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55話  「巴はお前より俺の方が好きなんだよ」

 







 クソッ、なんだあの第一王子!


 俺には関係ない? 国のことだぁ? 巴に関することで俺に関係ない事なんてねぇだろ!

 頭がクラクラする。怒りでどうにかなりそうだ。奴の前でいい人を演じられる自信がない。

 衝動的には魔物を叩き潰すが、気持ちは収まらない。とにかく、無心で武器を振るう。


 殺して、殺して、殺して……。


 辺りが死体の山になっても気が収まらなかった。



ガルザバデーィ(なんだあの動きは)……」


ザィゲナバ(すごい)……」


 兵士たちが何かを言っているが、気にしているヒマはない。


「…………」


 頭の中に、抜けてしまった思考が戻ってくる。


 えーと、俺はいま獣人たちを迎えに行ってて、第一王子にむかついて、魔物を倒した。うん、大丈夫。落ち着け、俺はインケンノサイコティウスだろ? 落ち着け。いや、何言ってんだ。俺は陰険サイコパスではない。ぼくはれいせいです。


「どうしたの?」


「巴」


 巴が俺の顔を覗き込む。いつものように死んだ目が心配そうにしている。かわいい。

 無意識に、巴を抱きしめた。


「うにぁ」


 急に抱きしめられて驚いた巴が変な声をあげた………これあんまり驚いてないな。


「あ、ごめん」


「んー、いいこいいこ」


「ありがとう」


 背伸びをした巴が、俺の頭を撫でる。あったかい……癒やされる。


「どうしたの?」


 ここでは言えない。そもそも、巴は気づいてるのだろうか。巴の顔を見る。あー、知らないなこれ。きょとんとしてる。


「何でもないよ」


 心の中で謝る。全て終わらせてから言おう。


 そして、不安になる。


「巴、居なくなったりしないよね?」


 大切なものは、すぐに俺の前から姿を消す。日常を崩して、嘲笑うようにして。


 母さんは、俺の記憶に宿る前に死んだ。父さんも、死んだ。俺のせいで死んだ。


 巴が死ぬ可能性というのは、この二人よりも低いだろう。死渉特有の丈夫な身体とどのような脅威も避ける強さ。


 でも、それ以外では?


 巴の態度からして無いだろうけど、俺が嫌でも巴は喜んで第一王子(クソ野郎)と結婚してしまうかもしれない。俺に愛想をつかして何処かに行ってしまうかもしれない。巴にもっと大切なものができて、俺なんていらなくなったら?


 明日にでも居なくなってしまうかもしれない。


 結局、巴を守ると言いながら自分のためだ。俺が、巴に居なくなってもらいたくないだけだ。


「いなくならないよ」


「ほんと?」


「うん」


 巴が両手で俺の頬を包み、優しく笑う。


「ずっと満と一緒だよ」


「……巴、ありがとう」


 それだけで、不安が無くなった。やっぱり巴はすごいな。

 再び巴を抱き上げてクルクル回る。わーい。


「よっし、行くぞ!」


「流れるようにいちゃつくっすね!」


「あ、今のいちゃついていたんですの? 日常過ぎて気が付きませんでしたわ」


「すごい遠回しな嫌味を言われた気がする」


 日常過ぎてってどういう意味だ。


「そんな事ありませんわよ?」


「とにかく行こうよ」


「仲がいいのだな。羨ましいかぎりだ」


「お陰様で! お騒がせしてすいません」


「いや、大丈夫だ」


 ふと、第一王子を見る。遠くで何かを呟いていた。怖い顔だ。風が強くてうまく聞き取れない。


「ど……な、んで……」


 なんで? 嗚呼、そういう事か。


「巴はお前より俺の方が好きなんだよ」


 ざまーみろ。


 言いたいことだけ言って、前を向く。ちょっと大きな声で言ったけど、どうせ聞こえてないだろ。











 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー













 そして、長ーい旅路(そんなに長くない)の末ついたのは迷宮という名の我が家。さて、シンクはうまくやっているだろうか。あっちに付けている式神からも何も無かったし大丈夫だろ。


「おーい、戻ってきたぞー!……あ、ザバラナダガゲー!」


 国の人は日本語を話せたから忘れてたけど、獣人語で話さないと。


 しばらくすると、ワヤワヤと村の獣人達が出てきた。トールフ達は待ちきれなかったようで、村人に走り寄っている。

 次期村長のラグは、妊娠中の奥さんに心配そうに話しかけている。

 この奥さんも頑張った。お腹に赤ちゃんがいるのに、なれない環境で大変だっただろう。元気そうでなにより。


 抱き合い、再開を喜ぶ村人たち。俺達の周りにも人が集まってきた。


 俺は厩戸王ではないので全部は聞き取れないが、みんな笑顔でお礼を言っている。元気だ。じっちゃんもばっちゃんも、しばらく死にそうにない。


「村長として、ありがとうを、言う」


 すると、村長の爺さんが俺の手を握り力強い言った。確かこの爺さんは人の言葉が苦手だったはず……この為に態々練習してくれたのか。

 だから、俺も村長の目をしっかり見つめてお礼の返事をする。


「どういたしまして。無事で良かった」


 そして、大声を上げる。


「おい! これで終わりじゃねえぞ! 遠足は帰るまでが遠足だ! 最後まで気を抜くなよ!」


 すると、各々から返事が帰ってくる。


「村長、あちらが第一王子です」


 あんな奴でも一番ここで位が高い。挨拶をしておいた方がいい。後は任せたぞ!


 さて、俺は……。


「お花摘んできまーす」


 シンクの様子を見に行こう。











「おーい、シンクー? いるかー?」


 懐かしい、迷宮の内部だ。落ち着くなぁ。


「みづるざぁぁぁぁぁん〜」


「うおえぁ⁉」


 そこには、泣きはらしたシンクがいた。



「ざ、ざみじがっだぁぁぁぁ」


 シンクにはあるまじきスピードで俺にタックルをかましてくる。


「シンク⁉ 何があったんだ⁉」


 もちろん、それで倒れ込むことはないが結構な力で抱きついてくる。


「さみじがっだ! ごわがっだぁぁ! でもぉ、みづるさんがぁ、いいごでまってろよってぇ、言ったがらぁあぁ!!」


 何言ってるのか聞き取れないが、シンクは寂しかったのだろう。


「……ごめんな」


 そっと頭を撫でる。あの時、しっかりしたと思って置いてってしまったが、間違いだったようだ。城についたら呼び出すくらいすればよかった。俺のせいだ。後悔の2文字が俺を襲う。


「ううぅぅうぅ……」


「いい子で待ってて偉かったな。お前は自慢の式神だ」


「うん」


「そして、ただいま」


「……おがえりなざい」















シンクちゃん、ごめんなぁ。これからはもっと出番増やすからなぁ(多分)

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