44話 「みつるは、わたしをあいしてくれる。あいしてあいしあって、えいえんにむすばれる。だれにもとられない。うんめいだから。みつるはわたしのものだから。わたしはみつるのものだから」
ヤンデレが長時間出てきます。
獣人達に向かって、満が話している。どうやら、その話に獣人は賛同しているようだ。
満の説得は容易く終わり、話題はもっと細かいものになっていく。
“彼女”はその映像に手を伸ばした。しかし、彼女の白い手は映像をすり抜ける。
満と同じ空間にいない彼女は、彼に触れることができない。悲しげなため息をつく。
彼女は、現在一人だ。5畳程の広さの空間に、一人で座っている。それは普通だろう。
しかし、壁に大量の死渉 満の写真のようなものが貼り付けられているのがひたすらに異様だ。
笑顔は、愛想笑いもあれば心からの笑み、そして満がたった一人だけに向けるような笑顔もある。泣き顔、真面目な顔、怒りの顔、死狂っている顔、アップもあれば、全身の物もある。年齢も、幼い頃から最近のものまで千差万別だ。
ただ、1つ共通しているのは──これはどの盗撮写真にも通じることだろうが──満の視線が写し手のほうに向いていない事だろう。
「みつる……」
それにも飽き足らず、彼女は映像を凝視する。満に触れることができない分、満の一瞬の表情すら逃さぬように……。
みるみるうちに、彼女の表情は恍惚としたものになってゆく。頭の中は、満のことで支配されていた。
今、とてもいい流れだ。これまでにないくらい、うまく行っている。陰陽術を上手く使えるように事前に世界の法則を弄っていたのが正解だろうか。満のように、そういう才能のある人間は無意識でも地脈などの影響を受ける。これがなかったら、満は体調を常に崩し、出力がそれまでの半分以下になっていた事だろう。
この影響をモロに受ける人間は満しかいないが、満の為になるというのは、彼女にとっては世界の法則を変えるに十分な理由だ。
それに、満は彼女の用意した“ちょっとしたプレゼント”を彼女の想定よりずっと早く──それも大当たりを──受け取ってくれた。これは、2人が魂で繋がっていることの証拠だろう。
それに、“日本語”をプレゼントしてあげたのもが良かったのだろうか。
この世界にいるすべての生物の言語を日本語にすることは難しいけど、彼の主な活動範囲となる人間の住む国の基本的な言語が日本語になるように言語史の流れを操作することはできた。これで、言葉の通じない苦しみから救うことができた。これで、満は本を読むことができる。
これはかなり大変だった。そもそも、なんで日本語は3つも文字があるのだろうか。1つだけなら定着させる事も容易かったのに。そのせいで、“漢字”はあまり定着させる事ができなかった。
この為だけに、何度やり直しただろうか。
もしも、漢字が使えないことに関して満に文句を言われたら、悲しみで死んでしまう。
「でも、みつるはうれしそうだからだいじょうぶ」
自分に言い聞かせる。満に嫌われるなど、考えただけで気が狂いそうになる。そもそも自分たちは愛し合っている。満が彼女の存在を知らなくても愛し合っているのだ。満の記憶に彼女が居ないことは満と彼女が愛し合っていないという証明にはならない。彼女は満を愛しているから満も彼女を愛している。
彼女は死渉 満を愛している。それは、恋愛感情から始まったものだ。
「わたしのみつる……」
また、映像を凝視する。満は、巴と話していた。それを見て、彼女の雪のように真っ白な瞳に憎しみの炎が宿る。
彼女は死渉 巴が憎かった。満の一番近くにいて、気にかけてもらい、満に甘え甘えられ、愛し愛され、毎日のように抱擁と称賛を受け、満の唇を味わっている。
いや、憎らしいというより、妬ましい。
何故自分ではないのだ。こんなに愛しているのに、好きなのに、満のあの優しく甘い笑顔もそれと共に発せられる心からの言葉の一つ一つも、満の身も心も、あの深く強く純粋な愛情も全て余すとこなく貰って受け止めている巴が羨ましい。満を心置きなく愛して、愛し合っている彼女を差し置いて、それを受け入れてもらえる巴が憎い。
