5話 「くっ……桃を人質に取るなんて、極悪非道な……それでも人かっ!」
「そういえば、俺達パーティ組まなきゃな」
場所は変わって、ヨルタル王国の外れにある“南の森”という冒険者がよく使う森に来ていた。依頼を終わらせるためだ。
5束で銅貨一枚の薬草を、95束集めて、蛇を焼きながら休憩していた。
その間、ギルドから貰ったギルドの決まりなどがつらつら書いてある冊子を読む。この冊子、意外と分厚くて、世界史の教科書くらいある。ふへへっ、読み応えがあらぁ………。
でも、こんなの覚えなきゃなんないのか、冒険者って。
もうちょっと自由なイメージがあった。
あと、蛇は焼いただけでは美味しくなかった。塩を持っていかなかったのが敗因か? 次回は調味料を持っていこう。
因みに、その依頼とは『ホタテ草の採取』である。
ホタテ草とは、薬などに用いられる薬草で、この世界ではポピュラーな草だ。
森の浅い場所に群生しており、依頼達成しやすい。新人としては堅実な依頼だろう。
まだ、F級冒険者でしかない俺達は、武術試験も合格したにも関わらずスライム討伐の依頼すら請ける事ができない。
キノコ取ったり草取ったり荷物運んだりするだけだ。
閑話休題、話を戻そう。
「パーティ? お誕生会?」
巴が不思議そうに言う。そうじゃない。
「冒険者って、死と隣り合わせの危険な仕事だろ?
だから、普通は二人から七人の人間でパーティを組んで、力を合わせて立ち向かうらしい。
ギルドでパーティ申請をしたら、認めて貰えるらしな。因みに、パーティの人数が8人を超えたら“クラン”という扱いになるという。
大きなクランは、世界でも名前が知れ渡ったりしていて凄いらしいな」
俺は意味深に巴を見る。
「なるほど。つまり、死渉の名を異世界に轟かせる為にはクラン規模にならなくちゃいけない」
巴も意味深にこちらを見た。
これだから巴はやりやすい。すぐ分かってくれた。好き。巴ちゃん大好き。
「話が早くて助かるよ」
そういう事だ。前に、巴がさり気なく言った言葉、あれは本気だった。
成し遂げるにはクランを作るのが手っ取り早いだろう。
「パーティ名は……」
「「完璧な円」」
いつの間にか世間から与えられたコンビ名、俺達は結構気に入っていたようだ。
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「これが依頼の品です」
「ありがとうございます……多いですね」
95束の薬草は、無事に銀貨一枚と銅貨八枚になった。
薬草はいざという時に知っていたほうがいいから、探すコツは知っている。異世界でもコツは一緒だった。
銅貨十枚で銀貨を一枚、銀貨十枚で金貨一枚だ。覚えておこう。
「たまたまですよ……で、討伐した物もあるんですけど……巴ー!」
「失礼しまーす」
巴が抱えてきたのは、それはそれは大きな赤い猪だった。額に大きな赤い宝石がある。
大きすぎて、少し引きずってしまっている。
こんなのずっと中に入れておく訳にはいかなかったから、ギリギリまで外に出しておいたのだ。
何故、俺じゃなくて巴が持ってきたか? 理由は単純にただ一つ。巴の方が力持ちだからだ。俺はあいつに腕相撲で勝てない。悔しいことに。
「いくら冒険者といえど女に……」
「おとなしそうな顔して鬼畜……」
「もしやあいつも女か?」
だのに、周りが好き勝手なことを言う。チクショー、お前ら一回巴と腕相撲やってみろよ! 肩抜けそうになるから! 親戚の麻鳥おじさんとか肩抜けてたから!!
あと誰だ俺を女と言ったやつ。勝負だ勝負。
「え、でもあの魔物狩ったってマジ?」
「うちのパーティでも悪戦苦闘するようなやつだよ?」
「あの子たち……何者?」
「この魔物は………レ、レッドボアっ⁉」
あ、これレッドボアっていうんだ。そのまんまだな。
それにしてもコレに苦戦するなんて、ヨルタル王国の冒険者はビギナーが多いらしい。
「買い取ってもらえますか?」
「は、はい。こちらにお越しください!」
通されたのは、大物用の受付だ。台の上に、レッドボアを乗せる。結構余裕があるな。
ちなみにだけど、この世界の魔物の定義とは『額に魔石を持っていること』だ。
俺が宝石だと思っていたアレは、『魔石』という、魔力のある石のようだ。
この世界の、エネルギー源らしい。いや、隠せよそんな大事なもの。
「解体をするので、少々お待ちください」
「あ、肉は美味しい部分を残しておいてください」
「か、かしこまりました」
というわけで、ギルドの端にある椅子に座って待つことにした。
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「あ、猪」
「ホントだ」
これは、依頼の薬草集めをしている時。たまたまレッドボアを見つけたのだ。
まだ、こちらには気づいていない。
………ぼたん鍋食べたいな。
「ぼたん鍋食べたいな」
「巴もか」
「やるしかない」
と、いうわけで俺達はレッドボアを狩ることになったのだ。
討伐依頼を請けることはできないが、たまたま見つけた魔物を持ち込むのはアリだ。
「やーい、豚公! こっちにおいで、デーブデーブ!! ノロマ! 短足、豚足! トンテキヤロー! ぼたん鍋ー!」
「ブヒィ!」
俺は全力で猪をののしった。作戦通り、猪がこちらに怒りの表情で突進してくる。速い。
悪口バレたかな?
