59話 遅すぎるクリスマス番外編 「俺、すっげー雑に出来たらやって! みたいな感じで言っちゃったのに……。すげー。ありがとう」
遅刻!!!
「…………暇」
「それな」
今は夜。良い子はおねんねしているだろう。実際、いい子のシンクとアキルクは早々に寝室に入ってしまった。クラリーヌはいい子だけどマッドサイエンティストなので何か作っている。
悪い子の俺たちは、だらっとベットに横になりながらも寝ていない。
「いや、寝てもいいんだけどさ。なんか寝たくないじゃん」
「わかるー。かといって積極的に動きたくないから延々とハンドグリップ動かしてる」
巴の両手には、ゴツいハンドグリップが握られている。
「あぁ、3個目の握力150キロ級のハンドグリップね」
他の2個はどうしたかって? 俺の足元に破壊された状態で転がっている。巴の握力に負けてしまったのだ。
「ごめんねシンク」
「ほんとだよ」
明日直せないかクラリーヌに聞いてみよう。
「百物語でもする?」
「俺がこっちの世界に持ってきた数少ない式神たちが元気になる可能性があるけど大丈夫?」
「因みに元気になったらどんな感じになる?」
「俺が徹夜することになる」
それに、藪蛇するかもしれない。こっちの怪異には詳しくないんだ。
「んー、じゃあ可哀想だからやめとく」
巴がぐーっと伸びする。
「ありがとう巴さん」
あー、暇だ。でも巴と一緒だしいいや。
「でも何か忘れてる気がするなぁ……こう、イベント的な……」
「この時期になんか大切なアニバーサリーがあるはずだって? んな馬鹿な」
忘れるか? そんなん。
「こう、リンリン鈴が鳴ってるかんじの……」
「それは……赤い衣を纏いし老人が子供のいる全ての家庭に不法侵入する権利を使用できる日のことかい?」
わっすれってたぁー。
「そうだよ。すっごい有名な宗教作った人のバースデーだよ」
お前も直前まで忘れてただろ。何ドヤ顔してんだ。こら、上に乗るんじゃありません。あー、巴のほっぺ柔らかい。
「この世界にかの有名人が出没していなかったせいですっかり忘れてた。
思い出したらやりたくなってきた。やろうぜ」
「やろう。そうと決まったら準備じゃよ。ケーキとかケーキとかケーキを作るのじゃ」
ケーキ食べたいだけだな? 俺も食べたい。どうせならここにいる全員巻き込もう。
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「と、いう訳で今日から今日がクリスマスです」
朝、起き抜けに言ってみる。
「いや、どういう訳っすか!?」
「お祝いしようってことですのね? それにしても急すぎでは? 何をする日ですの?」
よくぞ聞いてくれたなクラリーヌ!
「食って騒ぐ日!」
ごめんなさい。日本では最早そういう日なんです。リア充爆ぜろとか思ってないよホントだよ。
『やりたいです!』
《たのしそうです》
おお、シンク。やる気満々だな。
みんなも、何だかんだ言いながらノッてくれるらしい。いい人たちだ。
「じゃあ早速準備するぞ!」
「んー、チキンチキン〜。いいチキンはいないかなー」
あ、ロックバードいたわ。
「巴選手ー、いっきまーす!」
「ういー」
巴が、空をゆうゆうと飛ぶロックバードにトランプを投げる。シンクが地球のものを調達できるおかげで全くトランプの在庫を温存していない。
「……どうなったんすか?」
「トランプはキレイに飛びながらロックバードの喉笛を切り裂き降下。急所を的確にやられたロックバードも降下中。走るぞ!」
ロックバードでかいからな!
「うっす!」
「あちゃー」
やっべ、大事故になるとこだった。
「兎みたいな気軽さでロックバードって、感覚おかしくなりそうっす」
というアキルクの呟きは聞き取られなかった。
「急すぎませんこと?」
買い物と食材はあちらがやってくれるという事なので、クラリーヌとシンクは部屋の飾り付けをしていた。この『おりがみ』というやつを輪っかにしてチェーンのように繋ぐという作業をさっきから繰り返している。
目の前のシンクも、姿こそ見えないがセッセと作っている。このあと、木を飾るらしい。それの飾り付けを作るのも頼まれた。自分は錬金術師だ。何をさせようとしているのだろうかあの男は。『無理だったらシンク頼って!』と言われたらやるしかない。出来ないなどと思われるのは癪だった。
《ふたりとも、いつもいきなり》
「そうですわね。いつも予想不可能なことばかりしていて……」
ミツルはいつも奇想天外な事ばかり言って動き回ってるし、トモエはトモエでおとなしくしているかと思えば猫のように気まぐれで何をしでかすかわからない。
《でも、たのしいです》
「そうですわね」
だが、だからこそこの生活は楽しい。それに、こんな大騒ぎに巻き込まれるのは嫌ではなかった。
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「ただいまー」
「おかえりなさい」
帰ってきた。結構疲れたぞ。なんか買い物って戦闘とは別の体力使うよな。
