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45話  「なんと、誰ひとりとして殺してないんすよ」

 






「へくちっ……誰かが俺の噂でもしてるのか?」


 なんだか悪寒がする。ゾワってする。なーんかヤバい奴にでも見られてるような、そんな悪寒だ。


「大丈夫?」


「うーん、たぶん気のせい。きっと気のせい」


 でも、巴で温まろう。おいでおいでー。ほー、あったかい。巴があったかい。


「それならいいけど……」


 巴が、自分のおでこを俺のに当てる。


「熱はないね」


「大丈夫だよ」


「ならいいけど、さ」


 巴が俺の頬を両手で包み、顔を自分の方に向ける。

 巴の宇宙一かわいい顔が目の前にある。巴って最高に美少女だよね。

 すっごい近い。ちゅーするぞコノヤロウ。


「公衆の面前は流石に」


「じゃあ後で」


「うん」


 巴が俺の膝の上に落ち着く。


「話しを進めますわよ?」


「話しを進めていいっすか?」


 クラリーヌとアキルクが同時に言った。


「いいっすよ」


 そうだった。今は、この村をどうするか話し合ってるところだった。



 村人の意見も取り入れ、問題を解決していく。時間は迫っていた。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












「みんな、丸太は持ったか!」


 そして、“奪い返し”当日。俺は、村人の前に立ち丸太……ではなく剣を掲げる。


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 皆、やる気十分だ。細かいことなど気にせず(言葉が通じてないだけの可能性もある)拳を上げる。いや君たちは戦わないからね?


「違うでしょ」


「丸太は戦いにくいっす」


「真面目にやってくださいまし」


 ツッコミの集中攻撃が俺に降りかかる。くすん、悲しい。


『あばばばばばば………』


「わかりましたぁー。シンクは落ち着け、な?」


 マーレイが何やってんのコイツみたいな目で見てるから。お前はマーレイにしがみついてるだけでいいから。


『はいぃ』


「俺達は今日、勝つ!!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「張り切っていくぞぉぉぉぉ!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「俺らは最強だぁっ!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「なんでもできるっ!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「強い子だっ!!!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 ……ん?


「今日も巴はかわいい!!!!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 おう。当たり前すぎたか。


「今は昔、竹取りの翁といふものありけりぃぃぃ!!」


 野山にまじりて竹を取りつつってじゃかぁしいわ!! とにかくこれでどうだ。


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 嘘だろ?


「レッド! 燃える魂ぃぃーー!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「ブラック! 孤独な夜ぅぅぅー!!」


 彼女のは夢のように消えてったらしいなぁー⁉


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


「話しちゃんと聞いてるー?」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 だめだこりゃ。


ガバルディア(配置につけ)!」


「「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」」


 よかった、ちゃんと聞いてる。もしかしたら、俺の言葉が聞き取りにくかっただけかもしれない。あ、よく考えたらあんまり通じてないわ。










 “奪い返し”は、一定のフィールド内で行われる。

 村と村の境目にあるだだっ広い相撲の土俵を想像したらイメージしやすい。

 その中にいる敵を全部潰して村に侵入して村長を取ったら勝ち。


 そこに、俺と巴、アキルク、シンク、トールフで立つ。


 向こうには、50人ほどの若くて逞しい獣人がいる。


 ニヤニヤと馬鹿にしたように笑う者、眉を顰める者、他にはいないのかと俺達の後ろを見る者、俺達しかいない事に疑問を持つ者。反応はそれぞれだが、脅威を感じていないのが共通している。


バーディ(弱虫)! ガラバイガ(ひ弱な人間)!」


ガース(弱い)!」


 馬鹿にしたようにしている者は、挑発してくる。おめーら聞き取れてないと思ったら大間違いだからな。ばっちりリスニングできてるからなコノヤロウ。あ、今鼻で笑った奴、顔覚えたぞ。


 みんなで顔を見合わせると、息を吸う。

 小学校の卒業式みたいでこっ恥ずかしいが、自己紹介は必須だ。折角覚えた獣人語も使いたい。


デードゥイエ(俺達は)!」


ナーナーゲルビィガ(冒険者パーティ)


