47話 「頼んだぞ」
転移魔法というものがある。ラノベでよく見るあれだ。それは、この世界にも勿論あって理論も確立されている。しかし、常用するのは難しいらしい。
使用する魔力の膨大さ、魔法を編む者の技量もさることながら、行きたい場所の座標にもう一つ対になる魔法を置かなくてはならないらしい。
魔法の鞄のようにパパっと作る訳にはいかない。そして、転移魔法は俺の専門である陰陽術の領分でもない。
それにしても覚えてる? 俺は陰陽師だよ。式神使うだけが陰陽術じゃないからぁ! 星読んだり偉い人の病気治したり占いしたりするのも仕事だからぁ! あんがい地味なの国家公務員なの! 世が世ならエリーーーットなの! 今の時代、それも異世界で言ったってなんの意味も無いけどさ。
閑話休題
便利だね 転移魔法しかし、現実にあのピンクの扉は存在しない。何でも出てくるポケットもどきはあるけど、転移魔法は無い。
そう、普通ならね。
しかし、俺たちにはそれを魔力を使わずにお手軽に使えることのできる人物がいる。
シンクだ。
チョロ雑魚可能性全振りダンジョンマスターとして名を馳せる、黙っていればキリッとして見えなくもない美少女だ。
シンクは、自分の迷宮へならばどこからでも何度でも転移できる。今回の作戦のキーパーソンだ。
しかし、シンクがダンジョンマスターだと知っているのは、完璧な円だけだ。だから、他にはこう説明してある。
・実は、ヨルタル王国(俺達が主に活動している国だ)に転移魔法陣を1つ置いている。
・この場所にもう一つ魔法陣を置いたら完成するので、それを使って脱出しよう
本当は、迷宮の中に転移する。だけど、事前にシンクが周りの風景と同じように入り口を改造したからバレないだろう。多分きっと多分。もし、なんか言われたら『実は、自分たちも違和感を感じていたのでここに転移魔法陣を置いたのだよ』とか言っとけばいい。
とにかく、それで脱出成功だ。
しかし、転移魔法陣に詳しい人がいたらツッコまれまくるだろう、とクラリーヌは言った。穴が多すぎる。しかし、シンクの事をバラすわけにもいかないし、幸いこれでなんとかなった。
トールフは怪しんでいたけど、村が救えるなら無視するらしい。
昨晩、こう言われた。
『お前らが何か隠してんのは察した。オレは村が救えれば、お前らがどんな奴らでもいい。
だけどな、村になんかあったら許さねぇからな。覚悟しろ』
強い、と思った。トールフの実力は俺より低い。何回勝負をしても、俺が勝つだろう。だけど、そういう強さじゃない。
上手く説明できないけど、もしも俺がトールフをだまくらかして村人を殺そうものなら(そんな事しないけど)トールフは俺を許さないだろう。そして、恐るべき執念で俺に復讐をするだろう。
単純な力勝負で勝てないなら社会的に殺して、周りの──俺と関わりがあるだけで無関係な──俺の大切な人達を奪ってでも俺の心に傷をつけるだろう。自分の骨の一欠片まで、使えるものは惜しみなく使い切って俺に復讐するはずだ。
そういう強さだ。それは、絶対に油断してはならない類のものだ。
トールフ・トーレース。案外凄いやつだったぜ。
「よし、ガーバーディーガー?」
トールフの村の者たちは元気に頷き、昨日“奪い返し”で引き分けにまでもっていったむらの者たちはおずおずと頷く。そんなビビんなって。仲良くしようぜ! という思いを込めて集団に向かってニッコリ笑うと何故かビクッと身を震わせた。なぜじゃ。
「ドーガーべへレーザー?」
「「「「「ガバス!!」」」」」
「ドレグレイズブ!」
「「「「「ギャガブ!!」」」」」
そして、全員手を繋いだことを確認するとシンクに合図を出した。
「頼んだぞ」
『………はい!』
そして、トールフの村の村人ととなり村の住人(彼らが“奪い合い”で征服した分も含めて)、冒険者4人と馬1頭とダンジョンマスターが一斉に姿を消した。
懐かしい気配に目を開ける。久し振りの迷宮だ。
懐かし〜、ただいま〜という気持ちを抑えて指示を出す。
「ダバザガ、ドブガロボーズ」
忙しや 戦いに来た はずなのに いつの間にやら 大事になる
詠人みつる
獣王国の歴史の教科書に載る災害の1つ“ポードゥネ山の大噴火”これは、辺境の小さな村を襲った痛ましい事故として、人々の教訓になるはずだった。
大噴火の数日後、調査団が派遣される。原因究明と──いないとは思われたが──人命救助のためだ。
そこは、焼け爛れているか黒焦げになっているかドロドロに溶けて苦しんだであろう村人の遺体が幾つも転がっているはずだった。
本来なら、そうなっていた。
しかし、誰もいなかった。
無傷の者も、負傷者も遺体でさえも誰もいなかった。
その頃、獣王国の王城に冒険者と、その村の者だという数人の獣人が現れ、あの大噴火の犠牲者はゼロだと判明し、一時期王都の話題を掻っ攫っていった。
“ポードゥネ山の大噴火”と歴史書に記されている事故。それは、人々の間では“ポードゥネ山の奇跡”という呼び名で知られている。また、この事件は正式名称をそうすべきだとの声もある。
そして、この事件にはある冒険者たちが深く関わっていた事も知られるようになる。