だが、世界中にはお前より速い奴などごまんといるんだぜ!
「はっ!」
そのうちの一人、死渉 巴が猪の背に飛び乗り、首を一息で折った。
「ブヒッ!」
バタッと倒れる猪。巴は無事だ。
「おみごと」
「ふふん」
巴が撫でろとばかりに突き出してきた頭を撫でる。わーしゃわしゃわしゃ。可愛いなぁー、愛してるぜ。
猪よ、お前のことは美味しくいただくからな!
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「キレイに殺れたから、プラスで増えないかな。お金」
「な、結構サイズあったから期待できるね」
「レッドボアの解体と、換金が完了しました」
お、きたきた。
「料金の金貨500枚と、ロースです」
目の前に、でかい辞書が2冊隠れそうな大きさのロースがドンッと置かれた。
お肉様やで~。俺達の頭は自然と下がった。美味しそうに解体してくれてありがとう。
また、周囲のざわめきが聞こえる。お肉はやらないからな!
「「ありがとうございますっ!!」」
いえーい! ロースめっちゃ貰った!うまそー! 今日の夕ごはんじゃー!
「下がうるさいと思ったら、またお前たちか…………」
と、思ったらギルマスさんが来た。暇なのだろうか。
「ちょうどいい肉があったので」
「レッドボアをちょうどいい肉か……先が楽しみだな。
それとな、少し話があるのだが来てくれないだろうか」
というわけで、俺達はまた、ギルマス室に通された。
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ギルドマスター室も2回目ということで、緊張はしなかった。
でも、なんで呼び出されたんだろ、やらかしたかなあ? 生徒指導室みたいな場所だっけ? ギルドマスター室って。
「で、話って?」
「ギルドマスター権限の特別依頼って知ってるか?」
「ええ、特殊な依頼などをギルドマスターの推薦によって受けられるやつですよね。確か」
つまり、ギルドマスターの推しに特別な依頼が回せるってことだ。
「詳しいな……? 概ねその通りだよ。少し特殊な依頼があって、君たちに是非、請けてもらいたいんだ」
「話だけ聞きましょう」
「実はな、南の森の中で迷宮が発見させたんだ。その調査メンバーに加わってもらいたい」
「「迷宮?」」
すっごいファンタジーっぽい単語が聞こえてきた。
「つまり、迷宮とは巨大な魔力を溜め込んだ魔石がその魔力を放出する事によってできた謎空間なんですね?
魔物が勝手に湧いたりするし、勝手に罠とかお宝とか出てくる」
説明を完結にまとめてみた。
「簡単に言うと、そのとおりだ」
ゲームやラノベの迷宮と大体一緒だ。
「で、その迷宮の調査ってどいううことですか?」
「新しい迷宮が発見されたら調べる決まりなんだ。
その権利を王国騎士団より先に得ることができてな、他にも冒険者パーティが居るから、ぜひ請けてもらいたい」
「うーん」
大丈夫、だとは思う。ギルドからの依頼だし。ギルマスさんは悪い人じゃないと思うし。
だけど不安だ。
今まで俺達は守られてきた。
朝起きたら無人島に放置されてたり、崖から紐なしバンジー喰らわされた事もあるけれど、死ぬレベルの無理難題は無かった……はずだ。いやでも無人島は許さない。
依頼も、当主や“口番長”が見定め、不利の無いようにしてくれていた。
だからそういうので嫌な思いをしたことは殆ど無い。
しかし、これからはそうは言ってられない。
全て自分で選んで、その結果は全部自分に降り掛かってくる。
巴はこういうのは死ぬほど苦手だから俺がするしかない。
つまり、俺だけじゃなくて、巴の分もあるわけだ。
迷宮なんて地球になかった怪しい場所の調査なんて、すぐに決意できるわけ無いだろう。
「そもそもなんで俺達なんですか?」
まず、そこから分からない。
いくら俺達が実力を示したとはいえ、昨日冒険者になったばかりの超新人だ。
もっと他に選択肢があっただろう。
「実はな……というかこれはみんな知ってる事なんで言うが、ギルドマスターには、出来るだけ多くの冒険者にチャンスを与える義務がある。
だから、こういう特殊依頼は場合に依るけどランクの高い冒険者と低い冒険者を一緒に推薦するのが定石なんだ。
そして、EからF級の冒険者の中で一番才能があると感じたのは君たちだ」