「「「『完璧な円(アブソルートサルコウ)!!!』」」」


「ヒヒィィン」


ガナトールフ(盟友トールフの)ガガロイド(助太刀に来た)!!」



「「「『ドゥア(以上)!』」」」


 そして、走り出す。“奪い返し”のルールには、選手宣誓など無い。好きなタイミングて殴ってよし。理解する隙なんて与えない。

 地を蹴り、一瞬で詰め寄る。ポカンとした顔の一人を殴る。


 アキルクも、一人ぶん投げていた。マーレイも蹴散らしている。


「シンク! 舌噛むからぜってー口開けんなよ!」


『いいいいぃぃぃぃ……』


 シンクをつれて来たのは駄目だったか。しかし、近くに置いておかないと正体がバレる気がする。


 まぁいっか。


 巴はもう村長確保に急いでいるだろう。ダンジョンバトルの時と一緒だ。それまでは……


「楽しまなくっちゃねぇ」


 次々と相手を沈めた俺を脅威と判断したのか、敵が本気になっている。

 仲間の顔から溢れる血を見て、死を意識しはじめた。別に死んでないけどさ。ちょっと血が出てるだけだけど、それは分からないだろう。今頃、伏した友と自分の未来の姿が重なって見えてるはずだ。


「くふっ」


 嗚呼、死だ! 死の香りだ。


 人というものは、自分の死を意識した瞬間その相手を殺してでも()()()()なる。死に踏みにじられないように、何をしてでも生きたくなる。

 普段は死んでも良いなどと思いながら、いざ目前に死が迫ると本能的に逃げ出したくなる。それが病気が原因でも怪我が原因でも、とにかく生き物は死に恐怖し死に平伏し……しかし死から逃れることはできない。

 そういう時に、それを自覚したときに死の香りが垂れ流される。


 それに興奮する。


 毒ガスのように辺りに漂う死の雰囲気が、銃弾のように自分に突き刺さる殺意が心地よい。まるで、故郷に帰ってきたかのような心地よさだ。

 そして、それを超えたくなる。死を渉りたくなる。

 それは危険な綱渡りだ。周りは大火事なのに、そこに張られた糸の上を駆け抜けるようなものだ。だが、それが危険であれば危険であるほど滾る。だから……もっともっと欲しい! その殺意を、死の本能を俺に向けてくれ! 全部応えてやるから! 正面から、余すとこなく真剣に真摯に誠実に、お前らの死に向き合うから、殺意も憎悪も恐怖も受け入れるから! 逃げるなよ怯えるなよ怯むなよ。自暴自棄でも蛮勇でもなんでもいいからもっと死をくれよ! 喰い尽くして呑み干して最後のひと絞りまで味わうからさぁ、そんな簡単に諦めるなよつまんないだろ⁉ この瞬間が最高に興奮するんだろうがよ! 自分の生命を担保に死を渉り切るこの一時がいちばん生命を近くに感じることができんだろうがよぉ。最高じゃないか! こうやって死そのものがやってくるんだぜ⁉ 死を踏み潰す瞬間に愉悦を感じるんだろうがよ!

 血反吐はいて頭もおかしくなって苦しくてそれでも楽しくて楽しくて身体が勝手に前に進むだろ⁉ 違うのか? お前らの死と生への渇望はそんなもんなのかよ! こんなに死を振りまいてやってんのにどうして誰も起き上がんないんだよ!





「……つまんねぇの」


 いつの間にか、起き上がっている者は誰もいなくなっていた。マーレイが悠々と草を喰んでいる。


 獣人の一人を治癒しているアキルクに聞く。


「アキルク」


「あ、戻ってきたんすか」


 どうやら、今回俺は結構キテたらしい。ところどころ記憶が抜けている。危ないなぁ。


「殺してないよね?」


「なんと、誰ひとりとして殺してないんすよ」


「よかった」


 俺えらい。


「偉いっすね」


「うぇい……トールフは?」


 アキルクが向こうを指差す。


「あっちっすね。休ませてるっす」


 アキルクが指した方には、俺が気絶させた獣人を丁寧に並べて寝転がせているトールフの姿があった。


「トールフ〜ありがとー!」


「おう」


 トールフが若干引いてる気がするのは気のせいだろうか。気のせいだと信じたい。

 俺がこれ全部潰したってことは、巴も村長ゲットしてるだろう。


「じゃ、巴んとこ行くぞ」


「うっす」


「トールフー! 準備いいー?」


「今行く!」


「マーレイ、来い! シンク、もう大丈夫だぞ!」


『はいぃぃ……もう疲れたぁ。お家帰るぅ』


 ゾンビみたいになってる。マーレイはふんすと鼻を鳴らすと、俺のあとを歩き始めた。シンクよりよっぽど頼りになる。


「もうすぐ帰れっから。それまでよろしくな」


『うぅ、頑張りますぅ』


 大丈夫、泣いてない泣いてない。


「よしよし、帰ったらご褒美あるぞー」


『んー、頑張る』


 よっし、安定のシンク、安定のチョロさだ。


「いい子だ」










 向こうの村に入ると、そこは巴の支配下だった。














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