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46話  「俺は死渉 満、俺は死渉 満……よしイケる!」

巴が大暴れします。

 






 さて、どうしようか。恐怖に震える獣人達を見下ろし──相手の村の制圧程度ならもう終わった──巴は考える。“こういうの”なら満の方が得意だ。

 巴が説得や交渉をすると、相手を怒らせるか必要以上に怯えさせるかになってしまう。そして、巴にはその理由がいまいちピンとこない。相手を帯びてたり怒らせたりするトリガーがいまいち分かってないのだ。


 遠くから聞こえるドゴォッという音に、獣人が身をすくませる。何と勘違いしているのかは知らないが、巴には分かる。大方、久々の大人数にテンション上がって死狂った満が、地面を蹴ったのだろう。


「やれやれ」


 ポツリと呟く。どんな時でもこれを言ってれば余裕そうに見えると満が言っていた。

 確かその時に満が読んでいた本は“海辺のカ○カ”だ。


「……ハルキじゃん」


 危うく、筋トレしたあとヤナーチェク聞く系女子になるところだった。

 それとも、家出して小さな図書館で読書する系女子だろうか。いやあれは男子だ。

 朧気な知識だが、そうだったはずだ。


「ちがうちがう」


 思考がおかしな方向に飛んでった。今の巴が気にすべきは、自分の系統よりもこの場の対処法だ。


「満まだかなぁ」


 しかし、満は現在お楽しみ中だ。目的を覚えているかどうかも怪しいので暫く助けは来ないと考えていい。


「満だったらどうすんだろ」


 ふと思った。生まれたときから満の隣にいる自分が満の模倣ができないでどうする。満の行動パターンから考えるのだ。

 そう、彼女は死渉 巴。死渉家随一の天才だ。戦闘に関しては挫折も敗北も無い。その功績全部どれを取っても正に天才としか言えない。文句を言う輩は物理で黙らせ認めさせた化物。常にその存在について思考している相手のマネができない訳がない。この天才、死渉 巴ならできる。

 満、そう満だ。孤独な天才の唯一にして最愛の相棒。満の挙動や発言は覚えてるし、毎日観察してるし何考えてるかも大体分かる。


「俺は死渉 満、俺は死渉 満……よしイケる!」


 自然と口元には笑みが浮かぶ。満の笑顔は、例えそれが作り笑いだとしても武器だ。大抵の人間には見破れない。

 その可愛らしい顔から作られる笑みは見る者を決して不快にはしない。寧ろ、緊張を解したりいい気分にさせる効果がある。満でなくても、笑顔はプラスとして働く。また、満は応用とし恐怖を煽る道具に笑顔を使う事もあった。


 そう、満は天才的に笑顔が上手だった。

 この時の笑顔は、ある意味弑逆的な何を考えているのか分からないような、人を不安にさせる笑顔だろう。


 急に雰囲気の変わった目の前の少女に、獣人が怯える。顔色を伺うように身をすくませた。


「誰か喋れる奴はいないわけ?」


 傲慢に大胆に振る舞う。例え不利でも奥の手があるかのように堂々と座り、有利なときに自信なさげに相手を騙す。最悪どうしょうもなくなっても物理で黙らせる。それが満だ。


「わた、くしが、喋ります……」


 犬耳の青年が手を上げた。突如として疾風のように降り立ち、彼らを無力化していった巴に恐怖を感じていた。次は殺されるだろうと思っていた。いや、殺さないのは分かっている。しかし、本能がこの絶対強者に今すぐ跪き服従して命乞いをしろと望むのだ。

 その地獄の最果てのような死んだ瞳で見つめられると、逆らう気力など無くなってしまう。


(……なんか足りないな)


 しかし、巴はそれどころでは無かった。青年の恐怖など気にしていない。

 それより今、最高に満を演じているのに何か違う。足りない。


 満の姿を思い浮かべる。そこら辺から持ち出した椅子に悠々と座り、仮面のように笑顔を張り付かせ……膝に巴を乗せている! 足りないのは自分だった! これは盲点。

 そこら辺にいた猫耳の少女を拾う。そして、ガチガチに固まった少女を膝にのせて撫でる。いつも満がしているように、優しく丁寧に慈しんで。これで完璧。満足したように笑う。全ては揃った。


