57話 「まさか、赤蛙を守護神に憑けているとは……」
『なんだかとっても、久し振りな気がします』
シンクと同じ馬に乗る。これから、他の村人を連れて獣王国に戻るのだ。
「そうだな。一人で寂しくさせてごめんな」
「実は満はこころの病気で………嘘うそ、そんな目で見ないで満。
えーっとですね。陰陽師なスピリッツがアレしてこうして……」
訳がわからないというような様子の周りに巴が咄嗟にデタラメをぶっこくが、巴はそういうのは苦手だ。
巴、大丈夫。ありがとう。俺が言い訳するから。最初からこうしていれば良かった。てか、トールフの依頼を受けたときからこうしてればよかったんじゃないか? アホだな俺。
「実は、僕には守護神が憑いているのです」
式神だし。似たようなもんだろ。違うけど。
「しゅ、守護神……?」
周りがすっごいざわつく。そこ、可哀想な子を見る目で見るんじゃない!って、よく見たらアキルクとクラリーヌじゃねぇか! 覚えてろよ! 守護神のような概念があるのはもう知ってるんだよ!
えーい、どうにでもなーれ!
「ええ、本当はあまり人に知られてはいけないのですが、守護神の方が皆さんを見たいと言い出して……」
『私、そんな事言ってませんけどぉ⁉』
シンク、シャラップ。
「信じられないかもしれないですよね。しかし、これを見てください」
シンクに黒板を持たせる。すると、周りからは黒板が、宙に浮いているように見えるだろう。
シンクがいる証明になる。
「これが守護神です」
「「「おぉー」」」
うーん、インパクトが足りない。適当に式神を出しておこう。えいやっ…………あ、違うお前じゃない。お前じゃないんだ。うっかり違うの出しちゃった。
「違うんだ目引ぃ……」
思わず口の中でヤツの名前をつぶやく。
「ゲコゲコ」
蟇の式神、名前は目引。お前じゃないんだ。いや俺はお前の事好きだけど世の中の人全てが両生類を好むわけではないんだ。寧ろ嫌われがちなんだ。でっかい蟇はまずい。
「実は僕の守護神は蟇……蛙なのです」
『えっ、私、かえるだったの……?』
ごめん、シンク。
「蛙だと⁉」
「やはり!」
「本当だったんだ……」
流石に、叫び声を上げながら逃げるようなことは無かったが、みんな怯えたような顔をして引き下がる。
あー、誰も幸せにならないー。膝から崩れ落ちる兵士や第一王子……第一王子⁉ 貴様、蟇に怯えるようなタマだったのか⁉ それでよく巴が自分のものにできると思ったな! 毎晩お前の部屋に大量の両生類を入れてくれるわ! こちとら幼少期は毎日のように両生類とか爬虫類とか齧歯目と戯れてたんやぞ! わかっとんのかワレ? おおん?
とりあえず仕舞っとく。えいっ。
「すいません、守護神がどうしても皆さんにお会いしたいと言うので……驚かせてしまって……」
申し訳なさそうな態度をとる。もちろん、馬からは降りる。
「いや、いいんだ……しかし……」
そこからは何かブツブツ言い始めたので無視しよう。
「すいません。では、行きましょうか」
そうして話を無理矢理ぶった切って俺達は進んだ。
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蛙扱いされた……。シンクはぶすっとして満の身体にもたれかかる。
『わたし、カエルじゃないんですけど』
やっと満に会えたと思ったら、知らない人が大量にいる所に連れて行かれて、意味不明の称号をつけられた。
「ごめんて」
申し訳なさそうに満が言うが、シンクはプイッと顔を背けた。
『色んな人に蛙だと思われちゃったじゃないですかー!』
「ほら、目引は悪いやつじゃないから。友達になれるって」
『喋れるんですか⁉』
しかし、シンクの怒りは長く続かない。しめたと思った満が、子供をあやすようにして話を続ける。
「うん。シンクみたいに滑らかな会話は無理だけど、気持ちはわかる」
『それは楽しみです!』
シンクに蛙を気持ち悪がるような精神はない。そもそも、生まれた瞬間に蛙の姿をしたダンジョンマスターに顔を掴まれても平気だったのだ。そして、満の式神とそのダンジョンマスターを関連されるような事もしない。あまり物を考えないから、というより満を信頼しているからだ。端から疑う気がない。
「だろ。獣王国に行ったら会おうな」
『はい!』
先程までの怒りは頭から消え去り、シンクはもう機嫌を直していた。
それに、獣王国で一緒に買い物をしようと約束している。それだけでも嬉しい。
シンクはダンジョンマスターで、満は満で忙しくて禄に買い物をしたことが無い。シンクの招待について知っている他の面子どころか、満とも出かけたことは、ほとんどない。
『約束、守ってくださいね?』
「ん? あぁ。必ず守る」
『やったぁ!』
満と手と手が触れ合うたびに心臓が跳ね上がったような気持ちになる理由に首を傾げながらも、シンクは馬上ではしゃいだ。
「落ち着け落ち着け」
赤子をあやす様な満の隣りに、巴が馬を勧める。
「満とのデートに喜んでるの? 久しぶりっていうか、初めてだよね?」
「そういえばデートだな」
『デートっていうんですか?』
「デート自体知らなかった」
シンクの声が聞こえない巴に満が説明する。
「二人きりで出掛けることだよ」
シンクが嬉しそうに言う。
『そうなんですね! ふふー。ミツルさんとデート!! やったー! えへへ』
素直に喜ぶシンクを見て、満が微笑む。泣きじゃくりながら抱きついて来たときはどうしようかと思ったが、元気を取り戻してくれて何よりだ。
「よかったねぇ」
巴も、珍しく笑みのようなものを口元に浮かべた。
そして周りはそれを遠巻きに眺め、ため息を洩らしていた。
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「まさか、赤蛙を守護神に憑けているとは……」
「正に黒の勇者そのもの」
黒の勇者が赤い蛙のモチーフを好んで使っていたのは有名な話だ。絵本にも赤い蛙は出てくるし、少し調べればエピソードなどいくらでも見つけられる。
「やはり、本当の話だったんですね!」
そう話す第一王子レグナムと兵士長ドグラに、一人の兵士が聞いた。彼も、満の黒の勇者伝説を聞いていたのだ。
「あぁ、間違っているものか。あの特徴的な黒髪、相棒である最強の女戦士、そして守り神の赤蛙」
「しかも、女戦士との前世の因果を覚えているらしい」
「何度も輪廻を繰り返し、相手を探し、何度もめぐり逢い……なんて運命的なんだ……!!」
ある者は黒の勇者が遭遇したであろう剖検の数々を想像し胸を膨らませ、ある者は黒の勇者と戦士はの運命に胸をときめかせ……。思い思いの妄想を育て続けた。
そして……。
それぞれの知識と憶測と願望が絡み合い、そしてアキルクとクラリーヌも巻き込まれ、最終的に『ミツル・シワタリは、前世の記憶がある世界を救うために転生した黒の勇者(守護神付き)で、なんか勇者のすごいパワーが使える。そして、最強の戦士トモエ・シワタリ(手からビームが出る)と運命的な再開をした。一族の宿命を秘めるヒーラーと、暗黒のレシピを持っている錬金術師と出会い、世界を救う旅に出ている。彼らの冒険は始まったばかりだ』となった。
その事を把握している完璧な円の面子はまだいない。




