58話 「一年位滞在してくれないかなぁ」
城に帰って、王様に挨拶して、部屋に戻ってやっと一息つけた。それにしてもあの王様怖い。何あれ怖い。『暫く滞在するがいい』って言うときの顔が怖かった。なんであんなに凝視するの? なんかした? 激怒直前レベルで顔がヒクヒクしてた。怖い。
「なんか、やっと落ち着いた気がするっす」
「そうですわね。久し振りにちゃんとお話ししましたわね」
「はぁー、陛下がみんなの住む場所を保証してくれるってんで、ようやく安心したぜ。俺は」
今、村人たちは国の人に連れられて新たな場所に案内されている。次期村長のラグはそっちに合流していった。
「トールフ、お疲れさま。ありがとう」
ミーユが、トールフを見つめる。お前らいい雰囲気だな。
「そうだ。トールフは村の英雄だ」
「いや、この国の英雄だよ。なんか知らんけど、この話広まってんだろ?」
どうやら、今獣王国はこの話で持ちきりらしい。トールフの役どころは、村のために身を削って働いた勇敢で優しい青年だ。それは間違いではない。寧ろ、正解にちかに近いだろう。
「王様が滞在しろって言ったのも、そのせい?」
「そうだな。でも、どれくらい居ればいいんだ?」
暫くって、なぁー。ちゃんと期間を言ってくれないと難しい。社交辞令だったりしない? 真に受けちゃうよ?
「そうですわね。早すぎても王様の顔に泥を塗ることになりますわ。しかし、獣王は潔い者を好みますの。長く居すぎてもよくありませんわね」
「なるほどなー」
じゃあ、一週間からニ週間以内を目指すか。くそ、あの第一王子と一週間も同じ空間で過ごすのか……。チッ、クソが。隙あらば嫌がらせでもしてやろうか。ケッケッケ、靴下を全部裏返しにした後にデタラメなペアにしてくれるわ。
「満、顔が悪人」
「いっけね。みんなが抱く俺に対する聖人イメージが崩れちゃう」
「聖人……?」
おい。
「違うぜミーユ。あいつは聖人じゃない」
おいトールフ。
「聖人っていい人の事っすよね? え、ミツルさん……?」
アキルク、ガチの困惑してんじゃねぇよ。
「辞書をお索きなさいな」
スッて差し出すんじゃないよ。クラリーヌ。おい。
「なんだよお前らの団結力」
「んふっ、ふふふ……」
「おい巴、笑ってんじゃねぇよ」
口元抑えて下向いて震えてんじゃねぇよ。伝わってくんぞお前の振動。泣くよ、そろそろ。俺も狙ったけどさ。
『ほら、他にもいいとこ有りますし……』
「シンク、お前まで……」
俺がそう言うと、みんなが笑い始めた。なんだよもう。
でも、あれだ。すっごい久し振りな気がして安心する。
「ミツルさんは、強くてかっこいいです!」
「ありがと、ブッカ」
なんでこの子はこんなに俺を慕ってくれるんだ?
「いい子だなぁ」
『わ、私はどうですかっ!?』
シンクが慌てたように俺を見る。安心しろよ。
「お前もいい子だよ」
『やったぁ!』
「よかったね」
『ありがとうございます……あ!』
《ありがとうございます》
「うんうん。満のとこの式神は幸せそうだね」
「そうか?」
そうだったらいいなぁ。みんな元気かなぁ。忘れられてたら悲しいけど、俺を忘れて他の人のところで幸せになってもらいたい。
ぴくん
前の世界に思いを馳せていると、背中に緊張が走った。これは……。
第一王子につけた式神か。よーし、音声つきで戻ってきたな。いい子だ。
「ストーカーの始まり?」
「黙らっしゃい」
ほら、城中に式神付けてるのも必要だからだよ。
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「一年位滞在してくれないかなぁ」
「無理だと思いますけど」
獣王の呟きを、ウサギの銃人メイドのサリアが否定する。彼らの関係は、本来あってはならないが本人たちは納得している。
「なんでだろうねぇ、滞在してって言ってもみんなすぐ帰っちゃう」
サリアといると、獣王の口調は大いに乱れる。安心しているせいだ。獣王の趣味を大っぴらに話せる者はサリアぐらいしかいない。
「潔い者を好むって噂が広まってますからねぇ」
獣王はダラダラと滞在期間を伸ばすような者を好まないという噂は、本当のこととして広まっている。
「いや、滞在してもらいたい人たちって殆ど推しだから幾らでも居てもらいたいんだよねぇ、逆に」
「無理でしょうねぇ」
サリアがお茶をすする。
「だよね……てかさ、知ってる? 黒の勇者」
「ミツル様が生まれ変わりらしいと」
「……やばくない? 黒の勇者大好きなんだけど」
男の子なら、一度は憧れるものだ。それは、獣王とて例外ではない。本好きな獣王は、黒の勇者にも詳しかった。
「確かに似てるとこ多いよぉ……いいわぁ」
「女戦士はトモエ様らしいですね」
「そうそうそうそう。やっぱり推し……」
「アキルク様はどうやら、宿命を背負し伝説の回復師の隠し子らしいですね」
完璧な円の評価は、どんどん斜め上の方向に進んでゆく。
「正体を隠した闇の錬金術師クラリーヌ……」
「黒の勇者を探し出し、またもやその守護を与えた赤蛙」
二人はため息をつく。
「「はぁ〜。いいわぁ〜」」