それは自分が欲しいのに、自分が与えたいのに……なんで巴なんだ。どうして愛してると言ってくれない。こんなに、こんなに愛してるのに好きなのに。
悔しい悔しい悔しい今すぐに満が欲しい。
彼女は髪を掻きむしった。その髪も、瞳と同じで処女雪の如く白い。
彼女に関しては、全てが白かった。
ギリギリとその白い髪を噛みして、喉の奥から呟く。
「みつるは、わたしをあいしてくれる。あいしてあいしあって、えいえんにむすばれる。だれにもとられない。うんめいだから。みつるはわたしのものだから。わたしはみつるのものだから」
映像の中、満が巴とじゃれ合う。巴が満の黒い髪を撫でて、満が巴の首筋に顔を埋める。そして、その耳元で何かを囁き、巴も囁き返した。二人は笑う。二人の世界は今日も完璧だ。まるで、互いが互いを壊れ物のように優しく、慈しむように扱っているのが微笑ましい。
高層マンションの高層階から飛び降りても悠然と受け身を取るような身体の丈夫さを二人は持っている。それは、お互い存分に知っている。しかし、無意識のうちにそうなっている。好きで好きで仕方がないようだ。
満の瞳が巴しか写していない事に気づき、まるで逃げるように映像を消した。
これ以上、この映像を見ることは耐えられない。見ていたくて仕方がないのに、見ていられない。
胸が苦しい。呼吸が荒くなる。
満のことが、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで……恋心というには既に行き過ぎたこのドロドロとした感情をどうすればいいのか分からない。吐き出しても、すぐに溢れる。消えてくるない。恋の興奮と喜びと絶望を同時に感じる。
「ちがう、みつるはあのおんなにこいしてるわけじゃない。わたしをえらんでくれる……ぜったい、えらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれるえらんでくれる。だって、うんめいの“あかいいと”でむすばれてる。わたしたちがむすばれるのは、ひつぜん。さいごには、あいしあう。
わたしとみつるがむすばれるのは、ひつぜん。みつるのあいは、わたしのもの。あれは、ふぞくひん。みつるのふぞくひん」
彼女は、巴を廃除する事はできない。本当は消して殺して存在していた事すら抹消してしまいたいが、どうしてもそれはできないのだ。
満は、巴が死んだら死んでしまう。
自殺する訳ではない。体調もいつも通りなのに、まるで生きる為に必要な臓器を無理矢理に毟りとられたかのようにパタン、と死んでしまうのだ。彼女がどれだけ手を尽くしても、1ヶ月も耐えられない。巴の後を追うように、置物が支えを失ったかのように死んでしまう。満を死なせたくなければ、最低限、巴は用意しなくてはならない。そうしなければ、満は彼女を愛する前段階にも入れない。
それに、巴を殺したことがバレたら最後、満は絶対に彼女を愛してくれない。憎しみ軽蔑し、ありとあらゆる憎悪の限りを向けてくるだろう。絶対に許してくれない。満自身が死ぬまで忘れない。許さない。冷え冷えとした残虐さで彼女に苦しみを叩きつける。
きっと、彼女を殺しても殺し足りないだろう。
満に嫌われるならば、地獄で永遠に苦しんだ方がマシだ。考えただけで目の前が真っ暗になる。
食い入るように、壁一面に貼られた満の写真を見つめていた彼女は、ふいっと後ろを向いた。そこには、満を模した人形がある。
満が現在着ている服と同じ服を着たその人形の顔は、満そのものだ。体型までも完全に模倣している。しかし、どれだけ似せてもそれは所詮肉の人形だ。笑う事も怒ることも喋ることもない。しかし、一時的なストレスを発散させるだけだったらこれでいい。
人形の上に乗り、彼女と正反対の黒髪を撫でる。ふわりの彼女の白髪がそこに乗り、混じり合う。正反対の2色が絡み合う。
好きだ。愛おしい。かわいい。かっこいい。素敵……。どの言葉でも言い表せない。
