54話 「いっやいや、無理無理無理無理! 恥ずかしい! 耐えられない!」
「ウチの息子ってミツルくん推し?」
獣王が、お茶請けをかじる。それなりに大きいはずのクッキーは、獣王の一口で半分ほどその胃の中に消えていった。
「少なくとも興味は持っているでしょうね」
獣王の前に座り、同じようにクッキーを食べているのはウサギの獣人の少女。メイドだ。本来なら彼女がそんな事をするのは許されない。
態度も発言も、誰かに見られたら眉を顰められてしまうだろう。もしかしたら罰せられてしまうかもしれない。しかし、獣王直々にそうするよう言われているのだ。彼女も、昔は緊張したものの今では慣れたものである。
「サリアよ。お前は誰押しだ?」
何を隠そう、少女──サリアは獣王の趣味と本性を知る数少ない人物だ。獣王自身は、この少女を数少ない“友人”だと認識しており、サリアの前では口調が砕けたりする。
そもそものきっかけは、たまたまサリアが獣王の可愛いものコレクションを見つけてしまったことだ。それがきっかけで、時折2人はこうして話すようになっている。
彼女の趣味も、人間観察と妄想だったのだ。
「そうですね……見た目と性格のギャップからアキルク様ですかね」
見た目はゴツく恐ろしいが、アキルクの本性は至って温厚で善性のものだ。それに魅力を感じたらしい。
「あぁ〜。意外だよね。あれでヒーラーって」
「どうやら、“称号”由来の力らしいです」
天から与えられた力である“称号”により、アキルクは人を癒やすことができるのだ。
「なるほど。もしかしたら、あのパーティは皆“称号”が優れているのだろうな」
「はい。きっと、ミツル様とトモエ様は戦闘に特化した称号をお持ちなのでしょう」
確かに、アキルクとクラリーヌの“称号”は珍しく実用性もあるものだか、満と巴のそれは全く違う。
“紙使い”と“奇術師”奇術師はまだ分かるが、紙使いに関して満が知っていることは『紙で指を切らなくなった』ということぐらいだ。
「殿下は?」
「やっぱりあの2人かなぁ」
「かわいいですよね」
「うん」
「話しかけたりはしないんですか?」
獣王の立場なら、いくらでも彼らと接する機会は設けられるだろう。
「いっやいや、無理無理無理無理! 恥ずかしい! 耐えられない!」
「ですよねー」
サリアがため息をついた。この獣王は、案外奥手だったりする。
そもそも、キチンと本音を話せるような人だったらここまで拗らせてるいないはずだ。
獣王は、その見た目に似合わず小さかったり可愛かったりするものが好きたが、そういう性質のため、自分が関わろうとは思っていない。ただ、そういうものを見るのが好きなだけだ。
「でさー、最近さ──」
「はい。私も──」
二人の話は、しばらく続くようだ。
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獣人は強い者を好む。それはもう、本能のようなものだ。今でこそ、腕力以外の力──知力など──にも関心を持つようになったが、昔は力が全てだった。今の獣人たちも、何かあれば強い者に従う。それは、種族や産まれなど関係ない。強くあれば、奴隷でも人間でも醜くても栄華を極めることができる。
だからこそ、興味深い。
と兵士長であるドグラは考える。
いま、道案内をして馬に乗るミツルとトモエには、強者特有の雰囲気はない。しかし、彼は忘れない。トモエと相対したときのあの恐怖を。
トモエの何も見ていないような、そんな闇い死んだ瞳に射抜かれた瞬間、地面に転がっていた。
何をしたのか、されたのか……全く分からなかった。方法は不明。しかし、負けたという事実だけがそこにはあった。
そしてその隣では彼の部下が伸びていた。
10歳前半かそこらの少女に負けた。大の大人が、それも獣人の兵士たちが人間の女の子ち本気で向かって負けたのだ。
まるで単純作業でもするかのようにトモエはそれを処理していった。
はっきり言って、異常だ。
その時は、トモエから確実に強者のオーラを感じた。いや、あれは絶対強者を前にした絶望か。
そして、戦闘が終わった瞬間その緊張感は無くなり、ミツルに褒めてもらいたいだけの少女になっていた。
無邪気にミツルに駆け寄るトモエはただの少女で、さっきまでのは何だったと聞きたくなってしまった。
“化物”
頭に浮かんだ単語を即座に消す。確かに恐ろしいほど強かったが、彼女が恐ろしい存在ではないともう知ったではないか。それを化物呼ばわりするなど失礼な話じゃないか。
彼も獣人であり、強者に対しての忌避感はなく、その胸には多少の嫉妬と、膨大な憧れと尊敬が残っていた。
トモエはミツルと馬を並べ、何かを話している。これだけ見たら、ただの少年少女だ。
ミツルの黒髪が風に揺れる。
この少年もやはり強かった。トモエの方が強いらしいが、獣人でもできないような身のこなしをしていた。
それに、ミツルは不思議な魅力のある少年だ。
圧倒的な強さのトモエに負けた後で、複雑な心境の兵士たちの間にスルリと入り込み、信頼関係を築き、気がついたら彼自身もミツルの事を気に入っていた。
獣人は強さを求めるその性質から弱い人間を見下しがちだ。しかし、彼は実力と話術でその中に入り込み、短時間で尊敬すら勝ち取っている。
(黒髪……黒髪……ん?)
