41話 『モテたくないんですか!』
「藁のふとん、申し訳ないです」
「いえいえ。とても気に入りました」
トールフのお母さんが申し訳なさそうに言う。
そう、これはおべっかじゃない。
藁のベッドだぞ、ハイジを観たこと読んだことのある人間なら必ず憧れる(死渉 満調べ)藁のベッドの上に俺はいるんだぞ。そうかここはスイスだったのか。
ハイジの如くぴょんぴょんしたいのを必死に堪えてるんだぞコノヤロウ。
ヨーロレイヒィーー教えてぇ〜お爺ぃさぁんんん〜。教えてぇ〜〜〜アルムゥの!も!み!の!き!よぉーーーー!
よし、落ち着こう。
内心では狂喜乱舞しながらも表面は取り繕う。
「それなら、良かったです」
うわ、ふっかふかじゃん。なんで? 藁なのになんでこんなにフカフカなの? この村に伝わるただ1つの藁なの? ヒャッハー! 藁じゃ藁じゃー!!
「藁のふとんは初めてなので、わくわくしています」
はい、とりあえず爽やかな笑顔。唸れ俺の表情筋!
……ほんっとだよ。日本人の憧れをその身で体感してるんだぜぇ!! スイス行かないとこんなのできないぜぇ!
わっほ、新鮮な藁のかほりがするぅ!!
「そうなのですか」
俺が小学生なら話なんて聞かずに楽しんでただろうなぁ……いや、そんな殊勝さは当時の俺には無かったか。ハイパーイキリ勘違いクソガキだったからなぁ。おゝ黒歴史よ……あ、落ち着いてきた。
「ええ」
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
その日の夜、トールフの実家に泊まらせてもらっている。
問題は、5人もの人間がトールフの実家に入らなかった事だ。
半径2m以内に巴がいない夜などいつぶりだろうか。いいもんいいもん。明日には会えるもん。寂しくなんかないやい。
寝る場所は、厳選なる話し合いの結果……
俺とシンク(しつこいようだがシンクは俺にしか見えないためにこれは必須だった)→トールフの実家
アキルク→ブッカとかいう鼠の獣人の家
巴とクラリーヌ→ミーユとかいうトールフが恋してる相手の家
ということになった。
え? シンクと一緒寝る緊張感? 何言ってんだ。見た目は美少女だけど、中身は3歳児と変わらないし、何より式神だ。アレがコレでムフフなイベントは起きない。そもそも、シンクに対してピクリともしない。
「……よし、もう取っていいぞ」
シンクが、待ってましたとばかりにフルフェイスの仮面を取る。
『ぷはっ、空気が新鮮だぁ……』
そのままいそいそと外套と手袋を脱ぎ、人心地ついたようだ。
『開放感がすごいよぉー!!』
そして、ずっと動けなかった反動のようにくるくると回り床に寝っ転がる。
「こら、床に寝るのはやめなさい」
ここ土足だからばっちいでしょ。シンクを藁のベッドの上に引っ張りあげる。
『わぁーえへへへへへ』
ゴロンゴロンとベッドの上を転がるシンクを見て思った。
これ、首輪外したあとの犬だわ。ブルルっでやるやつ。
『ミツルさーん。楽しいですよー!』
「はいはい、わかったから。ねんねしなさい」
非常事態になっても、自分より慌てる人間が隣にいるだけで逆に冷静になる現象を味わっている。自分よりテンション高い人間を見ると冷静になる。
せっかくの美少女が台無しだろ。もっと落ち着けよ。
『むぅ、ミツルさんのノリが悪いです。モテませんよぉ!』
「どこで覚えてきたのそんなの」
『モテたくないんですか!』
「別にいいよ」
『お泊りの定番はコイバナですよ!』
「クラリーヌと巴か」
クラリーヌと巴が原因か。まぁ、間違いなじゃないけどさ。盛り上がるとコイバナになるよね。
それに、3人の仲がいいようでよかった。
『ミツルさんって好きな人いるんですか? 秘密にしますから!』
「恋愛的な意味だと居ない」
『えぇー、つまんないなぁ』
「人のこと言えんの?」
もういいや、本を読もう。
トールフに借りた、獣人語が読めるようになる本だ。
例え、1ヶ月と滞在しなくとも獣人語は覚えたほうがいい。
知ってて困ることじゃないし、何より住民にオレの姿が好意的に映る。今回は、村人の協力が不可欠な為に少しでもポーズはとっておいたほうがいい。
日本人だって、外国人が一生懸命日本語を勉強している姿を見たら、少なくとも悪い気はしないだろう。それは、どこの国の人でもそうだ。
人間は、自分に興味をもってもらえたら嬉しい。自分に関わること……自国の文化でもそれに少しでも誇りがあったら、それを勉強している姿は良く見られる。
と、言うわけで、挨拶とお礼くらいは覚えておこう。
『ぬぅ、本と私どっちが大事なんですかぁ〜』
シンクがうざ絡みをしてくる。このかまってちゃんめ。
「はいはい、一緒に読むか?」
『ん〜覚えられますかねぇ……?』
「挨拶くらいはイケるだろ。俺が一緒に勉強したいんだ」
シンクの前にも本を出す。
『ふふん。仕方ないですねぇ! ミツルさんってば、本当は私のことが大好きなんですね!』
チョロい。すっごいチョロい。心配だよ。これからはチョロいの意味で“シンク”って言葉が使えるんじゃないか?
