43話 「満が一人で悩むことなんて無いからね。みんないるんだから」
視点が変わります。満→巴。
グラグラと地面が揺れる。震度2くらいかな? 幸い、揺れはすぐに収まった。
「………どういう事だよミツル……それにミーユも、何が言いたいんだよ……なぁ! 村が、村が無くなるってどういう事だよ⁉」
トールフが俺の胸ぐらに掴みかかる。
「うん。結論から言うとね、もうすぐ山が噴火する。少なくともこの村は溶岩の下となる」
「嘘だろ……なんでそんなこと……」
「群発地震、噴火の兆候だ。星図もそれを如実に表している」
ここで、感情的になっては行けない。冷静にならなければ。
「揺れなんて今までもあったじゃねぇか! なぁ! ミーユ!」
「これまでとは、違う」
ミーユの、その言葉に愕然とトールフが俯く。そして、絞り出すように聞いた。
「…………どうすればいい? どうすれば救える?」
「今考えてるよ。少なくとも、絶対に見捨てはしない。場合によっては、手荒なこともするがな」
離れたくないとか言う爺さん婆さんは引き摺ってでも連れて行く。
「そんな、ほとんど時間なんてねぇよ」
トールフが震えながら地面を見る。
「トールフ」
俺の呼びかけに、トールフが顔を上げた。
「安心しろ、絶対に全員助けるから」
目を見て、はっきり言う。嘘じゃない。全員救うつもりだ。
「トールフ」
「ミーユ」
「ガローバザ、ガローバザ」
ミーユがトールフに、慈しむように語りかける。
「ガワナハカワカマガ!」
「ミーユ……」
お、これはいい感じの雰囲気だ。俺らは退散した方がいいな。
村人に急に話したら混乱するだろうから、とりあえずクラリーヌとアキルクに相談しよう。
「巴、行くか」
「うん」
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「と、言うわけなんだけど……」
「ふーむ。村人を抱えて逃げるとかっすかね?」
「できなくは無いがなぁ。その後はどうすんだ? トールフ一人で村人全員を養えるとは思えない。村に戻る事も難しい」
「逃がすだけなら、強制転移の魔法陣でも組めばですますわ。でも、転移させてそのまま放り出すのはよくありませんわね」
そこが問題だよなぁ。それに、使えるもんは全部使って……作戦自体は立てられても、村人が賛同してくれるかは分からない。
仲間を増やして、メリットを強調して……。どう説得する? ぶん殴るか? いや、それは最後の手段だ。やはり味方を増やして既成事実を作って、反対派がどうもできないようにして、洗脳まがいの事をしてでも……。
「満、大丈夫?」
巴が心配そうに俺を見る。巴を心配させるとは俺もまだまだだな。
「うん……」
まだ、作戦が確立してないだけだ。安心して、巴。大丈夫だから。
「満が一人で悩むことなんて無いからね。みんないるんだから」
どうやら、俺は少しだけおかしくなっていたらしい。巴にはお見通しだったようだ。
「ごめんね」
「んーん。満が嫌じゃなかったらいいの」
コツン、と巴の頭が俺の胸に当たる。本当に心配されていたようだ。
困ったような、悲しそうな顔をしている。
…………ごめんなさい。大好きな巴にこんな顔をさせてしまった。
「ありがとう、巴」
やっぱり俺は巴がいないとすぐ駄目になるな。巴が隣にいてくれないと、何もできなくなる。巴が見ててくれるから自分が保てる。愛してるよ、巴。
「そうっすよ。自分も協力して、頑張るっすから」
「一緒に考えましょう」
「そうだな」
頭を横に振る。ぶんぶん。はい、立ち直った。
「今日は抱っこしたげる」
「やったぁ」
俺の後ろで膝立ちになった巴に抱きしめられて、前を向く。いつもと逆だ。
「んふふ……へへー。いいだろー!」
羨ましいだろう。百億積まれても譲らないからな!! 巴大好き! 愛してる、この世界の誰よりも! なんかいい香りするし。また可愛くなった?
「誰も取りませんわよ」
可笑しそうにクラリーヌが笑う。そうだ、クラリーヌは俺よりずっと頭がいい。錬金術の知識と技術はこれまで何度も俺達を助けてきたし、これからも助けてくれる。彼女の協力は必須だろう。
「ほら、話し合うっすよ」
アキルクがパンパンと手を叩いた。アキルクは良いやつだ。話せばこいつを嫌いになるやつなんていない。話を聞くに、言葉が通じないながらも信頼を築いているらしい。この作戦には相手の感情も関係する。
「へいへい」
「やっと……」
巴がポツリと呟く。頭のあたりが腕で塞がれているせいで、よく聞こえない。
「なんか言った?」
「なんでもない」
「そう」
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「やっと、元に戻った」
巴はそう呟いた。さっきから、というかこの村で村人たちの説得をした辺りから、満が“昔の満”と重なってしまった。
“理想の子供”でありながら心は冷え切り巴しか見ていなかった頃の満だ。
もちろん、まったく同じという訳ではない。巴以外にも大切にしている人間はいるし、その時期の満から考えると、穏やかな思考をしている。しかし、考えこんでいる姿が、目つきが、思考が……それと重なる。
巴は、そういう満が嫌いな訳ではない。目的のために手段を選ばず確実に進む姿は尊敬に値するし、その手段も理由あっての事なのだ。
それに、大前提としてそれも『死渉 満』を構成する要素の一つだ。
巴の愛する満のすべての一つだ。
どうして愛さずにいられよう。それが満ならば、どのような姿でも巴は受け入れられる。
満がその姿に満足しているならば、弱くてもサイコパスでも怠惰でも泣き虫でも、心の底から愛し尽くして抱きしめられる。
世間がなんと言おうと、満のすべてが好きだ。
しかし、昔の満は苦しんでいた。辛いと泣いていた。だから、心配なのだ。その辛いのと同じ姿に見えるし、時折目が昏くなるのは消して見間違いではない。
巴は、満が苦しむのが嫌だ。傷つくのが嫌だ。傷つけたり苦しめたりする対象が他の生き物ならば、それを廃除すればいいだけの話だ。しかし、それが満自身から為されるものだったら、どうすればいいのか分からなくなる。巴にできるのは、ひたすらに満を愛する事だけだ。
今も、眉根を寄せて考え込んだ満は何処か遠いところに行ってしまいそうだった。
だから、抱きしめた満の瞳が明るくなったとき、本当に安心した。満が苦しむことはない。
意見交換を始めた満を、さらに強く抱く。
「どうした巴」
満が振り向き巴を見る。釣り目で、涼やかなと評される瞳のよく似合うその顔は、少女と見間違うほど可愛らしい。巴は、この顔が笑顔になるのが好きだ。
「うーん。もうシンク使っちゃえば」
さっきまでの話し合いを聞いて思った事をそのまま言う。
「それも手だな」
満が頷く。これからシンクを呼ぶようだ。クラリーヌとアキルクも活発に意見を出している。
少なくとも明日から、村人を説得しなければならないだろう。それは辛い作業のはずだ。しかし、どうにかなる気がしていた。