そして、ドグラは気がついた。
“黒の勇者”という物語がある。獣王国に伝わる昔ばなしだ。
簡単なあらすじは、獣王国に召喚された人間の青年が成り上がり魔王を倒すというもの。
青年は黒髪で、時には話し合いで物事を解決したという。そして、青年の傍らには常に戦士の少女がいたという。
ドグラは、この話が昔から大好きだった。心揺さぶる冒険談! 彼が、兵士を志した根本がこの物語だ。大好きどころの話ではなく、もはやオタクといっても過言ではない。原作は暗唱できるほどに読んだ。
(そっくりじゃないか!?)
そう、彼が何度も読み込んだ本の最後にも“冒険は終わらない。第二、第三の勇者がまた現れる”と書いてあった。
それに、“黒の勇者”は、単なるお伽噺ではなく、実話を元にして作られている。つまり、また勇者が現れる可能性があるのだ。
(これは……!)
もしかしたら、もしかするかもしれない。
満が聞いたら「そんなわけあるか!!」と言うに違いないが、満はこの話を知らない。
「あれが本当だったとは……」
なんだか嬉しい。そう思いながら、ドグラは馬を進めた。
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不思議だ……第一王子レグナムは、自分のミツルに対する興味を不思議に思った。
恋愛感情でもなく、友情でもない。ただただ、目が離せない。
友人も少なく、女性にも奥手になってしまうレグナムにもそれは分かった。
「レグナム様は、どういった女性が好きなのですか?」
ミツルを観察していて分かったことがある。この少年は、自分よりもずっと社交的で優しい。自分みたいなカタブツにも気軽に話しかけ、関わろうとしてくれる。
「そうだな。やはり国のためになる者が良い。例えば──」
レグナムに婚約者はいないが、候補ならいくらでも居る。その中でやはり、宰相の娘が適任ではないだろうか。そう言おうとしたとき、ふとミツルはどうなのだろうと思った。やはり、トモエなのだろうか。
チラッとトモエを見る。
「例えば?」
野暮な疑問だ。あれだけ仲がいいのだ。きっと、特別な関係だろう。
「言ってもわからんだろう」
「それはどういう意味で?」
ミツルが首を傾げる。
「国の問題だからな。お前には関係がない」
「そうですねぇ。ただ、僕の知り合いだったとしたら、やはり気になるじゃないですか」
「それは無い。安心しろ」
「そうですか……ただ1つ忠告を。道理に悖るような行いには、かならず報いがありますよ。少なくとも、相手の気持ちがなくては」
そう言って、ミツルの瞳がレグナムを射抜いた。
ぞわり
昔、初めて魔物と退治したときのような……それ以上の恐怖。全身が粟立つ。逆らうな。従え跪いて服従を誓え。泣きわめきながら許しを請いたいような………そんな、威圧感。
「そ、れは……」
それを振り切るようにして声を絞り出すと。
「敵襲! 魔物です!」
後ろからの魔物の襲撃によりそれは遮られた。ミツルが馬の背を蹴り飛び出す。急に主の居なくなった馬がくるくると回った。トモエの姿もない。それに遅れてレグナムも馬を回して魔物に立ち向かう。
いつの間にか、恐怖は消えていた。
この国(獣王国)はもう駄目かもしれないと書きながら思いました。




