49話 「かわいい」
BLと捉えられかねない描写がありますけど、今回はそういう展開になりません。この作品自体が恋愛少なめでお送りしております。
『ポードゥネ山が噴火した』
その報を聞いたとき、第一王子レグナムの脳裏にはその辺境の地に住む民のことが過ぎった。
しかし、もう助かるまい。何もかもが遅すぎたのだ。
レグナムは周囲から期待される若き時期王だ。動揺は見せなかったが、心は痛んだ。
しかし、原因究明のための調査団を派遣して数日後、とんでもない事実が判明した。
犠牲者がいない。
噴火は確実にその周辺にあったいくつかの村を蹂躙したはずだ。人々が生活した形跡も発見された。しかし、誰も居なかった。
その噂はすぐに王都内に広まり、謎は謎を呼び話題を掻っ攫った。
そして、それから暫くした頃奇妙な集団がやって来た。人間が4人獣人が5人だ。
最近では、この2つの種族間の争いは無く行動をともにしているのは珍しくない。
問題は、彼らはあの火山の周辺に住んでいた者だという。人間はその付き添いの冒険者だと。
あまりにも怪しいので、ヨルタル王国の冒険者ギルドに連絡を入れ、獣人たちの身元も確認したところ、彼らの発言は正しかったことが判明した。
ならば城に招き入れるしかない。彼らは今話題の中心人物だ。王都はこの奇跡に湧いている。追い返したら、国民から避難は必須だ。それに、元々彼らは自国民の被災者だ。保護しなくてはならない。
そこで、レグナムはその獣人たちと冒険者に会うこととなった。
「余が獣王国の王、グーレガズだ。我が国の民よ、面をあげよ」
レグナムの父、グーレガズが直々に対応する。彼は誇り高き獅子の獣人で、座っているだけなのに息子ですらすくみ上がってしまう凄まじいオーラを感じることができる。
「はっ。私が村長代理のラグでございます」
兎の獣人だ。まだ若い。その後ろには、狼と狐、鼠の獣人がいた。どれも若い。
狼の獣人は冒険者なのだろうか、身体つきが違う。
彼らも自己紹介を始める。同時に、簡単な経緯も話すそうだ。
そして、その後ろにいる4人の冒険者は異様だった。リーダーなのだろうか、肌の色が黒い筋肉隆々のスキンヘッドの男以外は皆女だ。跪いているせいでよく見えないが、恐らくそうだろう。
そういうパーティはたまにある。所謂ハーレムだ。冒険者として実力に不安のある女は、頼りがいのある男を探しがちだ。勿論、そういう者は少数だが、いる事は確かだ。そして、男は女に頼られて嬉しくない訳がない。結果として、ハーレムパーティが出来上がる。そうすると、他の男は寄り付かなくなる。
このパーティにはいくつかパターンがあり、最も多いのはやはり痴情のもつれが原因でのパーティ解散だ。パーティ内での人間関係が上手く行くほうが珍しい。
まぁ、実力があれば何でもいいのだ。それに、そういうパーティが悪いわけではない。上手くいかないだけだ。
多分、服装からして茶髪で一番小さい女が盗賊で、あとの2人の女は魔法使いだろう。
薄青の髪の女からは、強い魔力を感じるが、黒髪の女──この辺りでは珍しい髪色のせいかやたらと目を引く──からは魔力を感じない。はっきり言って、何の訓練もしていない平民と同じだ。
(まさか……あの男のお気に入り……!)
彼女に求められているのは、冒険者としての力ではなく、女としての身体のみなのだ。
しかし、そう考えるには黒髪の少女の身体つきは女らしくない。それが全てとは言わないが、胸もないし魅力的な身体とは言えない。寧ろ、薄青の髪の女のほうがそういう点では発達している。それに、黒髪の女の髪は短い。男としたら長いかもしれないが、女としては短いだろう。
それに、彼女は服装に女っ気が無い。男物を着ているようだ。そういうのが好きなのだろうか。
(まぁ趣味は人それぞれだし……)
しかし、とレグナムは眉を顰める。命がけの冒険者パーティにそういう存在は必要ない。それに、真に女を大切に思っているのなら、力のない者は守るために家にでも置いておくのが普通だろう。あの細腕では禄に剣も振るえまい。
わざわざ一緒に連れてくる必要はない。一人だけ特別扱いでは他の女の不満も溜まるだろうし、何より危険だ。マトモな神経をした者なら、それくらい分かるだろう。
危険だからそこ一緒に、という理論もあるだろうが、魔物のうじゃうじゃいる森のほうが余程危険だ。
きっと、彼女はパーティ内で孤立しているに違いない。レグナムの確証のないただの妄想は加速する。ついでに、彼の中でアキルクに対する評価もだだ下がる。
(……まさか!)
だが、レグナムは思いついてしまった。この男がわざわざ彼女をつれ歩く理由を。
(いつでも、自分の好きなときに身体を求めるためか!!)
冒険者は、依頼によっては数日家に帰れない事も多い。この男は自分の欲求を満たすためだけに彼女を………! レグナムは無意識に男を睨みつけた。男として……いや、人として許せない。強い者を尊ぶ獣人であってもそのような奴は尊敬に値しない。
「そして、彼らに助けられたのです」
レグナムが妄想を繰り広げている間にも、話は進んでいたようだ。
「冒険者よ、面をあげよ」
「はっ」
冒険者達が顔を上げた。よく見えていなかった顔が光に照らされる。
「……あ」
黒髪の少女も顔を上げる。癖のない黒髪が少女の頬にふわりと掛かる。その瞬間、レグナムの時間は止まった。
「かわいい」
思わず口の中で呟く。隣の者には聞こえぬほどの小声だ。
顔立ちはこの辺りのものとは違う系統だ。異国人なのだろう。それに、冷静になって考えるともっと美しい者はどこにでも転がっている。それに、見た目からいって16歳にも満たないだろう。
しかし、何がとは説明できないが、この少女が誰よりも可愛く見えた。
だからだろう。彼女を慰みものにする男がよりいっそう許せない。例え村を救ったのだとしても、それとこれとは別だ。
この件が終わったら自分の権力をフルに使ってでも……
「はい。僕が冒険者パーティ完璧な円のリーダー、ミツル・シワタリです」
快活な低い声が王の間に響く。その声は、間違いなく黒髪の少女……いや、少年から発せられたものだった。
「「……え?」」
生まれて初めて父親と声が重なる。しかし、そんな事は気にしている余裕が無かった。
生来、感情の変化が顔や態度に出にくい性質だが、この日ほどそれに感謝したことはない。
それほどまでに、レグナムは動揺している。
(リーダー……? それより……男……⁉)
気絶しそうだ。いや、気絶したい。何もかも忘れて永遠に眠ってしまいたい。
「あの日僕達は──」
人好きのする笑みを浮かべながら少年が経緯を分かりやすく説明するが、レグナムの耳には何も入らない。通常時なら興味深く聞き入っていたであろう冒険談が虚しく聞こえる。
あと、少年が今でも可愛く見える。どういうことだ。声すごく低い、という感想しか沸かない。
しかし、ショックを受けて倒れ込みそうになっている彼はまだ知らない。この少年が、自分の周囲を変える存在になる事に。




