56話 「そりゃあ、ミツル・シワタリは“黒の勇者”ですから」
そういえば時系列書いてませんでした。迷宮に戻る途中くらいです。
「…………お前……俺………が…好き………」
強い風が吹いていた。普通の人間では、至近距離での会話もストレスなく行うことはできないだろう。しかし、レグナムは獣人であった。微かにだが、ミツルの声を聞き取ることができた。
(お前は、俺が、好き?)
それでも全てを聞き取ることができなかった言葉を、頭が勝手に繋ぐ。
(お前は俺が好き?)
しかし、この言葉は確実に耳に届いていた。注意深く獣耳を動かす。それ以上、ほかの言葉を聞き取ることはできなかった。
「そんな……まさか」
でも、もしそうだったら。ミツルをみると、もうそっぽを向いていた。トモエと話している。
やはり、恋愛感情は抱いていない。しかし、ミツルのことが気になるこな気持ちが“好意”というものに分類されるのは頷ける。
そうか、自分は彼に好意を抱いていたのか。
レグナムは、人付き合いが苦手だった。
父王を目標とするレグナムは、小さい頃から威厳あふれるよう努力してきた。生来の生真面目な性格も手伝って、今では若いながらも頼れる王子として知られている。
しかし、人付き合いに関しては圧倒的に経験値が少ない。友人と呼べる者も多少ならいるし、恋心のようなものを抱いたこともある。が、特に恋愛に関しては成就したことがなかった。
だから、だからこそすんなりとそれが納得できた。
(なるほど、友情とも恋慕とも違う好意を感じているのか!)
名前は知らないが、そういう事だろう。嬉しくなって馬を進めた。
「しかし……」
疑問が出てくる。
何故ミツルはそれを知っていた? どうしてレグナムの気持ちが分かったんだ? そして何故それを伝えてきた?
「そりゃあ、ミツル・シワタリは“黒の勇者”ですから」
レグナムがその疑問を口にすると、兵士長のドグラはそうあっさりと言った。
レグナムとドグラは昔からの知り合いだ。レグナムはドグラに剣を教わったこともあるし、信頼できる人物だということも知っている。
つまり、ここで冗談を言うような人物ではない。
実際、ドグラは信じきったように言っている。
“黒の勇者”とは、獣王国に伝わる伝承のような英雄談だ。獣王国の子供なら皆、親に寝物語に聞かされ、憧れるだろう。
実は、あれは史実でもある。
「続けろ」
馬鹿馬鹿しいとも思ったが、一応聞いておくことにした。とりあえず、馬を隣りに並べる。風が強くて離れていては会話ができない。
「いや、怪しいと思ってたんですけどね。共通点が多すぎると思うんですよ」
「なるほど」
言われてみれば、類似点は多い。目立つ黒髪に圧倒的なつよさ。相棒の少女。
「だが、読心術の心得は無かったはずだ。黒の勇者には」
「いーえ、確かに絵本版には載っていませんが、黒の勇者について調べると色々出てきますよ。
その中に、人知れず人の悩みを解決していたというものがあります。きっとそれでしょう」
「なるほど……」
その他にも、ドグラは黒の勇者とミツルの共通点について語った。もしかしたら、自分の考えを誰かに話したかったのかもしれない。
すると、レグナムもだんだんそれに影響されてきた。それに、黒の勇者が本当にいればいいのにという、少年のような好奇心も出てきた。ドグラの話も筋は通っている。
「もしかしたら、そうかもしれないな」
馬を走らせるミツルに英雄の風格のようなものさえ感じ始めていた。その背中は、自分と比べれば少女のように華奢なのに。
「そうでしょう! やっぱり!!」
「じゃあ、友人の隣りに居た戦士というのもやはり……」
ミツルと馬を並べるトモエの異常なまでの強さなら知っている。決して弱くはない──それどころか強者に分類される──レグナムなドグラでさえ、その動きは理解できなかった。
「トモエの事でしょうな。その戦士は一度戦場に出れば天下無双だったといいます」
「あぁ、それに彼は………何かを変えてくれる気がする」
ただの直感でしかない。しかし、そんな気がした。
「ほう」
「いや、忘れてくれ。ただの勘だ」
「獣人が自分の直感を疑っちゃあいけませんよ」
「それもそうだな」
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第一王子と兵士長さんがなんか話している。なんだか盛り上がっているようだ。それに、チラチラこっち見てるのも気付いてんだよ。盗み見下手くそか。
俺の頭が勝手にアフレコをつけていく。
『フッフッフ……あのトモエを手に入れるにはどうすればいいかな軍師殿』
『フォッフォッフォッ、王子殿も悪ですなぁ……あのミツルとかいうやつが邪魔ですな』
『じゃあ、消してしまおう』
いやいやいや、第一王子はともかく、兵士長さんはそんなことしない……はず。多分。
駄目だおそらくだけど、現実はこんな感じだ。なんとなく聞こえてきた言葉を複合して……。それにしても風が強くて聞き取れない。“黒の勇者”? なんじゃそりゃ。あ、もしかして……。
『ミツル・シワタリ、あいつ黒髪だぞ』
『なにっ黒の勇者と同じ黒髪⁉』
『生意気な……』
『あいつ、何しでかすかわからない。気をつけておこう』
『了解』
……とかそんなところだろう。とりあえず気をつけておこうか。黒の勇者がどんなポジションなのかも知らないしな。
「満、どうしたの?」
「警戒心を高めていた」
「おっとそこに魔物が」
「どこだどこだぁっ! って、いねーじゃんか」
突然叫びだした不審者になっちまったぜ。
「冗談だからね」
「ひどいっ、騙したのね!」
「騙される方が悪いのさ!」
巴がゲス顔をする。
「許さない……」
「私と君は前前前世から因縁があるのさ」
「きみの前前前世前からお前は……」
「君を探し始めていたのさぁっ!!」
なんだと、巴には前世の記憶が……?
「遅いよ」
と怒る俺。
「これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよ」
「キャッ、イケメン!」
許した! これは惚れるな。第一王子が惚れたのもよくわかる。だけどやらんからな。
「でも絶対に前世に因縁あると思うんだよね満とは」
「うん。それ思ってた。前世でも相棒だった」
「いや、ライバル同士だったかもよ」
「兄妹だったり?」
「そうかも。双子かもね」
巴とは従兄妹だからな。親戚だった可能性もある。
「あー、双子かも」
そうやって、他愛もない妄想を巴と繰り広げる。信じてないけど、そうだったら嬉しいなって妄想だ。俺と巴はよくやるから言わずとも分かってる。楽しいなぁ。
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「やはり二人には前世でも知り合っていた……黒の勇者……!」
「その前にも因果が!?」
しかし、満と巴の話を本気にした者がいた。そして、それはその後、城中に広まるのだがそれを知るものはいない。