「で、こっちが“奪い返し”に勝った。これで引き分けだよね?」


「はい」


「挨拶が遅れたけど、私達はトールフっていう友達に頼まれて助けに来た冒険者なんだぁ。

 “奪い返し”に別の団体が参加しちゃ駄目なんてどこにも書いてないだろ?」


「そうですね」


「うんうん、それでねお願いがあるんだけど聞いてくれるよね?」


「んにゃぁぁぁ〜」


 腕の中の猫耳少女は、ふにゃふにゃと溶けて身を巴に委ねている。


「えっと、ものによります」


 勝てば官軍、勝者が正義。アニメのヒーローが周囲の賞賛を得ているのは彼らが勝ち続けているからで、負けた瞬間彼らの理念は周囲によって否定される。正義とは勝ち続ける事だ。つまり、巴が正義。


「いやいや、誰も死なないし傷つかない。寧ろ、私達はこの村を救いたいと思っているだけだよ」


 心から案じるように、聖人のように微笑む。今の巴は救世主(メシア)だ。例え敵対していたとしても手を差し伸べる救い手だ。


「ふにゃにゃにゃにゃぁご」


「私の話しを聞いて、ね?」


 その時……


「ともえ〜」


「満っ」


 どこだ〜? などと言いながら、1つの迷いもなく巴に走り寄る。後ろにはアキルクとトールフがいた。


「待ってほしいっす〜」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……どんな走力してんだよお前ら……」


「めんごめんご。あ、巴どうしたの猫なんか乗せちゃって」


 満が巴の隣に立つ。


「満ごっこ」


「なんじゃそりゃ」


 満になりきっていたのだ。

 満が辺りを見回す。


「もしかして、お話ししてたの?」


「うん」


 そして、信じられないものを見るかのように巴を見つめた。


「巴が説得したのに誰も気絶してないし失禁もしてない……? これってキセキ?」


 それが普通だよ、と思う余裕があったのは幸か不幸かアキルクとトールフだけだった。


「あのね。満の真似したの」


 それだけで満は全てを理解したらしい。猫耳少女ごと巴を抱きしめる。にゃん、と少女が地に降り立った。


「天才じゃん! 頑張ったね! 偉いね! すっごい成長だよ〜。コミュ力すっごい上がったじゃん! 交渉の天才! アメイジング! パーフェクト! マーベラス! エクスプローション! 素晴らしい!!

 え、なになに? 俺の真似したの〜? えー、かわいいー! すっごい可愛い〜! その発言が可愛い〜。これ以上可愛くなってどーすんの? 世界を悩殺するつもりなの最高!」


 死狂った直後で満のテンションも上がっているらしい。力いっぱい撫で回されて、人前なのに額や頬にキスされる。場所は弁えるが、接吻は2人の間では割と日常だ。


「ふふふん」


 何百人の賛辞よりも、山のような報奨を貰うよりも、満ただ一人に認めてもらえる方が嬉しい。

 だから、自然と嬉しくなる。それまでの努力が報われるのだ。満が心の底から褒めてくれるだけでいい。それだけが欲しい。満の全力の言葉が欲しいだけだ。


 ひとしきり褒めると、満は椅子の上に座り、その膝に巴を乗せた。

 細くも力強い腕が腰に回される。


「続きも巴がやる?」


 それは少しめんどくさい。折角、満も来たことだし任せることにした。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











「と、言うわけで明日までに荷物まとめてこっち来てね」




 あの少女のツレがいい笑顔で言う。


 怖かった。村人は震える。人形のような美しさの少女の事が怖かった。村の少女を膝にのせたのは、人質のつもりだろう。村長の娘を選ぶあたり、そういう事に慣れているのだろうか。


 この村は“奪い合い”で栄えてきた部分もある。ここら一体は支配しつつあった。つまり、この村の者たちは皆戦士なのだ。しかし、いやだからこそ怖かった。

 今まで見たこともない気配。自分たちが井の中の蛙である事を叩き付けるように理解させるプレッシャー。それはこの少女だけでなく、少年からも感じた。

 皆の(こうべ)は自然と下がった。


 抵抗など無駄だ。従え、跪け。逆らう者は圧倒的暴力で迎える。言われなくてもわかった。



 獣人としての本能が告げる。





 命令は絶対遵守だと。










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