うーん。変な点も無いし、異世界初心者の俺達は情報が無いから「そんなもんかー」と思う事しかできない。
「一緒に行く冒険者の人達って?」
「“漆黒の翼”という5人のA級パーティが1つと、D級のソロが一人だ」
A級っていったら、かなりの実力者達じゃないか。D級の人も、俺達と一緒で才能があると思われたのだろうか。
だったら安心である。
「明日、会わせてもらっても構いませんか?」
「もちろん、いいぞ。初めてだから不安だろうしな」
「いつまでに返事すればいいでしょうか」
「明後日までには返事が欲しいな」
「わかりました。考えておきます……巴もそれでいいか?」
「うん」
「ありがとう。待ってるよ」
「あ、パーティ申請していいですか? ここで」
わーすれてた、忘れてた。
「ここで? 構わないが……」
と、いうわけで、俺達完璧な円はギルドマスター室で結成されるという史上稀に見る結成の仕方をしたのだ。
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「ミッシェルさーん」
ギルドから出たら、俺達の見張りのミッシェルさんの所に走った。
金髪のお姉さんはすぐ近くにいた。
「どうしたのですか?」
「あの、俺達が向こうでしていた話聞いてましたか? ミッシェルさん」
「いいえ、聞いていませんよ。何かあったんですか?」
どうやら聞いていないようだ。聞かれてても別にいいけど、説明するのが二度手間だったから。
「と、いうわけで俺達は迷宮の調査に推薦されたんですけど、その迷宮の情報とかってあります? あと“漆黒の翼”の情報」
「そうですね……南の森の中部に存在するという意外情報はありません。
あと、そうですね。ギルドは結構、初心者にこういう依頼を回すことはありますし、大丈夫ですよ。
“漆黒の翼”ですか……A級パーティなので有名ですね。悪い噂は聞きませんが、特徴として全員が黒衣を纏い秘密主義ということでしょうか。普段から仮面を外しませんしね」
ほーほー、請けてみてもいいかもしれない。
俺は、ギルドと関わりがある人以外からの意見が欲しかったのだ。
もしなんかあっても、一目散に逃げよう。
「ところで、参加するとしたらミッシェルさんはどうするんですか? 付いてくるんですか?」
「そうですね、一緒には行けませんけど、後から応援の人と一緒に追いかけてみます」
へー。だったら、もしなんかあっても証人とかになってくれるかな。
「わかりました! ありがとうございます。じゃあ」
そう言ってミッシェルさんとは別れた。ぼたん鍋の材料を買いに行こう。
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やっぱりこの世界には味噌や醤油は無かった。
だから、鶏がらスープで代用だ。さっぱりして美味しよ。
幸い、鶏がらの材料はタダで譲ってもらえた。変な顔はされたけど。
鶏がらの習慣ないのかな、鶏がらスープ美味しいのに。
上質な猪肉が美味い、美味すぎる。十万石……なんでもない。
「んー、ベリー美味」
巴がさっきから肉しか食べない。
「人参も食べなさい!」
「えー、お肉食べる」
「あ、こっそり隠すんじゃない!」
「ちっ、バレたか」
夜は絶賛ぼたん鍋パーティーだ。レッドボア美味い。
前の世界で食べた猪肉より上等かもな。それとも、俺達の料理スキルが高いのか? それは無いな。肉以外は前のほうが美味い。
味噌と醤油が無かったのが残念で仕方ない。
そして、巴が人参を残すのだ。小さい頃から変わらない。
この人参のような野菜は、キャロロンという。
「ふんっ、じゃあデザートの桃は要らないんだな⁉」
俺は、デデーンと瑞々しい桃……みたいな果物、ピチーを掲げた。これは下手なことせずに、そのまま食うのが美味い。
「くっ……桃を人質に取るなんて、極悪非道な……それでも人かっ!」
巴が歯を食いしばる。
「ふっふっふ、さて、どうする?」
俺は完全に悪役顔だ。
「くっそー!」
「ハッハッハッ、ハーハッハッハ!! いい気味だっ!」
巴が人参を食べた。
……この茶番劇は、食卓に人参があがったときの習慣だ。特に意味はない。あと、巴はにんじんが嫌いなわけではない。
「桃うめえ」
「桃は正義」
桃、もといピチーは皮を剥いてかぶり付くと、非常に美味しかった。




