42話 「あー、巴に甘えたい」
“奪い返し”のルールは単純明快だ。村と村との境目で殴り合い、相手の村の中に侵入する。そして、村長が持っている“村の印”を手に入れたら勝ちだ。実に単純でいい。それ以外に例外的な勝ち負けもないし、ゴチャゴチャとしたルールもない。
………何も考えずにぶん殴れるぜ!
「と、いうわけでクラリーヌと非戦闘員は村長のところ。それ以外は前線、アキルクは怪我人を見つけたら治す。でいいか?」
トールフの翻訳のあと、パチパチと拍手。
『私はどうすれば?』
「マーレイの上から離れるな」
『わかりました』
そして、“奪い返し”まで訓練をする事になった。
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「ありがとうです! 来てくれて」
訓練の休憩中、ミーユという狐の獣人が話しかけてきた。怪我をしていたが、クラリーヌのポーションで治したらしい。仲良さそうにしてたなそういえば。
ついでに、トールフの片思いの相手である。中々美人な狐さんだ。明るい性格らしい。捕まえとくんだぞ、トールフ……でも、いいのか? 狼と狐ってアリなのか⁉ まぁいい。大きな括りで見たら、どっちも犬の仲間なのだ。人の恋愛に口は出すまい。
「いえ……」
「それでも、嬉しいです!」
そう言ってミーユは笑った。そして、遠くで訓練をしているトールフを見つめる。
「トールフにも、人間の友達ができた。嬉しい」
「友達?」
「友達、ちがいますか? 一緒に旅して、お話しました。友達です!」
俺を見つめて耳を動かす。本当にそう思っているようだ。
「そうかもしれないです」
友達の定義なんてよく分からないけれど……うん、とりあえず友達でいいや。
「よかったです! トールフは、不器用。友達少ないと思いました」
「俺とトールフはデルバーフだな」
「嬉しいですね!」
「それは良かったです」
しかし、それまでニコニコとしていたミーユが俯いた。
「頼みごとがあります」
「なんですか?」
彼女の表情は、切迫していた。
ミーユの家に通される。村長の家の隣にある事を除けば、この村にある家と同じだ。
「おじゃまします」
「何のお構いもしませんで」
と、言いながらお茶をくれた……それ、帰るときの言葉だけど大丈夫?
「それで、お話とはなんですか?」
「この村は、もうすぐ無くなります」
「え? それは……“奪い返し”で負けると?」
「違います」
真剣な顔で首を横に振る。
「山の怒りです」
「山の怒り……?」
自然現象なのか? それとも神霊的な? ここは山地だから、自然現象か?
「昔、この場所は山の怒りに包まれました。山から火が出て、地面ができました」
噴火か。
「最近、地面が揺れます……」
地震か……つまり、噴火の予兆。
「昔と同じことがおきるなら、逃げられない」
「他の村人はこれについて知ってるのか?」
「信じてくれません。この村は、昔から地面が揺れやすいです」
なるほど、噴火と結び付けにくいんだな。
「私の父親は、トールフのように遠い国に行った人です。そこで学んだことで、この山の怒りを見つけました。
それを、教えてくれたのです」
なるほど、ミーユの父親は学者さんだったのか。
「父親は、星の巡りでそれが分かると言っていました」
「星の巡り⁉」
その図が残っているのか⁉
「読めるのですか?」
「とりあえず見せて」
陰陽師とは、式神使ってバトルみたいなイメージが強いけど、一応国家公務員だ。星の動きから暦を作ったり、祈祷したり、運勢を占ったり……そういう事もしていた。
異世界の星図だけど、基本は同じだ。
幸い、この世界の星については勉強している。国が違うから多少は違うだろうけど、読めるはずだ。
ミーユの星図を広げる。
「綺麗な図だ……」
一つ一つが丁寧に、正確に記されている。ミーユの父親は、几帳面な人だったのだろう。
「ありがとうございます」
星図を透かしながら読み解く。
「なるほど。これが500年前で……」
「百年前、です」
「この星座は──」
「50年周期で───」
それから何時間か、ミーユと星図に顔を突き合わせていた。
「あーーーーー」
星図を読み解き、床にゴロンと寝転ぶ。何時間もぶっ通しで語らった俺とミーユには厚い信頼ができているぜ……! かなり話せるよ、この子。
「そんな………」
やばいぞ。できれば関わりたくなかったレベルでやばいぞ。
あー、巴に甘えたい。
「あー、巴に甘えたい」
よしよしされたい。むにむにしたい。朝から巴が足りんのじゃー。
「満、こんなとこにいたの?」
ハッ、これは幻覚? 巴が見えるぞ。俺は集中しすぎたようだ。
「ともえ〜」
「はいはい」
「わーい」
すぐに膝枕でよしよししてくれた。以心伝心、一蓮托生、一心同体、俺らは相棒。
「何があったの?」
「それがね──」
「ミーユ!!」
「トールフ!」
「ザサガバランチ!」
トールフがズカズカと入ってきた。あ、すまん。探してたの?
「ミツル⁉ どうしてここに?」
トールフが少しだけ不満げだ。ミーユと他の男が二人っきりだったら気になるか。特にやましいことはないよ。
あ、そうだ。今、深刻な話をしてたんだ。
「トールフ」
「なんだ?」
「この村無くなるわ。1ヶ月以内に」
「えっ」
その言葉とともに、地面が軽く揺れた。群発する地震と、星図の示す予見。これは確実に、アタリだ。あーくそ、何がどうしてこうなった!!