「はいはい……ガルガロイ、これが“おはよう”」
『ガルガロイ、おはよう』
「そうだ。よくできたな」
『ふふん! 余裕ですね!』
シンクがシンク。
「お前は文字で覚えろよ」
『えぇ〜』
「そっかー。シンクには無理かー」
『すぐに覚えられるんだからぁ!!』
「おー、がんば」
そうして、夜は更けていった。
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ブッカのキラキラした瞳に、アキルクはたじろいでいた。
「ミツルさん、すごい、です!」
不自由な言葉でミツルに対する憧れを語る。どうやら、ブッカはすっかりミツルの魅力に当てられたようだ。恋でもしたかのように頬を染めている。
アキルクは思う。確かに、あの時のミツルは魅力的だった。その中身を知っているアキルクにも善良な指導者に見えた。ミツルは別に非道な人間ではないが、常に何か企んでいるイメージがある。
何も知らないブッカがそう思うのも仕方ないだろう。
しかし、これまでの経験でミツルが心の底から善意で動いている訳ではないだろうし、あの演説もどこまでが本心かはわからない。たが、これをブッカに言うのは野暮というものだろう。
少年の憧れを踏みにじる事は、アキルクにはできなかった。
「確かに、強いっす」
「はい! 人間、獣人に勝つは難しいです! アキルクさんも強いのは、同じですか?」
「自分は、ミツルさんより弱いっす」
ミツルは、というよりミツルとトモエは別格だ。普通の人間とは何かが違う。そもそも、あの細腕であれだけの筋力がある事がおかしい。
「そうなのですか。よければ、ミツルさんの話、聞かせてくれますか?」
「いいっすよ。話題だけは尽きないっすからね」
幸い、この少年を満足させるだけのエピソードは十分にある。
「ありがとうです!」
ブッカがまた、目を輝かせた。
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「半径2m以内に満がいない夜などいつぶりだろうか……」
シンクがいるから、寂しいが仕方がない。それに、友人とお泊り会でもするような雰囲気に、少しだけわくわくしていた。
「寂しいんですの?」
「んーん。明日には会えるし、クラリーいるし」
「それは良かったですわ」
「藁のベッドって生まれて初めてだなぁ」
ボフっと押してみると、今までとは違う感触だ。
「わたくしもですわ。不思議な感じですわね……」
クラリーヌもベッドに触れる。反発性の無い藁のベッドは、二人の座った跡がはっきりと残っていた。
巴は、ふと昔見たアニメを思い出した。某アルプスに住む幼女の話である。満も今頃喜んでいるだろう。ヨロレイヒー。
「ミーユさんは、お怪我をなさっているのですわね……」
ベッドを押しながら、ふとクラリーヌが言った。前回の“奪い合い”で怪我を負ったらしい。腕と足を吊っていた。
「ポーションならありますのよ。明日お渡ししようかしら」
「いいね……そういえば、ポーションって使ったことなかったなぁ」
「アキルクさんがいらっしゃいますし、皆さん怪我をなさらないですからね」
「ポーションって売れないの?」
巴のその言葉に、クラリーヌが手を打った。
「その考えはありませんでしたわ。帰ったら考えてみますわ」
「クラリーもけっこう抜けてるよね」
元々が、お嬢様な上に研究家気質で商売に興味がないクラリーヌは、ポーションが売れるという点をすっかり忘れていた。
「ふふ、ではそろそろ寝ましょうか。明日も早いですわよ」
「そうだね」
蝋燭が消え、夜の帳が辺りを包んだ。