白い肌に涼やかな釣り目と、長い睫毛、細い鼻梁、桜色の柔らかい唇で構成された、少女そのものの顔立ちが好きだ。筋肉は殆ど現れず柔らかいのに、しなやかなその身体が好きだ。見る度に興奮する。見た目の割には低い地声なのに、他人と接するときは意識的に少しだけ高くなるその声が好きだ。武人のように筋張り少々無骨で長い指をした手が好きだ。身体に傷跡があるのが好きだ。本を読むときに、表紙を撫でそっとページを捲る仕草も好きだ。本に跡が付かないように、分厚い栞を使わないのも好きだ。死狂ったときの心から興奮して楽しんでいる表情が好きだ。戦う姿がかっこよくて好きだ。ときおり見せる、冷たく冷静な表情が好きだ。ふにゃっとした笑顔が好きだ。驚いた顔が好きだ。目的のために、一生懸命努力するのが好きだ。だきまくらが無いと眠れないのが可愛くて好きだ。なんでも器用にこなせるのが好きだ。沢山食べる所が好きだ。接吻を強請ると躊躇うけど結局してくれるのが好きだ。大切な人に対してならば、素の表情を見せてくれるのが好きだ。でも満がその顔を向けるのは自分だけでいいと思う。しかし、どうでもいい相手には作り笑いで、無難に通す所が好きだ。力強いのに、優しく手を引っ張って導いてくれるのが好きだ。両親の死を覚えていないのが好きだ。非道なふりをして本当は優しいのが好きだ。執着したものに対する情熱が好きだ。普段は少女のようにしか見えないのに、急に男らしくなるのが好きだ。筋肉が無いのを気にしてるのが好きだ。無難に器用に生きられるのに、それが過ぎると心に負担がかかってしまうのが好きだ。友達には優しいのが好きだ。簡単に自分の身体を売らないのが好きだ。よく考えるのに、結局戦うのが好きだ。何故か人を惹きつける人望があるのが好きだ。子供みたいにはしゃぐのが好きだ。いつの間にか中心に立っている事が多いのが好きだ。満の全てが好きで、愛おしい。
暫く人形の顔を撫で、そして服を脱がせる。勿論、この人形で彼女の純潔が散ることは無い。ひたすらに撫で回し、舐め回し、抱きしめるだけだ。そして、語りかける。
そもそもこの人形に体液など無いし、触れても仄かな温もりもない。唇を重ねたところで何も返ってこない。
「すきです。みつる、あいしてます。
あいしてるっていってください。すきです。とわにわたしとむすばれてください。みつるにぜんぶあげます。わたしのぜんぶをあげます。このせかいをあげます。わたしはみつるのものだから、このせかいはみつるのものです。ほしいものはぜんぶあげます。だれよりもあいするとちかいます。うわきはしません。みつるだけをみています。みつるのためだけに、ずっとたえていました。みつるのためだけに、このせかいをかえました。
だから、みつるをわたしにください。あいしてください」
本物の満と愛し合いたい。愛の言葉を聞きたい。心からの笑顔を向けてもらいたい。その桜色の唇に自分のそれを押し付けて、舌で口腔の中を掻き回したい。柔らかい肢体を隅々まで舐めて吸って触れたい。白い肌を噛みたい。満に壊れるほど抱きしめられたい。全身を、頭の先から足の先まで触れてもらいたい。満からも、口づけが欲しい。自分の初めてを全部あげたい。強く激しく抱かれたい。とにかく抱かれたい。襲われて犯されて、乱暴に満の印を全身に刻み込まれたい。1つになって混ざり合って永遠に結ばれたい。死によって離れ離れになっても、来世で結ばれたい。
好きで好きで、好きすぎて頭がおかしくなりそうだ。
本当なら、満がこの世界に召喚された瞬間奪い取って無理矢理にでも愛したかった。しかし、彼女は頑固だったし、かなりロマンチストだった。だからこれで我慢している。
でも、大丈夫だ。もうこれだけ待って耐えたなら、あとは誤差だ。でも、早く逢いに来てくれないと身体が破裂してしまいそうだ。
「できるだけはやく、みつけてください。みつる」
無数にある写真の1つに、静かに口づけを落とした。
ヤンデレってどうすれば上手く表現できるんだろう。少しでも「コイツやべぇ」と思っていただけたら嬉しくてレッツダンシング。




