すっかり満の話に夢中だよ。満かわいいもん、仕方ないよね)


 人の良さそうな顔で微笑み優しく理解者になる。一度心を掴んだら満の独壇場だ。

 ちなみに、そんなに可愛い顔で寄られて無下にできるわけないだろう、というのは完全に巴の主観だ。








「未来……勇気を出す……」


「そのとおりです! お后さま!」


 完全に落ちた。彼女は今晩にも獣王に話すだろう。どうなるかは知らない。それは満の仕事だし最悪クラリーヌとアキルクとシンクを引っ掴んでここから逃げればいいだけの話だ。満がいればなんとかなると思う。







「では、失礼します」


「失礼します」


 しばらく話し、お茶会はお開きとなった。お菓子をいくつか懐に忍ばせ頭を下げる。


「あ、あのっ」


 すると、ブッカが初めて声を上げた。


「ボク程度、話すこと失礼です……でもこれだけは、伝えたい“モヘンジャモロ”です」


「「えうっ」」


 巴と満、二人して変な声が出る。


「モヘンジャモロ……それは」


「いいことが起こる奇跡の言葉です」


「そんな……?」


 どうやら、満が適当に口にした言葉はブッカの中で大変重く受け取られていたらしい。


「ミツルさんが言ってました。信じれば救われる。信じればいい、と」


「言ってないけど?」


 満の呟きは巴だけが聞き取った。


「分かりました。モヘンジャモロ、ですね」


 王妃が深く頷いた。


((う、受け入れられたーーー!!!))


 満も同じ事を考えているのが分かる。


「はい! では失礼します」



 そして、三人は部屋を去った。




 この後、モヘンジャモロという言葉は大きな意味を持つようになるのだが、それを知るものはいない。


















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