だけど休む間もなく、というか妙なアドレナリンが出たのか休むという選択を一切せず準備は続いていって………。
「あ~。大きさ考えてなかった。ロックバードでかっ。ケンタ○キー方式で大丈夫?」
『けんたきーってなんですか?』
「サラダ作るっすよ! うわ、虫!」
「新鮮ってことですのね」
「飾り付けをしますわよ」
「「ツリーーー!」」
「うわ、ツリーの飾り付けの完成度やばば」
「突貫でつくりましたの。もう、これからは事前に言ってくださいまし」
「さすがクラリー」
「俺、すっげー雑に出来たらやって! みたいな感じで言っちゃったのに……。すげー。ありがとう」
「うわ、お肉焦げるっすよ!」
「きゃー」
「わー」
「ふぅ、という訳でお疲れ様でした! 付き合ってくれてありがとう!」
あっという間にクリスマスパーティーが始まった。
「それではかんぱーい!」
「「「「『かんぱーい!!』」」」」
「ヒヒーン」
今日は特別にマーレイも居間に連れてきた。大量のにんじんを咥えて満足そうにしている。
結局、フライドチキンとローストチキンはどっちも作った。パンもあるし米もある。アキルクが作ったサラダもある。うん、ぜんぶ美味しそうだ。
沢山あるけど、このメンツなら(というか俺と巴が大食いなので)今日中に食べ終わるだろう。
「やっぱ新鮮なの狩ってきて良かった」
「この輪っかのやつは何すか?」
アキルクが輪っかに指を指す。シンクに折り紙を沢山出してもらった。
「折り紙で作る伝統的な飾り付けだよ」
「お祝いの席ではこれを作るようですわね」
《おりがみ。たのしいです》
「折り紙、他にもいろいろ作れるよ」
巴が、ちゃちゃっと鶴を折る。
『すごい!』
「どうなっていますの?」
「上手っすね!」
どうやら折り紙のウケはいいようだ。楽しいもんな。昔めっちゃやってた。パンダとか折れるぞ。サンタさんでも作っちゃうか?
そして、会場は折り紙大会となりそして大騒ぎで時は過ぎ……。
「フッ、クリスマスが終わったと思ったら大間違いだな!」
「違いない」
暗闇の中、久々に仕事用のスーツで完全に決めた俺と巴。リビングにいる。何をするかって? サンタさんだよ。プレゼント渡しに行くんだよ三人に。なんの為にお買い物班になったと思ってんだ。前々から三人にプレゼントを買おうと思ってたんだよ。
まさかその場の思いつきだなんて言えない。
あー、サンタさんが複数いたって構わないだろ?
「懐かしいな」
「ちっちゃい頃、サンタさん捕まえようと思って張り切ったもんね」
「そうだな」
これが普通の家庭だったら微笑ましいエピソードで終了するんだろうけど、ここにいるのは死渉の人間だ。親戚を殺しかけたのはいい思い出である。おじさんの首筋に残る小さな傷跡は、自分の娘(つまり巴)に付けられたものだ。
そもそも、子供の頃から勘の良い死渉の部屋に侵入してプレゼントを置くなんて一部の人間にしかできない無理ゲーだ。
おっと、脳みそが過去に。
「それじゃ行くぞ。巴はクラリーヌ、俺はシンクとアキルク」
ただまぁ、この三人の部屋に侵入するなどお茶の子さいさいだ。問題はクラリーヌが寝ているかどうかである。
「了解」
そして、次の瞬間二人の姿はその場になかった。
全部終わってリビングに戻る。
はっはー、アキルク。俺が暗殺者だったらお前は死んでたぜ。ぐーすか眠りこけよってからに。
シンクの『かえるさんがうさぎさーん』とかいう寝言はビビった。どういう意味だ。
「おつかれ」
巴はすでに戻っている。
「どうだった?」
「クラリー寝てた」
「そっか」
じゃあ成功したんだな。しかし、俺のサンタさん業務はまだ終わっちゃいない。
「巴」
「ん?」
巴の首にマフラーを巻く。よし、よく似合ってる。てぶくろもあるぞ。いつも使ってる戦闘用とは違う普段用だよ。
「メリークリスマス! 巴。いつもありがとう」
巴がにへらと笑う。かわいい。世界一かわいいぞこれ。
「ありがとう満。あのね。私も用意したんだよ」
そう言って巴が被せてきたのは……。
「マフラー?」
「てぶくろもあるよ」
「おんなじって事か」
色は被ってなかった。
「気が合うね」
「そうだな。気が合う」
まさか、同じものを買ってたなんてな。巴サイコー。
屈んで巴を抱き上げる。それによって、巴の目線のほうが俺より少し高くなった。
「ありがとう巴」
巴に頭を抱きしめられる。顔が巴の体に押し付けられる。落ち着くなぁ。
「あのね、この世界に一人で来たら耐えられなかったと思うの。
これまでもそうだし、これからも満がいるから生きてる。ありがとう」
「俺もだよ」
巴がいなかったら、生きている意味なんてないしその前に死んでいた。精神的にも肉体的にもどっちもだ。
「これからも宜しくな。俺の相棒」
誰よりも大切で愛おしい。
「うん、よろしく」
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「いい子だからね」
今日は最高のクリスマスだ。
その後、サンタさんの存在を完全に信じたシンクのためにこの日には毎年俺はサンタさんをすることになった。アキルクとクラリーヌは信じてくれなかった。残念。




